MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

一息 10【『希望は、こちら』という標識を探して走っているドライバーには、『絶望へ、ようこそ』という標識は目に入らない】少年、スピア

BIO.KR0203140007


一つ、息(いきを)つく。

学校に通ってるって言うと、
「今どき、おまえは馬鹿かッ!」
って言われてしまうご時世だ。

学校は、知識しか教えない。
そりゃそうさ。
知識と残業と組合運動だけで給料をもらって食ってるような幼い大人たちが教えてるんだ。
生徒に宿題という名の残業をさせている間に、自分の残業を片付ける。
単なる労働者、可愛そうな人たち。
教育の素人、学問の未経験者。
例外の先生もいるって、聞いたことがある。
でも迫害されて、闘う日々......。

これは飽くまで、今どきっていう、一つの時代の実態だ。

知識をいくら溜め込んだって、社会に出たら、何の役にも立たない。
感性の鋭い子ども達が、感性の鈍い大人たちより先に、その事に気が付いた。
ただ、それだけの話。

そんなぼくらにとって、平日と休日の区別なんかない。
でも親たちは、平日に馬車馬のように働いて、休日は白痴が如く、朝からテレビを眺めてる。

訂正!
白痴は、精神的には崇高だ。
神秘的な人間本来の自分を、自分の中に修めることを目指してる。
そんな、いいもんじゃない。
無論だ!

じゃあ、なにぃ?
あの親という名の大人たちは......。

奴隷ほど、命懸けで一所懸命に働くわけでもない。
奴隷ほどの、悲劇や逆境を背負ってるわけでもない。

奴隷の悲劇は、体力を奪われることじゃない。
それもあると思うけど。
でも、一番の悲劇は、未来を奪われることさ。
その未来を、自由に、どうにだってできるっていうのに、好き好んで馬車馬の未来を選んだ大人という名の人間たち......。

他人の顔色を伺いながら言葉を選び、方や陰では、言葉を選ばず他人をこけ下ろす。
休日になると、そんな自分にご褒美だとぬかして、自堕落三昧。

家畜だな ♪
まさに!
ブタさんが、怒るだろうな。
「ブーッ、ブーッ!」って。
通訳します。
「そんな人たちと、一緒にしないでよね!
あたいたち、綺麗好きの掃除好きで、働き者なんだから ん ♪ 」
だ、そうです。

幸い、ぼくの家には、家畜は居ない。
こんな書き方をすると、親が居ないという意味になってしまうけれど、半分当たってる。
かあさんは、居る。
とうさんは、居ない。
顔も、知らない。
じいちゃんが、居る。
以上。

で、居るほうの二人。
実はこの二人、相当な曲者(くせもの)だ。
そのことに気づいたのは、ぼくがまだ、週に一度の恒令行事として、その二人に隠れて小学校に通っていたころのことだ。

先ずは、かあさんが言った。
「あんたさ。こんど学校になんか行ってるとこ見つけたら、二度とこの家には入れないからねッ!」

次いで、じいちゃんが、言った。
「『学校は、こちら』なんて看板、何億千万億本ぶっ立てたって、見てくれるドライバーなんて、一人もいやしねーぜッ!
知ってんだよ、みんな。
あそこに行くと、脳ミソが腐っちまうってことをなあ。
よく、聞きなッ!
これから言うことが、その、味噌だ。
おまえの脳ミソが腐っても、納豆にはならねえ。
驚いただろッ?
礼は、要らねえ。
その代わり、冷蔵庫から発泡酒を一本、取ってきてくれ。
あと11分もすりゃあ、おまえのかあちゃん、痺(しび)れ切らして、トイレに行く。
その隙を、狙うんだ。
しくじったら、コンクリートのお風呂でカチコチになって、海の底にお引っ越しだ。
頼んだぞッ!
おまえは、この星で、たった一人の、男の肉親だ。
頼りにしてるからな。
もう一人、肉親じゃないが、頼れない義理の肉親の男が居たけどな。
裏切ることと、損することしか知らねえ、馬鹿な男だった。
嫌いじゃなかったけどな、不思議と。
だから、おまえのことも、嫌いじゃねえ。
血だな。
今は大人しいが、何(いず)れ、その血が騒ぎ出す。
おまえは、時限爆弾だッ!」

嗚呼、なんでこんな正確に、あの日のことを覚えてるんだろう。
覚えてると言えば、もうひとつ、思い出してしまった。
内容としては、そっちの方が本題だ。

「えッ?」

本題を、先に言え?
結論を、先に言え?

そんな声が、聞こえてくる。
実際、何人、何十人もの大人たちから、同じことを言われた。
つまり、その大人たちは、同じ本を読んだということだ。

結論を先に言う奴らが繁栄したのは、途方もなく遠い過去の大航海時代だ。
アホらしい。
結論を、なかなか言わない......そのお陰で、ぼくら子ども達の脳ミソは、奇跡的に鍛えられてきたんじゃないか。
閑話休題(そこんとこは、置いといて)。

それは最近、ある日のことだった。
オオカミさんに、呼び止められた。
「今日、マザメのやつ、休みなんだ。
座学が終わったら、すぐに家に帰って、おれに呼ばれたからってちゃんと理由を言ってから、走って公園まで来るんだ。
いいなッ!」

頭の垂直荷重が、上がってくる。
背の高い低気圧と、背の低い低気圧の違い......この疑問は、きっと大事なこと。
でも、今の問題は、頭が重い。
これは、ぼく自身の問題だ。
行かなくちゃ!
オオカミがいる公園に、行かなくちゃーァ ♪

児童公園に、着いた。
富士山滑り台の滑り面に、見慣れた薄っぺらい紙。
チラシが裏返って、貼り付いている。
上になった裏面の白地に、何かが書いてある。
剥がして手に取ると、表の印刷面の四隅が、カサカサしている。
ご飯粒を、塗りたくった跡。
麦は、いけない。
ゴム質で、糊にならない。
米に限る。
以上は、貧乏人の経験から捉(とら)えた、個人的な意見。
でも、想像や憶測の参考データにはなるはず。
書くには書いたけど、ただそれだけのことだ。

チラシの裏には、こう書かれてあった。
「明日は、一人遠足だ。
おまえも、来い。
明朝、活きた朝の刻、ここで待つ」

「呼び出したときに、そう言えばいいじゃん。
それに、待ってないし!」
と、思ったけれど、「一人遠足って、なんだァ?」

活きた朝、夜も明けて、公園を出発。
古い町並み、道は狭く、時おり石畳。
沿道の民家は、明治維新よりもっと前、チョンマゲの時代から、なんにも変わってない。
港に出た。
たしかに、ちょっとした遠足気分 ♪
石造りの常夜灯が、姿を現す。
これも、古めかしい。
茶屋が、軒を連ねている。
そのうちの何軒かが、今でも暖簾を垂らして、客を招いていた。
そうじゃない何軒かの茶屋......そこは、普通の民家か、空き家。
オオカミが、迷わずそのうちの一軒の民家の引き戸を開けた。

ガラガラガラ...... ♪
「よしえ! オオカミが来たよォ ♪ 」
間違ってはいないけど、ほかにもっと違う言い方はないものかッ!
とは思ったけど、問題というほどのことでもない。
どうやら、母と娘が住んでいるらしい。
長屋よろしく軒を連ねた民家の中は、江戸時代だった。

文明開化の声は聞こえてはこなかったけど、その代わりに、可愛らしい少女の声が聞こえてきた。
声がする方に、ゆっくりと、オオカミが歩み寄る。

「なにしてんの?」と、オオカミ。
「オオカミが来たから、隠れてるの」と、被さった布団の中から、可愛らしい少女の声。

母親らしき、おばちゃんが言った。
「この子ね、筋肉が動かないのよ。
毎朝この子、こう言うの。
『今日、もしオオカミがわたしを食べに来たら、すぐに布団を被せてね、おかあさん。
オオカミ、笑わせてあげたいの。
だって、いつもオオカミ、顰(しか)めっ面(つら)で、幸せそうじゃないんですもの。
わたし、オオカミさんを、幸せにしてあげたいの。
いつもお見舞いに来てくれるお礼、ほかにも何かわたしにできること、ないかな。
あったら、教えてね ♪ おかあさん』
一字一句違(たが)わず、毎朝。
それが、この子にとって、活きた朝なのね。
きっと。
オオカミがくれた、活きた朝。
この子の、宝物なんです。
さあ、茶菓子、こんなものしかないけど。
今お茶、淹(い)れてくるから、待っててね ♪ 」

衝撃だった。
オオカミがこんな「心と心のボランティア」をやっていることもそれだけど、もっと衝撃だったのは、見るからに幸せじゃないはずの少女が、赤の他人のオオカミが幸せになる事を、心の底から願っていること。
しかもそのために彼女は、行動を起こしてる。
筋肉が動かないのに......。

オオカミは、布団を被ったままの赤ずきんちゃんの枕元で、こんな話をした。

「今日は、よしえちゃんに、どこの国の神様のお話をしてあげましょうかねえ。
そうだ。
今日は、西洋の神様にしよう。
神様はね。
どこの国の神様も、言ってることは同じなんだけどさ。
ただ、言い回しが違うだけ。
でも、それが、面白いんだ。
お国柄が出てるっていうかさ。
たとえばね。
西洋の神様、何人か......何柱(なんはしら)っていうのかな。
とにかく、何人かいるけど、その一人......一柱(ひとはしら)は、こんなことをおっしゃってます。
『あなたがたに意図していることを、私はよく心にとめている。
それは災いの企(たくら)みではなく、未来と希望をあたえる企みなのだ』
あなたがたっていうのは、よしえちゃんや、よしえちゃんのおかあさんや、ぼくや......そうそう、今日は、よしえちゃんの新しいお友だちを連れて一緒に来たんだけど、あいつも、一人残らず、みんなのことなんだ。
『オオカミと一緒にしないでッ!』って、いまよしえちゃん、怒った顔してるだろッ?」

そう言ってオオカミは、布団の中に引きこもった少女を、日が射す世界に引っ張り出した。


◎今日の登場人物
◯世の親という名の大人たち、ブタさん、筋肉が動かなくても行動ができる赤ずきんちゃん、その母、顰めっ面の学徒オオカミ、初めての遠足......少年スピア

◎息恒循(そっこうじゅん)こぼれ話
熱意、情熱、願望、希望......。
難解な四字熟語ばかりが、学問じゃない。
聞きなれた、使い慣れた言葉の実践、行動の中にこそ、学問は存在する。


_/_/_/
週刊『然修録。エスノキッズの心、教学編』
メールマガジン
https://www.mag2.com/m/0001131415.html
ブログ
https://shichimei.hatenablog.com/

週刊『後裔記。エスノキッズの心、自伝編』
メールマガジン
https://www.mag2.com/m/0001675353.html
ブログ
https://shichimei.hateblo.jp/

年刊『亜種記。エスノキッズの心、冒険編』
特別編集
_/_/_/