MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

ミワラ<美童>の座学日誌 No.108

#### マザメの座学日誌「ボンクラ頭の構造と、理想的な判断の方法」{然修録|108} ####

 『なんで、あたいの頭はボンクラなのか』 《なんでいつもいつも、判断を誤るのか》《思考の{遣|や}り方とか方法とか原則とかって、あるのォ?》
   学徒学年 マザメ 少循令{悪狼|あくろう}

 {会得|えとく}、その努力に{憾|うら}みなかりしか。

      **{主題と題材と動機|モチーフ}**

   《 {主題|テーマ} 》

 なんで、あたいの頭はボンクラなのか。 

   《 その{題材|サブジェクト} 》

 なんでいつもいつも、判断を誤るのか。
 思考の遣り方とか方法とか原則とかって、あるのォ?

   《 この主題と題材を選んだ{動機|モーティブ} 》

 ワタテツ先輩の然修録は、「{斯|こ}う成れ!」式だ。
 当の本人は、そうなるための手順を、懇切丁寧に説明しているつもりでいる。「その努力に{憾|うら}みなかりしか」と問えば、即答で「ない!」という返事が飛んでくること、間違いなし。
 読ませる相手が、ワタテツ先輩と同等の*ラベル*なら、それもよし。でも、あたい(ら)のラベルには、〈ボンクラ頭〉と書いてある。「へーぇ。すごいじゃん! そんなことが、できるんだーァ♪」で、終わりである。
 しかもだ。前にも書いたような気がするけれど、取り上げる例は、偉人ばかりだ。真似の出来ない域に達した人を、偉人って言うんだよねぇ?
 考えてもみなよッ!
 それって、{前人未到|ぜんじんみとう}ってことでしょーォ?! ……ってことはさァ。その偉人だって、前人だろォ? だったら、その偉人も、超えなきゃなんないってことじゃん。無理ムリ無理ムリ。できっこないじゃん!
 できたとしても、まァ精々、{人跡未踏|じんせきみとう}のほうかなァ……(ポリポリ)。

 {兎|と}に{角|かく}さァ。あたいが、どう頑張ったってさァ。二回に一回は、判断を誤るんだ。想いは、悪くないと思うんだけど、考え方が、悪いんだろうね……きっと。{挙句|あげく}、{妄想|もうそう}さ。その妄想も、最近じゃあ、バリエーションが増えてきちゃってさァ。
 ぅんーなもんでさァ♪
 「なんであたいの頭は、ボンクラなんだろう」……っていう自問に、自答したって{訳|わけ}さ。
 解ったーァ?! 

      **題材の{講釈|レクチャー}**

   《 なんでいつもいつも、判断を誤るのか 》

 田んぼ、線路、踏切……よくある田舎の風景。遮断機なし。赤色の信号灯が、点滅。ベルも、鳴っている。こういう踏切で、よく電車と車の衝突事故が、起こるそうだ。
 見通しは、最高に良い。威勢のいい若いダンプトラックのお兄ちゃん運転士さんが、踏切に突入。思いは突っ切りだったに違いないが、実際は、線路の上で立ち往生!
 事情聴取……。
 「充分に余裕はあったんだ。でも、あの時に限って、よりによって跳ねちゃってさァ。エンストしやがったんだッ!」
 {或|ある}いは……。
 「{凸凹|でこぼこ}はしてるけど、いつもなら、普通に渡れるんだ。それが、あの時に限って、よりによって変なところに{嵌|は}まり込んじゃってさァ。動けなくなったんだッ!」
 ……みたいな。

 言ってみれば、運が悪い。仕事で一日に何度かその踏切を渡るとしたら、そんな跳ねたり嵌まったりっていう突発的な悲劇は、たぶん何百万分の一くらいの確率の問題だ。
 その確率は、一人当たりで見れば**{稀|まれ}**なのかもしれないけれど、そんな確率を持った同じような人が、一日に何十人も何百人も車で通過するとなれば、その稀は、*多発*ともなり得る。
 あたいには、運転技術の知識なんて、まるっきし無い。でも、精神面での起因なら、ある程度判る。少なくとも、事故を起こした本人以上に……。
 踏切では、早く渡ってしまいたいという気持ちが、どうしても働いてしまう。歩いていてもそうなのだから、車だったら、更にその車が大きければ大きいほど、その気持ちは増大するはずだと思う。
 だから、アクセルをいつもよりいっぱい踏み込んだり、スピードを落とさずに(ギアを落とさずに……とも言う?)凸凹を突っ切ろうとしたり、いつもならやらないことを、*よりによって*やってしまうんだと思う。

 そんな{訳|わけ}で、確率で表すことができるくらいの頻度で、踏切事故が自分に降りかかって来るってこと。だったら、(今まで一度も踏切事故を起こしたことが無いから、そろそろ踏切ん中で立ち往生してもいいころだよなッ!)……って考えるのが、普通なんじゃないのかなーァ?!
 だって、宝くじを毎年買ってる人は、同じことを思うでしょ? (そろそろ、当たってもおかしくない頃なんだけどなーァ)……みたいな。
 踏切事故の調書を取ったおまわりさんたちの談によると、総じて事故を起こした人は一様に、(今まで一度も踏切で危ない経験なんかしたことはないから、今度もなんの問題も無く、うまくいくはずだッ♪)と、そんなふうに考えて判断を下してしまっていたらしい。
 これを、宝くじに当てはめてみると、変なというか、真逆の理屈になってしまう。(今まで何度買ってもぜんぜん当たらなかったから、どうせ今回も当たらないだろう)……と。
 心理学者の談によると、{寧|むし}ろ、(こんどもダメだろう!)って考える人のほうが、{博打|バクチ}好きな人が多いんだそうだ。

 洞察と呼ぶほど{大袈裟|おおげさ}ではないにせよ、踏切を渡る人も、宝くじを買う人も、必ず、{何某|なにがし}かの予測をしているということだ。その結果が悪ければ、「判断を誤った!」と、いうことになる。では、{何故|なぜ}、そんなふうに判断を誤ってしまうのだろう。
 (こうしたら、こうなるだろう)と、これが、踏切で事故を起こした人たちの予測だ。そこには、次に考えるべきこと、(こうなるかもしれない!)という予測や判断が、抜け落ちている。これが足りなかったり欠落したりしていると、事後を起こす確率が、グーン!と、上がってしまうのだ。
 では、何故、抜け落ちたり、欠落したり、足りなかったりするのだろうか。答えは、簡単だ。そんなことを考える時間が、無いからだ。じゃあ、どうすればいいのか。その答えも、簡単だ。
 一時停止!
 {溜|た}めだね。「{無闇矢鱈|むやみやたら}に行動を起こしたり、考えなく続けて突っ切ろうとすると、{怪我|ケガ}をする」……と、いうことのようだ。ではでは、溜め……一旦停止して、何をどう考えて、(こうなるかもしれない!)を、予測すればいいのか。

 一に、これは、誰もがやることだけれど、列車が迫って来ているかどうかを、確かめる。
 二に、踏切内の凸凹の状態や、雨で滑り{易|やす}くなっていないかなど、路面の状況を、確認する。
 三に、踏切の先に、充分に渡りきるだけのスペースがあるかどうかを、確かめる。
 四に、それらを総合して、余裕をもって渡るだけの時間があるかどうかを、判断する。

 ……なるほど、これだけのことを考えようと思ったら、一時停止しないと、無理だよねーぇ?!
 何事についても、正しい(安全な)判断をするには、正しい情報を得なくてはいけない。次に、その正しい情報を、正しく処理する。そのためには、どうすべきかを判断するための知識が、必要になってくるという訳だ。
 でも実際は、踏切にしたって宝くじにしたって、{兎角|とかく}人間には、自分の都合のいい方に話を持っていってしまう傾向がある。〈都合がいい=自分の好み〉って訳で、ここでは、潜在意識の〈好き嫌い〉が、無意識に働いている。
 潜在意識の{蘊蓄|うんちく}は、心理学者の著書に譲るとしても、{兎|と}にも{角|かく}にも、結局は、確固とした定義がある訳ではなく、自分では意識していない意識って訳だから、この〈自分では意識していない、はっきりしない*好み*〉というやつも、潜在意識の{仕業|しわざ}に違いないのだ。

 食物アレルギーなんかも、この潜在意識の仕業なんだそうだ。心療内科などでは、次のような話を、よく聞かされるという。

 「鶏肉を、『絶対に食べられない!』と言う人が居る。ちょっと口に入れただけでも、ダメ。スープの{出汁|ダシ}に入っているだけでも、ダメ! ちょっとでも口にしようものなら、直ぐにジンマシンが出たり、吐いたりしてしまう。
 こういう人は、大抵幼少のころに、ニワトリに{悪戯|いたずら}をするか何かをして、こっぴどく突っつかれて痛い目に{遭|あ}わされた経験を、持っている。でも、本人の記憶には、もうそんな経験は、{欠片|かけら}も残ってはいない。
 ところが、潜在意識の中には、「ニワトリは嫌いだッ!」という意識していない意識が、しっかりと刻まれている。
 だから、こういう人が、仕事で何かの情報を集めると、もしその過程で、鶏肉やニワトリとの関連が臭ってくると、無意識に、(この仕事は、なんかイヤっていうか、なんか、気乗りしないなーァ!?)と、思ってしまうのだ。
 {即|すなわ}ち、食物アレルギーのみならず、仕事の面においても、正しい判断ができなくなってしまっているという訳だ。無論、当の本人は、そのことに、なんら一切、気づいてはいない。
 その〈気がついていない〉というところが、この無意識の症状の最大の特徴なのだ」

 ……みたいな。 
 
   《 思考の遣り方とか方法とか原則とかって、あるのォ? 》

 人間、忙しいと、しみじみと人の話に耳を傾けたり、じっくりと本を読んで、先人の語録を心に{容|い}れたりと、そんなことは、{甚|はなは}だそれどころではなくなってしまう。これが、心を{亡|な}くすと書いて忙しいと読む{所以|ゆえん}でもある。
 これは、誰かが書いてくれていた佐藤一斉の『重職心得箇条』の受け売りなので、{委細|いさい}は省く。ただ、結局は、「忙しさのために大事なものを失ってしまうようでは、重役としての務めは、果たせん!」……と、いうことだ。
 では、その〈失ってはならない大事なもの〉ってのは、なんなんだろう。〈相〉……*みる*、という字の成り立ちのことも、誰かが書いてくれていたけれども、「木に登って、高いところから見る」という意味だから、{遥|はる}か遠くまで見渡すことができるという意味にもなるはずだ。即ち、見通しが利く……大所高所に立って、先が見通せるということだ。

 人間、この〈先を見通す力〉があって初めて、迷っている人や目先の利かない人に対して、教え導いて助けてあげることができるっていうものではないだろうか。だから、〈相〉という字は、*たすける*、とも読む。
 故に、迷える民衆を助けて幸福へと導く大臣の役目を背負った人物のことを、昔から中国でも我が国でも、「何々相」と呼ぶようになったのだ。
 その中国に{嘗|かつ}て、{諸葛亮|しょかつりょう}という偉大な軍師が、居りました。男どもは、『三国志』を読んでいるだろうから、ここでも、委細は省く。
 その代わりに、一つだけ。その〈亮〉という字。高いという字から口を取って、足を付けている。これも、高いところから見通すという意味で、*あきらか*、と読む。
 だから中国人は、今でもよく、手紙なんかの終わりに、「亮察を{請|こ}う」などと、書くのだそうだ。

 こんなふうに、どうやら東洋の政治学というものは、治乱興亡の道理を明らかにすることが本筋で、西洋のそれとは、{趣|おもむき}を異としているようだ。
 寺学舎で学んでいたころ、「然修録は、朝に書け!」と、よく言われた。これが実に、かったるい。でも、〈{暁|あかつき}〉という字の意味を考えると、(なるほどーォ)と、{頷|うなず}ける。
 夜の暗闇が、白々と明けてくるにつれて、静寂の中に、物の{文目|あやめ}やケジメが、見えてくる。即ち、物事の道理が、よく解ってくるという意味。
 〈暁〉という字は、*あきらか*、と読む。人間で言えば、若いころの暗闇の時代を経て、壮年や老年になってやっと、暁の時代を迎えるという訳だ。

 {序|つい}でにと言うか、漢字の蘊蓄を、もう一つ。
 〈了〉という字も、悟るという意味があって、*あきらか*、と読む。やっとこさで物事が明らかになってきて、人生の何某かが見えてきたとき、無念にもそのとき既に、生涯の終わりの時期を迎えているという訳だ。
 正に、{深甚|しんじん}とした字ではないか。だからこそ人間は、日々の〈考える〉という習慣を、{疎|おろそ}かにしてはならないということだ。では、その疎かにしないためには、日々時々、どんなふうに考えればいいのか……。

 一に、目先に{囚|とら}われず、長い目で見る。
 二に、物事の一面だけを見ないで、できるだけ多面的・全面的に観察する。
 三に、枝葉末節に{拘|こだわ}ることなく、根本的に考察する。
 
      **{自反|じはん}**
 
 はてさて。
 では、今までのあたいは、どうだっただろうか。
 何事も長いのが嫌いだから、手っ取り早く済ませてしまいた。だから、その何事のどれもこれもを、安易に済ませてしまう。故に、目先に捕らえられてしまって、一面しか見ることができていない。枝葉末節に拘って、ただ悩み、物事の本質を、見失ってしまう。
 ……やれやれ。
 これでは、正しい判断など、到底出来ようはずがない。問題が大きければ大きいほど、長い目で、多面的に、根本を見定めなければならないというのに……。

 あたいは、いつか、踏切の中で立ち往生して、死ぬなッ!
 
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ミワラ<美童>の実学紀行 No.111

#### マザメの実学紀行「{現|うつつ}の異郷に学びあり。{嗚呼|ああ}、{余所|よそ}者の郷愁」{後裔記|111} ####


 《湧き上がる郷愁、現の異郷に{嫉妬|しっと}する》《この島にもあった! 難行苦行の峠道》《孫の歩学、峠編》《孫の座学、銭湯編》
   学徒学年 マザメ 齢12

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。

   《 湧き上がる郷愁、現の異郷に嫉妬する 》

 (いいね。血の{繋|つな}がりって。この爺さんと孫、{好|い}い感じじゃないかァ。和の生き方かァ……。悪くないかもねぇ)と、何気に思ってしまったあたい。
 親族が食事を共にするって、この人たちにとっては、正に教学なんだねぇ。ジジッチョは、教えることで学び、ガキッチョは、{躾|しつ}けられることで学ぶ。食卓は、正にその座学の場。家で学び、外でも学ぶ。それが、和の人たち……。
 分化した三つの亜種の中で、最も強いのは、意外と、一番弱く見えてる和の{民族|エスノ}なのかもしれない。あたいら自然の{子等|こら}は、人生のスタートの段階で、{既|すで}に負けている。

 社員食堂……ジジッチョとガキッチョは、向かい合って座り、あたいらムロー学級八分の六人も、その両名の横に三人づつ、向かい合って座っていた。
 ジジッチョが、正面を向いて言った。
 「人間の真価を見分ける方法……。{判|わか}るかァ?」
 「わかんねぇ」と、ぼそっと応えて言う、孫のガキッチョ。
 少しの間(ジジッチョ、咀嚼)。
 そしてまた、ジジッチョが、口を開いた。
 「誤解される屈辱に耐えられるか。大望に比すれば、日常で{蒙|こうむ}る誤解など、取るに足らぬものだ」
 孫、問う。
 「ただ耐えればいいのォ?」
 少しの間(ジジッチョ、咀嚼)。
 「その答えは、{否|いな}だ。恩あれば{報|むく}いを、逆に{仇|あだ}あれば、晴らす! 少なくともわしは、そういう生きものだ」と、ガキッチョの祖父、ジジッチョ。
 「それで、安心したよ」と、ガキッチョ。
 どこに安心を覚えたんだかァ!
 「でも、当座の問題は、燃料の石炭を、どこに積むかだねぇ」と、続けてガキッチョ。
 ジジッチョ、新たなる附帯装置を従えてモンモンと黒煙を上げるズングリ丸のオンボロエンジンを見{遣|や}りながら、{俄|にわ}かに応えて言う。
 「成るまでは、多くを語るな。言語を省いて{以|もっ}て神気を養う。語る暇を惜しんで、ただただ{為|な}せ」

 鉱山の{頂|いただき}に着地したところを下界の民たちに気づかれた{天照|アマテラス}は、バツが悪そうに西の空へと{傾|かし}いでいった。その後、爺さんとその孫は、仕事に就こうとはせず、さっさと家路に就くのだった。
 {況|いわん}やァ! それは、歩学の峠越えだった。
 
   《 この島にもあった! 難行苦行の峠道 》

 この島、ヒノーモロー島やザペングール島よりも、小さいみたいだ。
 あたいらが漂着難破したのは、この島の北側の海岸。小さい砂浜と岩場が交互に並び、その一番東側あたりの鼻先が、北東に向いて突き出している。
 そして、あたいらが平屋十人組に付き従って連行された場所……ジジッチョたちの工場がある石炭の積出港は、島の南側の入江の奥にあり、その口は、南西の方角に開いている。
 その口の中の大半は、防波堤と{消波ブロック|テトラポット}で固められている。そのブロックは、今まで見た中で一番大型のもので、テトラポットの形状の特性に{因|よ}って、重厚に積み上げられたブロックの半分っくらいが{空隙|くうげき}になっている。
 天空に口を開けている暗闇の空隙を覗き込むと、そこは、大きな{洞穴|どうけつ}みたいになっている。あたいら自然エスノの地底住みや漂海{船住居|ふなずまい}の連中が、数十家族住まっていても不思議は無さそうな感じの大きな空間だった。
 ジジッチョたちが働いている採掘機器の保守工場は、この積出港のヤードの西側の端っこに建っている。鉱山が、この島の西側を占めているからだ。

 ムロー先輩とツボネエが借りていた長屋の角部屋までは、ヤードの西側に{競|せ}りだしている裾野の雑木林に踏み入り、{獣道|けものみち}から狭いなりにも人道用の峠道に入り、そこから北の方角に上って峠を越えて下りはじめると間もなく、あの銭湯が見えてくる。そこからまた上りはじめれば、{直|じき}に長屋に辿り着く。
 {所謂|いわゆる}、{近道|ショートカット}ってやつだ。長屋に沿って流れている「アマガエル様の小川」(と、あたいが勝手に呼んでいる)は、狭くなったり広くなったりしながら、どうにかこうにかして積出港がある入江に、{灌|そそ}ぎ{出|い}でているようだった。

 この長ったらしい説明の{訳|わけ}は、言わずもがな。長屋への帰路は、このショートカットの険しい上り下りの道を歩かされる{破目|はめ}……好まざる事態へと、進展するのだった。

   《 孫の歩学、峠編 》

 その獣道……。
 先頭は、この森に精通している者でなければならない。{所謂|いわゆる}、案内人。適任、ジジッチョとガキッチョが務める。
 その二人に続いて、長屋十人組の残り九人と、ムロー学級八人組のあたいら六人が、前になったり後ろになったりしながら、入り乱れて付き従っていた。先頭の二人は、まったく後ろを気にする様子もなく、その素振りも見せず、ひっきりなしにどちらかが喋っていた。
 ジジッチョは、低い声で何かを喋っているのは判るんだけど、内容までは、聴き取れない。ガキッチョは、言葉は少なめながらも、ある程度は、〈言葉〉として聞こえてくる。
 特に、次の二つは、ハッキリと聞こえた。しかも、なんども!
 「えーぇ!!」
 「わかった」
 
   《 孫の座学、銭湯編 》

 見覚えのある銭湯を左手に見ると、ムロー学級の六人の歩調は、加速した。{兎|と}にも{角|かく}にも、長屋の角部屋に辿り着いて、自然{民族|エスノ}だけで、いろんなことを整理したかったからだと思う。
 もっと解り易く言えば、横になって、眠りたかった。あたいらには、コミュニケーションは、向いていないのだ。……が、祖父と孫は、脇目も振らず、銭湯に突進した。長屋の残りのガキども九人も、迷わずその後に続く。
 (なんだ、こいつらァ!)と、思った矢先、ジジッチョが振り返って、言った。しかも、あたいの顔を、直視している。
 「おじょうちゃんも、男湯を潜りなさい」
 (はーァ!!)と、思ったあたい。
 ジジッチョが、言った。
 「これこれ、誤解するんじゃない。服は脱がん。昼寝をするだけだ」
 (昼寝? 寝屋かい! 風呂は女専用で、寝屋は混睡でオーケイ♪ってかい。冗談じゃない!)と、思ったあたい。
 何かを察したのか、あたいの顔を見据えたまま、ジジッチョが続けて言った。
 「まァ、それならそれで、問題はない。但し、掃除の邪魔にならんように、隅っちょで寝なさい」
 「どうでもいいけど、そうさせてもらうよォ!」と、即座に応えて言ったあたい。
 言われたとおり、女湯の脱衣場の隅っちょで、横になった。居心地が悪い。眠れない。間仕切りの壁の天端と天井との間には、高さ1メートル半くらいの空間がある。
 間仕切りの壁は、湯場も脱衣場も、男湯と女湯を隔ててはいないのだ。しかも、声が共鳴する。ひそひそ話が、ハッキリと聞こえてくる。

 ジジッチョが、言った。
 「本当に、寝てしまったようじゃな。旅の{奴|やっこ}さんたち」
 「どういうことォ?」と、孫。
 「{瞑想|めいそう}を知らんということだ」と、ジジッチョ。
 「どういうことォ?」と、孫のガキッチョ。
 「禅の修行をしとらんということだ」と、ジジッチョ。
 「座禅かァ! ねぇ……」と、ガキッチョ。
 少しの{間|ま}。
 「あのさァ……」と、続けてガキッチョ。
 「どうしたァ」と、ジジッチョ。
 そして、クソ孫野郎が、言った。
 「あの六人ってさァ。なんかさァ。薄気味悪くない?」
 「当然だ」と、クソジジ野郎。

 (なんでやねん!)と、思わず独り{言|ご}ちそうになったあたい。
 確かに、瞑想のことは、まだ{解|わか}っちゃいない。禅の修行なんてもんも、知ったこっちゃない! でも、ヨッコ先輩の瞑想熱に感化されて、{莫|まく}妄想は、習慣化の域に届いている。だから、掃除してる{女将|おかみ}さん(たぶん)からは、ぐっすり眠っているように見えていたはずだ。

 おクソ孫くんが、また問う。
 「当然ってぇ? どうしてぇ?」
 「感じたり思ったりしたことが、たとえ間違いなく正しくて、当然だと確信できたとしても、それを口に出してもよいという道理を探すことは、難儀。{況|ま}してや、その道理を実際に見つけ出すということは、実際問題、実に困難なことだ」と、ジジッチョ。
 (実に、{面倒|めんど}っちい!)と、思うあたい。
 「それ、どう答えていいか判らないときの言い訳に、使えるねぇ♪」と、ガキッチョ。実に、不届き者!
 「それだッ! 確かに、そうかもしれん。じゃがな。おまえの何気ない言葉一つで、相手の心が深く傷つくこともある。
 己の口から出た言葉で誰かに恥をかかせたり、関係する誰かに余計な{思慮|しりょ}や{詮索|せんさく}を{促|うなが}すようなことがあってはならん」と、クソ孫の実の祖父、ジジッチョ。
 「思慮を{少|すくの}うして{以|もっ}て心気を養う。でしょ? 解ってるけどさァ……てかさァ。じいちゃん! ぼくに、余計な思慮をさせたじゃん」と、ガキッチョ。
 「ばーばばばーァ!! なすかーァ!?」と、じいさん、絶叫!
 少しの間。
 そして、気を取り直して(たぶん)、じいちゃんが、言った。
 「{聡賢|そうけん}は、よいことだ。それが成ったことなら、それでもうよい。これからは、{未|いま}だ成っていないことを{為|な}せ。わしらの世代を筆頭に、わしら亜種、和のエスノは、みなまだ未熟者揃いじゃ。民族を代表して、子々孫々に{詫|わ}びを申す」

 そして、詫びられたその孫々の一人! ……が、言った。
 「詫びなくてもいいからさァ。余計な思慮の始末、ちゃんと{付|つ}けてよねぇ!」

   **{格物|かくぶつ}**

 自反と格物は、最強のワンセットだって思ってたけど、どうやら、そうでもないみたいだね。
 あたいの口は、{禍|わざわい}。
 男どもが{仰|おっしゃ}るとおり、魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}だ。
 確かに自反と格物……己を顧みて、素直に反省して、己を正すってことも、大事だと思うし、王道だとも思う。
 でも、「人の振り見て我が振り直せ」って言葉、あるよねぇ?
 そのほうが早いし、確実かもーぉ!?

 それにしても、自然エスノの{爺|じい}さんも面倒っこいけど、和のエスノの爺さんも、なかなか面倒っちいわい! ……元い。……ですことよん♪
 
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ミワラ<美童>の座学日誌 No.107

#### ワタテツの座学日誌「閉じ込められるな。魅力ある人間になれ!」{然修録|107} ####


 『人間の魅力とは、何か』 《リーダーと呼ばれる人たちと俺とは、何が違う?》《『偉大なリーダーの鋭い感受性と、{潔|いさぎよ}い自反》
   門人学年 ワタテツ 青循令{猛牛|もうぎゅう}

 {会得|えとく}、その努力に{憾|うら}みなかりしか。

      **{主題と題材と動機|モチーフ}**

   《 {主題|テーマ} 》

 人間の魅力とは、何か。

   《 その{題材|サブジェクト} 》

 リーダーと呼ばれる人たちと俺とは、何が違う?
 偉大なリーダーの鋭い感受性と、潔い自反。

   《 この主題と題材を選んだ{動機|モーティブ} 》

 ヨッコの然修録!
 人はみな、心の中に小宇宙を持っている……みたいなことを言いたいんだろうが、俺は、そんな狭いところに閉じ込められたくなんかない。
 {寧|むし}ろ、大宇宙に向かって、吠えたい。

 「うおーーーォ!!」

      **題材の{講釈|レクチャー}**

   《 リーダーと呼ばれる人たちと俺とは、何が違う? 》

 リーダー不在 = 組織は混迷。
 では、リーダーとは、なんぞやァ!
 リーダーとは、統率者のことである。
 『人間回復の経営学』という名著が、あるらしい。その著者、ジョセフ・バジールの論によると、その統率者には、三つの条件があるという。
 一に、仕事の知識があり、技術に習熟していること。
 二に、創造的な行動。
 三に、感性の{叡智|えいち}。

 リーダーの条件を百パーセントとすると、一は、25%。二も、25%。残る三が、50%なのだという。

 野球の選手ではなかった人が名監督になり、逆に名選手だった人が必ずしも名監督になれないという周知の史実から、先ずは一の25%は、{頷|うなず}ける。

 次に、行動。この行動力がなくては、人の上には立てない。但し、その行動は、闇雲ではなく、創造的でなくてはならない。働きが喜びになるとき、人は創造的に動いているものらしい。それを、喜働という。
 人間は、意欲的に創造をしている瞬間が、一番生き生きとしていて、輝いて見えるという{訳|わけ}だ。この〈喜働〉を、国家統合の合言葉にしたのが、ヒットラーだ。ドイツ語で、「*アルバイト*フロイテ」と言うらしい。
 どうして日本語のアルバイトから〈喜働〉の意味が消えてしまったのかは、不明である。{寧|むし}ろ、逆の意味合いが強くなってしまっているようにも思う。まァ、{閑話休題|それはそれ}。
 行動に喜びが伴えば、人は動く。そんな*喜働*を率先してできる人が、統率者となれる。但しそれは、統率者となれる条件の25%にしか過ぎないという訳だ。

 では、残りの50%。それが、感性の{内に秘めたる力強い活力|ダイナミズム}だ。その活力とは、どんなエネルギーなのか。
 一に、人の痛みを己の痛みにできる力。
 二に、人の喜びを自分の喜びとして感じ取る力。
 三に、自分の喜びを人に感じ取らせる力。
 感じ取る力と、感じ取らせる力……これも、「生まれ持った美質!」と言われる美徳の一つに違いない。、それが、統率者の条件の半分を占めるという訳だ。

 人は、退屈な仕事を強要されると、給料(時給)分以上の仕事をしたがらない。逆に退屈料として、休憩時間や給料の増量を要求したり、その要求が通らなければ、無断でそれを行動に移してしまう。
 どうやら、部下が無能なのは、統率者の{所為|せい}? 部下は、上司の鏡らしい……(アセアセ)。
 
   《 偉大なリーダーの鋭い感受性と、潔い自反 》

 では、素晴らしい部下をたくさん持っている指導者とは、どんな人物なのだろうか。その最たる代表格、鉄鋼王アンドリュー・カーネギー。*成功*者としての{逸話|いつわ}も、多い。その一つ……。
 ある日、長年労苦を共にしてきてくれた、年老いた現場のハンマー打ちの職工さんに、心尽くしの贈り物として、役員昇格の辞令をプレゼントした。当然、大喜びしてくれるだろうと思ったカーネギーさん。
 でも、その職工さんは、そんな心尽くしの辞令を、受け取ってはくれなかった。その老いた職工さんは、その理由を、カーネギーさんに、{斯|こ}う説明した。

 「社長さんよォ。
 よく聞いてくれ。わしは確かに、しがないハンマー打ちさ。でもな、わしがハンマーで鉄を叩くと、カーンっと響く。それは、わしの命の響きなんじゃあ。そうやって叩いて出来上がった鉄の{塊|かたまり}は、まさに、俺の命なのさ。
 役員になりゃあ、そりゃ、座り心地のいい安楽椅子が用意されているんだろうさァ。でも、ハンマー打ちのわしの唯一の喜びの魂は、どうなるぅ?
 社長さんよォ。
 あんたは、それを判ってくれる奇跡的な指導者だと直感したから、わしは、ハンマー打ち一筋で、これまであんたに{就|つ}いてきたのさァ。もしそれが、俺の思い違いだったとしたら、実に、無念だ」

 そこでカーネギーさんは、瞬時に自反し、即座に格物を実践……己を正して、改めて心尽くしの贈り物を、その老いた職工さんに、手渡した。それをも受け取ってはくれないだろうと思ったカーネギー社長は、その職工さんに、斯う言い添えた。

 「これは、アメリカ大統領の年収と同じ金額だ。大統領は、わが国の政治の世界で、最高の人物だ。わしは、あんたを、我が国の職工の世界で、最高の人物だと思う。
 だからあんたは、大統領の年収と同じ金額の報酬を受け取ったって、おかしくはないはずだ。
 どうだねぇ?」
 それを聴いた老いた職工さんは、カーネギー社長の{懐|ふところ}に飛びj込んで、二人でおいおいと泣き崩れたのだそうだ。
 今の時代……こんな社長、いるかーァ?!

 そのカーネギー社長の墓が、アメリカのピッツバーグにある。その墓石のには、斯う刻まれているそうだ。
 「己より優れた部下を持ち、共に働ける技を知れる者、ここに眠る」 

      **{自反|じはん}**

 俺も、ヨッコも、{囚|とら}われの身だ。
 だが、それが、なんだッ!
 俺は、寺学舎の学師、指導者、統率者だ。
 俺ら門人の上に座すムロー先輩には、是が非でも今回の循令で知命し、{武童|タケラ}になってもらわなければならない。
 であれば、俺とヨッコの門人学年の二人が、どうにかするしかないではないかァ……。
 ヨッコは、どう思う?
 でも今は、生きることに徹しろッ! 

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後裔記110(ミワラ<美童>学級の実学紀行)R3.9.4(土) 夜7時配信

#### スピアの実学紀行「頑固{一徹|いってつ}! 文明の{礎|いしずえ}を成した和の伝統{業|わざ}」{後裔記|110} ####


 《混成小隊、島の南東の{海辺|スピアッジャ}を突き進む》《頑固! 非文明? 和が秘めた伝統業の底力》《ズングリ丸、人(?)生を{賭|か}けた{懇親|こんしん}の変身!》
   少年学年 スピア 齢10

 体得、その努力に{憾|うら}みなかりしか。

   《 混成小隊、島の南東のスピアッジャを突き進む 》

 ぼくたちの足は、無意識にズングリ丸が打ち上げられている岸辺へと向かっていた。林道を突き進む感じで峠を越えると、島の東岸の海辺に出るはずだ。
 性悪の低気圧が、島の南側を、走り抜けて行ったのだろう。ぼくらは、北東の方角にある二つ並んだ姉妹島からやって来て、そのまま風に{圧|お}されて、この島の北東の浅瀬で難破し、そのまま岩間に頭から突っ込んだのだ。
 なので、海辺に出て左へ……北の方角に回り込めば、そのどこかの岩間に、ズングリ丸が、今でも{嵌|は}まり込んでいるはずだった。
 それが、峠を下り切る寸前、長屋十人組が、ぼくらムロー学級六人組を、追い越した。そして{俄|にわ}かに、歩調は行軍よろしく、速度を上げた。
 そして{奴|やつ}らは、迷うことなく、海辺に出ると直ぐに右に曲がり、島の南東の岸辺を、ズンズコズンズコと歩き出したのだった。
 「ついて来い!」ともなんとも言わず、(なんだッ! コイツらァ……)と、思ったぼく。ほかの五人も、同じことを思っているような顔を、先行する行軍の十体の背中を見{遣|や}っていた。
 ぼくら六人組の先頭は、ムロー先輩。その足は、迷うことなく、十人組が先行する方へと向けられた。直観なんだか、直感なんだか……{兎|と}にも{角|かく}にもぼくら六人は、迷うことなく言葉もなく、長屋十人組に付き{順|したが}う形で、歩調を行軍モードに切り替えた。

 延々と歩き続ける混成小隊……。
 (腹へったーァ!!)と、思うぼくらなのだった。
 
   《 頑固! 非文明? 和が秘めた伝統業の底力 》

 時を同じくして、石炭の積出港付近……。

 ほどなく、採掘機器保守工場に到着。
 {何気|なにげ}に、その大きな建物を見遣る。小型旅客機格納庫のような、間口が広く天井も高い建屋。整然と{据|す}わる、露出した建屋の{躯体|くたい}。縦にH鋼が立ち上がり、横に溝形鋼が渡り、斜めに山形鋼が突っ張っている。
 錆止めの朱色とドブ{鍍金|メッキ}の銀色との、質素なツートンカラー。その{剥|き出し|スケルトン}の内装を背にして、採掘機器が並ぶ。
 {鶴嘴|つるはし}、小型削岩機、ドリル、爆薬、ホーベルと呼ばれる切削刃や、そのホーベルと組み合わせて使うらしい自走枠、コールカッターと呼ばれるチェーンソーみたいな重機、{螺旋|らせん}状に切削刃を植えた形のドラムカッター……。
 そして、何に使うんだか、高圧水のノズルとポンプが、白舗装の上を{這|は}っている。

 問題は、今日の曇り空……ではない。
 唯一、整然と並んでいないもの。大きな保守工場の、大きな間口……その付近。ズングリ丸の、船専用ディーゼルエンジン。
 大半の機器が、整然と並んで、保守目的での出番を待っているが、この{剥|む}き出しのエンジンだけが、例外。目的からして、異質。なんと! 改造だ。
 どうするんだろう……。
 石炭を燃料とする、蒸気機関。汽艇ズングリ丸は、蒸気船に生まれ変わる運命を、辿りはじめていた。ジジッチョは、この工場の技師長。そして、長屋十人組で筆頭生意気なクソガキ君は、このエンジン改造ミッションで新たに雇われた見習い技師……。ジジッチョの、孫だ!

 混成歩兵小隊十六名、整列。
 ジジッチョが、訓示を垂れた。

 「よく来たな。立派、立派。
 先ずは、社員食堂だな。
 正解のようだな。どうやら……。
 わしらは、石炭のことしか解からん。
 じゃから、わしら流で、ズングリ丸を、{甦|よみがえ}らせる。
 とっととこの島から出て行ってほしいわけじゃない。
 民族には民族の生き方っちゅうもんがある。
 仕来りとか、習わしとか、伝統とかが、それだ。
 自然でありさえすれば、仕来りや習わしを守ってさえいれば、伝統など、どうでも良い?
 それは、違う。
 そこの思い違いが、君ら自然エスノの落とし穴だ。
 わしらは、伝統を守るだけしか、能がない。
 だが逆に、だからこそ、今に到るまで、生き{存|ながら}えることができたのだ。
 {然|しか}し! 今日の問題は、そこじゃない。
 日替わりランチのメニューだ。
 今日も、*ひじき*が、戦いを挑んでくるじゃろう。
 それが判っていて、逃げたりなどはできぬ。
 さァ、行くぢょ♪」

 (なんだかなァ……)とは思ったけれど、空腹に勝てる秘密兵器など、この世の中にあるはずもなく……。

   《 ズングリ丸、人(?)生を賭けた懇親の変身! 》

 ツボネエが、言った。
 「ガキッチョたちってさァ。
 いつもこの社員食堂で、旨いもん食ってたんだァ。
 それで、アマガエル食うしかないアタイらに、偉そうなことばっか垂れ腐ってくれちゃってたんだーァ♪
 ありがとねぇ!
 次、もし偉そうにしたら、アンタの金玉、{鶏胆|とりきも}と一緒に{味醂|みりん}と醤油で甘辛煮にして、食ってあげるから。
 ヨロシクーぅ♪」
 さすがの川筋のクソガキも、金玉に言及されては、手も金玉も出ない様子……。
 (てか、「ガキッチョ」ってーぇ??)と、思うぼく。
 ツボネエが、{何故|なぜ}か応えて言った。
 「ジジッチョの孫だから、ガキッチョさ。なんで「ガキ」って呼ばれるか、教えてやるよ。女に優しく出来ないからさァ♪」
 (まァ……)と、思うぼく。

 兎にも角にも、その日、初めて、ズングリ丸のエンジンが、石炭によって、作動した。
 ガランガランガラン……!!
 バーバババーァ!
 「いやはや、爽快♪ まったく、愉快♪」
 と、蒸気機関に改造されたエンジンとジジッチョが、驚きの声を上げた。
 ガキッチョも、一様に喜びの顔を見せてはいるが、どこか今ひとつ……浮かぬ顔!
 「どうしたァ」と、ジジッチョ。
 「べつに……」と、孫。
 ジジッチョが、言った。

 「なァ、自然の衆!
 君らは直ぐに『知命、知命』と言うが、知命したからと言って、人間が完成する{訳|わけ}じゃない。{寧|むし}ろ、逆だ。
 百歩{譲|ゆず}って、やっとこさで立命の完成。まだまだ、『ピーカーブー♪』と{煽|おだ}てられて、手放しで喜ぶ赤ん坊となんら変わりはせん。
 修養によってのみ、真の大人になれる。
 七養、{六然|りくぜん}、大努力。朝と夜には、{五省|ごせい}。その繰り返しが、運命だ。そして、俄かに自修。そこでやっと、『お疲れちゃん♪』と言って、死神が、手招きをする。
 『なァ、自然の衆!』と、確かにわしは言ったが、わしは、浮かぬ顔をしたおまえにも言っとるつもりなんじゃがなァ。
 まァ、ええわい。
 自然の衆も、もう、判ったじゃろう。
 民族の誇りを持つことが、悪いとは言わん。寧ろ、最も大事と言っても良い。
 じゃがな。その誇りの{所為|せい}で盲目になったのでは、なんのための学問であったか、元も子もない、本末転倒、頭ん中が、*どんぐりひっちんかやしとる*っちゅうことじゃ。
 自反……寝ても覚めても、自反!
 格物なんぞ、百年早いわァ♪」

 ぼくらが生まれ育った浦町にも、同じことを言う婆ちゃんが{居|い}たなァ。
 「ドングリヒッチン……」
 どんな歴史なんだかァ……ぼくらの、ご先祖様ーァ!?
 
   **{格物|かくぶつ}**

 百年早いそうです……(ポリポリ)……(アセアセ)。
  
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然修録106(ミワラ<美童>学級の座学日誌)R3.8.29(日) 朝7時配信

#### ヨッコの座学日誌「自分という{牢獄|ろうごく}に囚われた{虜囚|りょしゅう}の生き方」{然修録|106} ####

 『どうしても思い出せない、どうしても逃げ出せない……{何故|なぜ}か』 《悔しい。どうしても思い出せない記憶の正体》《虜囚は、あたいだけじゃない。人間はみな、自分という牢獄に閉じ込められた囚人なのだ!》
   門人学年 ヨッコ 青循令{飛龍|ひりゅう}

 {会得|えとく}、その努力に{憾|うら}みなかりしか。

      **{主題と題材と動機|モチーフ}**

   《 {主題|テーマ} 》

 どうしても思い出せない、どうしても逃げ出せない……何故か。

   《 その{題材|サブジェクト} 》

 悔しい。どうしても思い出せない記憶の正体。
 虜囚は、あたいだけじゃない。人間はみな、自分という牢獄に閉じ込められた囚人なのだッ!
 
   《 この主題と題材を選んだ{動機|モーティブ} 》

 {仕来|しきた}りの旅から浦町に戻り、久々に寺学舎の講堂に座して**学**に挑んだとき、あたいは、ふと思った。
 (瞑想が、してみたい)……と。
 これは、然修録にも書いたことがあると思う。
 でも……{呆気|あっけ}なく、離島疎開!
 瞑想……それが迷走どころか、逃亡の日々。
 {挙句|あげく}、捕獲される。
 委細は、書けない。
 でも、後輩たちの後裔記や然修録を読んでいるうちに、一つ思った。
 志や願望を{棄|す}ててしまうのであれば、今までの逃亡も、今の虜囚生活も、すべてが無意味となって終わってしまう。
 志も願望も無いんなら、死ねばいい。
 それだけのことだ。
 だから、やっぱり、瞑想を学ぶことにした。
 でも、新たなる先人語録の書を手に入れることは、不可能に近い。なので、{唯識|ゆいしき}と{莫|まく}妄想の修得に留まる。
 それで、いい。
 いつか必ず、復活してやるッ!

      **題材の{講釈|レクチャー}**

   《 悔しい。どうしても思い出せない記憶の正体 》

 寺学舎の座学では、{斯|こ}う教えられた。

 【{塊脳|かいのう}】
  ……脳の{塊|かたまり}……顕在意識……五感。
 【層脳】
  ……塊脳を包む層状の脳……潜在意識……直観。
 【膜脳】
  ……層脳を覆う膜状の脳……超意識……直感。

 ということは、記憶は、層脳の中にあるはず。でも、どうしても思い出せない記憶がある。それは、本当の親の記憶。あたいを産んでくれた母さんと父さんの記憶が、いっぱい詰まっているはずなのだ。
 でも、まったく、思い出せない。その隠れた記憶は、あたいが生まれてから、三歳になるころまで、続いていたらしい。この、三歳までの記憶を思い出せない{訳|わけ}を、ワタテツが、然修録に、小難しく、書いていた。
 まァ、有難う。
 でも、整理して、改めて書き直してみる。

 【命(人間・{鳥獣|トリケモノ}共通)】
 ……〈生きている〉ための機能……食う、消化、排泄等。無意識の記憶……正に、〈本能〉。

 【*三歳までの記憶*(人間・鳥獣共通)】
 ……親を手本にして学んだ社会(人間界や自然界)のルール。〈思い出せない潜在意識の記憶〉。

 【イメージの記憶(人間・鳥獣共通)】
 ……刺激を感じたときのイメージ。{現|うつつ}の環境で、必要なイメージの記憶が、自動的に引き出される。〈思い出せる潜在意識の記憶〉。

 【言葉の記憶(人間のみ)】
 ……記憶されたイメージに、〈コトバ〉のタグを付ける。更に、そのコトバとコトバを、関連付ける。〈思考メカニズムの構築〉。

 【計算する脳(人間のみ)】
 ……外から入って来たコトバと、記憶されているコトバ(イメージのタグ〉を結び付け、必要なイメージを記憶から引き出す。〈脳の言語系のプログラミング〉。

 あたいが知りたかったのは、〈三歳までの記憶〉のところなんだけど……なんかそこだけ、固有名詞が無くて、{阻害|そがい}されてるような感じがする。
 なので、シントピック・リーディング......一つのテーマを、様々な観点から論じている書物の何冊かを読んで、出来るだけ{偏|かたよ}りのない結論を、導き出す。
 そこで見つけた情報が、コレ♪

 人間は、三歳までに、性格が、決まってしまう。
 その*三年間*に、固有名詞を命名した人がいる。
 (あんたは、偉い!)と、思わず思ったあたい♪
 動物行動学者のK・ローレンツという人……無論、知らない(アセアセ)。
 その命名とは、インプリンティング……即ち、刷り込み!
 〈刷り込み記憶〉? なんか、モチャモチャした感じ。
 でも、白い紙に刷り込んだんだから、もう、どんなことをしても、消し去ることは出来ない。それが、三つ子の魂百まで! 満更、悪い命名でもないような気もしてくる。

 西洋医学では……。
 計算する脳を、上言語野。
 コトバの記憶を、左脳。
 イメージの記憶を、右脳。
 命を、脳幹や脊髄系。
 ……と、呼んでいる。

 じゃあ、刷り込み記憶はーァ??  

   《 虜囚は、あたいだけじゃない。人間はみな、自分という牢獄に閉じ込められた囚人なのだッ! 》

 広大無辺な一つの大宇宙の中に、一つの小さな生命体として、今自分は、生きている。
 当たり前?
 では、その大宇宙とやらは、本当に、一つだけぇ? 具体的に、確かめたァ? 人の口から出た言葉や、本に書いてある言葉で、巧みに説明されて、そう信じ込んでいるだけじゃない?
 具体的に確かめた{訳|わけ}じゃないってことは、地球のすべての生きものたちが、その一つの宇宙の中に存在している……そのすべての生きものたちに共通の、たった一つしかない広大な宇宙……っていう空間は、抽象的な存在だってことにならない?
 抽象的な存在があるんなら、これも当たり前だけど、逆に、具体的な存在ってもんが、あるはずだよねぇ?
 {即|すなわ}ち、具体的な宇宙。
 その〈具体的な宇宙〉の中に、具体的に存在し{得|う}る生命体は、自分だけ。なぜって、自分以外を、具体的に現すことが、できるぅ?
 {太々|ふてぶて}しく歩いているウミネコ本人(、てか、本鳥かーァ?! まァまァ……)になって、何を考えながら歩いてんのか、具体的に確認することができるぅ?
 できないよねぇ? つってーぇことは、具体的に確認できるのは、自分だけ!ってことに、なるよねぇ?
 {故|ゆえ}に、この星の地上の生命体……あたいら人間は、一つの具体的な宇宙の中に、たった一人だけで、閉じ込められている。
 だから、その〈一つの具体的な宇宙〉ってのは、自分のみ、たった一人で、背負って生きてゆかなければならない。
 その具体的な一つの宇宙と、その中に閉じ込められている一人の人間との具体的な関係も、たった一つしかない。
 {所謂|いわゆる}、(そのまんまだけど……){一人一宇宙|ひとりひとうちゅう}なのだ。

 毎朝、その一つの宇宙の中で、一人しか{居|い}ない自分が、目を覚ます。他人も、自分一人だけを閉じ込めている、まったく別の一つの宇宙の中で、目を覚ます。
 自分は、具体的に他人を閉じ込めている別の宇宙に入ることはできないし、逆に他人も、具体的に自分を閉じ込めている具体的な自分だけの宇宙に、どんなに忍ぼうとも、決して入って来ることはできない。
 正に、一人一宇宙……これを、「{人人唯識|にんにんゆいしき}」という。
 一応、断わってというか、言っておくけど、「*にんにきにん*ゆいしき」って悪ふざけして覚えてしまうと、ずっと「にんにきにん……」って言い続けることになるので、そこは、気をつけておいたほうがいいと思う。
 {閑話休題|それはともかく}、具体的な例を出そう♪

 人間が三人寄れば、そこには、三つの宇宙が存在する。
 一人が、言う。
 「ねぇねぇ、あの木、見てみてよーォ♪」
 そこで三人は、各々、自分を閉じ込めている宇宙の外に存在している一つの木を、見ている……わけではない。
 そんな、三つの宇宙からまたく同じに見える一本の木が、具体的に存在しているわけではないということだ。互いが言葉によって、「同じだ」ということを、認め合っているだけに過ぎない。
 実際には、一人ひとりの心の中に、木という像の影……{影像|えいぞう}が、あるだけなのだ。「観念」と言ったほうが、判り{易|やす}いだろうか。
 三人が三人、各自、その影像を、宇宙の外に映し出し、言葉によって、「その三つの影像が、まったく共通である」ということを、ただ認め合っているだけなのだ。

 唯識を学んでゆくに当たって、先ずは、この一人一宇宙……*にんにきにん*唯識を理解しておかなければ、この思想を、本当に具体的に、自分の血肉とすることは、どんなに望もうが、{叶|かな}うものではない……と、いうことだ。 

      **{自反|じはん}**

 サギッチが後裔記に書いていたように……おっと、失礼。
 (こんな感じで……)
 「ムロー学師より、指令が出回った。
 後裔記を書き終えたならば、必ず己が実践した{或|ある}いは実践すべき*格物*を、書き残せ……と」
 即ち、「自らの行動から学んで、己を正せ!」と、言いたいんだと思うけれど、その前に、座学で自反……自ら具体的な己に立ち返り、本当の自分……本心を{顧|かえり}みる事のほうが先だって、思わない?
 だから、定型書式化している{蛇足|スーパーフルイティ}を取り{止|や}め、その代わりに、**自反**と題することにした。

 なので、以後よろしく。
 てか、念のために言っておくけど、然修録に書く具体的」な自反は、「次回より」ってことでぇ……!!

 よろしくーぅ♪

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後裔記109(ミワラ<美童>学級の実学紀行)R3.8.28(土) 夜7時配信

#### サギッチの実学紀行「出たッ! ぼく行くけど、みんな、どうするーぅ?!」{後裔記|109} ####


 《和の{民族|エスノ}の真の狙いを{暴|あば}く}》《疲弊した精神も、{萎|しぼ}んだ肉体も、ふやけた肌》
   少年学年 サギッチ 齢9

 体得、その努力に{憾|うら}みなかりしか。

   《 和のエスノの真の狙いを暴く 》

 恐らく、ここ数年で一番(……であって欲しい)修羅場。
 難破の悲劇を潜り抜けるのに精一杯だった{所為|せい}か、すっかり忘れていたことが、二つある。
 一つ。スピアの決め{台詞|ぜりふ}。
 二つ。スピアの屁理屈。

 森の中……。
 自然エスノの{子等|こら}……ムロー学級総員八名、そのうち、現在員六名。
 {バーサス|VS}。
 和のエスノの子等、長屋のクソガキども総勢十名……と、ちょい。
 スピアの野郎が、言った。
 「ぼく行くけど、みんな、どうするーぅ?!」
 これには、さすがの長屋のウンチ{放|ひ}りやションベン{垂|た}れどもも、絶句!
 耳に届いたスピアの言葉と、その顔から読める意思とが、一致しない。そのふてぶてしい淡々とした顔には、{斯|こ}う書いてある。
 「決めたァ! みんな、早く行こうよーォ♪ サギッチも、来るぅ?」……だ。
 スピアの野郎、{山女魚|ヤマメ}をコシアブラの若葉で{包|くる}んで焼いた和流自然食を、やけに気に入ってワシワシ食った{所為|せい}か、屁理屈の充填完了……その口は、全開! ……てな感じ。
 まァ、偉そうに生意気に{捲|まく}くし立てる長屋のガキ大将を黙らせるには、スピアの屁理屈が、何よりの秘薬……てか妙薬……正に、霊薬だァ♪ (……みたいなァ)と、思うおれ。

 で、そのスピアの口が、言った。
 「論破したんだから、長屋の和のクソガキって呼ばれてる君らが、正しいよォ。ぼくらは*難破*だったけど、それも、正しかった。だから君らも、正しいんだと思う。
 君の主張……。
 君ら和の人たちは、ぼくら自然人を、{護|まも}ってきた。
 正しいと思う。
 親が子を護るのは当然だけど、でも、君たち和のエスノの本当の狙いは、*当然*ってところじゃない。ほかにある。必要があったんだ。和のエスノが、存続するために。
 平安時代の末期、ぼくら自然人は、一国一文明一民族を誇っていた和人から枝分かれし、地上の表舞台から姿を消した。
 次、昭和時代の中盤。
 こんどは、文明人が、和人から枝分かれする。ここで和人たちは、アメリカの爆弾によって、大きくその数を減らした。自然人が{俄|にわ}かに増殖……そして、文明人が矢庭に増殖したことによって、二人の子とその親という関係式の三つの亜種の勢力が、{均衡|きんこう}した。
 均衡したと言っても、それはただ、算数の世界の話だ。力の関係は、均衡なんて無理だからねぇ。ピラミッドのてっぺんが文明、その下が自然、そして底辺は、和の人たちだ。

 和の人たちにとって、ぼくら自然人は、{城郭|じょうかく}なんだ。和をぐるっと囲ってる城壁の外には、文明の軍勢が、うようよ{居|い}る。だから和の人たちは、ぼくら自然人を、後方から支援してきたんだ。それを、和の人たちは、「{護|まも}ってきた」っていう言葉に、当ててるんだよ。
 いいじゃん、べつに。
 それならそれでさァ。
 そんなことで{目鮫|メザメ}立てないで、早く行こうよォ♪」

 「そこは、{鯨|クジラ}だろッ! と、一応、言っておく。そこを{敢|あ}えて{鮫|サメ}に替えたのは、{如何|いか}なる屁理屈であろうか……」と、ムロー。魔性の鮫{乙女子|おとめご}先輩に聞かれぬよう、慎重に、独り{言|ご}ちる。
 その慎重……というか、臆病に{応|こた}えるかのように、スピアが、言った。
 「{遊弋|ゆうよく}……じゃなくて、回遊しなきゃだからだよ。ぼくら人間は、{鰓|えら}呼吸なんだ。常に泳いで、**気**を含んだ海水を受け{容|い}れ続けないと、ぼくら人間は、みんな、死んじゃうんだ。
 変わり続けないと、生きてることを忘れっちゃう。頭が、生きてることを、忘れちゃうんだ。それってもう、死んじゃってるってことだよねぇ?
 だから、早く行こうよーォ!!」

 ここで、ツボネエが、ぼそっと、{呟|つぶや}いた。
 「ムローはさァ。変わるのさぼってるから、知命できないんだよ。ひと休み、多過ぎーぃ♪ ……みんなァ?」
 ムロー先輩が、ぼそっと、応えて独り言ちた。
 「だなッ!」 

   《 疲弊した精神、萎んだ肉体、ふやけた肌 》

 {惚|ほう}けた森の妖精が、ブツクサと能書きを{言|ご}ちごちしながら、立ち上がった。
 「来る日も来る日も、冬を引きずった晴れ間の見えない{一日|いちじつ}。
 次にやってくる時令が夏だって、誰かが約束してくれるんなら、この疲弊した精神も、萎んだ肉体も、ふやけた肌も、ちょっとの間だけ、健康っていう幻想を夢見て{蘇|よみがえ}らせることだってできるのに……。
 行くけどさァ!」と、マザメ……先輩。

 ツボネエが、言った。
 「また、ほかの島に行くのォ? ねぇ。アニキーィ!!」
 スピアの野郎は、何も、応える様子はなかった。
 「なんでまた、**島**ってことになっちゃうのさァ。なんで森じゃあ、ダメなんだよッ!」と、マザメ先輩。
 ご機嫌が{傾|かし}いだまま{遊弋|ゆうよく}をはじめる、魔性の鮫!
 オオカミ先輩が、立ち上がった。
 (いい加減、女の扱いに慣れて欲しいもんだなァ!)……というおれたち期待は、今回も、裏切られた。
 そのオオカミ先輩が、言った。
 「森は、島の中にある。島が{嫌|イヤ}なら、海。それも嫌なら、この星から出て{行|ゆ}くしかない。この星の表面には、島と海しかないんだからなァ」
 無論、応えて言葉を返す魔性の鮫先輩!
 「島ん中でも、海ん中でも、{黄泉|よみ}の底でも、どこでもいいわァ! てかさァ。あたいら、この星のどこに{居|い}たって、アース号より早く出航しなきゃ、焼け焦げてそのまま溶けて影も形も無くなっちゃうんだろーォ?!」
 {暫|しば}ーしぃ……沈黙。

 現在員十六名とちょい、{何気|なにげ}に歩き出す。
 不気味!
 こんなとき、つい{戯|たわ}けたことを言っちゃうのが、おれだった。
 「ズングリ丸とアース号が、スタートラインの{重視線|トランジット}目掛けて、波{飛沫|しぶき}を天空に巻き上げながら、猛烈な勢いで荒波を切り裂いて行くーぅ!!
 てかさァ。なんであいつら、ついて来るんだァ?」
 と、まァ、こんな具合で……。
 「同年代なんだからさァ。仲良くすればァ?」と、マザメ先輩。
 「上から目線だけど、おれは、嫌ってはいない。少なくとも、おれらよりは知命に近そうだからなァ」と、オオカミ先輩。
 「そうだよね。クソガキだけど、邪心は無いと思う。ただ、性格が悪いだけ」と、ツボネエ。そう言い終わると、矢庭にムローが歩いているほうに駆け寄り、ムロー先輩の腰と自分の肩を同調させるかのように、速足で歩く。そしてまた、言った。

 「ねぇ。何考えてんのーォ??」
 おれも速足で、ムロー先輩たちに、追いついた。そして、ムロー先輩が言った。ぼそぼそと……。
 「あいつら、旧態人間には違い無さそうだが、もしそれが{装|よそお}いで、本当は、文明エスノの手の者だとしたら、おれたちは確実に、文明の{奴|やつ}らから狙われていることになる。すでに、標的にされてしまってるってことさ。
 一つの亜種が、存亡を賭けて、しかもそれが、{対峙|たいじ}する亜種の根絶を目指すものだとしたら、その具現は、{容易|たやす}いはずがない。
 だからおれたちは、立命期に生まれ持った美質を育て、運命期に武の心を修める。その具体的な計画書が、知命だ。そうそう都合よく、助っ人が現れるわけがない。現れるのは、決して立ち止まってはくれない*時間*と、決して{不精|ぶしょう}を許さない修羅場だけさ。
 血肉の〈血〉に、運命の〈命〉……その血命に{順|したご}うて以て友を選ぶ。来るものが敵と判れば、{直|ただ}ちに殺す。
 {縁尋機妙|えんじんきみょう}……それがもし、真の友と判れば、大努力して手と足を動かし、何がなんでも{掴|つか}まえて、仲間にする。
 ひょっとすると、俺がその**手**の者かもしれない。{仕来|しきた}りの旅を経験しているのだ。どこでどんな経験をして、誰かから新たなる使命を{背負|しょ}わされていたとしても、なんの不思議もない。不思議どころか、実に、現実的な推測だ」

 そこまでを言ったところで、ムロー先輩は、言葉を切ってしまったので、(やれやれ……)と思いながら、おれは何気に、後ろに振り返ろうとした。すると、いつの間に忍び寄って来たのか、十三人とちょいが、ピッタリとおれの後ろにくっついて、{何故|なぜ}か忍び足で、聞き耳を立てている。 
 もはや、〈**どの{面|つら}**〉を見渡してみても、疲弊した精神も、萎んだ肉体も、ふやけた肌も、何一つ認めることは出来ない。
 正に、「総員、戦闘配置につけッ!」との艦内放送を聞いたばかりでキョトンとして突っ立っている、まだ{幼顔|おさながお}の残る新兵たちのようだった。

   **{格物|かくぶつ}**

 ムロー学師より、指令が出回った。
 後裔記を書き終えたならば、必ず己が実践した{或|ある}いは実践すべき*格物*を書き残せ……と。
 後裔記は、行動の学。
 {故|ゆえ}に昨今、実学紀行と呼ばれるようになった。
 行動の学であり、それが実学であれば、格物が生じるのは自然であり、必定でもある。
 その点では、異論などあるはずがない。
 でも、いきなり格物って言われてもーォ!!
 みなに、訊く。
 「ぼくが正したほうがいいところって、どこだと思うーぅ??」
 失礼! ……(ポリポリ)。
  
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然修録105(ミワラ<美童>学級の座学日誌)R3.8.22(日) 朝7時配信

#### ムローの座学日誌「存亡の危機! 境遇に左右されない己をつくれ」{然修録|105} ####


 『{何故|なぜ}、境遇に振り回されるのか』 《環境に順応? なぜ人間は、その時々の境遇に一喜一憂し、フラフラと己の道を{逸|そ}れてどこかに行ってしまうのか》《存亡の危機? なぜ人間は、諸外国が喜んで攻め入って来ることを予測できず、内乱に没入してしまうのか》
   学人学年 ムロー 青循令{猫刄|みょうじん}

 {会得|えとく}、その努力に{憾|うら}みなかりしか。

      **{主題と題材と動機|モチーフ}**

   《 {主題|テーマ} 》

 何故、境遇に振り回されるのか。

   《 その{題材|サブジェクト} 》

 環境に順応? なぜ人間は、その時々の境遇に一喜一憂し、フラフラと己の道を逸れてどこかに行ってしまうのか。
 存亡の危機? なぜ人間は、諸外国が喜んで攻め入って来ることを予測できず、内乱に没入してしまうのか。
 
   《 この主題と題材を選んだ{動機|モーティブ} 》

 次の天地創造の前に……。
 宇宙星艦〈アース〉が出航する前に……。
 この星の人類は、絶滅する。

 俺の後裔記より……。
 アース号出航? 地球存亡の危機? 俺たち自然{民族|エスノ}が、和のエスノのクソガキどもに{護|まも}ってもらうだとーォ?!
 俺たち{美童|ミワラ}は……元い。俺たちムロー学級の面々は、そんなにも頼りなく映っているのかッ!
 和の連中の洞察力のほうが、俺たち自然人の直感力よりも、勝っているということなのか。
 自反、格物、直感力の三拍子を{以|もっ}てしても、和の連中の洞察力には敵わぬ! と、いうことなのか。
 俺たち自然人は、先祖代々、和の人たち……{所謂|いわゆる}旧態人間を、護ってきた。
 それが、俺たちの時代で、逆転するぅ? 有り得ん! ……というか、有ってはならん!

 俺ら{美童|ミワラ}が弱体化すれば、三つの亜種の均衡は、崩れ去る。人類は、三つ{巴|どもえ}となり、その争いは、地球全体を覆う。
 {故|ゆえ}に、人類は、滅亡する。
 その日は、近い。

      **題材の{講釈|レクチャー}**

   《 環境に順応? なぜ人間は、その時々の境遇に一喜一憂し、フラフラと己の道を逸れてどこかに行ってしまうのか 》

 周りの事情や自分の個性を大切に考えることは、悪いことじゃない。但し、天命に向けて己の道を歩むうえに{於|お}いては、ほぼなんの役にも立たない。大事なのは、自主的に努力できるか{否|いな}かということころにあると思う。

 この「自主的な努力」を考えるとき、{瑞西|スイス}に二人、学ぶべき先人偉人がいる。

 一人目は、詩人であり哲学者である{アミエル|Henri Frederic Amiel}(一八二一~八一)。
 死後、日記が有名になった。理由は、その美しい心情と情緒にあるという。後裔記を子々孫々に残そうという我ら{美童|ミワラ}としては、生まれ持った美質を保ち続けるために、是非一度、読んでおきたいものだッ! ……(アセアセ)。

 二人目。
 法律家であり哲学者である{カール・ヒルティ|Carl Hilty}(一八三三~一九〇九)。
 その著作は、実業家でもあった{所為|せい}か、思慮深く実証的であるという理由で、日本でも広く受け{容|い}れられてきた。{敬虔|けいけん}な信仰によってプロテスタントの倫理観や道徳観を書いた著作、『幸福論』や『眠られぬ夜のために』が、有名だ。
 その片方は、読んだ記憶はある……が、その内容は、記憶していない……(ポリポリ)。

 さて、そのヒルティの語録を、読んでみよう♪
 「人間は{抛|ほう}り出しておいても善くなるような自然的能力を持っているものではない。逆に善に反抗する傾向がある。
 すなわち{怠惰|たいだ}、勤労を嫌う、わがまま、罪のない{子供|こども}を容易に{犯|おか}す時代風俗のもつ魔力などである。児童に根本的に必要なものは、そのうちに成長して、下品なもの・俗悪なものなどに触れない清潔な雰囲気である。
 教育についての抽象的理論の多くは価値がない。
 最高の教育を受けた人間も、その後の自己{陶冶|とうや}を{缺|か}いては、立派な人間には成り得ない。ごく劣悪な教育も、自己陶冶によっては、なお改善され得るものである」

 陶というのは、焼物を造ること。治は、{治金|やきん}……金属を精錬……鉱石から金属を取り出して、材料を造ること。
 練って焼きを入れて、人間を造る。
 取り出して鍛えて、人間を造る。
 即ち、人間というものは、焼きを入れて鍛えなければ、ものにならぬということだ。
 まったく、手厳しい!
 {然|しか}しながら、現実は、ヒルティの言う通り……自由奔放では、いつまで{経|た}っても、ダメ人間のままだ……と、いうことを、物語っている。

 俺たち自然{民族|エスノ}は、「自然の一部である」と、悠久豪語してきた。自然とは、創造……新たに何かを造り出すこと。変化……常に自ら変わること。正に{造化|ぞうか}……常に天地万物が変転し、それ故に存立存続してゆくものだということ。
 なので自然の一部足る人間は、常に自然を造り、己を自ら変え続けなければならない。

 但し、これを自主的主体的に、絶え間なく創造力を発揮するということは、{如何|いか}なる自然の一部の生きものも、残念ながら、不可能と言っていい。特に人間の大人は、直ぐに疲れる……へこたれると言ってもいい。
 そういうときは、逆に、環境に左右されてしまう。だから、ヒルティの言葉にもあるように、「清潔な雰囲気」……即ち、善い環境に置かれていなければならないということだ。

 人間が環境を造り、また同時に、環境が人間を造る。
 これが、自然の一部足る生きものの{所以|ゆえん}なのだ。 

   《 存亡の危機? なぜ人間は、諸外国が喜んで攻め入って来ることを予測できず、内乱に没入してしまうのか 》

 みんな、気づいているだろうか。寺学舎で学んでいたころからずっと、俺たちは、国内の治乱のことばかりを考えている。外を、まったく見ていない。すると、どうなるか……。
 そう、黒船が、やって来る!
 通商が目的なら、まだいい。でも、その国の国民が、{世間知らず|ナイーブ}だということを知ったら、どうするだろう。俺なら、通商などとまどろっこしいことはせず、(大砲をぶち込んで、占領してやろう!)と、思うだろう。

 即ち、我ら日本人……文明、和、自然の三亜種とも、国際的な認識が、欠落しているということだ。
 数ある大陸の大国と{対峙|たいじ}したときに、「闘争かッ! {将又|はたまた}、中立かッ!」の二択しか頭に浮かばないようなポンコツの頭では、それこそ国家*存亡*の二択の答えが、直ぐに出てしまうというものだ。
 日本の政治家は、「平和、平和、平和主義だーァ!!」と連呼するだけで、ロシアの独裁者は、自国を平和の教科書のように言い、アメリカを帝国・侵略主義の魔王であるかのように非難する。
 どいつもこいつも、ただ「平和、平和、平和……」と、バカの一つ覚えだけで*お経*をあげているが……じゃあ、その平和って、なんなのさァ!

 どういう条件が揃ったときに、平和というのか。
 それは、誰のためにあるのか。
 その平和を得るためには、どんな代償を払わなければならないのか。

 ……と、そんな基本的なことを考えたこともなければ、知りたいとも思わない。言葉だけで、中身がない。正に、空論! お話にならない。
 国民が、自由を勝ち取って幸福を享受することが*平和*なら、すべての国民が奴隷化することもまた、*平和*と呼ばれている。残念ながら、それが、現実なのだ。
 この星のすべての人間が、お互いに敬意と善意を{以|もっ}て接しなければ、**平和**などとい実態なきややこしき時空が、顕在する難しき人類と共存などできるはずはないのだ。

 国民を、右と左に分け隔てたり、ヒト種を、三つの亜種に分化させたり、人間というのは、何故にこうも、わざわざ問題を難しくすることが大好きなのだろうか。
 難しくすればするほど、本題から遊離してゆく。より難しいほうを大事にするから、益々本題から離れてゆく。
 即ち、愚か者は、事を難しくして、わざわざ危険な行動を起こして、そこでたまたま得た{何某|なにがし}かの幸福に、一喜一憂しているだけなのだ。

      **{蛇足|スーパーフルーイティ}**

 その*愚か者*と逆の意味の言葉で、〈居易俟命〉というのがある。あまり詳しくはないが、〈きょいしめい〉とでも読めばいいのだろうか。偉人は、平易な立ち位置で、天命を{俟|ま}つ……と、いう意味だ。
 その言葉を取って名前にしたのが、{白居易|はく・きょい}だ。易に{居|お}って、はじめて天を楽しむことができる。{所謂|いわゆる}、楽天♪
 このおっさん! この〈楽天〉を{字|あざな}にしたから、その名が*白楽天*になったという{訳|わけ}である。
 まァ、オオカミ君とスピア君の二人が、どうやら『{中庸|ちゅうよう}』を学んでいるようなので、原典の語録の解説は、彼らに譲ろう♪

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後裔記108(ミワラ<美童>学級の実学紀行)R3.8.21(土) 夜7時配信

#### ムローの実学紀行「寂しい森、ひもじい{美童|ミワラ}、真理を明かすクソガキ!」{後裔記|108} ####


 《回想、妄想、{僻|ひが}み》《森の中でランチ、手弁当無き{虚|むな}しさ》《五理目……それは、クソガキどもの真理だった》
   学人学年 ムロー 齢17

 体得、その努力に{憾|うら}みなかりしか。

   《 回想、妄想、僻み 》

 この島の{子等|こら}は、まるで、座敷わらしだ。
 心が清らかな人間には、その正体を見せるが、汚れっちまった人間には、本音を見せない……。
 ジジッチョ……元い。技師長の言い付けなんだか、実のところはどうなんだか知らないが、俺には何も語ってくれない、長屋の子どもたち!
 その子等が、ツボネエには、偉そうなのは{兎|と}も{角|かく}としても、ベラベラとなんでも、{喋|しゃべ}ってくれる。
 (俺はもう、{穢|けが}れっちまったのかァ! 知命も、まだだってのにぃ……)と、何気に独り、思う俺。
 まァ、{閑話休題|それはともかく}。

   《 森の中でランチ、手弁当無き虚しさ 》

 「山菜って、生で食べれないもんばっかなんだねーぇ!!」と、スピア。
 「{山女魚|やまめ}、食うしかないだろッ!」と、俺。
 「生でぇ?」と、スピア。
 「いやいや。そこは、火を起こそうよッ!」と、マザメ。
 「得意分野だもんなッ! よろしくーぅ♪」と、オオカミ。
 「はァん? てめぇの火は、てめーぇで起こしなッ!」と、マザメ。
 「ご機嫌、{傾|かし}いでるーぅ??」と、マザメに{訊|たず}ねる、スピア。
 スピアが訊ねたときには、確かに傾いでいる程度だったようだが、訊かれて腹が立って、ジャジャジャジャーン!! ……みたいな(アセアセ)。
 で、そのマザメが、語りだした。

 「あのクソジジッチョの話聴いて、機嫌が真っ直ぐ立ってる{奴|やつ}の事をなんていうか、教えてやろッかーァ?!
 {独活|ウド}の大木さ。
 ウドってのは、山菜のことさ。茎を食べるんだけどさァ。{放|ほ}ったくっといたら、樹木みたいにでっかくなって、そうなったら、食べられないどころか、中がスカスカで、建材は{疎|おろ}か、薪にもなりゃしない。
 だから、中が空洞のことを、「ウド」って言うだろッ? そんなことも、知らないのかい! だからおまえらは、小さいのにウドの大木って言われてんのさァ。
 誰からァ? ……って、あたいら女の子たちに決まってんじゃん♪

 てか、あんたが変な{訊|き}き方すっから、話、脱線しちゃったじゃないのさァ! ジジッチョの話に戻すけどさァ。
 『この星の消滅は、次の天地創造よりも、早いのかもしれん……となァ』って、じゃないっしょ!
 あたいら、曲がりなりにも、次の天地創造で生き残るために、今、命を存立させている身なんじゃなかったッけぇ? 「……となーァ♪」で済まされるんなら、知命も立命も運命も、なんもかんも、意味ないじゃん!」

 こうなったら、もう、手がつけられない。
 長い……長い{間|ま}。
 この魔の間のなかで口火を切るのは……はてさて、誰であろうかァ!
 腹がへった{鯱|シャチ}?
 ……はてさてその実態は、腹をすかして岩陰に隠れてビクビクしている{鯊|ハゼ}の少年……その、オオカミ君が、言った。

 「思慮を{少|すくの}うして{以|もっ}て心気を養う。{何故|なぜ}かムロー先輩も含めて、おれたちはまだ、知命前だ。その知命のために、今、おれたちに必要なのは、間だ。天地創造の*時*でも、アース号出航の*時*でもない。事なき**間**だ。
 無事{澄然|ちょうぜん}。事なきときは、水のように{澄|す}んだ気で{居|お}る。先人……{即|すなわ}ち和のエスノ、{所謂|いわゆる}旧態人間たちは、そう{諭|さと}している。
 おれらミワラの立命期、そして知命、そして、その後の運命期の{理念模範|パラダイム}の多くは、その和のエスノの歴史の中にある。おれらの祖先……廃残した水軍海賊たちは、谷間や地底に隠れ住みながら、その土地に土着してきた民から、生きる目的と、その{術|すべ}を学んだんだ。

 知命していようが、していまいが、したくても出来ないでいようが、そんなことは、どうでもいい。和の人たちは、おれたちの{同胞|はらから}……おれら自然エスノの、命の恩人なのさ。
 だからおれらは、自分ら自然人が生き残ることを考える前に、和の人たちが生き残るためにはどうするか、そっちを考えることのほうが、先だろッ! ……って{訳|わけ}さ。
 で、どうするぅ?」

 「バカかァ! おまえはーァ」と、{間|かん}、{髪|ぱつ}を入れず、マザメ。
 「そこまで偉そうに言っといて、『どうするぅ?』は、無いっしょ!」と、サギッチ。
 「それも、一理あるなッ!」と、オオカミ。苦し{紛|まぎ}れというか、ただ苦しいだけ……みたいな。
 「二理も三理もあったら、気づいてんのかい! そのボンクラ頭でぇ……」と、マザメ。案の定、容赦ない!
 「それも、一理だねぇ♪」と、スピア。何故か、傍観者の顔!
 「和の人たちは、出会いを{少|すくの}うして心気を養ったからこそ、真実のデータを、信じ続けることが出来たのかもしれんなァ♪」と、俺。(敢えてここで、口をだす必要があったのだろうかァ……)と、後悔する。案の定……。
 「それが、青循令の歳になっても知命できない理由ってことォ? それも、一理なーん?? これで、三理めだっけぇ?」と、スピア。今さらだが、一言、多い。しかも、それは{何故|なぜ}かいつも、最悪なタイミングでぇ……。
 「やい、男どもォ! てッてッてッ、てめーらァ……つーか。どいつもこいつも、もういいから、てめーぇの尻でも{掻|か}いて、大人しくしてなァ♪」と、マザメ様が、{仰|おっしゃ}った。
 そして、ここで口を出すのが、スピアの理!
 「**{四理|よんり}**目だから、**{尻|しり}**って言ったんでしょーォ?! さすがァ♪ マザメ先輩!」

 少しの間……それが、あることを、俺に、気づかせてくれた。この森は、静かだ。学友たちの顔を、見渡す。スピアと、目が合う。そして、奴は、{斯|こ}う言った。
 「自反、命!……の鹿の{乙女子|おとめご}ちゃんも、大努力のウリ坊も、便所の{匠|たくみ}のタヌキ君も、この森には、居ないのかなーァ?!」
 「もし、ツボネエちゃんが、ここに居たら、斯う言うだろうねぇ。
 『ほらァ! あそこに、鹿の乙女子ちゃん♪ あっちに、ウリ坊! あそこでタヌキ君が、こっちを見てるじゃん♪』……ってねぇ」と、マザメ。
 「てかさァ。あいつ、仮病を使ってまで、なんでそうまでして、長屋に残りたかったのかなーァ?!」と、サギッチ。
 「強い神気を持った和の{子等|こら}から情報を引き出すには、それしか方法が無かったってことさァ♪」と、マザメ。
 「シンキってぇ?」と、サギッチ。
 「言語を省いて以て神気を養う」と、俺。
 「言語を省かれて、悔しい?」と、スピア。俺の顔を、見詰めている。
 「まァ……まーァ、まァだなァ!」と、独り{言|ご}ちるように、俺。
 「無駄口を叩くのは、男に{非|あら}ずってことさァ。どうしても叩きたいときは、あんたたちだけで集まって、叩かずに並べとくんだねぇ♪ そう、アルファ・アンド・オメガみたくさッ!」と、マザメ。
 「オメガーァ??」と、サギッチ。
 「ワード・チェーンのことだ」と、俺。
 「しりとりだよォ♪ 親切に言うとねぇ!」と、スピア。
 (俺は、不親切ってことかい!)と、思い、{僻|ひが}む俺。
 「じゃあ、ゼロ理だねッ♪」と、サギッチ。
 「はーァ??」と、マザメ。俺も、そう思った。
 「だって、{四理|しり}から*しり*を*取る*んでしょーォ?? だったら、ゼロじゃん♪」と、サギッチ。
 ……総員、暫し無言!

    《 五理目……それは、クソガキどもの真理だった 》

 ザワザワ……ワサワサ……そして、言語が、放たれた!
 「おまえらァ! 山菜、食うのかッ! 食わねぇのかッ! どっちなんだァ! ごちゃごちゃ言ってないで、早く火を起こせよッ!」
 長屋の子等……全員、揃っている!
 俺たちが唖然!としている間に、奴らは、瞬く間に火を起こして、山菜を焼きはじめた。そして、二人だけ火の番に残して、他の多勢は、森の四方八方に、散って行った。
 直に、両手にいっぱい赤い真珠の玉くらいの大きさの木の実を{携|たずさ}えて、戻ってきた。
 {和|あ}えて赤く{彩|いろど}られた{緑緑|りょくりょく}の山菜たち……。
 「コシアブラの若葉、うッめーぇ♪」と、サギッチ。
 「タラの芽ちゃん♪ あたい、恋しちゃいそーォ!!」と、マザメ。
 「フキノトウ……まァ、ぅう……美味しいねーぇ」と、スピア。

 そのときだった。
 大昼食会の宴の背後から、新たな主から、言語が放たれた。
 「お子ちゃまだから、許してあげてよォ♪ アタイが大好きな、アニキなんだからーん♪ みんな、仲良くしてあげてねぇ」
 ……と、言わずもがな、仮病に飽きたツボネエ!
 そのツボネエの満面の笑みを見て取った和の少年……さっきの、「さっさと火を起こせッ!」と、偉そうに言ったクソガキが、矢庭に、嬉々とした顔になって、斯う言った。
 「星艦アースは、六年前に、戦闘準備に入った。俺たちは、六年もの遅れを、とっている。でも、心配するなッ! 自然エスノは、おれたち和のエスノが、護ってやる。
 だから、おまえらは、{山女魚|ヤマメ}と山菜でも食いながら、毎日、昼寝でもしてろッ!
 そのうち、目が覚めたら、次の天地創造なんて、{遥|はる}か遠くのどこかで、終わってるさーァ♪」

 えらく、見くびられたもんだなッ!
 それもこれも、俺がまだ、知命できていないからなのかなーァ……(ガックシ)。
 
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然修録104(ミワラ<美童>学級の座学日誌)R3.8.15(日) 朝7時配信

#### ツボネエの座学日誌「直感力と洞察力で地球物理学に挑む」{然修録|104} ####


 『直感力と洞察力は、地球物理学を超えて地球を救えるか』 《直感力で地殻変動を知る自然{民族|エスノ})》《洞察力で自然を大法則で{捉|とら}える和のエスノ》
   少女学年 ツボネエ 少循令{飛龍|ひりゅう}

 {会得|えとく}、その努力に{憾|うら}みなかりしか。

      **{主題と題材と動機|モチーフ}**

   《 {主題|テーマ} 》

 直感力と洞察力は、地球物理学を超えて地球を救えるか。

   《 その{題材|サブジェクト} 》

 直感力で地殻変動を知る自然エスノ。
 洞察力で自然を大法則で捉える和のエスノ。
 
   《 この主題と題材を選んだ{動機|モーティブ} 》

 アタイの後裔記……あの、長屋住みの無礼者! クソガキどもの一人が言ったコトバ。

 「風穴を空けっちまった地底奥深い重力逆転層が、もし万が一溶岩層だったら、サラサラマグマと無数のゴミが{相見|あいまみ}え、{塵旋風|じんせんぷう}が{如|ごと}く大気圏外に噴き出しっちまう。
 宇宙{星艦|せいかん}〈アース〉の出航だッ!」

 オオカミ先輩たちを乗せたズングリ丸の出航は、誰も{止|とど}めることができなかった。それでも四人は、生き残った。でも。アース号は、それとは事情が違う。確実に、すべての生命が死ぬ。
 武の心の総力を結集して、なんとしても、アース号の出航を止めなければならない。

      **題材の{講釈|レクチャー}**

   《 直感力で地殻変動を知る自然エスノ 》

 地震とは、{地殻|ちかく}プレートが{擦|こす}れ合うこと。
 では、それによって蓄積されたストレスが、どの段階になれば、最後{通牒|つうちょう}を渡されたかのように{暴|あば}れ出すのか。
 それは、意外にも地底の話ではなく、大気中のエネルギーの合流が、大きく関わっている。

 一つ、地球の内部から発せられる低周波の電磁波。
 二つ、電離層によって和らげられた宇宙からの高周波の電磁波。

 二つ目の電離層というのは、{所謂|いわゆる}電子世界の防御層で、地上八〇~五〇〇メートルの高さで地球を覆っているらしい。問題は、その電離層によって和らげられた電磁波が、地殻から突発的に地殻ガスを噴出させてしまうということだ。
 この二つのエネルギーが、好き勝手にエネルギーを放ち、異常乾燥、低気圧、成層圏からの下降気流などを引き起こす。そして、その二つのエネルギーのピークが同時に訪れたとき、成層圏と地殻ガスとの間で、電気的な化学反応が起こる。
 大気中で起こったこの化学反応は、次に、地中へと向かう。地殻には、ガスが噴出することからも判るように、外部からのエネルギーの通り道が、無数にある。
 このとき、地殻プレートが擦れ合うことによって蓄積されたストレスが、もし、充分な段階に達していたならば、総じて圧力波と化し、地震を引き起こしてしまうという{訳|わけ}だ。

 (なんか、相当{割愛|かつあい}してるけど、でも、精一杯のアタイ!)と、自己弁護しながら書いている、アタイ……(アセアセ)。

 では、その事例を、挙げてみよう♪
 一つ、動物たちは、この地震の前兆を感知する素晴らしい本能を持っている。事実、地震の数週間前に、異常行動を起こす場合が多い。
 二つ、地震の数時間前には、物質の組成とか大気中の電子の活動とかの変化が、観測される。
 三つ、その小難しい変化は、地震の数日から数週間前に、震源周辺地域の天候にも具現する。
 四つ、まァ、判り{易|やす}く、地表からガスが噴き出すこともある。

 動物たちが悠久養ってきた直感……異常行動は、皮肉にも文明の力によって、その一つひとつが解明されつつある。
 その事例も、挙げてみよう♪
 一つ、メタン、硫黄……みたいな活性ガスは、大地震の前には、地上に噴き出すことが多い。
 二つ、地震の前には、火の玉のような、大気中の電子の異常な変化が見られる。
 三つ、地震の前に起こる異変の数々。様々な計器の計測結果……そして、様々な動物たちの異常行動。

 結論。アタイらは、文明{民族|エスノ}の科学を学んで、計測計器からの{報|しら}せを得ることができる。でも、文明の{奴|やつ}らは、動物たちのような異常行動……{即|すなわ}ち、直感によって対処することは、できない。
 その訳は、言わずもがな。自然から、離れすぎてしまったからだ。でも、アタイら自然エスノには、それができる。但しそのためには、頭脳と心を鍛えて、動物たちに負けない直感力を、修得しなければならない。

   《 洞察力で自然を大法則で捉える和のエスノ 》

 洞察というのは、アタイら自然人が得意とする直感力とは、対極にあるといっていいほど、大きく違う。すべて過去から現在に到る〈真実のデータ〉を基にして、未来を予測判断するからだ。
 アタイらが生きている世界は、常に変わり続けている。データを基にしていると言いながら、次に何が起こるかなんて、誰にも判らない。でも、目で見て手で触れれば、誰だって、同じ体験をすることができる。ただその体験に、なんの法則性も無いと言うだけだ。
 でもね。
 何が起こるか判らないからこそ、その予測不能な事態に備えなければならない。ダムに水を{溜|た}めることもそうだし、会社の利益を貯めておくのもそうだし、{蜂|ハチ}さんや{蟻|アリ}さんだって、冬に備えて、せっせと食料を蓄える。
 これって、明らかに直感力なんかじゃなくって、自然の{智慧|ちえ}だよねぇ? これって、法則なんてみみっちいもんじゃなくって、これこそが、〈天下の大法則〉ってぇもんじゃないのーォ??
 この世に法則って呼ばれるものは多々あるけれど、どれもこれも、抜けや漏れが無いように、言葉を駆使して{体裁|ていさい}を整えてるだけなんじゃないかと思う。

 「天下」と言えば、そのまんまだけど、天下の松下幸之助翁! 偉大な先人ではあるけれど、ここでは{敢|あ}えて{翁|おきな}と呼ばせていただく。その数ある逸話の一つ。
 インフレで、「借りなきゃ損損!」の時代に、節約してせっせと利益を貯め込んだんだよねぇ? それって、直感なんかじゃないよねぇ? 強いて言えば、*直観*。これが、天下の大法則……それ即ち、*洞察力*ってぇもんじゃないのーォ?!
 なぜってさァ……。
 天下の松下幸之助翁は、どうして、世間に蔓延していた「金を使え使え! 金を借りろ借りろ!」の風潮に、惑わされなかったのか。それは、自分の実体験のなかに、「使え借りろ!」が正しいと思えるような根拠が、一切何も無かったからだ……と、思う
 (なぜだろう、どうしてだろう)って思って、自分の体験を参考にして考えた結果、(世の中の流れが、天下の大法則から外れてる……)ってことが判って、そう確信したのならば、次は、(どうしよーォ!!)って思うのが、正常ってもんじゃないのかしらん?

 (難しい言葉を省いて、観念的なことばかり書いてる!)って思われるかもしれない……っていうか、間違いなくそう思われてるとは思うんだけど。
 でもね。それで、いいと思う♪
 なぜってぇ? そりゃ、アンターァ!!
 この世の中、日頃、ろくすっぽ何一つ考えもしないで、ただベラベラと欲望に任せて{喋|しゃべ}り続けている*お喋りロボット*みたいな人間が、実際問題、多すぎる!
 そんな奴らの、頭を介さない、口だけが好き勝手に動いているだけの意見を聞くほど、アタイは、暇じゃないってことを言いたいのさ。

 和の{民族|エスノ}の人たちも、森の動物たちも、今まで生き{存|ながら}えたのは、運がいいからだ。もし、文明の奴らやアタイら自然の人間たちみたく運が悪かったら、もうとっくに、彼らは絶滅してることだろう。
 じゃあ!
 なんで、和の人たちや動物たちだけが、運がいいのか……。
 「禍福は{糾|あざな}える{縄|なわ}の{如|ごと}し」って言葉が、あるんだそうだ!
 いいことも悪いこともある。いいと思って安堵したのに、後からそれが、悪いことの原因になっちまうってこともある。そんなこと、どれもこれも、どうしようもないよねぇ?
 でも、運がいい奴らって、{何故|なぜ}かいつも、良い結果が出てしまう。その答えは……簡単だッ♪
 奴らは、真実のデータしか、理解できない。
 言葉は、巧みに飾り立てて、根拠のない{夥|おびただ}しい数の法則を作り出して、人間たちを、惑わす。
 でも、動物たちは、その言葉を理解できないから、〈真実のデータ〉に、頼るしかないのだ。

 即ち……森の動物たちも、和の{民族|エスノ}の人たちも、天下の大法則、真実のデータだけを頼りに生きているから、いつだって、運がいい。ただ、それだけのことなのだ。 
 
      **{蛇足|スーパーフルーイティ}**

 この然修録は、言葉で書かれています。
 なので、真実のデータ……天下の大法則とは、大きく外れているかもしれません。ただ飾られただけの、{美童|ミワラ}たちの{戯言|たわごと}かもしれないってこと。
 でも同時に、信じて自ら行動すれば、運がよくなるような……そう、天下の大法則、〈真実のデータ〉なのかもしれない。
 本当は、そのどちらなのか……その答えを知りたければ、自分で見て、手で触って、実際に行動してみないことには、判りっこない。
 だから、この然修録に記されている座学を、本当に会得しようと思ったら、みんなが後裔記に記しているように、実際に自らの行動によって、座学で学んだことを、体得しなければならないんだと思う。

 最後に、観音さまの言葉……。
 「{照見|しょうけん}{五蘊皆空|ごうんかいくう}」
 誰かが、書いてたよねぇ?
 洞察のことを、別の言葉で表すと、照見だって……。
 {何|いず}れにしても、言葉で表される世界は、すべてが無!
 惑わされてはいけないってこと……。

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後裔記107(ミワラ<美童>学級の実学紀行)R3.8.14(土) 夜7時配信

#### ツボネエの実学紀行「指令、武の心でアース号の暴発を{止|とど}めよ」{後裔記|107} ####


 《最悪……アマガエルの踊り食いを、回避せよ!》《芝刈りでもなく、洗濯でもなく、山と川に向かう{美童|ミワラ}たち》《病の言い訳と、不可思議な島の子どもたち》《この星の未来を知る、無礼で失礼な野郎ども!》
   少女学年 ツボネエ 齢8

 体得、その努力に{憾|うら}みなかりしか。

   《 最悪……アマガエルの踊り食いを、回避せよ! 》

 余計なことだけど、ちゃんとアタイらは、女湯で{温|あった}まって、{不精|ぶしょう}に{亘|わた}って風邪を引かぬよう、入念に重ね着をして、番台の前の片開き戸を引いて、男湯の脱衣場へと入った……と、いう{経緯|いきさつ}だった。
 ところでさァ。
 なんで男どもって、あーもこーも、途方もない先の未来のことばっか、考えるんだろう。次の天地創造なんてさァ。アタイらが死んだ後のことじゃん!
 次の百年ごとの大戦だって、集結するころにはアタイ、32歳のオバハンじゃん! {始|はじ}まるのだって、精々20代後半っしょ? 苦手なのよねーぇ!! そんな、先のことでウジャウジャ話し合うのってぇ……。
 ねぇ!
 どうせやるって決まってるんなら、もう、始めちゃおうよッ♪ ダメーぇ?! 終結する年だけ、帳尻合わせときゃいいんでしょ? まァ……いいけどさァ。

 銭湯を出ると、案の定、湯冷めした!
 雲みたいな色した月が、呑気な顔して、浮かんでる。なに考えてるんだかァ……。恒令の七養じゃないけれど、時令に{順|したご}うて{以|もっ}ても、寒くって元気なんか養えないっつーのォ!
 しかも、心を凍らせる、ムローの一言。
 「晩めし、どうしようっかーァ!!」
 あのさァ、何十年も何百年も先のことは、あんなに一所懸命、一生懸命に考えるくせして、なんで今晩のことを考えられないのさァ! しかも、なんで切羽詰まってこの腹ペコの時間にならないと、その〈考えてなかった!〉ってことに、気づかないのよォ!
 まったく、信じらんない。
 (まさか、今晩のおかずは、あの、小川でぴょんぴょん跳ねてた、アマガエルちゃんたちーぃ?! 借りて来た醤油かけて、踊り食いーぃ?? イ・ヤ・だーァ!!)と、大真面目に思ったアタイ……なのだった。

 まァ、最悪は回避できたけど……ワタテツ先輩とヨッコの{姉御|アネゴ}、なに食ってんのかなーァ。この島より、文明界の習慣が色濃ゆいって、書いてなかったけぇ?
 まァ、いいけどさァ。

   《 芝刈りでもなく、洗濯でもなく、山と川に向かう{美童|ミワラ}たち 》

 この島は、アタイらが住んでた半島南端の浦町よりも、南にある。だって、まだ三月中旬だっていうのに、もう桜の花が開きはじめている……ぅーん??
 (だったら、もう、山菜が、採れるんじゃーん♪)と、思ったアタイ。
 「指令! 今日の大事は、山菜と川魚の調達。イザッ! 出陣よーん♪」と、吠えたアタイ。
 てな{訳|わけ}で(、たぶんみんな、仕方なく)、男どもは、長屋の前を流れる小川の源流の谷川へ{漁|すなど}りに、女たちはアース山に山菜採りにと、朝も{早|は}よから長屋を出立!
 アース山ってのは、ボタ山の反意語だよん♪
 地球の上に炭鉱の捨石が積み上がってんのがボタ山、地球の一部で盛り上がったり{聳|そび}えたりしてんのがアース山……てな理屈。
 で、後から聞いたところによると、男どもは、{鰻|うなぎ}や{山女魚|ヤマメ}{捕|と}りに夢中になったり、女たちの命で木をひん曲げたりよじ登って*やじろべえ*状態にしたりしながら、コシアブラの{脂|アブラ}ぎった若葉摘みに{勤|いそ}しんだりしていたらしい。
 片や女たちは、なんか優雅というか悠長というか、腰を曲げ曲げしながら、タラの芽やフキの花の{蕾|ツボミ}を、摘んでいたらしい。

 ここで、大きな疑問が生じると思う。
 一に、「後から聞いた……」ってことは、ツボネエは行かなかったってことォ?
 二に、ツボネエが行かなかったんなら、「女たちは……」は、おかしいよねぇ? 「マザメの姉御は……」じゃないのォ?

 では、答えます。
 一は、「はい。急な{病|やまい}で、行かなかった」
 二は、「いいえ。でも正確には、二人とか三人とかじゃなくって、一人と数十匹。「NO!」と言えないタヌキやウリ坊の{少女|メス}たち」
 みたいな……。

 そうそう、一つ。
 マザメの姉御に、教えてもらったこと。
 *フキの花*のことを、「フキノトウ」って言うんだってさァ!
 さすがは、海底生まれ森住みの魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}様ーァ♪

   《 病の言い訳と、不可思議な島の子どもたち 》

 で、アタイの病のことだけど……。
 長年、アタイの闘病生活を見守ってきたムローには、**仮病**だって、直ぐに判ったみたい……(ポリポリ)。
 その証拠に、みんなが長屋に戻ってきて、ムローが開口一番、アタイにこそっと言った言葉、それは……。
 「どうだったァ?」だ。
 アタイ、どうしても長屋に残って、この島の子どもたちと話がしてみたかったんだよねぇ。だってさァ、銭湯に、子どもたちは、たくさん{居|い}たんだよ。だのに、私語の一言も無い。
 仮に、お母さんから、「技師長が喋ってるときは、絶対に静かにしときなさいよォ!」なんて、キツく言われてたにしたって、あんなに素直に、静かにするぅ? 子どもって、そんなもんじゃないよねぇ?
 この長屋の子どもたちだって、どいつもこいつもさァ。ここから{殆|ほとん}ど、外に出ない。遊ぶのは、平屋の連棟式住宅の屋根の上か、その前を流れる小川の周りだけ……。

 そこで、ムローがこそっと訊いてきた、「どうだったァ?」の答えだけどォ……。

   《 この星の未来を知る、無礼で失礼な野郎ども! 》

 歳が近いからか、それとも、アタイの魅力に{圧|お}されて、{言乃葉|ことのは}が*トコロテン*みたく押し出されたのか……{兎|と}にも{角|かく}にも、長屋の子どもたちが喋り出すまで、思ったほど時間はかからなかった。

 アタイは、{斯|こ}う訊いてみた。
 「ジジッチョがさァ。
 『次の天地創造は、荒れる』とか、『それよりも、この星の消滅のほうが、早いかもしれん』とか……なんかさァ、わけわかんなくってさーァ!!
 どういう意味なのか、誰か、知らない?」……みたいな。
 すると、なかでも一番ヤンチャそうな、アタイと{同|おな}い年くらいに見える男の子が、自信満々で、しかも誇らしげに、語りはじめた。

 「当然じゃないかァ。そんなこともわかんないのかよッ! まァ……教育のないおまえらにゃ、無理もないけんどなァ。
 まァまァ、そう、気を落とすなってことよッ♪
 教えてやるからさァ。

 一に、次の天地創造は、荒れる。
 {足下|そっか}の重力の方向に掘り進むと、ある深度を超えたところで、異変が起こる。重力が逆転する地層があるんだ。ここに風穴を空けっちまうと、大量のゴミが、地底から吹き上げられ、大気圏一帯を{犇|ひし}めき合いながら漂い続ける。
 太陽神は、永久に、地上の神々との面会を{絶|と}ざされてしまう。やがて、地上の生きものは、すべて、生ゴミとなる。その生ゴミの山が凍って、{終|つい}には氷河と化す。

 二に、この星の消滅。
 風穴を空けっちまった地底奥深い重力逆転層が、もし万が一溶岩層だったら、サラサラマグマと無数のゴミが{相見|あいまみ}え、{塵旋風|じんせんぷう}が{如|ごと}く大気圏外に噴き出しっちまう。
 宇宙{星艦|せいかん}〈アース〉の出航だッ!
 〈アース〉館長が、太陽系艦隊の単縦陣で後続する同型艦〈{火星|マース}〉に、打電する。
 『我が姉妹艦〈ムーン〉を、貴艦に{委|ゆだ}ねる。サラバだッ!』
 青と白の美しい星座の一つが、赤と黒の星艦と成り、太陽系艦隊を離脱。乗組員の同意なき、悲運の暴挙!
 その結末は、流星だ」

 「リュウセイ?」と、アタイ。
 「なんだッ! 流星も知らねぇのかァ。たまげた女だなァ。火の玉のことさァ」と、その無礼な男の子。
 「えッ! じゃあ、みんな、黒焦げになって、死んじゃうじゃん!」と、アタイ。
 「バカだなァ。もう、判ってるけど……。
 焦げねぇよッ! 溶けるのさァ」と、無礼なクソガキ。
 「よけい悪いじゃん!」と、アタイ。
 「この先、最悪じゃないことて、なんかあんのかァ?
 どのみち、最悪じゃねーぇかッ!
 オレら旧態人間……和のエスノも、おまえら自然のエスノも、狂気の文明エスノの{奴|やつ}らも、大人も、子どもも、おまえらみたいな{余所者|よそもの}も、オレらのような土着者も、自然界の鳥も、四つ足のヤツらも、虫も、植物も、みんなみんな、死んでしまうんだ」と、旧態投げ{遣|や}り野郎!

 次の言葉が出てくることは、{終|つい}ぞなかった。

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Ver.,1 Rev.,9
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