MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

一息90 ミワラ<美童>の後裔記 R3.5.15(土) 夜7時

#### 一息サギッチ「別れの時令、アメノウズメも{驚愕|きょうがく}の{乙女子|おとめご}の純心」後裔記 ####

 知らなかった。この島の森を襲った*悲運*の顛末……そして、その真相! オオカミ先輩にダメ出しするトンビ。鳴き方教室で稽古に励む{鶯|ウグイス}{嬢|じょう}たち♪ 鹿の{乙女子|おとめご}ちゃんに別れを告げる、おれたち。
   少年学年 サギッチ 齢9

 一つ、息をつく。

 峠の{頂|いただき}を{跨|また}ごうとしたとき、そいつは言った。
 「オオカミのは、*つくね*だなッ♪」
 トンビだった。
 「つくね?」と、おれ。
 意味不明。当然、{鳶|トンビ}返し……ではなく、{鸚鵡|おうむ}返し! で、トンビが{応|こた}えて言った。
 「ロープ{捌|さば}きさ。舟の上でさ。輪にするのさ。{よじれ|キンク}を取りながら、素直な輪にする。ロープは、命だトビ。命綱って言うだろッ? 意味は違うけどな。
 あいつが巻いたロープは、こねくり回して、まるで〈つくね〉だ。舟の上でロープが〈つくね〉になってると、命取りだトビ」
 振り返るのも面倒なので、峠道を下りながら、おれは言った。
 「まァ、いいじゃん。べつに!」
 「よくない。おまえ、鳥の話、聴いてないだろッ! 命取りだって、言ったろっトビーぃ」と、トンビ。
 「わけわかんねーぇ!」と、おれ。
 「船長になるんだろッ? あいつ。船乗りのセンスが無いやつが船長になったら、どうなるっトビ! 海難、転覆、みんな死ぬ。オダブツ、バイバイ♪ だろッ?」と、トンビ。
 おれの同意の確認もないまま、そう言い終わると矢庭に飛び去ってしまった。言わずもがな、グライダー飛法でッ!
 (まァ、いいやァ。考えたって、どうなるもんでもない。これまさに、莫妄想なりや!)と、思い到るおれ。

 そんなことより、そろそろスピアの姿が見えるはずだ。峠の頂あたりで出くわしたんでは、ただスピアの野郎を出迎えただけの馬鹿野郎になっちまう。今朝の目的は、その馬鹿の鹿のほうだ。
 林道の脇の物陰に隠れ潜んで、そっと陰ながらおれらを見送る……はずだった鹿の{乙女子|おとめご}ちゃんが、本能で咄嗟に林道に飛び出し、またお得意の自反に悩むあの愛らしい顔を一目見てからこの島を出ようと思ったのだ。
 そのお別れ劇が済んだあとにスピアと出くわしたって、意味がない。それにしても、大努力してるのは判るから、べつに文句を言うつもりはないけんど、あのヘタクソぶり……どうにかならんのかねッ!
 「ホッ、ホケッ、ケッキョ!
 ホー、ケッ、ケッキョ、ホケッ!」
 鳴くというより、咳払いだな。
 「龍角散、いかがァ?」と、言いたい!

 {下|くだ}れど下れど、「スピア見ゆ!」とはならず。結局、スピアが{居候|いそうろう}する二階建ての長屋まで来てしまった。{何故|なぜ}か玄関の引き戸の前に座って、瞑想の{体|てい}を現している。
 「何してんだッ!」と、当然おれ。
 「ぼく、入江に行くけど、おまえ、どうするぅ?」と、スピア。
 「はーァ!? わけわかんねーぇ!!」と、おれ。これも、当然。
 「小鹿の乙女子ちゃん、探して『バイバイ♪』って言ってあげなきゃ、あの{娘|こ}、また悩みだしちゃうだろッ? 自反、自反の、堂々巡り!」と、スピア。
 「それは解るけど、だからって、なんで入江なのさッ! 『峠の林道の陰で、お見送りするんだーァ♪』って、乙女子ちゃん、そう言ったんだろッ? おまえが書いてたんじゃんかァ! まったく……」と、おれ。これも、間違いなく、正論♪ ……たぶん。
 「だからおまえは、馬鹿なんだ。それだけは、間違いない。絶対に、たぶん! だってさ。{燕|ツバメ}が{鵜呑|うの}みに出来るようなこと、言うわけないじゃん!」と、スピア。
 ({益々|ますます}、わけわかんねーぇ!!)と、思うおれ。

 そんなこんなの{経緯|いきさつ}の末、ほどなく峠を越える。
 入江が見える。
 海岸に出る。
 小鹿が、岩から岩へと飛び移って遊んでいる。
 「わけわかんねーぇ!! 馬鹿にしてるなーァ」と、{言|ご}ちるおれ。
 「その鹿だからね。仲間にされたってことじゃない?」と、スピア。
 「本当に仲間だって思ってるんなら、ちゃんと約束どおり森で見送れっちゅうのッ!」と、おれ。
 「約束はしてないし……てかここ、森だし!」と、スピア。
 「はーァ??」と、おれ。断固、当然!
 「{山城|やまじろ}に被さってた山のてっぺんあたり、{鹿山|かざん}の森って呼ばれてたんだ。今立ってる地面が、その森を掘削したときの残土、乙女子ちゃんが遊んでる岩が、そのときに出た{瓦礫|がれき}なんだってさッ♪」
 「……ってことはーァ。てか、シンジイから聴いたのかァ?」と、おれ。
 「いや。社史」と、スピア。
 「はーァ?! {嘘|ウソ}だろーォ??」と、おれ。断固、そんなことは書いていなかったと言い張る決意のおれ。
 「ムロー流写真読みもどきで、写し取らずに飛び飛びで読んでるから、いっぱい読み残しが出るんだよ。目次で判断する遣り方は正しいけど、ちゃんと写し取って行間も読まなきゃ!」と、スピア。
 「じゃあ、乙女子ちゃんは、約束はしてないけど、約束どおり、森で見送るためにここへ来たってわけかァ……」と、おれ。
 「正解♪ 隠れるのは、忘れちゃってるみたいだけどねッ!」と、スピア。
 「ご先祖さまも、罪なことをしたもんだなッ!」と、おれ。実に、しおらしげ♪
 「猛反対したらしいけどね。座森屋……ぼくの、祖先。でも、強行しちゃった。{鷺|さぎ}助屋……おまえの、祖先!」と、スピア。
 「マジかよッ! それはどうも、すまんかった……って、なんでおれが{謝|あやま}んなきゃなんないんだよッ!」と、おれ。
 「それ、オチ? ネタ? まァ、どうでもいいけど」と、スピア。
 「それはそうとさァ。瓦礫、どうやって運んだんだろう。結構でっかい岩だってあるじゃん!」と、おれ。
 「知らない。でも、もともとあんなにでっかかったとは限らないんじゃない? {細石|さざれいし}だって、集まって炭酸塩で固まると、{巌|いわお}になるじゃん!」と、スピア。
 「炭酸塩って、貝殻なんかに含まれてる炭酸カルシウムみたいなもんかァ? てか、この島は**{君|きみ}が{代|よ}**かい♪」

 「ぼく、史料室に行くけど、おまえ、どうする?」と、スピア。
 「{挨拶|あいさつ}しないのかァ? せっかく、ここまで来たのに……」と、おれ。
 「手を振るだけで、大丈夫だよ。{下手|ヘタ}に逢って何か喋ると、また悩み出させちゃうと申し訳ないから」と、スピア。
 (納得♪)と、素直に思ったおれ。矢庭に手を振る挙動……と、そのとき、スピアが付け足して言った。
 「パーもダメだからね。グーで振らなきゃ!」
 そうだった。忘れてた。オオカミ先輩の後裔記だったか、スピアの野郎が書いたんだったか忘れたけど、必至でピースサインを送ろうと大努力してる乙女子ちゃんの健気な仕種……読んだだけでも痛々しかったからな。(生で見たくはないやァ!)って、思ったおれだった。
 改めて……。
 グーのガッツポーズで手を振るスピアとおれ。
 それを見て歓喜した鹿の乙女子ちゃん。
 両の前足でガッツポーズ。
 まさに仁王立ち!
 その両の前足を左右に振る。

 「ムロー先輩の後裔記だったけぇ? ワタテツ先輩だったけぇ。わけわかんないよねぇ? てか、そもそも、覚えてないだろうし……」と、スピア。
 「デンマークの海岸の林みたいなところに隠れてる小さい公園のことだろッ?
 さしずめ、{裸体主義|ヌーディスト}{浜辺|スピアッジャ}だな。ここは……」と、おれ。
 「声がでかいよッ!
 聞こえたら、また悩みだして、自反が止まらなくなっちゃうじゃん」と、スピア。
 「もう、逢えないんだろうな」と、おれ。
 「たぶんね」と、スピア。

 (さようなら。
 ヌーディスト・オトメゴちゃん♪)
 ……と、心の中で叫んだおれだった。
 
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