MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

一息80 ミワラ〈美童〉の後裔記 R3.4.16(金) 夜7時

#### 後裔記「自室文化♪ カアネエ偏と、シンジイ編」 少年スピア 齢10 ####

 *予感*! カアネエとシンジイとの*最後*の対話の夜が、もう間近まで迫ってきている。カアネエの*自室*と、シンジイの*自室*……まるで遠い過去を回想するかのように、*懐かしんでいるぼく*がいる。

 一つ、息をつく。

 梅子さん……かァ。
 カアネエを、連れに来たのかな。
 「何してんのよッ! ぐずぐずしてないで、さっさと{発|た}ちなさいよーォ!!」……なんて会話、してるのかな。
 じゃない。対話だったね。対話が大事。あァ、失礼しました。これ、マザメ先輩の然修録の話ね♪

 それにしても……が、二つ。
 ひとつ。対話の相手、今のままでいいのかな。これで、いいのかな。何か、学べてるのかな。少しは、進歩できてるのかな。
 ふたつ。この島の女子たち。マザメ先輩。カアネエ。小鹿の{乙女子|おとめご}ちゃん。{燕|ツバメ}の梅子さん……{何|なん}だかなーァ!! どうなんだか、まったく!
 で、その対話だけど。
 カアネエとの対話、そして、シンジイとの対話。
 どちらも、ごくごく日常的のこと。
 でも最近……ただの予感……何故か、的中しそうに思ってしまう……(今夜が、最後かもな)って……{勿論|もちろん}、たぶん♪……でも、きっと……みたいな。
 
 カアネエの家……{所謂|いわゆる}一つの六畳{一間|ひとま}の自室。
 ここ最近、観察するに、お別れを感じさせる{霊的な雰囲気|オーラ}が、充満している模様。廊下を挟んだぼくの家……{況|いわん}やそれは、もう一つの六畳の間。その自室に閉じ{籠|こも}っていても、それを感じることができる……てか、ぼく自身が、それを感じようとしているのかもしれない。

 カアネエは、詩を好んでいた。特に、和の{民族|エスノ}が{著|あらわ}した現代詩。
 今日この頃のぼくも、読書を好んでいる。ぼくの家……その自室には、多種多様な本が、到るところ、{然|しか}るべきでないところに、並べられたり、重なったり、積み上がったりしている。
 その点、カアネエは、{正|まさ}に血を異としていた。カアネエの部屋には、開かずの三面鏡と、小さな書棚が一つ、その二つが、壁際に置かれているのみだ。他には、時折……{或|ある}いは{頻繁|ひんぱん}に、万年床の寝具が、横たわっている。
 その小さな書棚の中以外に、蔵書の居場所は無い。しかもその蔵書は、ぼくが知る限り、増えもせず、減りもせず、入れ替わりもしていない。全部で、十七冊。十六冊が小説で、一冊だけが、カアネエ一番のお気に入りの詩集。
 小説は、外国人作家が七冊。『青空』、『遠い声・遠い部屋』、『熱い恋』、『城』、『変身』、『運命の町』、『密林・生存の掟』。
 日本人作家が、九冊。『海辺のカフカ』の上巻と下巻、『約束の冬』の上巻と下巻、『沈める滝』、『まほろば駅前多田便利軒』、『愛しの座敷わらし』の上巻と下巻、『ウメ子』。
 そして詩集が、『絶章』。
 シンジイが寝酒をやるように、カアネエは、寝読をやる。それも、この十七冊限定の、ローテーション!
 同じ小説を何度も読み返すカアネエの心理を、ぼくの脳ミソは、理解できそうもない。それ以前に、ぼくの血は、そのことに興味すら示さない。ぼくの血も、脳ミソも、シンジイの寝室に居並んでいる大きな書棚のほうに、興味をそそられてしまっているのだ。
 ぼくとカアネエの部屋は、廊下を挟んで、下半分が{擦|す}りガラスの障子で、仕切られている。どちらの部屋のガラス障子も、凍えるような二階にあっても、開けっ放しになっていることが多い……にも{拘|かか}わらず、カアネエの部屋は、どうにも、立ち入り{難|がた}い。

 さて、そこへいくと……。
 シンジイの部屋は、実に、開放的だ。
 では、開けっ{広|ぴろ}げなのかと問われれば、そんなことはない。
 共用部である居間との境界には、全面に{欄間|らんま}と{長押|なげし}と{鴨居|かもい}と{襖|ふすま}と{敷居|しきい}が{施|ほどこ}されている。最近の記憶で言うと、その襖は、いつも閉め切られている。
 飾り付きの通風口である欄間は、言わずもがな開けっ広げな訳なんだけれど、長押はそんなに高くはないとはいえ、その上にある欄間は、さすがにぼくの背丈じゃ、ジャンプしても中の様子を{覗|のぞ}けそうもない。
 なので、普段は、完全に閉め切られているに等しい。
 だけど、大努力してジャンプなんかしなくっても、襖の開閉が、全く気兼ねが{要|い}らないのだ。
 出入りは、自由だーァ♪ ……みたいな。
 仏壇には、{瓶|ビン}ビールと、{カルピコ|CALPICO}と印刷された乳酸菌飲料のボトルが、いつも{供|きょう}されている。
 {床|とこ}の間には、中世の{日|ひ}の{本|もと}の{兜|かぶと}と、北米カナダの海岸に打ち上げられた{米杉|ウエスタンレッドシダー}の流木が置かれ、その背面の壁には、東洋の書と絵の掛け軸がそれぞれ一本づつ、並んで{床掛|とこが}けにされている。
 その床の間と仏間が並んでいる右側は、押し入れがあるだけで、左側は、二階と同じガラス障子で、廊下と仕切られている……が、部屋の中からは、そのガラス障子は見えない。
 ぼくの背丈よりも高い、粗末な木製の箱のような書棚が、七つ、ビッチリ!ギッシリ!と、居並んでいる。
 しかも、{有難|ありがた}いことにというか、ご{丁寧|ていねい}にというか、{几帳面|きちょうめん}にというか、古本屋の書棚よろしく、手書きの{索引札|インデックス}が、差し込まれている。
 「陽明学」、「安岡教学」、「儒学と東亜哲学全般」、「アドラー心理学」、「唯識と原始仏教全般」の五つが幅を{利|き}かせている他は、密に、重なり合うように、索引札が、差し込まれている。
 例えば、直感力、発明発想法、三島文学、史記の列伝と三国志、平家の史伝、ジャズ、インスツルメント・ギター、プログレッシブ・ロック、アルバム・オリエンテッド・ロック……と、まだまだ続く。
 歴史に、文学に、政治学に、植物に、天体に、外洋ヨットに、ロープワークに、建築に、宅地建物取引……と、一冊しかない{分類|ジャンル}にまで、索引札が、差し込まれている。
 なーんじゃ、このオッサン……てか、爺さん!
 そもそもの話……(今どき、自室に本を並べているのは、自然{民族|エスノ}と、一部の本好きの和の{民族|エスノ}くらいなものだろう)と、思うぼくなのであった。

 {何|なん}で、カアネエとシンジイの自室のことを、まるで回想して懐かしむかのように書いていいるのか……考えてみると、無意味というか、目的不明というか、なんだか自分でも、{可笑|おか}しくなってくる。
 でも、何度考えてみても、ぼくは、やっぱり、懐かしんでいる。
 「別れが、近い」
 ぼくの血が、そう言っているからだ。

####
「自伝編」夜7時配信……次回へとつづく。
「教学編」は、自伝編の翌朝7時に配信です。

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その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
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一学76 ミワラ〈美童〉の然修録 R3.4.16(金) 朝7時

#### 然修録「夢も希望もないという病と、対話の効能」 学徒マザメ 少循令{悪狼|あくろう} ####

 職分も大事だろうけど、あたいは、未来に存在するかもしれない自分に、*夢も希望も持てない*。なんでーぇ?? ここ、今こそ、目的の学! *解決*♪ *他人の言葉*……*また揺らぎ*、悩む。解決すべきは、そこだ!

 一つ、学ぶ。

 職分……確かに、大事なことだと思う。
 特に男どもの人たちは、仕事に{拘|こだわ}る。
 仕事は、使命。
 それを成し遂げるために、男たちは、{立腰|りつよう}する。
 言葉の意味は、調べりゃ直ぐに判る。でも、じゃあ実際に、どうすればいいのかってことになると、どうすりゃいいのか、てんで解りゃしない!
 なので……と、言わずとも、そのへんの事は、オオカミが、{力|りき}み{勇|いさ}んで、書いてくれちゃうことでしょう。

 で、あたい。
 いつもながら、悩みが多い。
 じゃあ、その解決の糸口を、どこに求めればいいのか……。

   《 あたいの悩み 》

 将来の自分……{即|すなわ}ち、未来という時空に存在しているかもしれない自分に、夢も希望も持てない。
 {何|なん}であたいは、もっと子どもらしく、自分を待ってくれている未来に、夢や希望を抱けないんだろう……って、思ってたけど、実は、{正|まさ}に今のあたいが、**今どきの子どもらし
く**……らしい。
 皇紀2674年に実施されたアンケートに、こんなのがあったそうだ。
 日本、アメリカ、韓国、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン。
 若者13歳から29歳の男女、各国約千人ずつ。
 問う。
 「自分の将来について明るい希望をもっていますか?」
 【日本以外の国】 8割から9割の若者が、YES。
 【日本だけ】 YESと答えた若者は、たったの6割。
 続いて問う。
 「自分には長所はあるか?」
 「自分自身に満足しているか?」
 【{何|いず}れも日本は】 YESの人数が、最下位!

 18歳以上の、正に若者なら、まだ判る。
 自由な{非正規雇用|フリーランス}のアルバイターのことを、フリーターって呼んでるらしいけど、それが貧富の格差を広げ、少子化を加速させている。そんなんじゃ、将来が悲観されるのは、当たり前!
 でもさ。
 13歳から17歳の回答者には、納得できないわね。
 だってそれ、正に、ムロー学人、ヨッコ門人、ワタテツ門人、オオカミ学徒の年齢じゃない! あたいだって来年、その年代に突入する。
 13歳で、もう{既|すで}に、自分の将来を悲観してるのォ?
 ダメだッ!こりゃ……。
 しかも、他の6ヵ国だって、非正規雇用の増加や貧富の格差の拡大や少子化の広がりといった社会現象は、日本とまったく同様に、社会問題になってる。日本だけ特別な事情なんて、何も無い!

 ここで問う。
 なぜ日本の子どもや若者だけが、悲観的なのか?
 自信を失っているから……そうだけどさ。
 じゃあ、それは、{何故|なぜ}?
 バカみたいに真面目過ぎて、過去の出来事や今の問題に、{囚|とら}われちゃってるから……って、考えられない?
 「あんなことがあったから……」
 「こんなことがあったから……」
 「あんな問題だってあるし……」
 「こんな問題だってあるし……」
 ……みたいな。
 問われて無視したり、問題点を投げ散らかしたりするよりは、マシ?
 ……かもね。
 でもさ。それって、気持ちが暗くならない?
 その問いや問題点、{悉|ことごと}くぜんぶ好転して、明るい未来に、向かってるぅ?
 だったらさァ、「自分の将来に、希望が持てない」だなんて、有り得んっしょ!

 日本の子どもたちや若者たちは......。
 【一】 過去の{嫌|イヤ}な出来事探しに、一所懸命。
 【二】 問題やその原因探しに、一所懸命。
 【三】 本当にやるべき事をやる勇気が、無い。
 【四】 将来を明るくするための思いも考えも、無い。
 【五】 勇気も思いも考えも無いから、行動も、無い。

 以下、アドラー先生の語録。
 「人の心理は物理学とは違う。問題の原因を指摘しても、勇気を{奪|うば}うだけ。解決法と可能性に集中すべきなのだ」

 将来を悲観する = 〈将来をよくするための努力〉を放棄 = 楽ちん♪

 楽ちんがいい♪ → 努力なんてしたくない → 過去の出来事や今の問題点を、言い訳にする。

 こうやって人は、楽ちんな人生を自ら選択し、努力しないことに決めた{自堕落|じだらく}で勇気のない自分を、正当化しようとする。
 努力しないから、(人間関係もうまくいかず、正規雇用もされず、結婚もできないかもしれない)と、自分の将来に悲観的になり、実際、その通りになってしまう。

 結論。
 自分の将来に、希望が持てない。
 ……その原因は、自分にある。
 未来が、悪くなる。
 ……その責任は、自分にある。
 自分の将来に、希望を持つためには……。
 自分で、そう決めればいい。
 未来を、よくするには……。
 勇気を持って、行動すればいい。

 以下も、アドラー先生の語録。
 「遺伝もトラウマもあなたを支配してはいない。どんな過去であれ、未来は、『今ここにいるあなた』がつくるのだ」

   《 悩みの解決を確実にするために 》

 梅子さんと、対話すればよかった!
 ……失礼。
 あたいの後裔記に出て来た母さん{燕|ツバメ}の話ね♪
 〈結論〉を導き出せたってことは、いいことだと思う。
 でもそれ、本当に自分で、理解できてるーぅ??
 ここが、問題。
 「でもさァ! それってさァ……」って言われて、(そっかァ! そうよねッ!)って思って、また悲観的になって、悩みはじめる……みたいな。
 それって、解っちゃないってことだよねッ?
 じゃあ、本当に理解する……正しく理解する……本当に正しく理解して、{揺|ゆ}るがない……ためには、どうすればいいのかッ!

 結論。
 それは、対話です。
 粘り強い不退転の問答の応戦によって、理解は{吟味|ぎんみ}され、{鍛|きた}えられる。
 自分と違った他人の思いや考え……それは、自分と違った他人の行動から{捉|とら}えられたもの。それが、大いに参考になる。自分が理解していることの本質や問題点が、浮き彫りにされるってこと。
 相手……生身のヒト種や動物が、目の前に{居|い}なければならないということはない。書の中の他人同士の対話だって、同じことだ。書の中に、感情を移入すればいい。どちらか一方の人に移入してもいいし、新たに三人目となって、参戦したっていい♪
 他人の話を{聴|き}くってのは、**聞こえ**はいいけれど、一方的に聴くってことは、往々にして聞き流しているだけに過ぎないことが多い。これは、今後、(気をつけとかなきゃ!)って、思う。
 事実、書の中に生きる偉人たち語録も、この対話形式のものが、少なくない。
 古代ギリシアの偉大な哲学者プラトンも、この対話{篇|へん}なるものを、残しているそうです。内容は知らないけど、ソクラテスも、登場するらしい。そのソクラテスは、知者として教示するのではなく、ごく普通に、対話のなかで、問答をしているだけなんだとか……。

 対話、相手と自分の理解の確認……。
 解ってない? ブレーキを掛ける勇気!
 意志の疎通の確認……。
 解り合えてない? ブレーキを掛ける勇気!

 理解できないまま、理解されないまま、頑固に自分の考えを押し通したり相手を否定したりしても、何の解決にもならないってことかしらん?
 これって、武の心にも、通じることよねッ?
 武の心……{矛|ほこ}を{止|とど}めさせること。
 
####
「教学編」朝7時配信……次回へとつづく。
「自伝編」は、教学編の前夜7時に配信です。

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一息79 ミワラ〈美童〉の後裔記 R3.4.15(木) 夜7時

#### 後裔記「半分寝ながら飛ぶ梅子! {余所|よそ}者の極意」 学徒マザメ 齢12 ####

 {燕|ツバメ}の母ちゃんが語る、*極意の数々*! 離乳食調理法、余所者の{掟|おきて}、旅路の心得、カモメの爺さんに{訊|き}く{危|あや}うさ、*寝ながら飛ぶ*睡眠法!

 一つ、息をつく。

 梅子さんが、バッタとコオロギを{銜|くわ}えて、山小屋の軒先に戻って来た。彼女の独り{言|ごと}が、聞こえてくる。もしゃもしゃと{咀嚼|そしゃく}しながら……どうやら、口の中が、調理場になっているようだ。
 それは……そう、{宛|さなが}ら料理番組で語る、家庭料理研究家! てな感じ。

 「料理は、難儀だべしゃ。固い{脚|あし}は切り離し、頭は{喉|のど}につっかえるから、{潰|つぶ}してやんなきゃだからねぇ。
 しかも、こいつらの好物の食材は、飛んでるのさ。そいつらを{捕|つか}まえて運んでくるだけでも、{一苦労|ひとくろう}だってのにさァ。こいつら、調理してやんなきゃ、食わねぇときてる。
 まだあるのよん。飛んでる食材のなかでも、好き嫌いがあるんだわァ、こいつらッ!
 {蠅|ハエ}は、食わないんだよ。{解|わか}るけどさ。でも、あたいらが子どもんころは、好き嫌いせずに、吐き出されたものを、何でも食ったもんさ。これも、ご時世ってやつなのかねーぇ。
 なすーぅ?!
 それでもさッ! だからって、子どもたちの面倒、{嫌|いや}だって思ったことは、一度だってないんだ。だってあたいは、こいつらが好きなんだもの。
 あたいの血を分かつ、可愛い子たちさ。ご時世がどうだろうと、たとえ象さんみたいに、{一|いち}ん{日|ち}で30キロも40キロも爆食いする{戯|たわ}けたベビーが産まれてきたって、不滅の母性は、{怯|ひる}みはしない。
 ただ、扱いは、変わるだろうけどさ。べしーゃ?!
 その無情非情な扱いにも耐え、生存競争に打ち勝って、鋭気を保ち、肉体を作りながら、巣に留まる。それが、母の血を分かつ{子等|こら}の使命、務めさ。
 で、あんた……。
 あんたは、ここの{何|なん}で、そのあんたは、誰なのさッ!」

 「はい、はい、はい、はい……」と、あたいは独り{言|ご}ちて、三回……元い。四回、頭を縦に振って、{頷|うなづ}いて見せた。
 そのあたいは、無意識のうちに小屋の外に出て、軒下を見上げていた。意外と、ずっと見ていても、退屈しない光景だった。
 なので……というより、他に差し当たって用事もなかったので、そのへんに{堆積|たいせき}しているカピカピに乾いた枯れ葉を座布団にして、そこにケツを下ろした。
 すると、待ってましたとばかり……矢庭に、梅子さんが、{一言|ひとこと}……かなって思えたけど、喋りはじめたら、これがまた、やっぱりというか、{二言三言|ふたことみこと}……嗚呼、止まらない!

 「はいは、一回で大丈夫。
 無駄は、{禁物|きんもつ}さ。
 ……。
 あんたは、知らない動物!
 だけど、{息災|そくさい}みたいだね♪
 だから、それで、よしとしましょう。
 ……。
 あたいらは……さァ。
 越冬のためにここまで飛んできて、{餌場|えさば}であるこの地に留まる……{即|すなわ}ち、旅の者さ。あんたらに言わせりゃあ、{余所|よそ}者ってやつさ。
 その餌場で子を育て上げたら、またみんな、銘々に、飛び立つ。次の目的地、シベリアの空を目指してねぇ。
 でもさ。こんなに早くここにやってくるのは、あたいら家族だけ。何年前だったかしらん。その年は、あたいとしたことが、とんだ不覚だったのよん!
 聴きたい? まァ、どっちでもいいけど。
 カモメに、{騙|だま}されたのさ。
 あれは{確|たし}か、オオトウゾクの爺さんカモメ!
 そのオス、まことに、せっかちときてる。
 たしか、{斯|こ}う言った。
 『急ぎなさい! 行かないのかね、君らはッ!』……って。
 そりゃあんた、そこまで言われた日にゃーァ、釣られて赤道を越えちゃったわよッ! 越えて北半球♪ 飛びに飛んで、ホンコン、タイワーンあたりで、さすがに気づいたのさ。
 『まだ、寒いじゃないのさッ!』ってね。
 でも、後の祭り。
 案の定、ジャペーンに着いたら、雪だよッ!
 それでもこの辺……{内海|うちうみ}の沿岸や、その沿岸に迫る山の{麓|ふもと}は、寒さもそんなに厳しくなくって、雪も少なかった。だからってさ。{町中|まちなか}は、まだあたいらの出る幕じゃない。で、半島の岸辺や麓に見切りをつけて、離島に渡ってみたのさ。
 それで辿り着いたのが、この島!
 留まったのが、この森!
 落ち着いたのが、この山小屋!
 出逢ったのが、カアネエさん!
 ……って{訳|わけ}さ。
 カアネエさんの赤ら顔が、なんとも可愛らしくってさァ♪ (来年も、また逢いたいなーァ)って、思った訳さ。
 でも聞くと、元旦しか、この山小屋には来ないって言うじゃないかッ! (じゃあ、いつもの春の時令に、カアネエさん{住|ず}みの町中の家に、巣を構えればいいじゃんかーァ♪)って、思うでしょ? 思わない? 思ってよねッ!
 思ったんなら、仕方がない。
 説明しましょう。
 定期航路は、時期も進路も、{辿|たど}る道筋も、宿る軒先も、そのすべてが決められた{旅程|りょてい}に{順|したご}うて、行動せなあかんねん!
 勝手な行動は、許されへん。そやし、あたいらだけ好き勝手にこの島に飛んできて、子を産み育てる……みたいなことは、でけへんわけやんかーァ。べしゃーァ?!
 で、{脱藩|だっぱん}やァ!
 一匹狼……じゃなくって、一匹{燕|ツバメ}ってなことになって、毎年、寒空を飛んで飛んで、この島にやって来てるって訳さ。
 解ったーァ?!」

 ここは、「はい」と、一言だけ応えて言うのが、大人の対応……てか、{六然|りくぜん}や{人覚|にんがく}に{順|したが}うということだ。 だよねッ?

 「はい」と、あたい。
 梅子さん、即応えて、斯う言った。
 「そう言うと思ったよッ♪
 そんなことよりさ。
 今年の正月、暖かいって、思わない?
 今年だけじゃない。
 去年だって、{一昨年|おととし}だって、そうさ。
 あたいらの本隊の旅団の出発も、年々早くなってる。
 このぶんじゃ、来年は、あたいらと{同|おんな}じ時期に、本隊の旅団も、出発するかもしれないねぇ。
 そうなったら、あたいらだけ別行動って訳には、いかないのよッ!
 ここに来れるのは、今年が最後かもしれない。
 だったらさ。だったらって訳でもないんだけど、今年は、サーカリンまで行ってみようかしらん♪ なんて、思ったりもしてるのさ。
 まァ……実際はさァ。
 いいとこ、イトローフが関の山ってところかねぇ。
 あッ! そろそろ、行くね。
 あたいら、あんたらみたく、暇じゃないんだよ。
 だって、寝る暇なんかないんだからさァ。
 あたいらはね、飛びながら眠るのさ。
 {訳|わけ}、{解|わか}んないだろッ?
 左脳が寝てるときは、右脳が起きてる。
 右脳が寝てるときは、左脳が起きてる。
 だから、右脳であんたたちを{鳥瞰|ちょうかん}してるときは、あんたたちの動きが、読める。でも反対に、左脳で鳥瞰してるときは、あんたたちの{遣|や}ること{為|な}すこと、まったく理解できない。
 事実今、右脳は眠ってるから、あんたと対話……っていうか、意思の疎通は、難しいって訳さ。
 でもさ。そろそろ、右脳を起こさなきゃ! 狩りは、理屈じゃないからねぇ。直感が、決め手になることが多い。その**感**が外れたら、死!だけどさァ。
 あんたも、もうちっと、左脳を鍛えたほうが、いいだろうねーぇ。
 じゃあねッ♪」

 結局、一言も発することが出来ず、ただ軒先を見上げるだけのあたいだった。
 てか、左脳がどうのこうのって、誰か、然修録に書いてたよねぇ?
 どうやれば、鍛えられるんだったっけーぇ?!

####
「自伝編」夜7時配信……次回へとつづく。
「教学編」は、自伝編の翌朝7時に配信です。

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一学75 ミワラ〈美童〉の然修録 R3.4.11(日) 朝7時

#### 然修録「女に理解できない事が男らしさ、{法螺|ほら}吹きとド{阿呆|あほう}だ」 門人ワタテツ 青循令{猛牛|もうぎゅう} ####

 男が男らしいのは、当たり前だ。男とは、*法螺を吹く*〈*ど阿呆*〉だ。男の職分がどうのこうのと言う前に、*男が男であらねば*、男の話は、始まらない。女に何と言われようが、男は男であって、女には、成り得ない。

 一つ、学ぶ。

 職分かァ。ヨッコにしては、上出来だッ!
 上から目線みたいな物言いだが、そうではない。
 ただ、言わせてもらう。
 女が考えそうなことだ。
 「世界中の女を敵に回す気ーぃ??」と、ヨッコの忠言が聞こえて来ないでもないが……まァ、聴け!

   【一】 男とは、元気。{否|いな}なら、女だ。

 男は、元気でいるために、バカなことを、いっぱいする。
 俺も初めて聞く名前だが、村瀬玄妙というお坊さんが、{居|お}ったそうだ。
 そのお坊さんが、元気になるための十則というのを、{唱|とな}えたらしい。
 それが、{悉|ことごと}く図星で、面白い♪
 一に、{翔|かけ}き。
 二に、{志|こころざし}。
 三に、ど{阿呆|あほう}になる。
 四に、冒険。
 五に、他人を気にしない。
 六に、狂う
 七に、型破り。
 八に、開き直り。
 九に、{天衣無縫|てんいむほう}(自然体で、すべてが美しく、{正|まさ}に、天真爛漫)の明るさ。
 十に、{意気込み|ボルテージ}
 ……以上、十則。

 ここで、一番に挙げられたのが、「翔き」。
 問題多き隣国……その{古|いにしえ}、哲学の国と呼ばれていたころ、こんな教えがあったという。
 「翔ばば必ず天に到らん」
 ……で、今の我が国の民は、どうか。
 言わずもがな、翔ばない。
 翔ばないから、元気がない。
 {何故|なぜ}、野生の{鴨|カモ}が、元気の象徴と言われるのか。
 それは、必然。
 野鴨は、翔ばねばならぬからだッ!

   【二】 野望は、{法螺|ほら}なり。

 吉田松陰は、こんな言葉を残したそうだ。
 「志高ければ気おのずから盛んなり」
 志が高ければ高いほど、それを吹けば{戯言|たわごと}に聞こえてしまう。
 {即|すなわ}ち、{法螺吹|ほらふ}きだッ!
 吹いた手前、やるっきゃない!
 目標は、法螺。
 法螺に向かって、吠えろ!
 これ、太陽に向かって闇雲に吠えるより、よっぽど効果がある。
 法螺を{遣|や}り抜いてしまえば、世間は、それを、もう法螺とは呼ばない。
 法螺→夢→目標→具現……おめでとーォ♪ ……の世界だ。
 これを、〈法螺の吹き当て〉というそうだ。
 言わずもがな、俺が生まれてこの方、こんな芸当ができる**男**は、聞いたことが無い。
 兎も角、大志……夢を語る大法螺吹きは、元気がいい!

   【三】 {狂愚|きょうぐ}……これが、男だ!

 道理を心得ぬ、愚か者……即ち、ど{阿呆|あほう}!
 これこそが、男らしさだ。
 無論、今どき、こんな男は、とんと見ない。

 吉田松陰の言葉に、こんなのがある。
 「狂愚まことに愛すべし、才良まことに{畏|おそ}るべし。諸君、狂いたまえ」
 ど阿呆は愛すべきだが、頭がいいだけの男は、信用できないばかりか、何をしでかすか、判ったもんじゃないという意味だ。
 そんな才良と呼ばれる男が、{如何|いか}に危険で、如何に恐ろしいかを知っていなければ、こんな言葉は、出て来なかったに違いない。

 さらに松陰は、{斯|こ}うも言う。
 「狂は常に進取に鋭く、愚は常に{避趨|ひすう}に{疎|うと}し。才は機変の士多く、良は郷原の徒多し」
 〈狂〉は、積極進取。
 〈愚〉は、逃げることに{疎|うと}いこと。
 この愚があるからこそ、{姑息|こそく」}な打算をせずに、ドッカン!ドッカン♪と新しい事に{挑|いど}める……と、いうことだ。

 ……まァ、異論諸説、何かと言いたいこともあろうと思うが、事実、これが、男らしさというものなのだ。
 俺は、そう思う。
 俺は、男だ。
 俺は、男らしくありたい。
 なかなか、難しいことではあるけんども……(アセアセ)。 
 
####
「教学編」朝7時配信……次回へとつづく。
「自伝編」は、教学編の前夜7時に配信です。

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一息78 ミワラ〈美童〉の後裔記 R3.4.10(土) 夜7時

#### 後裔記「元旦の食卓。カアネエ特製{鱠|なます}風生ワカメの秒殺漬け」 少年スピア 齢10 ####

 元旦の夕方、カアネエ帰宅。*大望の*元旦の食卓は、ぼくが何気にヤケクソに提案した通りの*珍妙メニュー*。カアネエの御託が炸裂! *ぼくの性格*から、*乱世の生き方*……そして、*老後の役割*まで。

 一つ、息をつく。

 カアネエ、帰宅。
 第一声。
 開き直った{御託|ごたく}が並ぶ。
 「まったく! {呆|あき}れるわねぇ。{何|なん}でこうあたいって、律儀なのかしらん♪ 夕暮れ、日没{間近|まぢか}。男ども、{飯|メシ}を{喰|く}らう。それもまた、律儀。その夕飯の準備をするのが、あたいの律儀。でも正月は、無理。以上」

 カアネエ、冷蔵庫に収まっている大きなタッパーを開け、一本物の長い生ワカメの根っこの茎みたいなところを持って、そのままゆっくりと{摘|つ}まみ上げると、それを悲し気に眺めながら、何やら{暫|しば}し、物思いに{耽|ふけ}る。
 シンジイが、自室から居間に移動。食卓の前にドカンと{座|すわ}り、{胡坐|あぐら}をかく。
 カアネエ、その様子を見て取ると、生ワカメをタッパーの中に戻し、そのタッパーとハサミと醤油と練りわさびと{箸|はし}を、お盆の上に載せる。すると矢庭に、それを居間の食卓へと運ぶと、無言のまま、ワインの空き{瓶|ビン}を片手に持ってフリフリしながら、階段を上ってゆく。
 その階段の上から、カアネエの声……。
 「毎日言ってるようで、実際毎日言ってることなんだけどさァ。なんでこの家、こんなに寒いのさッ! 時令に{順|したご}うて……。はいはい。{大晦日|おおみそか}も元旦も、時令に{順|したが}えば、ただの冬ってぇもんさ。しかも、{烈冬|れっとう}ときやがったッ! まァ、正しい。それで良しさ。じゃあ、おやすみなさーぃ♪」
 階段が、ゆっくりとしたリズムで、{軋|きし}んでいる。その階段に向かって、ぼくが言った。
 「ねぇ。根元の固いところ、{鱠|なます}にしようよ。{檸檬|レモン}の代わりに、酸っぱい{蜜柑|ミカン}。らっきょう酢の代わりは、ピリ辛らっきょうの残り汁。加熱は省略して、冷蔵庫ん中で、秒殺{漬|づ}けぇ♪
 てかさァ。ねぇねぇ! 二階のほうが、寒いと思うけど……」

 {俄|にわ}かに静まる階段の軋み。
 次、矢庭にドカドカと騒がしいカアネエの足音。
 カアネエ、階段を下りて、再び姿を現す。
 そして、言った。
 「いいねぇ♪ その、秒殺漬け! 父さんも、それでいいよねッ?」
 シンジイ、無言。ポカンとした顔で、元旦モードのお地蔵さん!
 食卓からタッパーだけ取り上げて、台所にスタコラ向かうカアネエ。誰にともなく、独り{言|ご}ちる。
 「こっちの巣にも、一匹{居|い}たんだったねぇ。一匹だけだから、{熾烈|しれつ}で命懸けの争奪戦も無いけどさァ。のうのうと……元い。伸び伸びと、育っている。でも、その一匹も、そろそろ巣立ちだ。仲間の{雛|ひな}たちと、一緒にねぇ。
 あたいも、また旅さ。久しぶりにねぇ……」

 カアネエ、小さいシンクに渡されていた肉野菜用のまな板を、使い分けているらしい魚介類用のもう一枚のそれと、取り換える。そして、その上に、生ワカメを、ドスン♪
 そしてまた、言った。こんどは明らかに、ぼくに向かって……。
 「あんたは、{這|は}い這いは、しそうになったんだけどね。一度だけ」
 「はいはい? しなかったの? ぼく……」と、ぼく。
 「踏んづけて、蹴飛ばしてやった♪」と、カアネエ。
 「ゲゲッ! で、どうなったの?」と、ぼく。
 「それから、二度としなくなった」と、カアネエ。
 「まァ。当然かも」と、ぼく。
 「おまえ、そう見えて、学習能力、あったってことだよ。ほんのちょっとだけだけどさ」と、カアネエ。
 カアネエの、次の言葉を待つぼく。
 カアネエ、観念したかのように、口を開く。
 「残り汁、取って来てよォ!」
 玄関扉の外に並んでいるワインの空き瓶。茶色くて、中身のほどは、不明。
 「一番手前が、ピリ辛らっきょうの残り汁だよッ♪」と、続けてカアネエ。
 その残り汁を{溜|た}めた諸々{再使用|リユース}専用のワインボトルを片手に持って台所に戻り、カアネエの隣りに立つぼく。
 カアネエ、ドングリの木の皮みたいにゴツゴツカピカピしたワカメの根っこを、包丁で切り離す。そして、言った。

 「あんたはさァ。
 あたいと{同|おんな}じで、自然人の血が、薄いんだよ。
 {寧|むし}ろ、和の人たちの血に、近いのさ。たぶんね。
 だから、いつだって、ついつい考え過ぎるのさ。たぶんね。
 そろそろ、{瞑想|めいそう}を覚えなさい。{唯識|ゆいしき}は、座学で習ったんだろッ? 少しくらいは……。
 このまま、その考え{癖|ぐせ}がついた性格のまま生きてたら、あんたの血は、持たないよ。たぶんね。{脆弱|ぜいじゃく}なんだからさ、あんたの血。そのくせ、強がる言葉だけは、お店を開けるくらい、いっぱい知ってる。おまえの店の売れ筋は、安っぽい自尊心さ。
 あんたたちは、次の動乱で、生き残らなきゃなんないんだ。あたいは、無理だけどね。無論、シンジイもさ。父さん……シンジイが死んで、あたいが死んで……まァ、どっちょいが先か、判んないけどさ。
 兎に角、どっちも死んでから、あんたが死ぬまでの間に、大騒乱が起こるってことさ。
 百年ごとに、この国は、治乱となる。
 イザナミさまが、そう決めてるのさ。{青人草|あおひとくさ}たちを、{篩|ふるい}に掛ける。篩から{零|こぼ}れ落ちた夥しい数の人間たちは、みんな死ぬのさ。するとまた、こんどはイザナキさまが、いっぱい子を作ってくれる。
 その子たちが、寺学舎で学ぶようになるまで、あんたたちは、生きてなきゃいけないってことさ。踏ん張りどころの大騒乱のときに、もうシンジイもあたいも、こっちの世には居ない。だから頼れるのは、仲間だけさ。しかも、その大騒乱が終息したら、今度は、あんたたちが頼られる番さ。
 まァ、あたいらは、頼りにはならない代わりに、面倒を見る心配も要らないからさ。{繋|つな}がりは、いつか必ず、切れる。切れると判ってるんなら、最初から繋がらないほうがいい。だからあたいは、あんたとは繋がらず、接するだけにしたのさ」
 カアネエは、そこまでを言うと、暫しぼんやりと、ワカメを手に取って眺めていた。そしてまた、言った

 「ワカメだって、こんなに呆気なく切れちゃうんだ。人間の{縁|えにし}も、信頼も、約束も、ワカメと{同|おんな}じさ。呆気なく、切れちゃう。でもね。それでも頼れるものが、一つだけある。それさえあれば、切られずに済むものもある。それも、一つだけだ。
 最後に頼れるのは、自分の信念、熱意、天命だけさ。それさえあれば、あんたたち仲間の{絆|きずな}は、どの世に離れ離れになったって、切れることはない。でもさ。それさえあればって言ったって、それが何かを知らなきゃ、頼るなんて土台無理な話だろッ?
 だからあたいら自然{民族|エスノ}は、みんな大努力して、知命しようとするのさ。じゃあさ。大努力しさえすれば、知命できるのかい? そんな簡単なもんじゃないのさ。あんたらムロー学級の学人や門人たちを見てれば、{判|わか}るだろッ?
 大努力以外に、もう一つ、養わなきゃなんないものがある。それが、{情|じょう}さ。でもね。だからって、{情|なさ}けは無用なのさ。必要なのに、無用。だから、みんな四苦八苦してるのさ。
 出逢いは、真剣勝負で{挑|いど}むもの。繋がるべき相手かとうかを判断し、{一度|ひとたび}繋がったとあらば、相手が考えていることが理解できるまで、とことん観察する。でも、うっかり{懐|ふところ}に飛び込んだら、命取り!
 {適宜|てきぎ}適切な間合いを保ちながら、自分の心の内を悟られないように、相手の心の中を観察する。{猥雑|わいざつ}雑多な繋がりの輪の中、{或|ある}いはその周辺で、常に自分を適所に{布置|ふち}し、そこから外れないように安全を確保しながら、{事|こと}に{臨|のぞ}まなければならない。
 そう、難儀さッ!」

 ぼくは、少し思案して、意を決して、カアネエに言った。
 「ねぇ。茎を切り離して残ったそのヒラヒラのほうのワカメ、水と味噌と一緒に鍋に入れて煮れば、味噌汁になるよねッ?」
 「おまえは、正しい♪
 しかも、そこに{餅|もち}を入れれば、雑煮となろう♪
 嗚呼、そんなことが出来る家に、生まれたかった!
 おっと、お地蔵さんに聞かれたら、怒られッちゃうね(アセアセ)。
 てかさ。弱音を{吐|は}くって、悪いことなのかなァ。
 自分の弱み、弱点だから、吐いて捨てるってことだろッ?
 いいことじゃん!」

 陽が沈むと、寒さも増してくるようだった。
 カアネエは、鱠風生ワカメの秒殺漬けと、生ワカメの出し汁風味のワカメの味噌汁を作り終えると、そそくさドタバタと、また階段を駆け上がって行ったのだった。
 そのすがら、カアネエが言った。
 「早く布団に入んなきゃ、{凍|こご}えっちゃうよッ!
 こう見えてもあたい、生ものだからァ♪」
 (ある意味、正しい)と、思ったぼく。
 お地蔵さんが、目を覚ました。

####
「自伝編」夜7時配信……次回へとつづく。
「教学編」は、自伝編の翌朝7時に配信です。

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その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
その自修 循観院

一学74 ミワラ〈美童〉の然修録 R3.4.10(土) 朝7時

#### 然修録「{鴉|カラス}の男は、職分を知る。人間のオスは、鴉に学べ!」 門人ヨッコ 青循令{飛龍|ひりゅう} ####

 よく聞く。これは男の仕事、それは女の仕事……。でも、誰も言わない、親の仕事。女連中のピーチクパーチクは、男どもが職分を放棄したからだ。男どもの自堕落に、{喝|カツ}!

 一つ、学ぶ。

 父さん母さんビト……かァ。
 失礼、マザメちゃんの後裔記の読後の{余韻|よいん}……。
 {閑話休題|さて}……と言うより、そんな{訳|わけ}で、{今宵|こよい}の{主題|テーマ}は……。

 「男が言う、男の仕事。
 女が言う、女の仕事。
 誰も言わない、親の仕事」

 〈男女平等〉という、奇妙な造語!
 もっと珍妙なのが、ジェンダー・フリーという、英語圏の人たちには理解できない不思議な国の不思議な造語。
 日本語に訳しても、これまた珍妙!
 言わずもがな、〈野放しの男らしさと、野放しの女らしさ〉。
 まさに、「なーんじゃ、そりゃ!」だ。
 {ジェンダー|gender}ってのは、英語圏の国々では、{歴|れっき}とした言葉だ。〈男らしさと女らしさ〉っていう意味。短くして、〈性別〉って訳されることもある。性別の野放しーぃ?? ……ってことは、女が、野っぱらで立ちションベンってことーォ!?
 (やめてよねーぇ!!)と、あたいは思うのでした。

   《 性別 = 職分 》

 性別とは、男らしさと女らしさ。
 男らしさと女らしさとは、職分。
 {故|ゆえ}に性別とは、職分なりや。

 現代、{斯|こ}ういう事になっていると思う。
 前の大戦……国は大敗、{民|たみ}は{頽廃|たいはい}。
 我が国の占領政策の一環として、男女同権を打ち出した{宣伝による心理誘導|プロパガンダ}が、横行する。
 法律上の〈男女同一資格〉……{即|すなわ}ち、男女の人格的平等を明らかにするというご{尤|もっと}もな大義名分は表向きで、占領軍の本当の目的は、男女間の相違を無視{或|ある}いは、軽視するという風潮を創り出し、それが延々と尾を引くように永続させることだ。
 そんな{憂|うれ}うべき社会が、今まさに、具現化されてしまっている。
 それによって、我らが国民たちは、男と女の分担を崩壊させるという目的の下に、男と女のそれぞれが受け持つべき仕事まで同一であるかのように、洗脳されてしまったのだ。
 すると、その錯覚が不満を生み、その不満が、{俄|にわ}かに{氾濫|はんらん}していった。そして、{終|つい}には、国家や社会や会社を、ただただ闇雲に批判するだけという、〈反対スピーカー・ロボット〉にさせられてしまったのだ。
 {嗚呼|ああ}、{嘆|なげ}かわしやッ!
 そしてここに、被保護国ニッポンの〈廃頽化戦略〉は、完結する。

 ところで、男女の役割とは、一体全体、{何|なん}なのかッ!
 ここで、十中八九間違いなく、、洗脳されたて{頽廃|たいはい}した{民たちは、直ぐに口を挟む。
 矢庭に、ピーチクパーチクと批判をはじめて、聴くことや学ぶことを拒絶し、異論の芽生えを、{悉|ことごと}く妨害しようとする。
 幸い、この然修録を読む君らは、その洗脳を{免|まぬが}れた自然{民族|エスノ}の{武童|タケラ}……即ち、知命後の大人達や、{美童|ミワラ}……即ち、知命前の{子供|こども}達だ。
 {由|よ}って、論を進める。

 元々……元来、この「男女の役割」ってのは、太祖以来{悠久|ゆうきゅう}受け{継|つ}がれてきた、〈原始の自然原型〉と、いうべきものだ。
 男は、森や海や世間に出て、他の男どもと{角逐|かくちく}……即ち、{対峙|たいじ}した男同士が、互いに競争しつつ、各々が妻子を養うた為の資を獲得して、家路につく。
 ……と、いうのが、恐らくは、男どもの主たる任務なのでは。
 女は、子を産み、{育|はぐく}み教えるという所謂{躾|しつけ}の{類|たぐい}が、主たる任務。
 なので、男たちは、その〈男に課せられた職分〉に対する自覚と、その職分に真剣に取り組み大努力することを一番の大事と{捉|とら}え、また女たちは、胎内で鼓動する我が子に美徳を持たせ、この世に出し、躾と立派な教育をすることを一番の大事と捉えた。

 職分とか職業とかの話を、あたいら女連中にすると……。
 「それって、男どもの領分いねッ? もっと楽しい話をしましょうよォ♪」とでも言いたげな顔をされちゃうんだけど、本当に「男女同権」を願い主張しようって言うのなら、楽しかろうが楽しくなかろうが、男女の隔てなくこの職分という{主題|テーマ}に耳を傾け思い考えるべきじゃないのかしらん?
 てな訳で、職業って、一体全体、何ーぃ??

 【一】 衣食の{資|もと}(生活の材料)を得る手段・方法
 【二】 世のため人のために貢献するための手段
 【三】 自分なりの天分や個性を発揮する場・機会

 独身時代は【三】だけで突っ走り、結婚すると【一】に{縛|しば}られ、到頭【ニ】に到らず! ……と、いうのが現実じゃないかしらん?
 それでも悠久、男どもにとっては、【一】が何よりも大事な第一の根本的な義務として今日に到っていると言いたいけど、現実は無念、残念、{怨念|おんねん}……ってな感じ!
 【一】が出来ないんなら、最初から結婚んなんかすんなッ!つーのって思うんだけど、どーよッ!
 話は変わるけど、【ニ】のためだけに生きる職業……聖職というものがあります。そういう人たちは、無論の事、【一】は出来ません。なので古来、聖職の人たちは、独身制を厳しく守ってきました。
 例えば、カトリック教の神父さん。
 神父さんが結婚して家族を持つと、その家族を食わしてゆくために、宗教者としての奉仕活動に純一たり得なくなってしまいます。
 仏教の{僧侶|そうりょ}もそうであるべきなんだったんでしょうけれど、大胆に肉食妻帯した親鸞から、僧侶は聖職ではなくなってしまいました。
 でも、原始仏教を{頑|かたく}なに受け継ぐ禅宗は、例外です。今日まで、独身制が守られてきました。でも……言わずもがな、その禅宗でさえ、真に独身制を堅持している僧侶は、ごく{僅|わず}か……絶滅危惧種です。
 そんな事情を、みんなが知ってしまっているから、お経を上げにくる住職さんを{憐|あわ}れんで、渋々数千円のお布施を、{恵|めぐ}んであげて差し上げているのです。

 やっぱ、脱線しっちゃったねッ! ……(アセアセ)。
 兎にも角にも男子たるもの、{一旦|いったん}にせよ{拠|よ}ん{所|どころ}ない圧力に流されたにせよ、{一度|ひとたび}結婚したからには、妻子を養う義務を潔く{背負|しょ}って、結局は何らかの職業に従事することによって、家族を{扶養|ふよう}しなければならない。
 世のため人のためというのは、そういうことがちゃんと出来て、その職業を通じて、社会の営みに参加する。
 それによって、家族や会社のために尽くしているうちに、それが知らず知らず、世のため人のためになっている……ってことに、なってるんじゃないのかなッ!
 えッ? はいはい。カラスが……どうしたッ! ……だよね?
 春になると、人目を避けて、{番|つがい}いで肌を寄せ合って、何とも微笑まく可愛らしいカップルのカラスちゃんたちーぃ♪
 それが、結婚。
 その結婚こそが、職分の自覚!

 えッ? ……だよねッ! わかんないよね。
 家族を得たカラスの男たちが、世間から{如何|いかに}に嫌われようとも、如何に小汚い残飯あさりをしようとも、我らはここぞ、清掃の……また、羽根が紅白のボロボロになるまで、ただひたすら、家族のために段ボールで{堅|かた}く守られた生ごみを{穿|ほじくり}り出すことに身命を{賭|と}すのかッ!
 悲しいかな、情けないかな、人間のオスどもには、理解できますまい!
 
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「教学編」朝7時配信……次回へとつづく。
「自伝編」は、教学編の前夜7時に配信です。

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その編纂 東亜学纂
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一息77 ミワラ〈美童〉の後裔記 R3.4.9(金) 夜7時

#### 後裔記「ツバメとカアネエの年中行事。あたいは{八大人覚|はちだいにんがく}!」 学徒マザメ 齢12 ####

 *ツバメとカアネエ*が、*再会の儀式*。元旦、しかもあたい{住|ず}みの山小屋で! 赤い{御神酒|おみき}で*怒り暴発のカアネエ*、何故ーぇ?! あたいは、七養、{六然|りくぜん}、{人覚|にんがく}で*耐えがたき*を忍ぶ。

 一つ、息をつく。

 元旦、お客が{二|ふた}。
 内訳は、一匹と一人。
 一匹は、まだ正月だっていうのに、もう戻って{来|き}ちゃったァ!
 一人は、意外。あたいに、{何|なん}の用なんだかッ!

 この一匹と一人、毎年元旦、ここ山小屋……元い。循観院の軒先にて新年の{挨拶|あいさつ}を済ませると、揃って山小屋のなかに入り、再会を祝うのだそうだ。
 まったく、{傍|はた}迷惑! てか、向こうからしてみりゃ、あたいが客、新参者……いやいや、ただの{余所者|よそもの}。{正味|しょうみ}な話、{邪魔者|じゃまもの}だ。
 {因|よ}ってここは、『息恒循』の指南に{順|したご}うべきところ……そう、シンジイが{如|ごと}く、お地蔵さんになろう♪

      **『息恒循』……恒令**

   《 {六然|りくぜん}より、{一|ひと} 》
 自處超然(自ら処すること超然)
 自分自身に関しては、いっこう物に{囚|とら}われないようにする。

   《 七養より、一 》
 言語を省いて{以|もっ}て神気を養う
 必要もないのにベラベラ{喋舌|しゃべ}るようなことは、その人間を最も{浅薄|せんぱく}にする。

   《 {八大人覚|はちだいにんがく}より、一 》
 {不戯論|ふけろん}
 限りある命を、無意味な議論で費やさないようにする。無意味な議論は、心を乱す。
 {分別|ふんべつ}(何かに{拘|こだわ}って思い計ること)を離れ、実相(すべてのものの有りのままの姿、{即|すなわ}ち真実)に究尽すべし。

 {何|なん}か、然修録みたいになってきたので、ここで置く……けれども、その前に、一つ。
 寺学舎で学んだ限り、息恒循のなかで、八大人覚の言及はない。でも、息恒循が、あたいら自然{民族|エスノ}の指南書と言うのなら、また更に、その恒令で六然や七養を説くなら、この八大人覚の言及がどこにも無いのは、おかしいと思う。
 {何故|なぜ}なら、{成唯識論|じょうゆいしきろん}を諸書の一つとして息恒循を編んだと言っておきながら、原始仏教の{最期|さいご}の決め手の八大人覚に触れていないのは、どうにも{腑|ふ}に落ちない。儒学に明るかったあたいらのご先祖様が、そんな片手落ちみたいなことをするとは、どうしても考えられない。
 寺学舎の先輩たちに、お願いする。周りに{居|い}る{武童|タケラ}に訊くなり何なりして、再度再三、息恒循の内容を、拾い直してみて欲しい。

 ここでやっと、閑話休題……(アセアセ)。

 「やァ、梅子さん。あんたも達者で、よかったねぇ♪」と、山小屋の軒先に戻って来たツバメに向かって、カアネエが言った。
 「言う」というより{呟|つぶや}くといった感じで、そのままスタスタと小屋の中に入る。そして、当たり前のように、その{後|あと}に続くツバメ。小屋に入ると、正面が北面で窓は無く、左側の西面にも右側の東面にも窓は無い。
 その西面の柱に打ち込んだクギに、金色と黄色のテカテカとケバケバしい手作り感バリバリの{暦|こよみ}が、ぶら下がっている。カアネエは、その暦の横に立ち、時令の改まった新作に、掛け替えた。そして、その暦の横に立ったまま、また独り{言|ご}ちた。

 「{息災|そくさい}に、感謝だよ……」
 ここでやっと、南面の出入口の引き戸の横にある大きな中連窓の前に突っ立ているあたいに向かって、{斯|こ}う言った。
 「この暦、小屋の入り口や窓に向けないようにね。良い運を追い返しちゃうから。それから、この暦の正面に立たないでね。気を吸い取られちうから。鏡みたく自分の姿が写り込む{訳|わけ}じゃないから、そこまで気にすることは無いのかもしれないんだけどさ。
 それ以前に、土台、迷信だしね♪
 よく言うじゃん! 当たるも{八卦|はっけ}、当たらぬも八卦……ってさ。だから、この暦の真ん中で金色にキラキラ輝いてるこいつ、{八卦鏡|はっけきょう}って言うんだ。本当に『だから』かどうかは、知らないけどさッ!」
 あたいは、(そんな物騒なもん、わざわざ持ってきて、無理して飾らなくってもいいじゃん!)……と、いつもの調子で思ったけれど、言葉にはしなかった。
 その代わりに、大いに思った。
 (自處超然。言語を省いて以て神気を養う。不戯論。
 ……そう、そうよ。不戯論よん♪)
 大いに思ったら、妙に心が落ち着いて、八卦の暦なんて、どうでもよくなってきた。

 ツバメは、カアネエの肩に止まると、首を左右と上下に振りながら、ただ黙ってその様子を見ていたが、暦の掛け替えを見届けて、カアネエの独り言も聞き終えると、サッと飛び立ち、慣れた飛びっぷりで、小屋の中を大きく一回旋回すると、南面の大きな窓の{桟|さん}に、ちょこんと止まった。
 ツバメは、まだ{喋|しゃべ}る気配を見せなかったが、どうやらこの一匹と一人、顔見知りでしかも、毎年正月の元旦に、ここで再会するようだった。それを、お互いが、暗黙のうちに、誓い合っている。妙にそれを、わざとらしく見せつけられているような不自然さを感じてしまう、あたいだった。

 ……次、カアネエ。
 また、スタコラと歩いて、どさっと、囲炉裏の前に{座|すわ}る。
 まるで、「儀式が終わったら、次は当然、、{宴|うたげ}っしょ!」とでも言わんばかりに、早速、手を{忙|せわ}しなく、動かしている。
 {何故|なぜ}かスピアとお揃いのリュックザック……その中から、赤ワインのボトル一本と、レーズンとナッツの袋を一つずつ、それに、チーズの{塊|かたまり}を一個取り出すと、明らかに等間隔になるように気にしながら、{胡坐|あぐら}を組んだ膝の前に、手際よく並べていった。
 そしてまた、あたいに目を向けると、言った。
 「酒を{嗜|たしな}むよういな趣味は、無いんだけどさ。{御神酒|おみき}さ」
 {何|なん}だか……{俄狂言|にわかきょうげん}を観ているような錯覚に、{陥|おちい}りそうになる。そしてまたもや、独り{言|ごと}が、はじまった。

 「ツバメは、{凄|すご}いねぇ。ツバメさんたちゃ、ほんと、{偉|えら}いよ。{産|う}まれて{一月|ひとつき}も{経|た}たへんうちうに、巣立ちやァ!
 もっと凄いんが、母さんツバメや。妊娠して二週間で、出産しはんねん。しかも、六つ子か七つ子や。その子{等|ら}を三週間で育て上げて、巣から追ん出す。そしたらまた、即妊娠やァ! それを、三回は繰り返さはんねん。

 {其|そ}れに引き替えて、近ごろのヒト種ときたら、どうやねん! 一人産んで育て上げるだけで、母さんビトも父さんビトも、生涯アップアップやァ。それでも、まだマシなほうやァ。結婚もせえへん。かと思えば、子は産みたし子は出来ずで苦しみはってる母さん父さんビトも{居|お}んねん。
 そんでまた、かと思えば、せっかく産まれてきてくれたっていううのに、{餌|えさ}も与えぬという新種まで居んねんてなァ!
 親が新種なら、子も新種やでぇ。千週間も二千週間も、巣立ちせえへん。父さん母さんビトは、爺さん婆さんビトになっても、延々と子に餌を与え続ける。巣立ちさせられへんってことは、育てたことにならへんやろッ? それじゃあ、ただの餌{遣|や}りビトやんかァ!

 これぞ{正|まさ}に、絶滅への坂を転げ落ちる道理ってもんやァ。そんな{脆弱|ぜいじゃく}な心と肉体で、次の天地創造の大騒乱で、生き残れんのかい! 残られへんのかい! どっちやねん! 決まってるやろッ! そんなもん、でけへんやろッ!
 それどころか、次の天地創造まで、持つかどうか。持たんやろッ! 特に、文明{民族|エスノ}。自滅やァ。その自滅の前に、自然{民族|エスノ}も、和の{民族|エスノ}も、その変異亜種の軟心軟体ビトに、{亡|ほろ}ぼされんねん。それって、どうやねん!

 そもそも、伝い歩きって、あれ、{何|なん}やねん! 自然の生きものってもんは、立つか倒れるか、そのどっちかやろッ!
 産まれて、一年近くも{経|た}つねんでーぇ?! それで、立つでもなく、倒れるでもなく、どっちやねん……ほんまにーぃ!! そうこうしてるうちに、今度は老いて、また伝い歩きやァ。ほんまほんま、ヒト種って生きもんは、伝い歩きが好きなんやなーァ♪
 そうや、そうや。思い出したわァ! 伝い歩きなんて、まだマシなほうや。{這|は}い{這|は}いやァ。何やねん、それ! 産まれて数か月、ツバメちゃんたちは、もうとっくに空を飛び回ってるっていうのに、ヒト様はまだ、地を這ってる。そうこうしてるうちに、今度は老いて、また地を這う。
 同じ地を這う自然界の動物かて、産れて数時間か何日かしたら、シャキーン♪っと立ち上がるやん。どうやねん! これでもう、決定やァ。あたいらヒト種は、次の天地創造で、{亡|ほろ}びる。三つの亜種すべて、文明も、自然も、和も、ただの一人も、生き残ることなんか、でけへん。

 {嗚呼|ああ}、その前に、今の問題は、このワインのボトルの周りの、不可思議な重力さ。中身が減っていくのに、ボトルの重さ、変わらへんやん! ヒトの肉体と、{同|おんな}じやなッ! 脳ミソがどんどん軽くなっていくのに、肉体の重さは、変わらへん。どうかしてるわァ。なんもかんもが、もう、どれもこれも、どいつもこいつも、そのすべてが、どうかしてしもたんやーァ……」

 そこまでを独り言ちると、カアネエは、空虚になりつつあるダークなワインボトルのラベルを、{繁々|しげしげ}と眺めはじめた。
 そしてまた、ぼそぼそと{呟|つぶや}くのだった。

 「チリ産かァ。去年は、スペインだったねぇ。その前の年は、フランス。来年は、イタリア……って、思ってたんだけどさ。
 来年かーァ。どうなんだかね。
 イタリアっていやァ、{スピアッジャ|Spiaggia}……海辺の子、スピア。
 あの子は、ハイハイも伝い歩きも、しなかった。まさに、自然の一部、自然人の子。でもあの子は、{怖|おそ}ろしい。あたいは、不幸な女。それは、当然。何故なら、あたいが自分で、そうなることを選んだんだから。そして今、正月限定の、酔っぱらい。
 そして……次。
 次は、{愈々|いよいよ}、この島を出なきゃ。
 でも、その前に、男どもの夕飯の準備かーァ!!
 ワカメって、らっきょうス酢で煮たら、{鱠|なます}になるのかなァ。失敗したら、また塩水で洗って、湯通しワカメのお刺身ってことで……ってさァ。
 それって、マジでいいじゃん♪」

 男どもって、シンジイとスピアよねッ? 今年も元旦から、やっぱり、世にも奇妙な食卓……まァ、自然人っぽくて、いいかも……。
 窓の桟に突っ立って何か言いたそうに頭を上下左右に振っていたツバメが、窓の引き戸の少し開いた隙間に身体を{擦|す}らせながら外に出た途端、矢庭に飛び立つ。
 その羽ばたく{微|かす}かな羽根音が、元旦の{寒空|さむぞら}の彼方へと、消えてゆくのだった。
 ところで、もう{一|ひと}の個体は……。
 この{女|ひと}は、いつ、出て行くんだろう……。
 まァ、いけどさ。
 よくはなくても、いいんだけどさァ!

####
「自伝編」夜7時配信……次回へとつづく。
「教学編」は、自伝編の翌朝7時に配信です。

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一学73 ミワラ〈美童〉の然修録 R3.4.4(日) 朝7時

#### 然修録「{不戯論|ふけろん}のおにいさんが、押して言いたかった事」 学人ムロー 青循令{猫刄|みょうじん} ####

 *八大人覚*を養うために、世を超えて〈今〉にやってきたような、{武童|タケラ}に違いない廃墟のおにいさん。{敢|あ}えて姿を見せて語り合うその世間話の行間に、先人からの強烈な忠言が、秘められている!

 一つ、学ぶ。

 意図あって、陽明先生の生い立ちを改めて読み直して、そのことを書こうと思っていたのだが、オオカミ君の{後裔記|こうえいき}を読んで、気が変わった。

 廃墟に現れた{武童|タケラ}の*おにいさん*の様子の文を読んでいるうちに、おにいさんの言葉が、「{八大人覚|はちだいにんがく}」のお経の響きのように聞こえてきた。
 つい数か月前にも、これに似た体験をした。
 スピアの養祖父として現れた{武童|タケラ}のシンジイの様子の文を読んでいるうちに、シンジイの言葉が、「{六然|りくぜん}」を{唱|とな}えているように聞こえてきた。

 八大人覚の{委細|いさい}は、ここでは置く。
 お{釈迦|しゃか}様が{最期|さいご}に説かれたお経『{遺教経|ゆいきょうぎょう}』に出てくる言葉であり、、道元禅師の最期の説法でもある。
 この八大人覚と、『息恒循』にもある六然は、改めて、じっくりと読んでみたいと思う。

 廃墟の*おにいさん*は、何を言いたかったのだろうか。彼は、余計なことは、絶対に言わない。なので、行間を読まなければならないのだ。俺は、そう思う。
 {何故|なぜ}、そう思うのか。その理由は、{斯|こ}うだ。
 ここで、八大人覚の言葉を借りる。

 おにいさんにとって、あの廃墟の二階の部屋は、{楽寂静|ぎょうじゃくじょう}。
 おにいさんが生きている{現|うつつ}の雑踏・雑音・雑念から離れて、生きていることの有難さを、じっくり、ゆっくりと味わう場所なのだ。
 その目的は、{不忘念|ふもうねん}。
 心を清らかに、心を{穏|おだ}やかにしておれば、その瞬間瞬間の己の命の存在に、気づくことができる。そのためには、{貪|むさぼ}らず、邪心や{猜疑心|さいぎしん}を持たず、決して、純粋な気持ちを忘れてはならない。
 なのでおにいさんは、いつも姿を消して、{不戯論|ふけろん}。
 無意味な議論のために、限りある命を削ったりはしない。
 余計な言葉は、心を乱すだけだ。

 そんなおにいさんが、それを押してまでして姿を現し、何気ない世間話をすると、また直ぐに、{楽寂静|ぎょうじゃくじょう}へと戻ってゆく。
 何が言いたくて、何を解ってほしくて、わざわざこっちの雑踏・雑音・雑念の世の現に姿を見せたのか。しかも、そこでの会話は、{不戯論|ふけろん}。{餅|もち}と餅の行間に、大事な意味が、{餡子|あんこ}餅のアンコのように、ギッシリと詰まっている{筈|はず}……。

      **不戯論のおにいさんの行間を読む**

   《 一に 》
 天国と地獄は、己が{虚空|こくう}の世に映し出した{些細|ささい}な差異の写像……。
 過去の〈この世〉には、地獄よりもっと恐ろしい{現|うつつ}がある。{片|かた}や、天命を知り、学問によって求道し、世のため人のためとなって喜びに包まれるという、天国でも味わえないような至福の現もある。
 くだらない現を虚空の〈この世〉に投影して、己の悲劇を演出したところで、誰が喜んで観賞などしてくれようか。同じ映し出すなら、天国よりも素晴らしい世を映し出す〈芸〉の道を、共に歩まん!

   《 二に 》
 オオカミの言葉、「おれは平時には有り得ない人間」が、有り得ない……。
 平時にあって、{穏|おだ}やかなこの世を有難いと思い、清らかな世でもあって欲しいと願う心すら持てぬ者が乱世に送り込まれて、一体全体、何が出来ようかッ!
 治乱の世にあっては、平時に有り得る人間になりたいと、{皆|みな}が願っている。平時の不届き者を乱世に置けば、ただ食ってクソを{放|ひ}っただけで、すぐにケツ割って逃げ出し、平時の世に逃げ帰ってしまうのがオチだろう。

   《 三に 》
 次は、{何処|どこ}と何処に、振り分けられるのか……。
 百年ごとの大乱の戦火の中に、兵士として送り込まれる者もいるだろう。先に殺されるか先に殺すか、先に裏切られるか先に裏切るか、誰も何も信じられない、地獄の{類|たぐい}の世だ。
 その少し前の時代に振り分けられたならば、まさに「{戈|ほこ}を{止|とど}めさせる」という武の心を武器にして、{怨念|おんねん}に満ちた世間と闘わねばならぬ。
 平時に振り分けられる可能性は、限りなく無に近い。未来に散在する瞬時に過ぎない平時を広げるには、過去の世に{居|い}る我らが、{如何|いか}に武の心を養えるかに掛かっている。

   《 四に 》
 この世とて、過去の{現|うつつ}から振り分けられた結果の地……。
 そんなこんなで、過去の〈この世〉の現に集められた俺たちが、振り分けられた地……それが、今の現を映すこの世という訳だ。
 前世で、世のため人のための運命半ばで、天命を果たせなかったのだとすれば、その分、この世で出直して、改めて大努力せよッ!……と、いうことだ。

 ここに、思う。
 人間は、川の流れのように、楽なほうへと流される。
 人間は、{微温湯|ぬるまゆ}に{浸|つ}かったときのように、楽な環境に身を置いてしまうと、なかなか外に出られなくなってしまう。
 微温湯の家庭、微温湯の学校、微温湯の職場、微温湯の対人関係、微温湯の学問、微温湯の実践……その{挙句|あげく}、{冷|さ}めた思いに、{温|ぬる}い考えに、甘ったれた行動……。
 そもそも、微温湯の中で、修行や学問など出来ようはずもない。
 平時とは、微温湯の{現|うつつ}のことだ。
 「そんな微温湯の現を{吐|ぬ}かすなッ!」と、いうことだ。
 平時は微温湯……人間の心をゆっくりと腐らせる、地獄なのだ。
 微温湯という意味の平時の現から脱出しない限り、心は育たない。未来は無い。どこにも振り分けられない。微温湯の中で、腐って沈んでドロドロになって、{澱|よど}んで{黴菌|バイキン}と化して、この世の虚空に漂い、人の心に臭いだけの{穢|けが}れたバイキンを吸い込ませて、他人の臓器の中で、毒として生き続けるのだ。

 そこで、八大人覚と六然に加えて、陽明先生の絶句!壮絶な生き{様|ざま}も、改めて読み直してみようと思う。

 上流に{留|とど}まり教え、下流で踏ん張り学ぶ……教学。
 先人{先達|せんだつ}から学びたいことは、{湧|わ}き水が{如|ごと}く{枯渇|こかつ}を知らず突いて出てくる。険しい上流の源流の地に留まらなければ、湧いて出て来た清らかな水を、得ることは出来ない。
 後輩たちに教えたいことも、湧き水が如く、突いて出てくる。湧いた水は、{獣道|けものみち}を{水道|みずみち}に変えながら、下流へ下流へと流れ{下|くだ}り、{直|じき}に、地面に沁み込んで消え去ってしまう。
 {茨|イバラ}の獣道で踏ん張らないと、湧いて流れて来た水を得ることは、出来ない。

 ……と、俺は思う。

####
「教学編」朝7時配信……次回へとつづく。
「自伝編」は、教学編の前夜7時に配信です。

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一息76 ミワラ〈美童〉の後裔記 R3.4.3(土) 夜7時

#### 後裔記「あの世からの使者{曰|いわ}く、この世は上げ膳据え膳!」 学徒オオカミ 齢13 ####

 おれは、あの世からの迷い子! あの世の先達に、逢いに行く♪ {武童|タケラ}たちも動物たちも、あの世に居る使者さえも、この世の治乱を告げるため、おれたち{美童|ミワラ}の周りに集まって来る……。

 一つ、息をつく。

 祖先に{拘|こだわ}っている{訳|わけ}じゃない。
 夢か{現|うつつ}か、{兎|と}にも{角|かく}にも、訳あってこの世に{居|い}る。
 この世に居るということは、天命を拝命してこの世に産れ{出|い}で、その使命を{担|にな}って、天命まで運ぶまでのこと。それ以外に、一体全体、何があるというのか。

 ただ、思う。もう一つの、真実……。
 おれは、平時には有り得ない人間だ。治乱の時代に、幽霊がこの世に産み落とした、{前世|ぜんせ}治乱の生きものなのだ。
 スピアやサギッチ、それに優等生の先輩たちも、おれら……元い。おれと同じ自然{民族|エスノ}であることに、疑いの余地など無い。でも、思う。自然民族も、{何|いず}れは、分裂する運命。何れ必ず分化して、二つの亜種を成す。
 それだけじゃない。文明{民族|エスノ}も、和の{民族|エスノ}も、退化分裂して、三つの亜種が入り乱れて、新たな分化を{為|な}してゆくことだろう。これは、当てずっぽうなんかじゃない。その証拠に、今年の時令になって急に、{武童|タケラ}たちが、おれら{美童|ミワラ}に、異様に関わりはじめた。
 例えば……。
 おれらの循令を、『亜種記』に編みはじめたイエロダさん。スピアの養祖父と養母だと語る、シンジイとカアネエ。死んでいるところを押して姿を見せにやってきた、廃墟住みのおにいさん。それに、史料室のモノさんも、そうだ。

 {更|さら}に、{強|し}いて言えば……。
 おれらと同じ自然の一部、{同胞|はらから}とも言うべき鳥や動物たちだって、そうだ。この島の鳥や動物たちが、元々よく{喋|しゃべ}るって{訳|わけ}じゃないだろう。おれが、{奴|やつ}らの言葉が理解できるような心に、変われた訳でもない。
 奴らが、おれたちがやって来るのを、待っていたのだ。おれたちに{逢|あ}えたから、そこで初めて、喋りだしたんだッ!
 何かが、文明の生きものも、自然の生きものも、何かが、大きく、変わろうとしている。次の天地創造が、近いのかもしれない。前回の天地創造から、もう優に、三千年は{経|た}つだろう。
 {否|いや}、三千年どころの話じゃない。{如何|いかん}せん、三千年より前のことは、{皆目|かいもく}見当もつかないのだから。
 「実は{既|すで}に、五千年を経ている。{愈々|いよいよ}、次の天地創造は、間もなくだッ!」って言われても、「{嗚呼|ああ}、そうかい!」って言って、納得してみせるほかないではないかッ!

 で……だ。人畜無害の{武童|タケラ}……息恒循の恒令にもある『五省』の写しを、大事そうに大事そうに保管してたんだから、ありゃ、間違いなくおれらと同じ血筋……{武童|タケラ}だなッ!
 で、「で……」の、続き。
 廃墟住みのおにいさんに、逢いに行った。正直、一人で行くのは、どうも気乗りがしなかったが、両の親が幽霊だからか{何|なん}なんだか、兎に角、正真正銘の幽霊に話しかけられても、*悪い気はしなかった*。
 (ここは、**{怖|こわ}くはなかった**と、書くべきところなのかもしれないけんども……)と、思うおれ。
 兎に角……「で、」だ。
 おれは、何の{意図|いと}も無い、どうでもいい事を、投げ入れてしまった。おにいさんが、そこに横たわっているであろう、窓際の寝台の、その上の段の、空っぽの{床|とこ}に目掛けて……。

 「ねぇ。{豆餅|まめもち}と{餡子餅|あんこもち}、どっちが好き?
 おれは、{搗|つ}き立ての{白餅|しろもち}が好きなんだけど……。食べたこと、無いんだけどさ。そのどれもこれも。寺学舎に{供|そな}えてあったの、見ただけさ。カチカチの白餅。豆餅と餡子餅は、写真で見た。何の写真だったか、忘れちゃったけどさ」
 と、そこまで喋ったところで、その姿が見えないほど体温が下がりまくりだった*おにいさん*が、毛布よろしく{煎餅|せんべい}布団に{包|くる}まった姿で現れ、体温上がりまくりで、{捲|ま}くし立ててきた。
 「餅、食べたことないだってぇ? 見たことあるのは、お供えのカチカチの白餅だけだってーぇ!?
 君、この世に来てから、正月を何度経験したんだァ? 見たところ、{優|ゆう}に十ぺんは超えてるだろだろうに……。それで、餅を食べたことがないってことは、一体全体、君は正月に、何を食べてたって言うんだ。んんーん?」
 おれ、何も答えられず、絶句。
 でも、「何かしゃべらなきゃ!」と、{焦|あせ}る。
 で、言った。
 「ただ……。
 スピアが、餅が好きでさ。変な話、いま何気に思い出したっていうか……。カアネエに、『餅作ってぇ♪』って、お願いしたらしいんだ。そしたら、カアネエ。『おまえは、バカかッ! {食|く}ったことないもん、どうやって作れって言うのさァ。ど{阿呆|あほう}!』って、言ったそうなんだ。
 そしたら、スピアのやつさァ、『じゃあさァ、なんで女の人は、{産|う}んだこともないのに、子どもを作れるのォ?』って、{咄嗟|とっさ}に応えて{訊|き}いたんだってさ。
 そしたら直ぐに、カアネエに、『黙らっしゃい!』って言われて、{敢|あ}えなく一件落着……みたいな(アセアセ)」

 {暫|しば}し、{静寂|せいじゃく}……。
 おにいさんが、言った。
 「ねぇ。もうすぐ、正月だよね。今度の正月くらい、カアネエの家に集まって、ゆっくりみんなで、お{雑煮|ぞうに}でも食べたらどうだろう。もうぼくには、{叶|かな}わないことだけど……。君らは、まだ間に合うんだ。雑煮って、言葉だけ覚えときなよ。シンジイなら、知ってるから。
 君らだって、今度の正月を{逃|のが}したら、次はどうなるか、{判|わか}らないんだからさッ! そうだ。それより、さっきの話……。正月、君は、何を食べてたのォ?」
 (何でそこに、{拘|こだわ}るかなーァ!?)と、思うおれ。で、観念して、応えて言った。
 「おにいさんが死んでる{間|あいだ}、この国も、随分と変わってしまったんだよ」
 「何がァ? どんなふうにぃ?」と、おにいさん。
 「正月には、宇宙食を、食べるんだ」と、おれ。
 「宇宙食って、宇宙人が食べてる{御節|おせち}料理のことかい?」と、おにいさん。
 「そうかもね。いや、確かに、そうです。文明人っていう、宇宙人が{居|い}るんだ。そいつらは、{樹脂製|プラスチック}の袋や、宙に浮きそうなくらい軽い西洋風の{容器|トレー}に食べるものを入れて、保存しとくんだ。
 そのまま食べれるものもあるし、{温|あたた}めたりお湯をかけたりして食べるものもある。食べ終わったら、その袋や容器を、食べ残しと一緒に、山の中や畑や海岸に、捨てるんだ」
 「プラスチックって、プラスチック爆弾のことだろォ? なんと、爆弾の中に、食べ物を忍ばせとくのかい? 宇宙人は、そこまで緊迫した{闘戦|とうせん}をしてるってことなのかい? 一体全体……まさか、その闘戦の相手は、君らなにかい?」と、おにいさん。
 「プラスチック爆弾って、茶碗を二つ合わせたみたいな感じなのォ? 中に、食べ物も入れられるのォ?」と、おれ。訊かれてるのはおれなのに、{何故|なぜ}か{偏屈|へんくつ}な{鸚鵡|オウム}みたいに、問い返す!
 「火薬とゴムを{練|ね}って作るんだ。敵軍のアメリカで開発されたものなんだけどさ。君の言うプラスチックの袋っていうのも、アメリカで開発されたものなのかい?」と、おにいさん。
 「ゴムも火薬も、入ってないよ。袋もお椀も、ペレットとマスターバッチで作るんだ」と、おれ。
 「何なんだい? その……」と、おにいさん。
 「石油と絵の具だよ。どっちとも小さい粒で、米粒みたいな形をしてるんだ」と、ぼく。
 「{日|ひ}の{本|もと}のお正月は、石油と絵の具で作ったお椀で、宇宙食を食べるようになったんだね? いやはや、長生きはするもんだッ!」と、おにいさん。
 「てか、死んでるじゃん! おにいさん」と、おれ。
 なんか、一刀両断……みたいな。

 ……沈黙の予感。
 その予想は、{概|おおむ}ね当たる。
 ここでまた……間が、少々。
 「こっちの世から観たら、確かにそう見えるんだよな。ぼくらって……」と、おにいさん。
 「あっちだと、どんなふうに見えるのォ?」と、おれ。当然の疑問だ……と、思う。
 「よく判らないんだ。あんまり長居っていうか、まだ腰を落ち着けたこと無いしさァ」と、おにいさん。
 「なるほどね。たしかに、引っ越しも、まだなんだもんね」と、おれ。
 「引っ越し? そうか。そうだよね。まだ、こっちに置いあったんだったね。今、気がづいたよッ!」と、おにいさん。
 「それは、良かったね……じゃなくってぇ! 遅いっしょ! 死ぬ前に、考えるっしょ、普通……」と、ぼく。
 「それは、どうかな。それが五十年後か、{将又|はたまた}三秒後か、君には、判るのかい? 半世紀も前から死ぬ準備をする人って、{居|い}るのかい? 逆に、それが三秒後だったら、どんな準備が出来るんだい?
 あっちは、何があってもおかしくないような世の中みたいなんだけど、最近は、こっちも、なんかそんな世の中になってきたような気がするよ」と、おにいさん。
 「何があっても……って、たとえばどんなことがあるのォ?」と、おれ。なんかおれ、しつこいモードになってきたーァ!!
 「龍王と{善女|ぜんにょ}龍王の{喧嘩|ケンカ}は、*オオカミ*も食わないって言われてるんだけどさ。そうと判ってても、{怖|こわ}がり屋さんの太陽神は、直ぐに{石戸|いわど}の陰に隠れっちまうんだよね。そうなっちゃうと、天界の男女の喧嘩はもう、{遣|や}りたい放題さ。
 雲を{蹴|け}飛ばし、{稲妻|イナズマ}を{射|い}り、豪雨を投下し、強風を浴びせる……そう! そうそう♪ きみに一つ、教えてあげるよ。天国だとか地獄だとかっていうのは、決まった場所がある訳じゃないんだよ。自分で、映し出さなきゃならないんだ。
 その点、こっちの世は、上げ{膳|ぜん}{据|す}え膳さァ♪ 何もしなくても、勝手に{現|うつつ}という幕が上がり、{放|ほ}っときゃまた、自然に幕が下りる。
 教えついでに、もう一つ。
 最初はみんな、こっちへ来るんだよ。だってさ。あっちへ行ったり、こっちへ来たりしながら振り分けるのって、結構、たいへんだろッ? だから神様は、考えたんだ。最初は一旦、一か所に{纏|まと}めておいて、そこで、振り分けよう……ってね。
 自分で映し出す地獄や天国みたく、そんな{凪|なぎ}と微風の違いみたいな世の中じゃなくって、もっとハッキリ、もっともっと激しく異なった世の中が、いくつもある。そこに、振り分けられて行くんだよ、ぼくたちは……。
 ほら、あの子たちだって、いつ振り分けられるか、判ったもんじゃない。まだ子どもだからって、それがまだまだ先だとは、限らないんだよ」

 見ると、半開きの玄関引き戸からも、半開きの掃き出し窓からも、いつの間にか{戦|そよ}ぎだして矢庭に変貌した突風から避難するかのように、次々と、自然界の同士たちが、舞い戻って来ている……その、{最中|さなか}の{有|あ}り{様|よう}だった。
 窓からは、ハヤブサ、トンビ、カモメ、ウミネコ……。
 扉からは、小鹿、タヌキ、ウリ坊……。
 そして{何故|なぜ}か、*壁際でーぇ♪ 寝返り打ぅてーぇ♪*……いるのは、淡い薄黄土色をした新入り……ハツカネズミだった!

####
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一学72 ミワラ〈美童〉の然修録 R3.4.3(土) 朝7時

#### 然修録「和人は左脳と右脳の二刀流、自然人は直感一刀流」 少女ツボネエ 少循令{飛龍|ひりゅう} ####

 日本人は、脳の*左半球*の味噌で人間力を養い、*右半球*の味噌で稼いで、豊かになった。対して今どきの自然人……特にあたいは、右半球の直感*一つ覚え*女子。で、*その直感力って*、何様ーァ?!

 一つ、学ぶ。

 あたいは、テレビは観ない。
 ストーリー好きの女子だから。
 起きてるときは、シートフォンで映画を観る。
 寝てるときは、層脳に映った夢を観る。
 眠ってるときは、膜脳に映った無を観る。
 無は、無色透明。
 それが、真実。

 あたいは、直感人。右脳のみで、生きている。
 でも、あたいらの先祖ニッポン人は、普段は左脳で{堅固|けんご}な護りを装っているけれど、イザッ!というときには、すべての門戸を開いて、驚きの無防備……まさに捨て身となり、右脳の直感のみを武器にして、己の人生すべてを{賭|か}けて勝負に出るという、特異な民族だった。
 普段は、左右の大脳を補完的に使うことによって、{俯瞰|ふかん}的な物の見方、考え方をする。その片方……右脳の奥底には、実は、物事を総合的に{纏|まと}めるための{幾多|いくた}の能力が、秘められ眠っている。
 その数々の能力たちに、ラッパのけたたましい響きで、「総員起こし!」の大号令をかける……。
 この特異な脳の{味噌|ミソ}を、欧米人たちは、「信じられない!」といった顔で、{傍観|ぼうかん}してきた。{然|しか}し、実は、その日本人の頭の中の味噌は、欧米人たちが傍観してきたその歴史のなかで、正に{培|つちか}われ、受け継がれてきたのだ。
 何が培われ、どう受け継がれてきたのか。それは、あたいら子どもの社会では、{判|わか}りにくい。大人の社会の歴史を覗き見るほうが、話は早い。例えば、定期昇給とか年休序列といった左脳が得意とする経営手法は、儒学を基盤として培われたものだ。
 そんな、石橋を叩くだけで、なかなかその橋を渡ろうとしなかった堅固な組織が、ある日、あるとき突然、「まァ、ともかく、渡ってみましょうやァ♪」と、言い出し、総員こぞって、ドヤドヤとその橋を渡りはじめるのだ。欧米人でなくても、同じ血を持ってるあたいらでさえ、理解に苦しむ。

 歴史のお勉強は、{一旦|いったん}ここで置く。
 「一旦ということは、またいつか再開するってことォ?」
 はいはい。
 「ハイは、一回で宜しい?」
 はーーーぃ!!
 でもそれは、各自各様で、よろしくーぅ♪
 では、本題。
 あたいらの武器、〈直感〉のこと。

   《 直感力とは、どんな武器なのか…… 》

 一に直感力は、普遍的である。
 歩いたり話したり泳いだり、寝っ転がったら眠くなって、浅い眠りのなかで夢を観たりってこと。{即|すな}ち、みんな、誰もが持ってる能力ってことね。
 でもね。海やプールに興味が無い子が、水泳教室に通おうなんて思わないのと{同|おんな}じで、自分の直感力に興味を持って、その力を信じ、顕在意識や潜在意識との間に信頼関係を築かなければ、この直感力ってやつは、なかなか表に出て来てはくれない。
 要は、開発するってこと。「それって、いつ? どこで?」って、思うよね?
 それはね、意外や意外!
 まさに今、あたいら子どもの時期限定。しかも、その場所は、家庭、学校……そして、大人たちが{創|つく}った、社会環境。
 それがもし、みんなが直感力を信頼している社会環境なら、家庭のなかや学校のなかで躍起にならなくっても、直感力は、自然と身に着く。でも実際は、言わずもがな……そんな社会は、{既|すで}に{亡|ほろ}んでしまっている。

 二に直感力は、幅が広く、奥が深い。
 その幅も奥も、限りなく無限に近い。
 例えば、他人の個人的な秘密、科学の詳細、将来の予測、活字に残っている史伝の数々、何一つ記録が残っていない歴史的な情報、遠く離れてしまった仲間たちと交信したい情報のあれこれ……等など。
 でもね。せっかくこんな素晴らしい直感力を開発しても、一切、何も機能してくれない場合がある。それは、目的がハッキリしない時と、誰かに損害が及んでしまう場合。
 即ち、信頼関係を誤解するなってこと。直感力に依存してはいけない。「動けッ!」って指示を出す顕在意識や潜在意識が、シャキッとしてないとダメ!ってことね。

 三に直感力は、必要なときのみに働く。
 興味本位やお試しでは、動いてはくれないってこと。本当に必要かどうかを判断してから、「動けッ!」って支持を出してあげなきゃダメってことね。
 まァ、本当に必要かどうかを知る方法なんて無い{訳|わけ}なんだから、厳密に厳格な判断を下すなんてことは、出来っこないんだけどさッ!

 四に直感力は、言葉を持たない。
 言葉によらずに支持を出し、その答えも、言葉ではない表現で返って来るってこと。
 ここで、直感力を持った主が、潜在意識でも、{況|ま}してや顕在意識でもないことを、思い知る。
 名付けて、超意識!
 開発しないと会えないんだから、それをどう呼ぼうと、会えた人の勝手でしょ? ……みたいな(アセアセ)。
 潜在意識が表現に使うのは{象徴|シンボル}なので、まだどうにか、超意識の表現に翻訳して発信したり、逆に受信して象徴に翻訳することもできる。でも、顕在意識の表現は言語や{画像|イメージ}だから、直接翻訳することは、困難だ。なので、{自|おの}ずと潜在意識が、通訳の役柄と相成る。
 この超意識の表現というのは、極めて抽象的……即ち、概念的で{曖昧|あいまい}で{判|わか}り{難|にく}い。{然|しか}しながら、一つ。ここで、言っておく。これを直接、顕在意識で翻訳できるようにならなければ、直感の真の活用は、期待できない。

 五に直感力は、万人が生まれ持っている。
 持っているけれども、訓練しなければ、その直感力の主、超意識と対話することは出来ない。
 でも、その訓練は、誰にでも出来る、簡単なこと。信じて信頼関係が出来上がってさえしまえば、あとはスイスイと、開発が進む。
 しかも、その開発すべき直感力というのは、実は、極めて合理的な手法で、ひとたび出来てしまえば、なんちゃない能力なのよん♪

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