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『 後裔記(こうえいき)
ー 自伝(じでん)、エスノキッズと呼(よ)ばれた塾生(じゅくせい)たち ー 』
元気(げんき)にご挨拶(あいさつ)。
自修塾(じしゅうじゅく)です。
ぼくらの先輩(せんぱい)たちの自伝(じでん)、読(よ)んでみませんか。
心(こころ)が、元気(げんき)になります。
それって、簡単(かんたん)なことなんです。
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一つ、息(いきを)つく。
女に興味がないわけじゃない。
残忍ないいじめを生き甲斐とする継母(けいぼ)に育てられたわけでもないし、磯女(いそおんな)のような恐ろしい家政婦に、男の操(みさお)をオモチャにされたわけでもない。
そのわけは、一つ。
時代にそぐわない母に、育てられたから。
母は、数百年前に生まれるべきだったし、おれは、数百年前に、その母から生まれるべきだった。
自分と自分の身内を絶対に褒(ほ)めない父でさえ、こんな本音を漏らしたことがある。
「あいつは......おまえの、かあさんのことなんだが。
あいつは、本当の自分を知命した、今どき奇跡に近い女......いや、人間だ。
あいつが毎朝、食卓に添えてくれる香の物は、この星一番の絶品だ。
朝昼晩、毎日毎日、糠(ぬか)味噌をかき混ぜてる。
そんな話をすると、いつも糠味噌で汚れた割烹着(かっぽうぎ)を纏(まと)って、いつも糠味噌が染み入った体臭を漂わせているような女を頭に浮かべるだろッ?
でも、おまえのかあさんは、違うんだ。
いつ見ても、いつまで経っても、新しい畳だ。
畳ってのはな。
汚れてきたら、裏返す。
そっちも汚れてきたら、表を替える。
だから、おまえのかあさんは、何年、何十年、いつまで経っても、新品なんだ。
でもな。
新しいだけだと、すぐに飽きられてしまうんだ。
我が儘(まま)な生き物だよな、男ってやつは。
でも、おまえのかあさんは、違うんだ。
洗いたてでパリッと乾いてるのに、ほんのりと洗剤の香りを漂わせる。
それが、おまえのかあさんなのさ。
…… おまえに対しては、母の徳を忘れない。
おまえを生み、おまえを育て、おまえを教え、いかなる苦しみも厭(いと)わず、ただ与えるだけで、一切の報(むく)いを望まず、おまえと共に憂(うれ)え、我あるを忘れたかのように、超然としておる。
おまえが浮世の邪悪に屈したとき、その心に不断の慰(なぐさ)めと奮励(ふんれい)を同時に与えてくれるのが、母である。
おまえが怒りの炎に燃え、邪悪な鬼畜と化し、不如意(ふにょい)な人生......つまり、思うようにならない己の人生を嘆き、岩戸を閉じて心の殻に引き籠(こも)ったとき、おまえの心を諦観(ていかん)......つまり、本質をハッキリと見極められるように導いてくれるのが、母である。
これだけでも、女神の権化(ごんげ)を欲しいままにできるであろうに、なんとあいつは、女人(にょにん)の五徳まで身につけておる。
一に、自分と他人を比較して争競(そうきょう)するような、はしたないことはしない。
二に、どんなに辛く貧しいときも、その起因が身内であれ他人であれ、一切怨み言を口にしない。
三に、肉食系云々(うんぬん)とは如何に。牛飲馬食をせず、飲食を節す。これまさに、美徳である。
四に、「ねえねえ聞いたァ? ◯△ちゃんがねえ!」を聞いて、驚喜(きょうき)せず。しっとり、落ち着いておる。
五に、誰に対しても、よく尊敬す。嫌いな人間に対しても、良い思考と行動に対しては、素直に尊敬できるというのは、まったく貴い徳だ。
物事に行き詰まると、つくづく思うことがある。
あいつは、おまえを生み育てるために、おれを選んだのかなってな。
おれは、いつになっても、うだつが上がらない。
そんじょそこらの石ころと何ら変わらない人間だ。
だが、おれの肉体の中で波打っている真っ赤な血潮だけは、まんざらでもなかったのかなって。
そんなときは、そう思うことにしている。
おまえ、かあさんの前では、素直な心を何よりも一番にしなさい。
おまえを正しい知命へと導いてくれるのは、かあさんしかいないんだから......」
父の話が終わったあと、おれは、すぐに寝床に潜り込んで、布団の中で丸くなった。
心の中が、整然としない。
古(いにしえ)の理想と、現(うつつ)の写像が、互いに入れ合って、混乱している。
父も、話の途中で、同じような気持ちになったに違いない。
でも、こんな......母に纏(まつ)わるエピソードが、以前にあった。
一生、忘れることはないだろう。
ある日おれは、ギターが欲しいと、母にねだった。
当時としては、ごく平均的な家庭の、ひとコマだ。
母は、快諾してくれた。
そして届いたのが、ピアノだった。
しかも、小さくてみすぼらしい中古!
母の釈明は、こうだった。
「楽器は、子どもにとって、最も手近な学問さ。但し、発表会があればの話だけどねえ」
その発表会が、いよいよ目前に迫った。
同じ曲を、何度も何度も、練習する。
つまり、コンクールの課題曲。
ある日、全曲通して健気(けなげ)に地道にコツコツ練習しているおれに、母が言った。
「いいことォ? よく聞きなさい。曲の最初と最後だけ、うんと練習しなさい。大事なことは、一回しか言わないからね!」
で、その大事なことを何十回も聞かされた挙げ句、おれは、切れた。
最初と最後だけしか、練習しなくなった。
母の声も、そのときから途絶えた。
発表会、当日......。
結果は、ズタボロ!
あれだけ練習した最初と最後は、無論、歴史に残る名演奏だった。
で、注目の曲の途中は、恥ずかしさのあまり、開き直って、好きなアニソン(アニメソング)の曲を弾いた。
『はじめてのチュウ』♪
好敵手たちが会場の控え室で審査の結果を待っているころ、かあさんとおれは、スーパーで買い物をしていた。
母さんが、肉のコーナーの前に仁王立ちして、言った。
「一番高い牛肉と、一番安い鶏肉をちょうだい!」
そして、おれのほうに振り返ると、かあさんは満面の笑みで、おれに言った。
「今夜は、お祝いだよん ♪ よくやったね!」
店を出てからも怪訝な顔をしているおれを見て、母が言った。
「いいかい! はじめと終わりが素晴らしければ、途中がどんなにズタボロだって、それを観たり聴いたりした人、独り残らず、心の中に優しさが蘇(よみがえ)るのさ。
いいかい! 引き際を綺麗(きれい)にすることを、しっかりと覚えておきなさい。その一つで、人間は、長生きできる。ある程度はねぇ......」
その日の夜、
我が家の食卓......。
おれ、スキヤキ(牛肉)
弟、親子丼(鶏肉)
母、冷や飯(めし)に熱いお茶をかけて、千枚漬けをパリパリ ♪
いま思うと、無性に恥ずかしい。
家族の中で一人だけ、牛飲馬食をしていたようで......。
◎今日の登場人物
◯オオカミの母とその家族
◎息恒循(そっこうじゅん)こぼれ話
最初と最後だけ......最初は知命、最後は天命。
途中は、ズタボロ!
それが、運命...... ┐('~`;)┌
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