MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

一息 7【自分は要らない人間だと言って胸を張る奇妙】少年、サギッチ

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『 後裔記(こうえいき)
ー 自伝(じでん)、エスノキッズと呼(よ)ばれた塾生(じゅくせい)たち ー 』

元気(げんき)にご挨拶(あいさつ)。
自修塾(じしゅうじゅく)です。
ぼくらの先輩(せんぱい)たちの自伝(じでん)、読(よ)んでみませんか。
心(こころ)が、元気(げんき)になります。
それって、簡単(かんたん)なことなんです。
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一つ、息(いきを)つく。

おれの新しい名前、サギッチでいいや。
おれは、サギッチって呼ばれてきたから。
おれのことをそう呼ぶのは、一人だけだけど。
あいつの新しい名前、何(なん)だっけ。
そうだ。
スピアッジャ。
意味は、浜辺だったけぇ?
あいつ、海が好きだからな。
でもおれは、スピアって呼んでる。
長いのが、嫌いなんだ。
何でも。
だから、短くする。
覚えるのが、苦手なんだ。
苦手なのは、ぜんぶで三つ。
長いもの、読むこと、書くこと。
だからこれ、後裔記っつーのォ?
爆イヤ!
でもさ。
スピアが入塾するって言い出したから、しょうがないじゃないの。
おれも、入塾する。
だから、書くしかない。
あいつみたく変なやつ、また探すの面倒だし。
変じゃない普通のやつらは、すぐに飽きちゃうんだ。
おれ。

今日も、スピアと一緒だった。
釣りに出かけた。
峠を下ると、港に出る。
いつも行く突堤(とってい)は、工事中。
4トンユニックのトラックが、消波ブロック(テトラポット)を下ろしている。
民家も見えないし、人も滅多に来ない。
なんでこんなところに護岸工場が要(い)るのか。
まったく理解できない。

港の反対側で、カモメたちが水泳教室をやっている。
それを面白がって、不器用なトンビたちが群がっている。
器用に泳ぐカモメの子どもたちの上空を、ただ舞っているだけ。
まるで、グライダー。
ほかにも、何やらいっぱい集まってきた。
カラス。
あいつらって、目が、節分でお祓(はら)いして煎(い)った大豆(だいず)みたいで、可愛い。
あれ、サギかな。
なにやら、親しみが湧く。
おれの名前も、鷺(さぎ)だから。
海鵜(うみう)。
あいつの不格好な離陸、てか離海?
どうにかしてほしい。
でも、苦しもがいて飛び立つその勇姿。
やっぱりおまえらは、偉い!

スピアが言った。
「今日は、あっちだね」
「だな」と、おれ。
港の反対側まで歩く。
間もなく目的地。
第一村人(だいいちむらびと)、発見できず。
でも、その代わりにというか、カモメが一羽、歩いている。
追いつきそうになると、急に立ち止まり、パコッと首だけ回して振り返り、アッ!っと慌(あわ)てるように、走り出した。
これがけっこう、速い。
それでも、おれらとの距離は、詰まってゆく。
カモメ、立ち止まる。
少しだけ首を回して、おれらをチラ見する。
固まった!
そのまま首を戻して、水泳教室を見遣(みや)る。
そのすぐ横を、おれとスピアは変わらぬ歩調で、追い抜いた。

カモメたちの水泳教室が、工場(こうば)の建物の影に隠れた。
この辺に、目指す対岸の突堤があるはず。
少年二人、うろうろ。
だっておれらは、飛べないから。
やっとこさで、突堤視認。
その突堤は天然石でできていて、何百年も前に造られたみたいで古めかしい。
道路からその突堤に繋がる部分は、近代的な防波堤。
それが崩壊して、鉄筋コンクリートの箱型の基礎地盤(ケーソン)が露出している。
要するに、突堤には行けない。
「こっちを先に工事しろよッ!」
この防波堤が災害で崩壊して以来、第一村人は、今日のおれらだったのかもしれない。

それはともかく、その古めかしい突堤は、工場の敷地の中の岸壁から延びていた。
その辺りには屋根もなく、二人かな、三人かな、人影が見える。
みんな、同じ色の作業服を着ている。
無断で、ちょっとだけ、恐る恐る、工場の敷地の中に入る。
スピアが言った。
「すいませーん。ここ、通っていいですかーァ? あそこの突堤で釣りしたいんですけどーォ」
スピアの誠心誠意が、おれにまで伝わってくる。
おっちゃんたちの返事は、わかりきっていた。
「釣れすぎて運ぶのに困ったら、そこのクレーンで吊ってやるよッ♪ 足元悪いから、気を付けてなッ!」
ほかに、どんな返事を想像し得ようかッ!
ところがどっこい、実際の返事は......。
一人のオッサンが、面倒臭そうに、応えて言った。
「事務所、あっち。おれら、ただの工員だから」
おれがやっとその言葉を聞き終えたころ、スピアは既にクルリとそのオッサンに背を向けて、スタコラと工場の敷地の外へと歩き出していた。
二人とも外に出ると、スピアが言った。
「あのカモメ、なんで逃げなかったのかなあ。まあ、いざとなったら、飛べるしね ♪ 」
「そっか。あいつらには、それがあるんだよな......てかさッ。そうじゃないっしょ! つっかさッ、コーインって、なにぃ?」と、おれ。
「従業員」と、スピア。
「わかった。社員だな ♪ …...で、なんでタダなん?」と、また訊(き)くおれ。
「要(い)らないってことさ」と、スピア。応えて言う。
「じゃあ、あのオッサンたち、要らない社員ってことォ?」と、おれ。
「そうじゃない? だって、自分でそう言ってるんだから」と、スピア。
話は、終わった。

スピアが、カモメの水泳教室を眺めながら、言った。
「一年生ってさ。好き勝手に、いろんなところを泳ぐんだね。危なっかしい! ぼくらもこれから、そうなるのかな。一年生になるんだから」
おれは、「一年生ねーぇ......」と、ひとりごちて応えただけだった。
あとになって、思った。
「ぼくら......ってえ?!

歩きながら、スピアに言った。
「釣り、どうする? カモメに、訊いてみるう?」
「波に聞けって言われるのが、オチさ」と、おれ。
「そこは、潮(しお)だな。釣りだけに」と、スピア。
「潮時(しおどき)ってことね?」と、おれ。

釣竿の先で小動物たちの頭を小突きながら、峠道を登った。
下りはじめるとすぐに、スピアに訊いた。
「なあ、なにする? これから」
スピアが、応えて言った。
「オセロ」
「白黒ハッキリした遊び、好きだよな。おまえ」
と言って、スピアの顔をチラリと見たが、表情に変化なし。
それから、オセロでおれに勝つまでの数時間、スピアの口が開くことは、ただの一度もなかった。


◎今日の登場人物
◯スピア、サギッチ、走るカモメ、要(い)らないオッサン

◎然修の学
◯立命とは …
己の中にある本物(ほんもの)のこと。
循令(じゅんれい)によって成長する。

◎蛇足(オマケ)
「偽物(にせもの)だから、自分のことを要(い)らないって言ったんだなッ!」
by サギッチ。


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