MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

一息85 ミワラ<美童>の後裔記 R3.5.1(土) 夜7時

#### 一息サギッチ「生意気五人組の{莫妄想|まくもうそう}VSスピアの屁理屈!」後裔記 ####

 どうやってこっちの島に来たのか。隣りの島の、オッサン追ん出しゲームの子どもたち。正に、数学徒! しかも、莫妄想と、きたもんだ。我らが屁理屈学徒スピア♪ いざ、出陣!
   少年学年 サギッチ 齢9

 一つ、息をつく。

 その海岸、マザメ先輩が去り、オオカミ先輩が去った。
 そもそも、このクッソ寒いのに、海岸に座り込んで算数談議? 無いっしょ!
 おれも、スピアに伴って、海岸を去った。
 暖かい場所……史料室に、そして、朗読室。
 でも、騒々しいいのは、もう勘弁!
 だから……と、いう{訳|わけ}で、おれとスピアは、史料室の黙読コーナーの席に、落ち着いた。いつもラスクが入っているバスケットは、{既|すで}に、空だったけど……。
 隣りの席には、スピア。対面には、地元? ……の、子どもたちが、居並んでいる。が、それには、特に気に掛けることもなく、スピアとおれは、声を{潜|ひそ}めながら、何気ない会話を交わしていた。
 おれが、言った。
 「音も波も、横着だな。前に{居|い}るやつの肩を叩くだけで、自分は、動かねぇ!」
 「{音学|おとがく}って、そういうことなんじゃないのォ?」と、スピア。
 「算数だなッ! 音学も、波学も♪」と、おれ。
 「また、そっちかい! おまえ、好きだな、算数♪」と、スピア。
 「まァ、そう言わずとも、聴けよ」と、おれ。
 「言わなきゃ、聴けないよォ」と、スピア。
 「そうか。そうだよな。なんで音学が算数かっていうと……えっとだなァ! つまり……」と、そのときだった。

 おれの言葉を{遮|さえぎ}って、対面に居並ぶガキどもの一人が、口を出した。
 「{弾|はじ}く弦の長さを二分の一にすると、音の高さは二倍になる。そういう話を、したいんでしょ?」
 (異存は無いが、可愛くないガキだ。てか、口を挟む前に、自己紹介だろッ!)と、思うおれ。何故か、どうにもムカつく。その理由は、そいつが、おれと{同|おな}い年くらいに見えたからだろう。
 そんな不愉快な顔をしているおれを無視して、こんどは、そいつの隣りに座っている女の子が、言った。

 「その点、形ってのは、不正確よね。視覚って、なんでそんな曖昧なものばかり、好むのかしらん!」
 その女の子は、ツボネエと同じくらいの年恰好に見えた。
 何やら、面倒臭そうな{類|たぐい}の、子どもらだ。しかも、ここ史料室で見かけるのは、今日が初めて。それに、おれが住まっている深層住宅の階段でも、一度も見かけたことがない。
 (こいつら、どこから来たんだァ?)と、思うおれ。
 すると、スピアが言った。

 「君たち、〈オッサン追ん出しゲーム〉、やってたっしょ!」
 おれは、素直に、スピアのこういうところが、{凄|すご}いと思う。対面の、また別の少年が、言った。
 「そうだけど。なんで知ってるのォ?」
 「そんなことはいいから、さっきの話、続けてよォ! 音でも形でも、どっちでもいいからさァ♪」と、スピア。
 こういうことが言えないおれは、暫し、黙っておくことにした。これ、精一杯の最善の判断! で、さっきの口火を切った、おれと同い年くらいのやつが、言った。

 「じゃあ、形の話。
 人間は、厳格な三角形を{描|か}くことができない。三辺が完璧に正確で等しい三角形なんて、何千万回挑戦したって、描けっこないってこと。
 ということは、この世に、三角形なんていうものは、存在しないってことさ。
 ぼくら自然人……てか人間は、百億分の一気圧の空気の変動を、感じることが出来るっていうのにさッ! なんとも、{歯痒|はがゆ}い話だよねぇ」
 すると、また別の少年が、言った。おれより、一つっくらい下かなァ? まァ、みんな、年の頃は、似たり寄ったりだった。

 「音圧も、{凄|すご}いよなッ♪ 同じ空気の圧力だけどさァ。一秒に一回、鼓膜を叩く。これが、一ヘルツ。千二百五十ヘルツだと、一秒間に、千二百五十回、鼓膜を叩かれる。これはもう、立派に、{虐|いじ}めの行為だなッ!」
 (こいつらも、おれが当番んときの講釈、聴いてたのかなァ。こいつら、おれより凄いじゃん!)と、思うおれ……(アセアセ)。
 すると今度は、一番年長っぽい少女が言った。

 「厄介なのは、その叩かれる音の大きささ。比率で表すから。むかし文明界にあった黒電話の呼び{鈴|リン}と、飛行機エンジンの{輷輷|ごうごう}する音は、五〇対一二〇。
 これが、デシベル。なんでそうなるんだか、解んない。
 しかもその音は飛ぶわけだから、当然、速さの違いもある。空気の中では、音は一秒間に三百メートル進み、ヘリウムの中では、その三倍の九百メートル進む」

 「ねぇ。みんな、いつも、そんなことばっか考えてるのォ? てか、そんな本ばっか読んでるからか、誰かから教えてもらってるのか知らないけどさァ。それは、どっちでもいいんだけど。
 そんなことばっか考えてて、面白いのーォ?!」と、スピア。
 (当然の感想だなッ!)と、思うおれ。
 すると、最後のもう一人の少年が、口を開いた。

 「面白いときもあるけど、面白くないときもあるよ」
 するとスピア、何やら{怪訝|けげん}な顔。どうやら、納得できない様子。そして、{斯|こ}う言った。
 「ねぇ。釣り、したことあるよねぇ?
 {鯊|ハゼ}が、釣れました。
 でも、その鯊の可哀想な身の上を案じて、海に{還|かえ}してやりました。
 ところが、そのヘタな同情が気に食わなかったのか、海の神が、地球上のすべての海を、{掻|か}き回してしまいました。
 するとその鯊は、北極海、南極海、インド洋、大西洋と、渦に{順|したご}うて、{なすがまま|LET IT BE}♪
 さて、ここで、問題です。
 その鯊が、また同じ場所で釣れる確率は、どれくらいだと思う?」
 すると、最初に口火を切った少年が、斯う言った。

 「思わないし、考えもしない。以上」
 (ホント、可愛くねぇやつらだなァ……まったくーぅ!!)と、思うおれ。
 「どうしてぇ?」と、即、訊き返すスピア。
 「考えても仕方がないことだから」と、即答する少年。
 すると、「形は不正確で、曖昧で……」みたいなことを言った、最初の少女が、また言った。

 「考えても、仕方があることと、仕方がないことがある。仕方がないのに、なんで考えなきゃなんないのォ? あたいらの頭ん中には、そんな仕方がないことが、いっぱい潜んでるのよね。
 でも、そいつらを{放|ほう}っておいたら、仕方がないことを考えて、時間を無駄に使ってしまう。命を、無駄に削ってしまうってこと。だからさ。頭ん中にある仕方がないことは、早く追ん出さなきゃなんない。
 だからいつも、追ん出しゲームをやって、追ん出す{訓練|トレーニング}をしてるのよ」
 するとまた同じ順んで、別の少年が、口を出す。

 「オッサンってのは、仕方がないってことさ。だから、オッサン追ん出しゲーム。でも、本当の名前は、{莫妄想|まくもうそう}訓練{勝負|ゲーム}って言うんだッ♪」
 「マクモウソーォ??」と、スピア。
 なーんじゃ、そりゃ! ……と、思わず、いつもの言葉が突いて出そうになったけど、思い直して、ぐぐっと口を{噤|つぐ}んだ。こいつらに対して、その言葉は、吐きたくなかった。{面子|めんつ}っていうか、{自尊心|プライド}ってやつかな。

 「なーんじゃ、そりゃ!」と、おれ……(アセアセ)。
 「幕を張って、妄想を防ぐってことーォ??」と、スピア。
 「違う!」と、また、最年長っぽい、最も生意気そうなデシベル女が、即答した。
 「違うってぇ?」と、スピア。即、得意の{鸚鵡|オウム}返し♪
 するとこんどは、最後の五人目に口を出した少年が、また言った。
 「妄想すること{莫|なか}れ、さッ!」
 (嗚呼、完敗! ……だな)と、思ったおれ。
 すると、スピアが言った。

 「凄いんだね、君たちって。
 オンダシ学級五人組かァ。ぼくらは、ムロー学級八人組。訳あって、この島には、三人だけだけど。もひとつ訳あって、今は、四人なんだけどね。
 ところで、さっきの{鯊|ハゼ}の話なんだけどさァ。
 同じ鯊が、また同じ場所で釣れる確率……。
 答えは、50パーセントさ。
 仕方があっただろッ? 考えて……♪」
 「なんでさァ!」と、また最年長らしき少女。

 「だって、釣れるか釣れないかの、二択じゃん!
 数字っていうのは、追い求めれば追い求めるほど、身近な数に様変わりして、戻って来るんだ。
 その数を{掴|つか}む修養を積んで、自修を目指す者……それが、数学徒。{因|ちなみ}にこいつ、それを目指してるみたいなんだけどさァ。その数学徒が、次の動乱で、軍師になる。きっと、たぶんね。
 これから、ぼくらって、文明{民族|エスノ}と戦うことになるんだろッ? そんな話、聞いたことあるでしょ?
 勝つか負けるか、これもまた、二択。
 ぼくらが住んでる不可解な星には、複雑怪奇ないろんな〈数〉が、山ほどある。でも、そのどれもこれも、追及してみれば、結局は、二択の組み合わせに過ぎない。
 確率なんてものはさッ! 衣を脱ぎ捨ててしまえば、みな同じ。すべて、50パーセントさ♪
 {即|すなわ}ち、二択。
 ONか、OFF。
 つまり、二進法さ。
 文明人たちが自慢にしてる電脳……人工知能ってやつも、二進法。だから、二進法で戦っても、勝つ確率は、やっぱり50パーセントさ。
 でも、それじゃあ、次の天地創造で、ぼくら自然{民族|エスノ}は、生き残れない。だから、{腹脳|ふくのう}で勝負する。層脳と、膜脳のこと。{観|み}るほうの直観力と、感じるほうの直感力のことさ。
 君たちが言ってる{莫妄想|まくもうそう}っていうのは、無駄な妄想はしないってことでしょ? それは、層脳を整理整頓するってことだから、直観力を養うってことだよねぇ?
 ぼくらは、寺学舎の座学で、儒学とか心理学とかを学ぼうとしてた。それも、層脳を片付けるってこと。君たちの莫妄想ゲームと、{同|おんな}じさッ♪
 生き残るか、亡びるか。
 ぼくらの未来には、その二つしかないんだ。
 でも、二進法で戦う限り、いつまで{経|た}っても、生き残れる確率は、50パーセントのままってことさ」と、スピア。
 (さすが、我らムロー学級の屁理屈オッサン……元い。屁理屈少年♪)と、思ったおれなのでした……(アセアセ)×2。

 そして、もう一つ。スピアが付け加えて、言った。
 「ねぇ。君たちって、隣りの島から来たんだろッ?
 どうやって来たのォ?」

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Vol.1 [ ASIN:B08QGGPYJZ ]

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その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
その自修 循観院

一学81 ミワラ〈美童〉の然修録 R3.5.1(土) 朝7時

#### 一学ムロー「激動に追い駆けられ、変化を追い駆ける!」然修録 ####

 その時代時代に、事実がある。過去に現実に起こったことが、現代の権力者や学者たちにとって都合が悪ければ、その事実は、巧妙に抹消され、歴史から消えてしまう。この現実を知り、*知ったならば*、命懸けで、{同胞|はらから}の後裔たちに、*伝えよ*!
   学人学年 ムロー 青循令{猫刄|みょうじん}

 一つ、学ぶ。

 「迷ったら、動きが多いほうを選ぶ」
 ……スピア君の後裔記。
 「迷ったら、変化が大きいほうを選ぶ」
 ……ツボネエちゃん♪君の然修録。
 共に、よし。
 但しそれは、平和ボケ時代{故|ゆえ}の、今どきに限ってのこと。
 今は、異常時。
 この世の通常は、生きること……{即|すなわ}ち、闘い。
 激動が襲い掛かり、激変を余儀なくされる。
 迷う暇など、無い。
 迷ったら、死ぬ。
 迷わずとも、激しく突き動かされ、激しく変えられてしまう。
 それが、この世の常。
 それが我ら、{青人草|あおひとくさ}の、宿命だ。
 宿命は、変えられない。
 但し、運命は、変えることができる。
 己も、正すことができる。
 故に、己の天命も、{格|ただ}すことができる。
 そのためには、刻々と自反し、日々格物。
 自反と格物に{悖|もと}らず……で、ある。
 こんな日常が、当たり前だった時代。
 その当たり前を徹底し、{弛|たゆ}まず実践し続けたのが、陽明先生だ。
 少し、触れてみたいと思う。

   《 闘病と討伐のなかで発明に生きた武将 》

 それは、病苦と迫害との闘い。
 陽明先生、苦学の末、28歳で進士に及第。
 政府の官僚として、土木工事の監督となる。
 その秋、出張先の墳墓築造工事の現場で落馬し、胸を強打。
 続いて二十代が終わる頃より肺を病み、吐血。
 以後終生肺を{患|わずら}い、血を吐き吐き、終始熱があって咳に{咽|むせ}び、正に深刻な闘病生活が始まる。
 激動の戦国の世にあっても、さすがにこうなってしまうと、たいていの場合は、どこか{山紫水明|さんしすいめい}の地で、療養をするものだ。
 そこで学問をしたり、書を{紡|つむ}いだりというのは、よく耳にする話……。

 ところが、陽明先生!
 任官のその{劈頭|へきとう}から、しかもその早々から始まった深刻な闘病生活の{最中|さなか}、政府の最高権力者と激突する。
 成り上がり者のその男は、非常の度を超えて陰険陰湿で、権力の悪用乱用に、{暇|いとま}がない。
 するとこの男、なんと陽明先生を、山紫水明とは疎遠なりし辺境の地に、左遷してしまう。そうなってしまうと普通は、{流謫|るたく}の地で療養生活……と、相成る。

 ところが、陽明先生!
 何をするかと思えば、その地方の役人連中を集めて、学問を教えはじめた。
 更に、自らも命懸けで、思索修養に励む。
 そして遂に、確固たる信念と見識を得て、学問によって、自らも修めるに到る。
 すると今度は、{何|なん}とまァ! 中央政府に呼び返されてしまうのだ。

 ところが、陽明先生!
 そこでもまた、自ら発明、自ら修めた学問を、縁ある知人たちに講釈し始めたのだ。
 これに、因習的な習わしで権力を保持していた学舎どもが、黙っているはずがない。この上ない反感と、憎悪を招く。
 陽明先生の学問に対する{毀誉褒貶|きよほうへん}が、渦を巻く。{即|すなわ}ち、賛否各々の者たちが{対峙|たいじ}緊迫という構図。
 それでもまだ{猶|なお}、屈託なく超然として、自ら発明した学問を説き続ける、陽明先生。
 この頃より、陰険な権力者や因習的な学者たちに対して反骨を表していた人びとの間で、陽明先生の学問に共鳴する声が、拡がりはじめた。
 これが、陽明学の起こりだ。

 ところが、次なる悲劇!
 無論、権力と因習の乱用悪用で甘い蜜を吸っていた権力者や学者たちは、陽明先生を異端視した。
 {挙句|あげく}、疑惑をでっち上げられるなど、陽明先生への迫害工作は、陰険陰湿を極めた。
 そして終には、「激戦地で戦って、死ねッ!」と言わんばかりに、土賊が反乱を起こしている地への派遣の命が、下る。
 {匪賊|ひぞく}討伐の命……それは、「武装集団と、激突せよ!」と、いうこと。
 {床|とこ}に{臥|ふ}した闘病の身の陽明先生、激戦地へと向かう。そして、激闘の{最中|さなか}……またもや陽明先生、弟子を集めて、書を読み聞かせ、学を講じた。
 この、絶え間のない努力のうちに、弟子たちは、陽明先生の学問に傾倒してゆく。
 すると陽明先生、{俄|にわ}かに激闘を{征|せい}し、討伐の命をも、果たしてしまった。

 次、また討伐の命!
 辺地に{封|ほう}じられていた者たちが、反乱を起こした。再び陽明先生に、その討伐の命が下る。
 すると陽明先生、即旅立ち。迅速にして、{果敢|かかん}な行動。見事な作戦と采配によって、{忽|たちま}ち反乱を鎮定。この、史上{類稀|たぐいまれ}な戦績で、武将としても名を揚げ、その名声は、全国に{轟|とどろ}いた。

 すると、また!
 中央政府に、呼び戻されてしまう。
 無論、権力者や学者たちからの{嫉妬|しっと}、{猜疑|さいぎ}、{羨望|せんぼう}は、度を超え、激しさを増し、あらゆる様々な迫害が、陽明先生に{浴|あ}びせられた。
 この絶え間のない{度|たび}重なる窮地から、陽明先生を救った要因……その一つに、陽明先生の学問に敬服した者たちの存在がある。特に、密かに陽明先生と通じていた政府の一部の官僚たちの働きは、大きかった。

 すると、今度は!
 罷免され、故郷に帰って、貧困闘病生活……。
 ここで陽明先生、功利的な屈辱を排除して、気分は悠々自適♪ 故郷にあって、思い存分に自らが発明した学問を講ずる。
 すると故郷の人びとは{忽|たちま}ち、陽明先生の学問、その人となり、その功績に、心酔してゆく。
 そして、次から次へと、同志が集まってくる。その{噂|うわさ}が、広まる。更に、{益々|ますます}、教化が盛んとなる。
 ここに、陽明学は、確率する。

 すると、またまた!
 内乱の地に派遣の命が下る。
 今度は、疫病と熱病が蔓延する地。内乱の鎮定と、匪賊の討伐を、命ぜられる。
 {既|すで}にすっかり病床にあった陽明先生。
 これには、さすがに従える材料(体力)が無い。
 {因|よ}って、誰が読んでも{卒読|そつどく}忍びない陳情書を、政府に{奉|たてまつ}っている。
 概ね、以下の通り。

 「自分はもう、肺を病んで血を吐いて、始終咳に悩まされ、一度咳き込むと時々気絶して、久しうして辛うじて{蘇|よみがえ}るというような状態である。
 とても内乱の鎮定、匪賊討伐など、思いも及ばぬ……{云々|うんぬん}」

 その結果、無情にも陳情の甲斐なく、結局、派遣軍司令官としてまたもや、内乱鎮定と匪賊討伐に向かうことと相成ってしまう。
 ……が、なんと! ここでも陽明先生。再び、歴史的な功績と戦績を挙げてしまう。ここに到って遂に、陽明先生は、各地で神格視され、{崇敬|すうけい}、{仰慕|ぎょうぼ}、{敬慕|けいぼ}の念に、包まれてゆく。

 そして、その郷里への帰り{途|みち}……。
 {終|つい}に、その生命の炎が尽きる。
 陽明先生、五十七歳。
 秋の十一月のことだった。

 その三年前の陽明先生、五十四歳のとき。
 戦地に派遣される直前の概ね一年間を、郷里にて、療養しながらも、講学(学問を研究すること)に励んでいる。
 その際、陽明先生は、書簡による問答という形で、自分の所見を、延々と{披瀝|ひれき}している。
 その後半が、『{抜本塞源論|ばっぽんそくげんろん}』である。
 闘病、迫害、激戦という{艱難辛苦|かんなんしんく}を極めた合間に、よくぞ学問を更に超えた〈学問を研究する〉という講学にまで迫ることができたものぞッ!

 今は、異常時。
 平和ボケの時代……それが、現実。
 この世の常時は、治乱、動乱、戦乱。
 これもまた、現実。
 二つの、相対する現実。
 その片方だけに生きれば、それは、片手落ち。
 現実は、過去であれ、今であれ、未来であれ、{相容|あいい}れぬものであれ、事実であるという事実を、受け{容|い}れなければならない。
 俺は、そう思う。 

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その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
その自修 循観院

一息84 ミワラ〈美童〉の後裔記 R3.4.30(金) 夜7時

#### 一息マザメ「嵐の{跡|あと}。和歌の調べと、気に{障|さわ}る男どもの一言」後裔記 ####

 飛び立つ嵐あり、森へ帰る嵐あり。太陽は、ずっと見ていた。太古より連綿と、{已|や}むことのない、ヒト種の退化。*生きることと、死ぬこと*。動くときと、隠れるとき。*二進法で生きる*、自然界の生きものたち。
   学徒学年 マザメ 齢12

 一つ、息をつく。

 桜花散り残るらし吉野山あらしの{跡|あと}にかかる白雲

 と、あたい。
 独り、{言|ご}ちる。
 その白雲は、まだ桜の{蕾|つぼみ}も固く、吉野の山でもなく、烈冬の時令、嵐の跡のような離島の廃墟、その前の海岸の{遥|はる}か先、西の空の{彼方|かなた}に、拡がっている。
 こういう気分のとき、男どもの一言が、気に{障|さわ}る。

 「なーんじゃそりゃ!」と、サギッチ。
 「ここは、吉野山じゃない。{陥没|かんぼつ}山だ」と、オオカミ。
 少しの間。
 「五、五、五、七、七? それって、短歌?」と、スピア。
 ……と、実にウザイ!
 (なんで、「さくらばな」って読めんのかねッ!)と、思ったけど、ムカつくと、{却|かえ}って冷静になるあたい……みたい。
 「{玉葉|ぎょくよう}和歌集。鎌倉時代の後期。全二十巻の二巻目、「春下」のなかにある歌さ」と、そのあたい。
 「その頃の人って、太陽が丸いって、知ってたのかなーァ?!」と、サギッチ。
 そっちかい!
 (なんで、太陽なのさッ! そこは、雲の話題だろッ! 話の流れでいくと……)と、思ったあたい。されど、冷静♪
 「夕焼けかなーァ?! まだ、夕方じゃないけど。焼けたにしては、寒いし。てかさ。丸いもクソもないだろッ! そもそも、空も焼くような太陽、見ないだろう。普通……」と、オオカミ。
 「オレンジ色の空。太い黄色い放射線。その中心に、真っ白い太陽がある。それが、丸く見えたんだよッ♪」と、スピア。
 ({眩|まぶ}しいだけだろッ!)と、思うあたい。
 オオカミ、意味ありげに、あたいの顔を、見ている。
 そして、言った。
 「古代の人間たちは、自分も眩しいから、眩しいものも見えたのさ」
 あたい、{努|つと}めて冷静に、応えて言う。
 「脳ミソが退化したって、言いたいんだろうけどさァ。あたいらの祖先、地底で暮らしてたんだろッ? スピアとサギッチの祖先だけなんてことは、有り得ないんだからさァ。そいつらが、地上に出てきてごらんよ。月明かりだって、目が{眩|くら}むってもんさァ!
 地底じゃあ、進化したのかもしんないけどさァ……」
 「ぼくらってさァ。来年の今ごろ、{何処|どこ}で、何してんのかなァ」と、スピア。
 「来年かァ。おれたちが、もしハヤブサだったら、奇跡的に長寿の、白髪のジジババだなッ!」と、オオカミ。
 「知命しなくっても、ジジババになれるのかなーァ!?」と、サギッチ。
 「知命しなかったときの心配する暇があったら、知命するための心配をしなさいよッ!」と、あたい。
 「キビシイねッ!」と、サギッチ。
 「でも、言えてるねぇ♪」と、スピア。
 「文明{民族|エスノ}の子どもたちって、どうなのかなァ」と、サギッチ。
 「どうもこうもねぇ! 文明も、和も、自然も、{子等|こら}はみな、向かうは敵ばかり。{来|きた}るも敵ばかり。内に{居|い}ても、敵ばかりさッ!」と、オオカミ。
 「出たッ! オオカミ教学」と、サギッチ。
 「教学に、飢えてるようだな。
 じゃあ、その期待に、応えてやろう♪
 オス種は、{闘戦|とうせん}だけが、{戦|いくさ}じゃない。芋を掘るときも、魚介を{漁|すなど}るときも、その一つ一つ、その一瞬一瞬、そのすべてが、闘いなんだッ!」と、オオカミ。
 「好きなだけ、闘ってろッ!」と、あたい。
 「ねぇ。オス種とメス種、どっちが生き残ると思う?」と、スピア。
 「それは、どっちが数学徒で、どっちが哲学徒かによるなッ!」と、サギッチ。
 「まだ{懲|こ}りないのかい! あんたの算数病……」と、あたい。
 「みんな、算数病なのかもね。だって、生き物はみんな、二進法じゃん。オンかオフの、二つしかない。生きるか死ぬか。それだけじゃん♪」と、スピア。
 「可愛げのない子どもだねぇ! ホント、あんたって子は……って、カアネエなら、そう言うよ。きっと……たぶん、間違いなく!」と、あたい。
 「二進法じゃないのは、人間だけだ。自然界は、二進法だ。人間は、自然から離れたが{故|ゆえ}に、十六進法になっちまったのさ」と、オオカミ。
 「まァ、道理かもね。
 ほかの生きものたちは、二進法だから、判り{易|やす}い。死なないように、必死で生きてる。{鯊|ハゼ}は、必至で岩陰に隠れてるし、トンビは、生きるために、徹底的に無頓着に、ボロボロ{溢|こぼ}しながら、いつも必死で食ってる」と、あたい。
 「二進法だから、必死で、無頓着なんだねぇ? 鳥たちも、動物たちも……」と、スピア。しみじみとした顔。
 (そこは、しみじみとするところかい!)と、思うあたい。
 「懲りないから、自然の一部で居られるのさ。何度ぶつかっても、懲りない。音も、波も……」と、オオカミ。
 「波?」と、スピア。
 「ぶつかるのは、最後だけじゃん! 波打ち際……」と、サギッチ。
 三人の男ども、あたいのほうを、チラ見する。
 (波……海のことは、{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}に{訊|き}けってかい!)と、思うあたい。
 で、応えて、三人の男どもに、言った。
 「視覚に、頼り過ぎなのさ。
 おまえらも、鳥たちも……。
 波てのはさァ。ぶつかってもないし、流れるどころか、その場から、少しも動いてないのさ。後ろから肩を叩かれたら、前にいるやつの肩を、叩くだけ。肩叩きドミノさァ♪」
 「自然の一部の生きものって、みんな、重なり合ってるだけなんだね」と、スピア。
 ここでまた、三人の男ども。あたいの顔を、チラ見する。
 こいつら、本当に、判り易い。
 三人とも、今、{斯|こ}う思ったのだ。
 (魔性の鮫乙女子だけは、例外だな。
 回遊……元い。
 {遊弋|ゆうよく}してやがる!)と。間違いない。でしょ?
 ここで、サギッチの{身体|からだ}に、変化が表れる。
 目が、二進法になってるーぅ!?

 誰にともなく、サギッチに告ぐ。
 この話、まだ続けたいんなら、自分で書きなッ!

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一学80 ミワラ〈美童〉の然修録 R3.4.25(日) 朝7時

#### 申すツボネエ「迷ったら変化が大きいほうを選ぶ。それが相となる」然修録 ####

 人は、変わるから望みが出てくる。それが、*人望*。それが、*顔に出る*。それが、相。その相の基になるのが、学問。これが、己の命を運ぶとき、その命を護るための*武器となる*。それが、運を{拓|ひら}くということ。
   少女学年 ツボネエ 少循令{飛龍|ひりゅう}

 一つ、学ぶ。

 サギッチ(の然修録)、なかなかいいねぇ♪
 弁証法に{悟性|ごしょう}と、きましたかァ!
 もう半年、会ってないのよねーぇ!?
 サギッチ、{何|なん}か随分、{逞|たくま}しくなったような気がする。
 で、アタイのお気に入りのスピアの兄貴は……と、言うとーォ?!
 相変わらずだねぇ!
 でも、スピア(の後裔記)の、「迷ったら、いっぱい動くほうを選ぶ!」ってのは、いいじゃん、いいじゃん♪
 アタイはさァ。大きく変われるほうを、選ぶようにしてる。
 最近だと、〈美女〉から〈美文字家〉に変わろっかなって、思ってる。美男美女で金は{掴|つか}めても、人の心は掴めない。でもまァ、武器が多いってことは、悪いことじゃない。アタイの美しさって、武器だから。一応ね♪
 サギッチの最近の武器が逞しさなら、スピアの兄貴の相変わらずの武器は、人望かなァ? スピアという実像ではなく、兄貴という、形が無いもの。
 その無とは、可能性……{所謂|いわゆる}希望、{即|すなわ}ち人望……てな感じで♪
 よくあるよねぇ? 自他が認める人格者なのに、人が寄って来ない。寄って来ても、直ぐに離れて行ってしまう……みたいな。
 それってさァ、人望がないのさ。
 つまり、将来性がないってこと。

 武器は、相になる。
 サギッチの逞しさも、スピアの人望も、すべての武器の{基|もと}は、学。
 学は、武器となり、相となり、可能性が広がり、希望が持てる良い運が、{拓|ひら}かれてゆく。

   《 学は相をつくり、運を拓く 》

 寺学舎での学問ってのは、目的の学と行動の学の二本立てだった。
 思考によって直観力を養うのが、目的の学。
 行動によって直感力を養うのが、行動の学。
 『息恒循』は、その学が、一挙手一投足に現れるようにと、指南している。
 ということは、人格も人望も思考も言動も、それらすべてが一つとなって、一挙手一投足に現れるようでなければならない……と、言うこと。
 これ正に、{体現|Embody}。
 学問が、血となり、肉となる。
 それが人に表れたものが、相。
 その相を持った人が行動して、その人の生活が成り、その生活が、自然の一部となる。
 自然の一部となったその生そのものが、運。
 なので、学は相をつくり、運を拓く。

 で、現実。
 自分のことは棚に上げて、{或|ある}いは、どっかに{除|の}けといて、一所懸命に他人のことばかり批評する。自反なんて、どこ吹く風!
 {誹謗|ひぼう}中傷でストレスを発散して、快食♪ 快便♪ 快眠♪

 寺学舎の座学で、ちょびっと学んだだけだけど、儒学とか陽明学とかの東亜の哲学や、{唯識|ゆいしき}とか禅とかの原始仏教ってのは、最近の西洋の{流行|はや}り言葉で言うと、{自己実現|Self-realization}みたいなもんかなって、何気に思う。

 ところで、シントピック・リーディング……だったッけぇ?
 〈人相〉に関係ありそうな本を集めて、〈人相〉に関する{話題|トピック}のところだけを、{摘|つ}まみ読みした。その中から、二つ。

 【その一つ目のトピック】
 昔の話。
 {白隠|はくいん}禅師……有名なんですってねッ?
 その有名な禅師の師僧……これまた、有名な{僧侶|そうりょ}なんだそうです。
 信州飯山の{正受老人|しょうじゅろうじん}。
 ……その人です。
 ある日、一人の僧侶が、自分で彫った仏像を持って、正受老人を訪ね、{開眼|かいげん}を求めた。
 この開眼、解り{易|やす}く言うと、正規の仏像として認めて欲しい。その証しとして、儀式を{催|もよお}してほしい……と、いうことのようです。
 頼まれた正受老人、しみじみとその依頼人である僧侶の顔を眺めて、{斯|こ}う言った。
 「仏像を{彫|ほ}るよりもなァ。
 お前の{面|つら}を、もう少し何とかせんかッ!」
 面は、相。
 相は、正に{自己実現|Self-realization}。
 高遠(高尚で遠大)な理屈を、象徴的{或|ある}いは抽象的に、{然|さ}も巧みに雄弁する者は、実に多い。
 けれど、では、具体的な自分自身、その表れである相は、どうか。
 自分を大きく見せたがる{所謂|いわゆる}臭い大人は{騙|だま}せても、アタイらみたいな感性で生きてるような子どもや、本当に学問を積んだ大人は、騙せやしない。
 自己実現の表れ、{即|すなわ}ち面構えが悪かったら、どんなに自分を大きく見せようとしても、ダメ。
 どんなに巧妙で、大そう立派そうな仏像を彫れたって、面構えが悪かったら、その人間自体は、大したことはないということだ。

 【その二つ目のトピック】
 これも、昔の話。
 ドイツの医科大学で、東洋の人相の書物を集めていた。
 やってることは、アタイと同じだけど、その目的が、大違い!
 それを集めていたのは、{何|なん}とッ! 皮膚科の研究者たち。どうしてーぇ?! ……って、思うよねぇ?
 答えます。
 東洋の人相の書物には、次のようなことが、書いてある。
 だから、集めているのだと言う。
 一、生きている細胞の中でも、皮膚は鋭敏。
 二、その皮膚の中でも、顔面の皮膚……所謂面皮は、最も鋭敏。
 三、その面皮に、体内のあらゆる機能が、{悉|ことごと}く集中している。

 世界中のいろんなところから、考えも及ばないいろんな観点から、この地球上でたった一つしかない真理に向かい、到達し、そこで{皆|みな}が会し、一つの真理を共有する。
 人間って、素晴らしい♪
 そういう本当に素晴らしい人は、いい人相を持っているから、会えば直ぐに判るってことなんでしょうねぇ♪

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一息83 ミワラ〈美童〉の後裔記 R3.4.24(土) 夜7時

#### 語るスピア「第三話承知! 迷った時は、動きが多い方を選ぶ」後裔記 ####

 その後の話の要約、承知。送別会の話を、{締|し}め{括|くく}る。サギッチに一言。この島を出るかどうか、ぼくだって*迷った*。でも、*動きが多いほう*を選んだ。それが、*行動の学*だッ!
   少年学年 スピア 齢10

 一つ、息をつく。

 ハヤブサが、ぼくとサギッチを、交互にチラ見している。何かを言いたくてキョロキョロしているとき、結局、言ってしまうのがアイツの性分だ。
 で、結局、{斯|こ}う言った。
 「{何故|なにゆえ}おまえたちが、先の天地創造以来、百年ごとに絶滅が{危|あや}ぶまれるほどの動乱を起こし、そして今や、おまえらの{同胞|はらから}が多勢を{為|な}して自然から離れ、ヒト種分化という退化の{獣道|けものみち}を転がり落ちて行ってしまったのか。
 おまえら自然人は、自然に踏み{止|とど}まったと安堵自負しているようなところがあるが、分化に到ったその起因と責任は、転がり落ちて行ったおまえらの同胞たちだけにあるんじゃない。
 おまえらも、同罪だ。
 おまえたち!
 それをちゃんと、理解しているのかァ?
 まァ、解っちゃいないって確信してるから、{訊|き}いてみたんだけんどなッ♪」
 {美童|ミワラ}の四人、(ここは、黙って聴くべきところだな……)と、{皆|みな}が承知した模様。

 少しの間のあと、言語を省けないハヤブサが、更に言った。
 「古事記が編まれて千三百余年の長きに{亘|わた}り、おまえらヒト種は、文による{史|ふみ}の学に、{拘|こだわ}り続けてきた。それが過ぎたこと{故|ゆえ}に、おまえらは自ら分断、退化、滅亡への道を選んだのだ。
 百年を節目とした次の動乱を{止|とど}めることは、{最早|もはや}不可能だ。だが、次の天地創造で、ヒト種の流れを{汲|く}む亜種{或|ある}いはその亜種から分化した変種が生き残る可能性は、まだある。
 だがそれも、今のままでは、{微|かす}かな望みだ。
 なァ!
 おまえらも、おれら〈ドップリ自然の鳥種や動物種たち〉を見習って、音の学をやってみたらどうだ。
 もしそれを、おまえらが本気の大努力で体得会得することができたなら、次の天地創造から始まる数千年を、{歴|れっき}とした自然の一部の生きものとして、生き{存|なが}らえることができるだろう。
 もしそうなれば、更に次の天地創造でも、この自然界で、『胸を張って、生き残ればよし!』……と、いうものだ」

 歴とした{種|しゅ}の{狸|タヌキ}の子、{猪|イノシシ}の子、{鹿|シカ}の{乙女子|おとめご}、ウミネコ、ホモ・サピエンスの幽霊たちは、言葉を省いて珍妙な顔を東西南北に向けながら、ハヤブサの話に聞き入っていた。
 ただ一種、ハヤブサ種に類似したトビ種のトンビ一羽のみが、何か言いたそうな顔をしている。
 そして、言った。
 ハヤブサの顔を、じっと見詰めながら……。
 「ウミネコに、聞いたよ。
 おまえらの仲間に、〈渡り〉が{居|い}るんだってな。道理で、おまえらの{語彙|ボキャブラリー}の多さと{発音|プロナウンス}の多彩さには、勝てねぇ{筈|はず}だッ!
 血筋ってやつさ。
 そりゃ、おれらの種だってさ。北のやつらは、冬になると、南に移動くらいはするけんども……でもさ。おれの血の中に〈渡り〉は、入ってねぇなッ!
 まァ、{留鳥|とどめどり}の{僻|ひが}みって思われても仕方がないところなんだが、でもな。おまえらの種の名前の由来、知ってるかァ? 意外とみんな、自分の種の名前の由来なんて、知らないもんなんだよな。
 おまえらのペレグリヌスっていう種の名前にはさ。外来とか、放浪するって意味があるんだ。まァ、見た目は、おまえらのほうがカッコいいし、頭も良さそうに見えるからなッ! 僻み根性で、いろいろ調べたって{訳|わけ}さ。
 ところで、そこの四人衆!
 おまえさんたちもさァ。{留人|とどめびと}になったら、終わりだぜぇ! おれみたく、ダサい鳥……元い。ダサいヒト種になっちまうかんなァ♪
 でも、渡り{人|びと}になるって、決めたんだろッ?
 目出てーぇじゃねーかァ♪
 だから、お祝い!
 送別会さ。
 これで、解ったろッ?
 おまえらの統合種のボスが、この会を主催した意味。
 姿は無いから、見た目はおれっちのほうが上だけんど、中身は、ハヤブサの野郎でも、{敵|かな}いそうもねえなッ♪」

 窓際の二段ベッドの上の段が、ほんのりと{朱色|あけいろ}に染まった。(照れてるのーォ?!)と、思ったぼく。
 ん? ……ってことは、おにいさんのお出ましってことかなッ? サギッチが、おにいさんの姿がまだ見えないって書いてたけど、まだ出てきてないんだから、見えないよッ! ……てか、今さらだけど(アセアセ)。
 でもさ。幽霊ってのは、出てこないと見えないもんだから、それは、覚えといたほうがいいと思う。
 結局、なかなか出て来ないおにいさん……。
 朱色の{靄|もや}の中から、また、声だけが聞こえてきた。
 では、この話を、締め括ります。
 最後に、おにいさんの、{講和|スピーチ}です。
 では、どうぞーォ♪

 「ぼくの話、面白くないけど、{手短|てみじか}に言うから、聴いてもらえるかなァ?
 苦言が一つと、釈明が一つだ。

 先ずは、苦言。
 スピア君たち、亜種の自然{民族|エスノ}の四人へだ。
 ぼいくらはね、真猿亜目のヒト亜族。
 性格は、暗い。
 ヒト科として一つだったぼくらは、チンパンジーと属を異にして、このかた七百万余年。
 チンパンジーもぼくらも、{怨念|おんねん}をまるで秘伝の宝刀であるかのように、悠久、受け継いできた。
 それが、{史|ふみ}。
 それを{為|な}すが、文。
 君らの先祖……とりわけ、後裔記や然修録を生きる{拠|よ}ん{所|どころ}にしてきた源平の世以降の君らの先祖たち……彼らの生き方を、断ち切らない限り、君らの暗さと悲劇の連鎖は、止むことはないでしょう。
 これは、要約し過ぎですね。
 失礼とさえ、耳に届くことでしょう。
 でも、民族存続のために必要なのは、残念ながら、過去との決別なのです。
 過去は死、訣別は生だ。
 死は{易|やす}く、生は{難|がた}し。
 その生を貫く道は、{艱難辛苦|かんなんしんく}です。
 己と闘い、敵と戦う。
 大努力の、大{闘戦|とうせん}。
 ここは一つ、子ども同士の{誼|よしみ}で、ハヤブサ種やトビ種の両名の異見に耳を傾けて、{真摯|しんし}に向き合い素直に{勘案|かんあん}熟考してみてはどうかなァ?
 ヒト科の、統合。
 考えたことは、あるかなァ?
 ぼくたちヒト種の歴史は、{因縁|いんねん}と怨念との、決死の闘いだった。
 知っていますかァ?
 闘いに、明日はない。
 闘いに、昨日もない。
 闘いにあるのは今日、今だけです。
 でも、歴史は、一つの武器さえあれば、変えることができます。
 その武器が、勇気です。
 変えるとは、始めることです。
 無にする! と、いうことです。
 すべてを破壊して、無にして、一から、新たに始めるということです。
 その覚悟が、勇気です。
 戦争を体験して、すべてを失って、自分をも失ってしまったから、こんなことが言えるのかもしれません。
 でも、考えてもみてください。
 ぼくたちは、鉛筆を持って、それを使うことができる種なんです。ほかに、そんな種が、居ますかァ?
 じゃあ、君らは、鉛筆を持たない種を、{軽蔑|けいべつ}しているでしょうか。
 もしそうなら、君たちは、オランウータンやチンパンジーより、思いも考えも、{浅薄|せんぱく}ということになってしまいます。
 彼らの{種|しゅ}は、将来の進化や分化や退化を{推|お}し{量|はか}ったうえで、鉛筆は持たないって、自ら決めたのです。
 だから、君たちは、愚かなのです。
 予知が、できない。
 それを、恥じることすら、しない。
 君らは、この島を出る前に、恥じる感性を、磨くべきなのです。
 {然|さ}もなく、この島を出てごらんなさい。
 君たちを待っているのは、死、のみです。

 次に、釈明。
 ヒト亜種の統合種として、海辺の鳥の種みんなや、森の動物の種みんなへだ。
 ぼくは、タカ科のみんなも、ハヤブサ科のみんなも、素直な気持ちで、敬しています。
 つまりね。
 先の{聖驕頽砕|せいきょうたいさい}……{所謂|いわゆる}環太平洋の大戦で、ぼくらが死んで、ぼくら{日|ひ}の{本|もと}の民族が亡んだのは、君らを敬していなかったからではないということです。
 では、どうしてぼくらは、絶滅してしまったのでしょう。
 それは、何度も百年周期の動乱闘戦を体験しながら、その歴史に学ぶということを、しなかったからです。
 君たちは、常々、史も文字も、筆も鉛筆も、無用の長物かのように言って、それを疑うことすらしてきませんでした。
 果たして、それは、本当に、無用の長物なのでしょうか。
 統合。
 言い換えます。
 統一。
 別の熟語と合成してみます。
 天下統一。
 これを、漢字二文字に言い換えてみてください。
 支配、{傲慢|ごうまん}、独裁……。
 君たちが軽蔑して{已|や}まない史のなかで、偉人と呼ばれた軍師は、斯う言っています。
 「統合を、目指すべきではない」と。
 例えば、多くの国々が戦った長い動乱で、終に三国にまで{淘汰|とうた}集約されたとします。更に、その三国は、その後も長きに{亘|わた}って、争い、傷付け合い、殺し合う日々を続けなければならないのです。
 これを変えることが出来るのは、当事者である自分しかいません。
 争うことを止め、その三国で一国を成す。{或|ある}いは、三国三様で、それぞれを独立国として、互いが敬し合う。
 男女老幼の平和が成る道を歩む……と、己自身が決めるだけのことなんです。
 もし彼らが、史の中から学ぶ能力を有していたならば、忍び難き歴史も、耐えがたき現実も、この世に映し出されることは無かったことでしょう。
 ぼうくらはね。斯う、教えられたんです。
 「東亜や東南亜の同じ色の民族は、みな我らの{同胞|はらから}なり。親愛なる同胞、その男女老幼たちを、鬼畜色の肌をした不法無情の悪魔の支配者たちから、救い出すのだッ!」と。
 ぼくたちは、それを、信じました。
 信じる以外に、選択{肢|し}が無かったんです。
 正義のためなのだから、愛する家族のことなんか、考えてはいけない。
 正義のためなんだから、個人的な{孝|こう}に{拘|こだわ}ってはいけない。
 実際、この官舎でも、遠い海の彼方の戦地でも、みんながみんな、そう信じようと、必死で努力をしていたんだ。
 史のなかにも、音はある。
 文字のなかにも、音はある。
 海のなかにも、音はある。
 だから、心は、どこからでも、何からでも、どうやってでも、音を聴くことができるんだ。
 音が届かないのは、ぼくが今{居|い}る、君たちが知らない世界だけさ。
 だから、他の種を非難する暇があったら、自然界のため、自然の一部の生きもののため、命を削る……{即|すなわ}ち、そういうことのために、自分の時間を使ってほしいってことさ。

 長くなったね。
 ごめんね。
 ぼく的には、不合格だ。
 自反、自修。
 じゃあ。
 おやすみなさい♪」

 以上、送別会の話、おわり。

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一学79 ミワラ〈美童〉の然修録 R3.4.24(土) 朝7時

#### 申すサギッチ「プレゼン力で上達する要領。弁証法に学ぶ」然修録 ####

 島を出る? その方法は? 計画は? 計画とは発明と同じで、必ず、「*どんな方法がある*?」から始まる。そこでは、{荒唐無稽|こうとうむけい}なアイデアが味噌、{即|すなわ}ちプレゼン力! 西洋の弁証法から、*要領の神髄*を学ぶ。
   少年学年 サギッチ 少循令{猛牛|もうぎゅう}

 一つ、学ぶ。

 スピアの後裔記。送別会のこと。それ自体は、いい。
 でも、決まっているのは、次の、スピアの言葉だけ。
 「ぼく、この島出るから。おまえ、どうする?」
 ……と、{訊|き}かれてもだッ!
 では、問う。
 いつ、どこから、何に乗って、どこへ、どのようにーぃ??
 唯一、「誰が?」は、言わずもがな、我ら{美童|ミワラ}四名。
 {正|まさ}に、無計画!
 計画は肝要、発明に同じ……と、思う。

 そうそう、それそれ♪
 オオカミ先輩が{放|ほ}ったくっている**あれ**、島の{子等|こら}の手作りゲームから学んだ、発明発想法♪
 その知識を、今こそ〈計画〉の発明に、活かすべきときではないのかッ!
 なので、オオカミ先輩の代わりに、その活かし方について、ちょっとだけ、考えたり調べたりしてみた。

 {主題|テーマ}は、{況|いわん}や!
 オオカミ先輩も{拘|こだわ}り続けている〈あれ〉……。
 「要領よくやる!」だ。

   《 「どんな方法があるか」的な性格に変われ! 》

 「これが、おれの{遣|や}り方だッ!」で、通るのは、精々最初の一回か二回だ。そうそう何度も、通用するもんじゃない。それを、何十回も押し通そうとしている先輩たちが、多いような気がする。
 {何故|なぜ}島の{子等|こら}は、ゲームを何十回とやっているうちに、だんだん要領が解ってきたのか。それは、ゲームというものの性質が、{所謂|いわゆる}一つの〈型にはまった仕事〉だからだ……と、思う。
 繰り返してやっているうちに、その型を理解し、その型にはめようとする。その型にはめさえすれば、要領は、よくなる。じゃあ、その型を使えば、おれらがこれから{挑|いど}むべき旅も、要領よく進めることが出来るのだろうか?
 無論、その答えは、{否|いな}!だ。
 目的や目標が変われば、〈型〉も変わる。

 さて。
 その目的が変わっても、また直ぐに、要領の良さを発揮する者が{居|い}る。かと思えば、またまた、いつまで{経|た}ってもダメダメで、要領を得ないやつも居る。この違いは、{何|なん}なのだッ!
 それが、そいつの〈クセ〉{即|すなわ}ち、性格というものだ。
 子等のゲームは、その〈クセ〉が、よく表れていた。
 オッサンを{追|お}ん出せたら、「やった、やった、よかったァ♪」で、以上終わり! これが、性格というものだ。この性格を変えなければ、何事も、要領よくやることなんか出来ない。
 「もっと効果的にオッサンを追ん出すには、他にどんな方法があるだろうか?」と、そこに興味を示すような性格に変わらなければ、問題が起きた{或|ある}いは予測されるときに、次の一手を打つことが出来ない。
 その一手を打てない限り、その仕事の上達はない。上達しないということは、いつまで経っても要領が悪いということだ。
 ここで判るように、「他にどんな方法があるかッ!」と、そこに興味が向いたら、次は、そのありとあらゆるその〈他の方法〉を、並べてみる。考えられる他の{遣|や}り方や方法を、出来るだけたくさん、並べてみるというこいとだ。

 ここで、留意するべき大事な点がある。
 {既知|きち}の型に、{囚|とら}われないこと。
 言い換えれば、「{荒唐無稽|こうとうむけい}なことも、遠慮せずに並べろッ!」と、いうことだ。デタラメだからとか、現実性がないからとか、そんな理由で並べるのを{止|や}めてしまったら、結果は、元の{木阿弥|もくあみ}になってしまう。進歩も上達も、望めない。
 理屈は、確かにそうかもしれないけど、ここが、日本人にとっては、なかなか難しい。その理由は、昔の一万円札を見れば、直ぐに判る!
 「和を{以|もっ}て{尊|とうと}しとなす」と、教えた人……聖徳太子その人が、長年、一万円札に君臨して、我が国のすべての大人たちに、「和だぢょ! 和だぢょ!」と、言い続けてきた。
 だから、突飛なことや、外れたことを嫌う……と、そんな国民性になってしまったのだ。
  
 では、一万円札を使ってこなかった西洋の人たちの国民性は、どんな感じなんだろう。対比して、上達……要領について、考えてみよう。
 西洋人たちは、{斯|こ}う考える。
 人間なんだから、一人一人の考えが違うのは、当然だ。その考えを実現、押し通すためには、相手を説得、納得させなければならない。それがダメなら、闘争しか道は、なくなってしまう。だから、説得に全力を、傾けるのだ。
 そこで、その説得のためには、{新奇な着想と工夫|アイデア}が、必要となる。{冗談|ジョーク}を飛ばすのも、そのアイデアの一つだ。なので、{駄洒落|オッサンギャク}も、実は、{満更|まんざら}捨てたものではないのだ。
 {故|ゆえ}に、ほかの人と同じような方法を並べていたのでは、説得など出来るはずがない。そこには、アイデアが必要……即ち、荒唐無稽な考えが、{鍵|カギ}となるのだ。

 西洋人は弁証法を好み、日本人は談合を好む。
 日本人は、口では弁証法的な遣り方だと言い訳しながら、好んで談合という方法を選ぶ。ほかの方法を、並べてみようとは、思わない。
 対して西洋人は、その談合を、嫌う。何故か。
 ここで、西洋人たちがやっている本当の弁証法というものを、知る必要が出てくる。
 先ずは、学校で習う弁証法とは……。
 {矛盾|むじゅん}が生じて対立してしまった二つの考え方がある。この矛盾を解消し、対立を解決するための新しい意見を、提示する。矛盾して対立している両者が、それぞれ〈正〉と〈反〉。提示された解決策の意見が、〈合〉だ。

 では実際、西洋人が好む*本当の*弁証法というのは、{如何|いか}なるものなのか。
 〈合〉は、矛盾して対立する〈正〉と〈反〉の妥協でも、{折衷|せっちゅう}案でも、{況|ま}してや{譲|ゆず}り合いでもない。
 〈正〉とも〈反〉とも全く異なる次元に立ち、両者の矛盾も対立も自然に解消してしまうような、奇抜で意外なアイデアのことだ。
 この、最も寛容なところを理解もぜず、学校でも教えないので、弁証法と称して、妥協・折衷・譲り合いという、生かさず殺さずの談合を繰り返している……と、いう{訳|わけ}だ。
 これでは、西洋人が日本人との商談を嫌うのも、無理はない。

 この〈合〉の{新奇な着想と工夫|アイデア}を考えるときに、注意しなければならないことがある。
 この注意の説明は、難しい。
 一般的な言葉で、〈理性〉というものがある。弁証法のアイデアを{勘案|かんあん}する場合、この理性を働かせて熟考してはならない。
 理性は、人間の本性であり、善悪を判断する思考が働く。アイデアとは、善悪を判断することではない。善悪を判断の基準に置いてしまうと、せっかくの有効な着想やその工夫の案が、振るい落とされてしまう。
 {寧|むし}ろ、〈手段を{択|えら}ばず〉!なのだ。
 こう書くと、如何にも狩猟民族的な好戦的な思考法のように思えてしまう。農耕民族の日本人には、{馴染|なじ}めない。だから{敢|あ}えて、弁証法を正しく理解することを{避|さ}けているのかもしれない。
 禅に、{悟性|ごしょう}という言葉がある。
 {寧|むし}ろ日本人には、「この悟性で{以|もっ}て勘案熟考せよ!」と言ったほうが、受け{容|い}れられやすいのかもしれない。
 禅での悟性の意味は、悟りを開いたり理解したりする資質のことだ。{然|しか}し、この悟性という言葉は、一般的に使われることはない。
 なので、ここで敢えて、一般的な意味を、定義してみる。
 〈総合的で、包括的で、しかも普遍的な、万能の理解力〉
 う、んーん! もう一つ、しっくりこない……(アセアセ)。

 まァまァ、そいは{兎|と}も{角|かく}。
 では、主題に対する結論。
 要領とは、この理性(善悪の判断、即ち平凡)と悟性(奇想天外、或いは荒唐無稽)を、適宜、有効的に、使い分けながら駆使することである。
 ……みたいな♪

####
「教学編」朝7時配信……次回へとつづく。
「自伝編」は、教学編の前夜7時に配信です。

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その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
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一息82 ミワラ〈美童〉の後裔記 R3.4.23(金) 夜7時

#### 語るオオカミ「秘密基地で送別会! その第二話」後裔記 ####

 自然の一部の生きものとして、それぞれが己の種の宿命と*闘い*ながら、*必死*で生きている。変わらなければ、進化しなければ、生き残れない。それが*解っていても*、日々*切磋琢磨しても*、それでも死ぬときは*死に*、亡びるときは*亡びる*。
   学徒学年 オオカミ 齢13

 一つ、息をつく。

 【考察一】
 サギッチの後裔記。
 サギッチ、第ニ話を、暗にスピアに振る。
 【考察二】
 スピアの然修録。
 スピア、それを感じ取り、観念して引き受けた模様。
 【考察の結果】
 史料室にて。
 スピア、第二話を、安堵しているおれに振る。

 岸辺の鳥たちが居室の空気を{危|あや}うくするなか、{暫|しば}しの沈黙を破って口火を切ったのは、タヌキだった。
 サギッチは、おにいさんの姿は見えなくとも、声だけは聞くことができているようだが、おれは、ハヤブサの回答から、おにいさんの問いの内容を拝察するしかなかった。
 動物たちの声は、森や岸辺で何度も聞かされたので、さすがにもう努力などしなくても、無意識のうちに耳の中で響いてくれる。なので、それがタヌキの声だと、直ぐに判った。
 で、そのタヌキが言った。
 「ボクって、あと何年生きたら、{爺|じい}さんタヌキになるのかなーァ?!」
 ウリ坊、矢庭に応えて言う。
 「おまえらが成るのは、爺さんタヌキじゃなくて、{古狸|ふるだぬき}だろッ♪ てかおまえ、自分の寿命も知らねえのかッ! {呆|あき}れたもんだな」
 「そう言うおまえは、どうなんだッ!」と、タヌキ。
 「ウリウリ♪ おまえらとは、違う。おれらは、五年も{経|た}てば、もう立派な頑固{爺|じじい}だ。十年も生きた日にゃあ、長寿{大往生|だいおうじょう}さ。
 だから、おれらの子ども時代は、忙しいのさ。おまえらと違って!」と、ウリ坊。
 「だから、色分けしてるんだねぇ? もうすぐオトナになる忙しいころが{縞々|しましま}で、もうすぐ死ぬ忙しくないころが茶色。{柄|がら}で判るから、便利だよね。きみたちは……」と、タヌキ。ウリ坊、絶句!

 ここで、{何故|なぜ}かスピア!
 「ぼくらも、一緒だね。ウリ坊と……」と、なんかこいつ、妙に溶け込んでる。
 「一緒って、何がーァ??」と、サギッチ。そう、そこだったッ!
 「子どもがウリ坊、オトナが{猪|イノシシ}。
 ぼくらも、同じ。呼び名が変わるじゃん。
 子どもが{美童|ミワラ}、オトナが{武童|タケラ}。でしょ?」と、スピア。
 「{柄|がら}は、一緒だけどな。おれら……」と、おれ。
 「確かに、ずっと{柄|ガラ}が悪いもんねーぇ♪ あんたたち男どもはッ!」と、その男どもと〈一緒〉を{遥|はる}かに超えて柄が悪いということに気づけず、未だに自覚できていないマザメが言った。
 {因|ちなみ}に、この女子種。幼少名を、魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}というが、予想するに、こいつがオトナになると、悪夢の{鯱|シャチ}{乙女婆|おとめババア}と呼ばれることに相成ろうか。
 たぶん{概|おおむ}ね、当たらずも何とやら。待てば必ず、{何|いず}れはそう相成ろう……{嗚呼|ああ}、怖ろしや、怖ろしやーァ!!

で、ここでまた、スピア。
 「ぼくら、柄が悪いんじゃないよ。柄が、無いんだよッ! ウリ坊みたいに大努力しないと、柄にならないんだよ。たぶん」
 「じゃあ、あんたらの大努力は、柄にもないってことだねぇ? ちゃんと自分のこと、判ってるじゃん。偉い偉い♪」と、マザメ。
 「こいつら、毎晩徹夜して{匍匐|ほふく}前進してっから、縞々になるんじゃん! おれら、べつに縞々になる必要なんて無いし!」と、サギッチ。
 「普段、長い{脚|あし}で立ってるから、{匍匐|ほふく}って言うんでしょ? ウリちゃんたち、いつも短い脚で突っ伏してるから、匍匐とは違うと思うけど。
 でも……だとしたら、〈なに前進〉って言えばいいのかしらん!」と、小鹿の{乙女子|おとめご}ちゃん。
 「また、悩みだしたぞッ! おまえが、{余計|よけい}なことを言うからだ」と、おれ。そう言ってスピアを横目でチラ見したが、反省の色無し!
 トンビが、翼を広げて、グライダーのポーズ♪
 {何|なん}でまた、唐突にぃ!
 そして、言った。
 「{斥候|せっこう}は、突っ伏して地を{這|は}うより、空から偵察したほうが、効率がいいぢょ♪」
 そしてまた、羽ばたいて見せた。
 こいつらがみんな好き勝手に羽ばたくと、足の踏み場が無くなる……てか、寒くっていけねーやァ! てなわけで、以後、〈室内羽ばたき禁止〉と、相成る。

 ところでハヤブサ、無言。
 何やら、ムッツリ!
 何か、言いたそう……。
 で、言った。
 「おまえらヒト種は、文字に{拘|こだわ}り過ぎだ。大事なのは、響きだ。文字の形じゃない。言葉の意味でもない。{上手|うま}く歌えるかどうかだ。
 そろそろ、歌の練習が始まる。
 ホーホケキョ♪ が上手く歌えるようになるまで、あいつらがどんなに朝練と独習と自反を重ね、セッションに参加しならがらみなが互いに切磋琢磨に{努|つと}めているか、その歌声を聴けば、おまえらも少しは、考え方を改める気になることだろう」

 すると、それまでミャーミャー言わずに黙って聴いていたウミネコが、羽ばたきを{諫|いさ}められて肩を落として翼を垂れているトンビのほうをチラッと見ると、ぼそっと言った。
 「不思議だよね、あんたたちって。
 ホケキョちゃんたちはさァ。アタイらが旅立つころに練習を始めるから、そいつが言うことも解るんだけど……てか、『ホケ、ホケ、ケッケッキョー♪』って、まァ、壊れたスピーカーから流れてくる途切れ途切れの町内放送みたいだから、あの子たち、春の間、よっぽど猛練習するんだろうねぇ。
 で、あんたたちさ。けっこう、いい声して鳴くじゃん? 『ミャーミャミャミャミャミャミャ♪』……みたいにさァ。そのわりには、あんたたちが歌の練習してるところ、見たことないんだよねッ!
 それとも、何かい? アタイらがいない夏の間に、猛特訓でもしてるのかい?」
 「{似|に}てないし……」と、マザメ。独り{言|ご}ちる。
 「ウミネコの声、そのまんまだし……」と、サギッチも、独り言ちる。
 「ヒーヨヨヨヨヨヨヨヨ♪」と、トンビ。
 「それそれーぇ♪」と、ウミネコ!

 ここで、意外にも、口を挟んでくるチビ助の坊主が{居|い}た。
 心{密|ひそ}かに、何を考えてたんだかッ!
 コソコソと{然|しか}しながらガサガサと{耳障|みみざわ}りな音をたてながら、ウリ坊が言った。 
 「朝練してるのは、ホケッキョちゃんたちだけじゃないよ。毎朝3時前から練習……てか、雄叫び? それとも、ヤケクソ?
 コーーケコッコーーォォォ♪ ってさァ。{兎|と}に{角|かく}そいつら、朝も{早|は}よから、{煩|うるさ}いの煩くないのって、煩いんだってばッ!」
 そう言い終わったあともまだ{猶|なお}、陣取ったその場で全身をクルクルと回転させながら、何やらブツクサと{呟|つぶや}いている。
 問題は、その{所作|しょさ}のほうだ。床に爪を立てたり、背中を{擦|こす}りつけたりしている。それを、{憐|あわ}れと思うが{故|ゆえ}か、ほかの皆それぞれが、その様子を無言で、暫し見守っていたのだった。
 {後|あと}で、おにいさんから聞いた話によると、その床は、レッド・アイアン・バークと呼ばれる南半球産の鉄のように硬い{硬質木材|ハードウッド}の床なんだそうだ。
 掘ることは{疎|おろ}か、削れもしない。
 それでもウリ坊は、送別会が終わるまで、その{虚|むな}しい限りの大努力を、{止|や}めようとはしなかった。これが、自然の中で……「自然の一部として、生きる」ということなのか。
 何やら、意外と鳥や動物たちから学ぶことが多いおれたちヒト種が、無性に、情けなく思えてきた。

 ……てか、この送別会の話、要約しないと、延々と続きそうだ。
 {某|ぼう}後輩に告ぐ!
 観念して、この後裔記の続きを引き受けて、この話を、えーかげん、終わらせてくれッ!

####
「自伝編」夜7時配信……次回へとつづく。
「教学編」は、自伝編の翌朝7時に配信です。

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その編纂 東亜学纂
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一学78 ミワラ〈美童〉の然修録 R3.4.18(日) 朝7時

#### 然修録「狂え、破れ、開き直れ、浮き上がれ!」 少年スピア 少循令{猫刄|みょうじん} ####

 格物で*堅物*になった、ぼくとワタテツ先輩! そこには、徳を求めるあまり、落とし穴があった。*重いから*、落とし穴に*落ちる*。もっと浮き上がるほどに、軽くなれ! 美徳ある人間とは、*面白いやつ*なりーぃ♪

 一つ、学ぶ。

 サギッチの後裔記が引っ掛かるけど……送別会の第二話、もしかして、またぼくに振ってる?
 まァ、それは、後で考えるとして。
 ところで、オオカミ先輩。
 ここんとこ見ないなって思ってたら、先日、史料室の黙読コーナーで発見!
 道理で、{見事|ナイス}!な然修録♪
 そこへいくと、ワタテツ先輩は直球過ぎるし、ぼくは逆に、変化球が多過ぎる。
 オオカミ先輩が書いてた『明君家訓』の中で求めてる異見と{諫言|かんげん}の諫言って、陽明先生の格物に通ずる話だよね?
 いつものぼくなら、陽明先生と朱子との格物の解釈の違いについて書き始めるところだろうけど、今回は、{止|や}めときます。
 ワタテツ先輩の格物は、行動の正しさを求めること。
 ぼくの格物は、思考の正しさを求めること。
 共通点は、{崩|くず}れたくない、{壊|こわ}れたくない、正しくありたいという、願望。
 で、偉人たちの語録を、いろいろ読んでみた。
 なんと偉人たちは、ぼくやワタテツ先輩と、真逆!
 {狂|くる}え! 破れ! 開き直れ! 浮き上がれ!
 ……だった。
  
   《 一に、狂え! 》

 ルキウス・アンナエウス・セネカ。 
 ローマ帝国の哲学者、政治家、詩人。
 その語録。
 「人間にはもともと狂った部分がある。狂っているときが一番健全で正常なのである」
 傑作! 的を、{射|い}抜いてる……と、思う。
 その真逆、一番不健全で異常なところは、分化と退化が止まらなくなったぼくらヒト種を見れば、直ぐに判る。
 {冷|さ}めてる。
 熱くなれないんだから、狂えるはずがない。
 狂っているときがないということは、常に不健全、常に異常ということだ。

 坂本龍馬。
 「自我狂」という言葉がお気に入りで、よく筆書きしていたという{逸話|いつわ}が、残っている。

 吉田松陰。
 若者たちに向かって、よく{斯|こ}う言ったそうだ。
 「諸君。狂いたまえ」

 {山県有朋|やまがたありとも}。
 長州藩士、のちに政治家。そして、元帥陸軍大将。
 自分のことを、「狂介」と呼ばせた。
 その狂介が、{詠|よ}んだ歌。
 「狂をなし愚をなすも
 我れいずくんぞ{憂|う}れえん
 我れは我が志を行わんのみ」

 考え過ぎるから、その間に、冷めてしまう。
 冷める前に、狂え! ……と、いうことらしい。

   《 二に、破れ! 》

 面白くて、一緒に居ると楽しくて、精力や元気をくれる人。
 {是|これ}、絶滅危惧種。
 名付けて、型破り野郎♪

 {頭山満|とうやまみつる}{翁|おう}。
 明治から昭和の前期にかけて、アジアの独立運動家への支援など、精力的に活動した政治運動家。
 その語録。
 「世界にはいろいろな料理がある。中華料理、西洋料理、日本料理、どれもうまいけれど、この世で最高の味と言えば、それは人間{味|み}という味だ。
 料理の味は腹の中に入ったら忘れてしまうが、人間の味は人々の想い出の中だけでも生き続ける」

 {春日潜庵|かすがせんあん}。
 幕末から明治初期の儒学者、政治家。のち、初代奈良県知事。
 その語録。
 「短所{数|かぞ}うべきあらば第一級の人物」

 型破りな生き方をした人間には、味がある。
 {故|ゆえ}に、冷めて退化した現代人は、無味無色無臭なりや!

   《 三に、開き直れ! 》

 開き直るとは、本当の自分を知って、それを公言するということ。歳数を重ねてしまった自分は、判り{難|にく}い。
 一番判り{易|やす}いのは、産れたときの自分。素っ裸! 何もない。何も、持ってきていない。
 だから死ぬときも、何もない。何も、持って{行|ゆ}けない。

 宮本武蔵。
 その剣術は、すべてを捨て去ることで完成した。
 それを教えたのは、沢庵禅師。
 出会ったときの武蔵は、戦場で子どもを{斬|き}ったことを悔いて、放浪中であった。
 その武蔵に、沢庵は斯う言った。
 「人間、もともと無一物。無一物こそが無尽蔵なのだ」

 素っ裸の人間が無尽蔵に居るような国になれば、正に時間も無尽蔵! 未来{永劫|えいごう}、その国は、{安泰|あんたい}なりや♪

   《 四に、浮き上がれ! 》

 寺学舎でも学んだ安岡教学の安岡先生。
 その語録。
 「徳とは無類の明るさのことである」
 知識や技術が徳ではないことは、寺学舎の座学でさんざん学んだ通り。
 徳がある人は、何故かみんな、元気がいい♪
 その元気の内訳は……。
 明るい。
 人間好き。
 世話好き。
 世のため人のために尽くすことが好き。

 人は、深刻になると、重くなる。
 逆に、真剣になると、軽くなる。
 「あッ、{軽|かる}さかーァ!!」
 「ッ、」を取れば、「明るさかーァ♪」と、相成るーぅ?!
 ……なんて、こりゃまた、失礼をばッ!(アセアセ)

 楽しくないから、明るくなれない。
 そりゃそうだ。
 浮き上がるほどに、軽い人間になれ!
 軽くなって浮き上がれば、土は香りを漂わせ、木も楽しそうな表情を見せてくれる。
 土が香り木も楽しそうなら、自然の一部の人間も楽しい。
 楽しいから、明るい。
 明るい森林、明るい自然、明るい未来♪

####
「教学編」朝7時配信……次回へとつづく。
「自伝編」は、教学編の前夜7時に配信です。

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一息81 ミワラ〈美童〉の後裔記 R3.4.17(土) 夜7時

#### 後裔記「秘密基地で送別会! その第一話」 少年サギッチ 齢9 ####

 いつもの{類型|パターン}。スピアが言った。「ぼく、この島出るから。*おまえ*、*どうする*?」 次。「明日、ぼくらの送別会。ぼく行くけど、*おまえ*、*どうする*?」 で、*幽霊*主催、*鳥と動物たち*が催した送別会! で、どうしたかってーぇ?!

 一つ、息をつく。

 「結局、決まらなかったなッ!」と、オオカミ先輩。
 「秘密基地じゃなかったのォ?」と、マザメ先輩。
 「それでいいと思う」と、スピアのやつ。
 {美童|ミワラ}四人衆、入江に、揃い踏み。
 四人{皆|みな}、秘密基地……廃墟を、見{遣|や}る。
 その視界の下のほうで……一羽、歩いている。
 ここでおれ、一言。
 「{立腰|りつよう}だなッ!」
 「はーァ?!」と、マザメ先輩。
 でもしっかり、{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}の目は、前方のウミネコを、{捉|とら}えている。
 「まァ、確かに。ケツを後ろに突き出して、腰は前に前に。腹には空気を{溜|た}め込んで……。『まァ、』と言うより、『完璧!』だなッ♪」と、オオカミ先輩。
 「妊婦さんもだよねぇ?」と、スピアの野郎。
 これがズバリ、いつもの「一言多い!」ってやつ。理屈排出開始!の合図でもある。
 「はいはいはいはい……。前に出すのは腹じゃなくって、腰でしょうがァ!」と、マザメ先輩。至極、ご{尤|もっと}もォ♪

 そんな{訳|わけ}で、おれたち四人は、秘密基地へと向かっていた。
 目的は、おれらの送別会。
 〈発案〉 幽霊のおにいさん
 〈参加者〉 海辺の鳥たちと、森の動物たち
 〈お品書き〉 対話の{咀嚼|そしゃく}のみ
 以上。

 秘密基地の二階の居室は、{既|すで}に、いつになく{賑|にぎ}わっていた。
 早速、問題の発生に気づく。
 {糞害|ふんがい}!
 しかもトンビの野郎、いつにも増して、下痢気味の様子。ほかの種の鳥どもとて、程度の違いがあるだけで、どいつもこいつも、慢性の下痢だ。
 思わず、窓の外を見遣るおれ。青とも灰ともつかぬ、{如何|いか}にも{渇|かわ}いていると判る空を見て、ふと思った。

 ({嗚呼|ああ}、この島に来て、今月でちょうど、半年かァ。過去に{往|い}にやがったおれの命の半年分、この部屋にもあった恒令の「五省」じゃないけど、正にまったく、努力に{憾|うら}みなかりしか!だ。
 そういうことは、浦町を出る前に、ちゃんと寺学舎で教えといてくれよって、今にして思う……てか、言いたい! 後悔のない大努力をしろって言われたって、何を努力すればいいか考えてるうちに、半年なんか直ぐに{経|た}って、過去のどこかに消え去っちしまう。
 だのにもう、次の島。そこで努力を憾んで、また次の島ってかい! 嗚呼……情けなや、情けなや)

 幽霊のおにいさんは、まだおれには見えないけど、やっと気配だけは、五感のどいつかが捉えてくれるようになった。送別会が終わる頃に、やっと見えてくるんじゃないかなッ!
 スピアの野郎の説明によると、そのとき、おにいさんは、うつぶせ寝の体勢。無言。但し聴覚は、周囲からの刺激に反応していた。
 引き戸が半開きになった玄関から、カニ歩きで部屋の中に入ったときには、まだ鉄の寝台の上の段の床の上を、転がるようにして右を向いたり、左を向いたり、仰向けにもなってみたりして、何やら、落ち着かない様子だったそうだ。
 で、幽霊のおにいさんが選んだ、最も落ち着ける体勢が、その{俯|うつぶ}せだったという訳だ。

 やがて、それぞれの種は、居室の中に自分の居場所を確保し、そこに陣取って動かなくなった。固まったって意味じゃなくて、座り込むか、立ちすくんでるってこと。
 {静寂|せいじゃく}、{即|すなわ}ち沈静化まで、もう一歩……と、いうところで、依然、歩き回っている種が、一羽! 言わずもがな、ウミネコ。まだ{喋|しゃべ}らないけど、たぶん、こいつがあの、ウミネコだ。
 無論、名札でもぶら下げといてくれないと、カモメなんだかウミネコなんだか、見分けはつかない。

 そのときのおにいさんの様子は、例によってスピアのやつの説明によると、{斯|こ}うだった。
 ウミネコのペタペタ歩きの音というか、気配というか、{兎|と}に{角|かく}そやつの存在が{鬱陶|うっとう}しいとでも言わんばかりに、身をよじりながら、両の耳をウミネコから{背|そむ}ける努力をしていた。
 ……が、首を{捻|ひね}った一瞬、視覚までもが、ウミネコを捉えてしまった。それで、{遂|つい}に観念してしまったのか、おにいさんが、口を開いた。
 その声は、最初は{微|かす}かにだったけど、{俄|にわ}かにハッキリと、おれの耳でも、捉えることができた。
 で、幽霊のおにいさんが、{猶|なお}もペタペタと歩き続けるウミネコに向かって、{斯|こ}う言った。

 「ねぇ。
 ねーさんたちは、{日|ひ}の{本|もと}の列島の南から北まで、渡り歩いてるんだったねッ?
 どんな感想を、持ちましたかァ?」

 ウミネコのおばはん……元い。おねーはん! (また、ミャーミャー言うんだろうなァ……)と、思いきや。意外と、真面目な答えを返してきた。
 てか、(渡り**歩く**って、皮肉かい!)と、思ったおれ。
 で、おねーはんが、{応|こた}えて斯う言った。

 「{何|なん}か、学校に{居|い}るみたいやなァ。
 その、物言い!
 まァ、はい。
 答えます。
 キウシュウ{島|じま}は、異国情緒が染みついている。
 ハンシュウ島は、痛恨が漂っている。
 ホウカイド島は、異民族が{彷徨|さまよ}っている」
 おにいさんが、言う。
 「さすがは、音に聞こえた渡り鳥の{目利|めき}きですね」
 「違うよ」と、ウミネコ。
 「違う?」と、おにいさん。
 「渡り**歩いてる**ときのほうの感想を、訊いてきたんだろッ? だから、{利|き}いたのは目じゃなくって、聞こえた音を捉えた耳のほうだって答えたのさ」と、ウミネコ。
 「音ーォ?! 耳ですかァ?」と、おにいさん。
 「そうさなッ!
 飛んでるときには、左右の脳ミソちゃんを、片方づつ寝かせながら、視覚を利かせながら飛ぶ。
 でも、歩いてるときにゃ、左右両方の脳ミソちゃんを眠らせて、聴覚を利かせながら歩く。
 まァ、進化さァ♪」と、ウミネコ。
 ここでスピアの野郎、口を挟む。
 「ねぇ。
 てか……っていうか、おまえ……じゃなくて、オバちゃん……っていうか、オバちゃんたちってさァ。
 どこに行っても、そんなに、いつもいっぱい、歩いてるのォ?」
 ウミネコ、応えて言う。
 「いつもは当たってるけど、どこに行ってもってのは、外れだねぇ。北国でもたもた歩いてたら、凍え{死|じ}んじゃうじゃないのさァ!」

 ここでハヤブサ、{嘴|くちばし}!を挟む。
 {因|ちなみ}に、スピアのやつが好き勝手に付けた名前っていうか呼び名は、ここでは、無視する。
 ややこしくって、いけねーぇ!!
 てか、{既|すで}におれの頭ん中、こんがらがって、ドングリヒッチンかやしとりますがーァ!! ……(アセアセ)。
 で、ハヤブサが、言った。
 「もたもたしても生きていられるのは、おまえらヒト種くらいのもんだ。おれらの種の寿命は、短い。十年も生きれば、もう立派なクソ{爺|じじい}ぢゃ!」
 {面倒|めんどう}っちい{爺|じい}さんなんだか、生意気な{若造|わかぞう}なんだか、見ただけじゃ、{判|わか}んねぇッつーのォ!

 そのときだった。
 魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}が、吠えた!
 「一緒にすんじゃないわよォ!
 この素っ頓狂タワシ{頭|あたま}野郎がーァ!!
 ヒト種は、もう、一つじゃないんだよ。
 あたいらは、{歴|れっき}とした自然の一部……亜種、自然{民族|エスノ}なのさ。
 覚えときなァ!
 この、すっとこタワシ{頭|あたま}どっこいがーァ!!」

 ハヤブサ、目を丸くして、マザメ先輩の顔を、じっと見ている。
 無論、素っ頓狂な顔で。
 その様子を、トンビが、不服そうな顔をして、頭を左右に振りながら、その一匹と一人を、交互に見遣っている。
 まるで、斯うでも言いたげな、元祖!素っ頓狂な顔で……。
 「素っ頓狂な顔と、まん丸い目は、おいらたち種の、専売特許だぞーォ!!」……みたいな。

 一応、ここで、断わっておく。
 送別会は、まだ始まっていない。
 てかもう、始まってんのかなァ?
 {何|いず}れにしても、長くなりそうだ。
 ……と、いうことはだ。
 このまま書き続けると、また、あの悪夢の*要約*を、言いつけられてしまう。
 「誰に?」って、そりゃアンタ、心優しい悪意に満ちた魔性のオトメっち様……えっとォ、かもしれないやん?
 でもそれは、間違いなく。
 たぶん……でも、絶対に!

####
「自伝編」夜7時配信……次回へとつづく。
「教学編」は、自伝編の翌朝7時に配信です。

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一学77 ミワラ〈美童〉の然修録 R3.4.17(土) 朝7時

#### 然修録「立腰は宿題。仕事は天職、本気、強み」 学徒オオカミ 少循令{石将|せきしょう} ####

 仕事選びは知命に同じ、天命に{到|いた}る*運命の道筋*なりや! 思い悩みいくら考えても道筋は見えぬ。追い込まれて*必死*になったとき初めて見えてくるもの。本当の仕事を知り{窮地|きゅうち}で*自立*した者たちが、組織を未来{永劫|えいごう}へと{護|まも}り抜く。

 一つ、学ぶ。

 マザメーぇ!!

 {立腰|りつよう}は、力んでも{勇|いさ}んでも、直ぐには言葉が出て来んぞッ! ケツを突き出し、腰を前に出す……一言で説くならば、和流の「禅」。{即|すなわ}ち、{匠|たくみ}だ。
 またの機会に♪ と、いうことで……(アセアセ)。

   《 一、仕事は天職 》

東洋の思想家たちが、己の在り方と生き方に重きを置いたのに対し、西洋の思想家たちは、職業の意義を重視してきた。
 日本人は、東洋の思想、特に儒学を大事として学んできたが、ここ職分を考えるに到っては、西洋の卓越した思想家たちを、素直に敬する気持ちを持たなければならない。
 {何故|なぜ}なら、西洋で職業というのは、{ブゲッション|Vocation}であり、その意味が、{召命|しょうめい}であるからだ。
 召命とは、神から、特定の職業に{召|め}された者が、使命感を持ってその仕事に従事することであり、{是|これ}正に〈天職〉であり、{所謂|いわゆる}〈天命〉であり、即ち〈使命〉なのだ。
 {故|ゆえ}に、日常の仕事は、神に通じている。
 故に、個性を発揮できる。
 故に仕事とは、永遠の真理なのだ。

   《 二、仕事は本気 》

 考えてばかりいる人がいる。
 壁にぶつかると、直ぐにその壁の超え方の答えを、先輩や同輩から教えてもらおうと考え、質問して回る{輩|やから}たちが数多く{居|い}る。
 自信満々で、社会に出る。
 人前で、{上手|うま}く{喋|しゃべ}れない。
 事務処理が、遅い。
 営業では、アプローチアウトで{凹|へこ}む。
 まるで、海辺で育って泳ぎにだけは自身がある〈わんぱく坊主〉が、プールでどんなにもがいてもドンジリで、{挙句|あげく}、赤坊を{被|かぶ}らされて、居残りでバタ足から特訓を受けさせられてしまう……みたいなッ!
 {自尊心|プライド}が、ズタボロのボロ雑巾!
 そっとしておいて欲しい。
 誰にも気づかれずに、{独|ひと}り家に帰りたい。
 ……が、そこで、無情の赤坊!
 正に、泣きっ{面|つら}に蜂だ。
 でも、そこでやっと、自分の無能さに気づく。
 悔しさのあまり、ただ悔しいというそれだけのために、一念発起する。そこに、くどくどと考えたり、周りのみんなに{訊|き}き回ったりという選択肢は、無い。
 一所懸命に努力して頑張ったのに、自尊心をズタボロにされ、追い込まれ、そこで目の前に立ちはだかっているもの……それが、現実だ。
 追い詰められて、現実を知って、必死になる。それが、本気だ。そこからが、本当の本気なのだ。
 寺学舎の座学で学んだ日本最古の兵書『闘戦経』に、{斯|こ}うある。

 先づ仁に学ばんか。
 先づ智を学ばんか。
 先づ勇を学ばんか。
 壮年にして道を問ふ者は南北を失ふ。
 先づ水を{呑|の}まんか。
 先づ食を求めんか。
 先づ枕を取らんか。
 百里にして疲るる者は、
 {彼|か}れ{是|こ}れをいかんせんとする。

 いい{歳|とし}をして、迷ってばかりいると、本当に大事な人生の方向性を、見失ってしまう。
 百里の道を歩いて疲れた人は、{下|くだ}らぬことで悩んだり考えたりなどしない。
 「下らぬこと」と言われたくらいで激怒する余力があるということは、まだまだ歩みが足りぬ、疲れが足りぬということだ。

   《 三、仕事は強み 》

 タテ社会の{根源|ルーツ}は、武士の社会だと言われる。
 その武士の社会とは、君主の命令が絶対で、家臣家来が一糸乱れず一丸となって、その命令が示すただ一点の目的に向かって、行動する。即ち、一つの目標に向かって、{邁進|まいしん}するということ。
 「その家臣、その{御家|おいえ}の姿こそが、武士の社会なのだ」と、{何|なん}と{夥|おびただ}しい数の後裔……子々孫々たちが、そう信じさせられてきたことかッ!
 しかも、ただの一つも、ただの一度も、疑うことすらしてこなかった。
 無論、それは、疑うまでもなく、回答を待つまでもなく、明らかに、誤りである。
 そんな、よく言えば絶対忠誠的な組織、現実的に言えば独裁主義的な組織は、{遠目|とおめ}から見れば強固そうだけれども、その実態は{脆|もろ}く、{放|ほ}おっておけば、勝手に{亡|ほろ}んでくれる。
 では、脆くなく、何があっても亡ばない、永続的な組織とは、{如何|いか}なるものなのだろうか。
 それは、己の信念に忠義を感じ、主君の命令に{随順|ずいじゅん}することなく、堂々とした態度で意見を申し立て、決して悪意に満ちた激流に押し流されることのない、{揺|ゆ}るぎなき自立性を心に{湛|たた}えた人物……所謂{曲者|くせもの}を、数多く抱えた組織……で、ある。

 この武士道における自立性に関する観点のあれこれは、徳川八大将軍吉宗の{侍講|じこう}を務めた{室鳩巣|むろきゅうそう}の『明君家訓』に詳しいそうだ。
 侍講というのは、殿さまに徳を講釈する家庭教師といったところなので、ここでは、若輩の不届きな解説の{類|たぐい}は、控えさせて{戴|いただ}きとう存ずる。

 ……が、大概! 次のようなことを言っている。

 〈ある明君が、臣下に訓諭する〉という講釈語録のような形式で書かれている。

 先ず、君臣が共に善へと進むため、悪を改める手段として、臣下に異見と{諫言|かんげん}を求めている。

 「君たる道にはずれ、{各々|おのおの}の心にそむくようなことを朝夕おそれている。私の身の行いや領国の政治について、諸事大小によらず少しでも良くないこと、又は各々の存じ寄ることがあれば、遠慮なくそのまま私に直言してほしいと思う」

 次に、臣下に節義を求める。

 「節義の{嗜|たしな}みとは、口に{偽|いつわ}りを言わず、利己的な態度を構えず、心は素直にして外に飾りなく、作法を乱さず、礼儀正しく、上にへつらわず、下を{慢|あなど}らず、己が{約諾|やくだく}を{違|たが}えず、人の{患難|かんなん}を見捨てず……。
 さて恥を知って、首をはねられるとも己がすまじき事はせず、死すべき場をば一足も引かず、常に正義と道理を重んじ、その心は鉄石のごとく堅固であり、また温和慈愛にして物のあはれを知り、人に情けあるを節義の士と申すのである」

 次に、己の判断が主君の命令と背反する場合にはどうするかを、家臣に説く。

 「総じて私の真理は、各自が堅持している信条を曲げてまで、私一人に忠節を尽くすべきであるとは少しも思ってはいない。
 たとえ私の命令に{背|そむ}くようなことになろうとも、各自が自己の信念を踏み外すことがないのであれば、それは私にとっても誠に珍重なことであると思うのである」

 思うに……。
 現世、今どきに{於|お}いても、仕事の神様、仕事の師などと呼ばれる組織の{長|おさ}たちが居る。
 偉人と呼ばれる彼らの心には、{正|まさ}にこの『明君家訓』の教えが、宿されている。
 それが血となり、肉となり、自ら己の心身を行動へと突き動かしているのだ。

 {嗚呼|ああ}……{何|なん}とも。
 宇宙の{彼方|かなた}の、{サイエンス・ファンタジー|SF}のような話だ。
 明君、偉人と言うより、まるで、宇宙人だーァ!!

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「教学編」朝7時配信……次回へとつづく。
「自伝編」は、教学編の前夜7時に配信です。

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その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
その自修 循観院