#### 後裔記「半分寝ながら飛ぶ梅子! {余所|よそ}者の極意」 学徒マザメ 齢12 ####
{燕|ツバメ}の母ちゃんが語る、*極意の数々*! 離乳食調理法、余所者の{掟|おきて}、旅路の心得、カモメの爺さんに{訊|き}く{危|あや}うさ、*寝ながら飛ぶ*睡眠法!
一つ、息をつく。
梅子さんが、バッタとコオロギを{銜|くわ}えて、山小屋の軒先に戻って来た。彼女の独り{言|ごと}が、聞こえてくる。もしゃもしゃと{咀嚼|そしゃく}しながら……どうやら、口の中が、調理場になっているようだ。
それは……そう、{宛|さなが}ら料理番組で語る、家庭料理研究家! てな感じ。
「料理は、難儀だべしゃ。固い{脚|あし}は切り離し、頭は{喉|のど}につっかえるから、{潰|つぶ}してやんなきゃだからねぇ。
しかも、こいつらの好物の食材は、飛んでるのさ。そいつらを{捕|つか}まえて運んでくるだけでも、{一苦労|ひとくろう}だってのにさァ。こいつら、調理してやんなきゃ、食わねぇときてる。
まだあるのよん。飛んでる食材のなかでも、好き嫌いがあるんだわァ、こいつらッ!
{蠅|ハエ}は、食わないんだよ。{解|わか}るけどさ。でも、あたいらが子どもんころは、好き嫌いせずに、吐き出されたものを、何でも食ったもんさ。これも、ご時世ってやつなのかねーぇ。
なすーぅ?!
それでもさッ! だからって、子どもたちの面倒、{嫌|いや}だって思ったことは、一度だってないんだ。だってあたいは、こいつらが好きなんだもの。
あたいの血を分かつ、可愛い子たちさ。ご時世がどうだろうと、たとえ象さんみたいに、{一|いち}ん{日|ち}で30キロも40キロも爆食いする{戯|たわ}けたベビーが産まれてきたって、不滅の母性は、{怯|ひる}みはしない。
ただ、扱いは、変わるだろうけどさ。べしーゃ?!
その無情非情な扱いにも耐え、生存競争に打ち勝って、鋭気を保ち、肉体を作りながら、巣に留まる。それが、母の血を分かつ{子等|こら}の使命、務めさ。
で、あんた……。
あんたは、ここの{何|なん}で、そのあんたは、誰なのさッ!」
「はい、はい、はい、はい……」と、あたいは独り{言|ご}ちて、三回……元い。四回、頭を縦に振って、{頷|うなづ}いて見せた。
そのあたいは、無意識のうちに小屋の外に出て、軒下を見上げていた。意外と、ずっと見ていても、退屈しない光景だった。
なので……というより、他に差し当たって用事もなかったので、そのへんに{堆積|たいせき}しているカピカピに乾いた枯れ葉を座布団にして、そこにケツを下ろした。
すると、待ってましたとばかり……矢庭に、梅子さんが、{一言|ひとこと}……かなって思えたけど、喋りはじめたら、これがまた、やっぱりというか、{二言三言|ふたことみこと}……嗚呼、止まらない!
「はいは、一回で大丈夫。
無駄は、{禁物|きんもつ}さ。
……。
あんたは、知らない動物!
だけど、{息災|そくさい}みたいだね♪
だから、それで、よしとしましょう。
……。
あたいらは……さァ。
越冬のためにここまで飛んできて、{餌場|えさば}であるこの地に留まる……{即|すなわ}ち、旅の者さ。あんたらに言わせりゃあ、{余所|よそ}者ってやつさ。
その餌場で子を育て上げたら、またみんな、銘々に、飛び立つ。次の目的地、シベリアの空を目指してねぇ。
でもさ。こんなに早くここにやってくるのは、あたいら家族だけ。何年前だったかしらん。その年は、あたいとしたことが、とんだ不覚だったのよん!
聴きたい? まァ、どっちでもいいけど。
カモメに、{騙|だま}されたのさ。
あれは{確|たし}か、オオトウゾクの爺さんカモメ!
そのオス、まことに、せっかちときてる。
たしか、{斯|こ}う言った。
『急ぎなさい! 行かないのかね、君らはッ!』……って。
そりゃあんた、そこまで言われた日にゃーァ、釣られて赤道を越えちゃったわよッ! 越えて北半球♪ 飛びに飛んで、ホンコン、タイワーンあたりで、さすがに気づいたのさ。
『まだ、寒いじゃないのさッ!』ってね。
でも、後の祭り。
案の定、ジャペーンに着いたら、雪だよッ!
それでもこの辺……{内海|うちうみ}の沿岸や、その沿岸に迫る山の{麓|ふもと}は、寒さもそんなに厳しくなくって、雪も少なかった。だからってさ。{町中|まちなか}は、まだあたいらの出る幕じゃない。で、半島の岸辺や麓に見切りをつけて、離島に渡ってみたのさ。
それで辿り着いたのが、この島!
留まったのが、この森!
落ち着いたのが、この山小屋!
出逢ったのが、カアネエさん!
……って{訳|わけ}さ。
カアネエさんの赤ら顔が、なんとも可愛らしくってさァ♪ (来年も、また逢いたいなーァ)って、思った訳さ。
でも聞くと、元旦しか、この山小屋には来ないって言うじゃないかッ! (じゃあ、いつもの春の時令に、カアネエさん{住|ず}みの町中の家に、巣を構えればいいじゃんかーァ♪)って、思うでしょ? 思わない? 思ってよねッ!
思ったんなら、仕方がない。
説明しましょう。
定期航路は、時期も進路も、{辿|たど}る道筋も、宿る軒先も、そのすべてが決められた{旅程|りょてい}に{順|したご}うて、行動せなあかんねん!
勝手な行動は、許されへん。そやし、あたいらだけ好き勝手にこの島に飛んできて、子を産み育てる……みたいなことは、でけへんわけやんかーァ。べしゃーァ?!
で、{脱藩|だっぱん}やァ!
一匹狼……じゃなくって、一匹{燕|ツバメ}ってなことになって、毎年、寒空を飛んで飛んで、この島にやって来てるって訳さ。
解ったーァ?!」
ここは、「はい」と、一言だけ応えて言うのが、大人の対応……てか、{六然|りくぜん}や{人覚|にんがく}に{順|したが}うということだ。 だよねッ?
「はい」と、あたい。
梅子さん、即応えて、斯う言った。
「そう言うと思ったよッ♪
そんなことよりさ。
今年の正月、暖かいって、思わない?
今年だけじゃない。
去年だって、{一昨年|おととし}だって、そうさ。
あたいらの本隊の旅団の出発も、年々早くなってる。
このぶんじゃ、来年は、あたいらと{同|おんな}じ時期に、本隊の旅団も、出発するかもしれないねぇ。
そうなったら、あたいらだけ別行動って訳には、いかないのよッ!
ここに来れるのは、今年が最後かもしれない。
だったらさ。だったらって訳でもないんだけど、今年は、サーカリンまで行ってみようかしらん♪ なんて、思ったりもしてるのさ。
まァ……実際はさァ。
いいとこ、イトローフが関の山ってところかねぇ。
あッ! そろそろ、行くね。
あたいら、あんたらみたく、暇じゃないんだよ。
だって、寝る暇なんかないんだからさァ。
あたいらはね、飛びながら眠るのさ。
{訳|わけ}、{解|わか}んないだろッ?
左脳が寝てるときは、右脳が起きてる。
右脳が寝てるときは、左脳が起きてる。
だから、右脳であんたたちを{鳥瞰|ちょうかん}してるときは、あんたたちの動きが、読める。でも反対に、左脳で鳥瞰してるときは、あんたたちの{遣|や}ること{為|な}すこと、まったく理解できない。
事実今、右脳は眠ってるから、あんたと対話……っていうか、意思の疎通は、難しいって訳さ。
でもさ。そろそろ、右脳を起こさなきゃ! 狩りは、理屈じゃないからねぇ。直感が、決め手になることが多い。その**感**が外れたら、死!だけどさァ。
あんたも、もうちっと、左脳を鍛えたほうが、いいだろうねーぇ。
じゃあねッ♪」
結局、一言も発することが出来ず、ただ軒先を見上げるだけのあたいだった。
てか、左脳がどうのこうのって、誰か、然修録に書いてたよねぇ?
どうやれば、鍛えられるんだったっけーぇ?!
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「自伝編」夜7時配信……次回へとつづく。
「教学編」は、自伝編の翌朝7時に配信です。
_/_/_/ 『息恒循』を学ぶ _/_/_/
その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
その自修 循観院