#### 語るスピア「第三話承知! 迷った時は、動きが多い方を選ぶ」後裔記 ####
その後の話の要約、承知。送別会の話を、{締|し}め{括|くく}る。サギッチに一言。この島を出るかどうか、ぼくだって*迷った*。でも、*動きが多いほう*を選んだ。それが、*行動の学*だッ!
少年学年 スピア 齢10
一つ、息をつく。
ハヤブサが、ぼくとサギッチを、交互にチラ見している。何かを言いたくてキョロキョロしているとき、結局、言ってしまうのがアイツの性分だ。
で、結局、{斯|こ}う言った。
「{何故|なにゆえ}おまえたちが、先の天地創造以来、百年ごとに絶滅が{危|あや}ぶまれるほどの動乱を起こし、そして今や、おまえらの{同胞|はらから}が多勢を{為|な}して自然から離れ、ヒト種分化という退化の{獣道|けものみち}を転がり落ちて行ってしまったのか。
おまえら自然人は、自然に踏み{止|とど}まったと安堵自負しているようなところがあるが、分化に到ったその起因と責任は、転がり落ちて行ったおまえらの同胞たちだけにあるんじゃない。
おまえらも、同罪だ。
おまえたち!
それをちゃんと、理解しているのかァ?
まァ、解っちゃいないって確信してるから、{訊|き}いてみたんだけんどなッ♪」
{美童|ミワラ}の四人、(ここは、黙って聴くべきところだな……)と、{皆|みな}が承知した模様。
少しの間のあと、言語を省けないハヤブサが、更に言った。
「古事記が編まれて千三百余年の長きに{亘|わた}り、おまえらヒト種は、文による{史|ふみ}の学に、{拘|こだわ}り続けてきた。それが過ぎたこと{故|ゆえ}に、おまえらは自ら分断、退化、滅亡への道を選んだのだ。
百年を節目とした次の動乱を{止|とど}めることは、{最早|もはや}不可能だ。だが、次の天地創造で、ヒト種の流れを{汲|く}む亜種{或|ある}いはその亜種から分化した変種が生き残る可能性は、まだある。
だがそれも、今のままでは、{微|かす}かな望みだ。
なァ!
おまえらも、おれら〈ドップリ自然の鳥種や動物種たち〉を見習って、音の学をやってみたらどうだ。
もしそれを、おまえらが本気の大努力で体得会得することができたなら、次の天地創造から始まる数千年を、{歴|れっき}とした自然の一部の生きものとして、生き{存|なが}らえることができるだろう。
もしそうなれば、更に次の天地創造でも、この自然界で、『胸を張って、生き残ればよし!』……と、いうものだ」
歴とした{種|しゅ}の{狸|タヌキ}の子、{猪|イノシシ}の子、{鹿|シカ}の{乙女子|おとめご}、ウミネコ、ホモ・サピエンスの幽霊たちは、言葉を省いて珍妙な顔を東西南北に向けながら、ハヤブサの話に聞き入っていた。
ただ一種、ハヤブサ種に類似したトビ種のトンビ一羽のみが、何か言いたそうな顔をしている。
そして、言った。
ハヤブサの顔を、じっと見詰めながら……。
「ウミネコに、聞いたよ。
おまえらの仲間に、〈渡り〉が{居|い}るんだってな。道理で、おまえらの{語彙|ボキャブラリー}の多さと{発音|プロナウンス}の多彩さには、勝てねぇ{筈|はず}だッ!
血筋ってやつさ。
そりゃ、おれらの種だってさ。北のやつらは、冬になると、南に移動くらいはするけんども……でもさ。おれの血の中に〈渡り〉は、入ってねぇなッ!
まァ、{留鳥|とどめどり}の{僻|ひが}みって思われても仕方がないところなんだが、でもな。おまえらの種の名前の由来、知ってるかァ? 意外とみんな、自分の種の名前の由来なんて、知らないもんなんだよな。
おまえらのペレグリヌスっていう種の名前にはさ。外来とか、放浪するって意味があるんだ。まァ、見た目は、おまえらのほうがカッコいいし、頭も良さそうに見えるからなッ! 僻み根性で、いろいろ調べたって{訳|わけ}さ。
ところで、そこの四人衆!
おまえさんたちもさァ。{留人|とどめびと}になったら、終わりだぜぇ! おれみたく、ダサい鳥……元い。ダサいヒト種になっちまうかんなァ♪
でも、渡り{人|びと}になるって、決めたんだろッ?
目出てーぇじゃねーかァ♪
だから、お祝い!
送別会さ。
これで、解ったろッ?
おまえらの統合種のボスが、この会を主催した意味。
姿は無いから、見た目はおれっちのほうが上だけんど、中身は、ハヤブサの野郎でも、{敵|かな}いそうもねえなッ♪」
窓際の二段ベッドの上の段が、ほんのりと{朱色|あけいろ}に染まった。(照れてるのーォ?!)と、思ったぼく。
ん? ……ってことは、おにいさんのお出ましってことかなッ? サギッチが、おにいさんの姿がまだ見えないって書いてたけど、まだ出てきてないんだから、見えないよッ! ……てか、今さらだけど(アセアセ)。
でもさ。幽霊ってのは、出てこないと見えないもんだから、それは、覚えといたほうがいいと思う。
結局、なかなか出て来ないおにいさん……。
朱色の{靄|もや}の中から、また、声だけが聞こえてきた。
では、この話を、締め括ります。
最後に、おにいさんの、{講和|スピーチ}です。
では、どうぞーォ♪
「ぼくの話、面白くないけど、{手短|てみじか}に言うから、聴いてもらえるかなァ?
苦言が一つと、釈明が一つだ。
先ずは、苦言。
スピア君たち、亜種の自然{民族|エスノ}の四人へだ。
ぼいくらはね、真猿亜目のヒト亜族。
性格は、暗い。
ヒト科として一つだったぼくらは、チンパンジーと属を異にして、このかた七百万余年。
チンパンジーもぼくらも、{怨念|おんねん}をまるで秘伝の宝刀であるかのように、悠久、受け継いできた。
それが、{史|ふみ}。
それを{為|な}すが、文。
君らの先祖……とりわけ、後裔記や然修録を生きる{拠|よ}ん{所|どころ}にしてきた源平の世以降の君らの先祖たち……彼らの生き方を、断ち切らない限り、君らの暗さと悲劇の連鎖は、止むことはないでしょう。
これは、要約し過ぎですね。
失礼とさえ、耳に届くことでしょう。
でも、民族存続のために必要なのは、残念ながら、過去との決別なのです。
過去は死、訣別は生だ。
死は{易|やす}く、生は{難|がた}し。
その生を貫く道は、{艱難辛苦|かんなんしんく}です。
己と闘い、敵と戦う。
大努力の、大{闘戦|とうせん}。
ここは一つ、子ども同士の{誼|よしみ}で、ハヤブサ種やトビ種の両名の異見に耳を傾けて、{真摯|しんし}に向き合い素直に{勘案|かんあん}熟考してみてはどうかなァ?
ヒト科の、統合。
考えたことは、あるかなァ?
ぼくたちヒト種の歴史は、{因縁|いんねん}と怨念との、決死の闘いだった。
知っていますかァ?
闘いに、明日はない。
闘いに、昨日もない。
闘いにあるのは今日、今だけです。
でも、歴史は、一つの武器さえあれば、変えることができます。
その武器が、勇気です。
変えるとは、始めることです。
無にする! と、いうことです。
すべてを破壊して、無にして、一から、新たに始めるということです。
その覚悟が、勇気です。
戦争を体験して、すべてを失って、自分をも失ってしまったから、こんなことが言えるのかもしれません。
でも、考えてもみてください。
ぼくたちは、鉛筆を持って、それを使うことができる種なんです。ほかに、そんな種が、居ますかァ?
じゃあ、君らは、鉛筆を持たない種を、{軽蔑|けいべつ}しているでしょうか。
もしそうなら、君たちは、オランウータンやチンパンジーより、思いも考えも、{浅薄|せんぱく}ということになってしまいます。
彼らの{種|しゅ}は、将来の進化や分化や退化を{推|お}し{量|はか}ったうえで、鉛筆は持たないって、自ら決めたのです。
だから、君たちは、愚かなのです。
予知が、できない。
それを、恥じることすら、しない。
君らは、この島を出る前に、恥じる感性を、磨くべきなのです。
{然|さ}もなく、この島を出てごらんなさい。
君たちを待っているのは、死、のみです。
次に、釈明。
ヒト亜種の統合種として、海辺の鳥の種みんなや、森の動物の種みんなへだ。
ぼくは、タカ科のみんなも、ハヤブサ科のみんなも、素直な気持ちで、敬しています。
つまりね。
先の{聖驕頽砕|せいきょうたいさい}……{所謂|いわゆる}環太平洋の大戦で、ぼくらが死んで、ぼくら{日|ひ}の{本|もと}の民族が亡んだのは、君らを敬していなかったからではないということです。
では、どうしてぼくらは、絶滅してしまったのでしょう。
それは、何度も百年周期の動乱闘戦を体験しながら、その歴史に学ぶということを、しなかったからです。
君たちは、常々、史も文字も、筆も鉛筆も、無用の長物かのように言って、それを疑うことすらしてきませんでした。
果たして、それは、本当に、無用の長物なのでしょうか。
統合。
言い換えます。
統一。
別の熟語と合成してみます。
天下統一。
これを、漢字二文字に言い換えてみてください。
支配、{傲慢|ごうまん}、独裁……。
君たちが軽蔑して{已|や}まない史のなかで、偉人と呼ばれた軍師は、斯う言っています。
「統合を、目指すべきではない」と。
例えば、多くの国々が戦った長い動乱で、終に三国にまで{淘汰|とうた}集約されたとします。更に、その三国は、その後も長きに{亘|わた}って、争い、傷付け合い、殺し合う日々を続けなければならないのです。
これを変えることが出来るのは、当事者である自分しかいません。
争うことを止め、その三国で一国を成す。{或|ある}いは、三国三様で、それぞれを独立国として、互いが敬し合う。
男女老幼の平和が成る道を歩む……と、己自身が決めるだけのことなんです。
もし彼らが、史の中から学ぶ能力を有していたならば、忍び難き歴史も、耐えがたき現実も、この世に映し出されることは無かったことでしょう。
ぼうくらはね。斯う、教えられたんです。
「東亜や東南亜の同じ色の民族は、みな我らの{同胞|はらから}なり。親愛なる同胞、その男女老幼たちを、鬼畜色の肌をした不法無情の悪魔の支配者たちから、救い出すのだッ!」と。
ぼくたちは、それを、信じました。
信じる以外に、選択{肢|し}が無かったんです。
正義のためなのだから、愛する家族のことなんか、考えてはいけない。
正義のためなんだから、個人的な{孝|こう}に{拘|こだわ}ってはいけない。
実際、この官舎でも、遠い海の彼方の戦地でも、みんながみんな、そう信じようと、必死で努力をしていたんだ。
史のなかにも、音はある。
文字のなかにも、音はある。
海のなかにも、音はある。
だから、心は、どこからでも、何からでも、どうやってでも、音を聴くことができるんだ。
音が届かないのは、ぼくが今{居|い}る、君たちが知らない世界だけさ。
だから、他の種を非難する暇があったら、自然界のため、自然の一部の生きもののため、命を削る……{即|すなわ}ち、そういうことのために、自分の時間を使ってほしいってことさ。
長くなったね。
ごめんね。
ぼく的には、不合格だ。
自反、自修。
じゃあ。
おやすみなさい♪」
以上、送別会の話、おわり。
_/_/_/ 「後裔記」、「然修録」
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_/_/_/ 『亜種記』
Vol.1 [ ASIN:B08QGGPYJZ ]
_/_/_/ 『息恒循』を学ぶ _/_/_/
その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
その自修 循観院