MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

一息91 ミワラ<美童>の後裔記 R3.5.21(金) 夜7時

#### 一息スピア「ぼくらの離島疎開、ヒノーモロー島。その最後の日」後裔記 ####

 思い出に{浸|ひた}ることも、{莫|まく}妄想なのかな。{出立|しゅったつ}の集合場所、{山城|やまじろ}の史料室。その集合時刻に大きく遅れた、ぼくとサギッチ。マザメ先輩の{罵声|ばせい}が、上り下りする峠道まで聞こえてくるようだった。でも、実際に聞こえてきたのは……。
   少年学年 スピア 齢10

 一つ、息をつく。

 しおらしい別れの映像は、峠を包む森のあちこちでも観ることができた。サギッチが書いていたとおり……この島に疎開して来て、ちょうど半年だ。
 住まわせてもらった谷間の家では、初の家族ってものを体験した。オンボロ船から降り立った入江の先の浜辺では、格好の秘密基地を見つけた。そこで、幽霊や鳥たちと喜怒哀楽を通じ合い、不思議で面白い思い出も、つくることができた。
 {山城|やまじろ}に建つ研究棟の史料室や朗読室は、学舎に{敵|かな}っていたし、峠道での養祖父シンジイや動物たちとの対話は、歩学となった。そしてカアネエは、母親以上の養母だった。
 そうだッ! 魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}様の心の中の循観院にも、突入した。
 迎えに来て森の奥の循観院まで{付き添い|アテンド}までしてくれた梅子さんの{案内|ガイド}は、{燕|ツバメ}らしく{鋭敏|シャープ}でお見事だったけど、その{嘴|くちばし}から{漏出|くきい}でた教えまでもが{鋭いもの|シャープ}で、耳が痛かった。

 確かに、このまま、離島疎開が始まった去年の想夏と同じ時令が訪れるころまで……あと、もう半年くらい、この島に{居|い}てもいいかなァ。
 ……と、思うぼく。
 サギッチが、どうしてそこを突いて来れたのかは不思議だったけど、いつものあいつのいい加減な憶測が、たまたま{掠|かす}っただけのことだったんだと思う。

 その峠道……。
 一つ目の{頂|いただき}を、ほっとした足取りで歩きながら、サギッチが言った。
 「おまえ今、何考えてるぅ?」
 「{莫妄想|まくもうそう}」と、ぼく。
 その一語で、答えを済ます。
 「確かに……だな。
 考えても、仕方がない。随分時間食っちまったからな。どんなに考えたって、マザメ先輩の{黄泉|よみ}落とし級の{罵声|ばせい}は、{免|まぬが}れようがないもんなッ!」と、サギッチ。
 「こういうばやいも、手順書が必要だってかーァ?!」と、ぼく。
 「莫妄想どころか、今おれの頭んなか、空っぽなんだッ!」と、サギッチ。
 ……と、そんな他愛もない会話をしながら、二つ目の峠を越えて、ぼくら二人は、山城の中……見慣れた研究棟の建物の中へと、吸い込まれていった。

 史料室の大きな引き戸を開けると、いつもと違う空気が、{溢|あふ}れ出てくる。五感に{障|さわ}らないことを礼儀と{弁|わきま}えていた空気が、{変貌|へんぼう}しているのだ。音が押し寄せて、そこいらじゅうを、{叩|たた}いている。
 史料室の{者|モノ}さんと、目が合う。手招きを、している。カウンターの中に、招き入れられた。視聴覚室のような機器が、ほどほどの{場所|スペース}を、占めている。
 モノさんが、言った。

 「シンジイの{仕業|しわざ}ですよ。前の日と何も変わったところが無いと、ドッ!面倒っちい{爺|じじい}に、{変貌|へんぼう}しちゃうんですよ。知ってるよねぇ? 一緒に、住んでたんだから。
 昨日の夕方、突然、ドカドカとここまで入って来ましてね。
 『明日は、あいつらの半年ぶりの{出立|しゅったつ}の日だ。島の連中とは、ここでお別れになるだろう。だから明日は、ここを変えよう♪』って、言われましてですねッ!
 で、これを、置いて行ったんです。
 シンジイが大嫌いなものの一つ、{所謂|いわゆる}携帯端末です。なので、通信機器を使わずに、蔵書の検索をするとか、なんかそんな、アナログ的なことを言いだすんだとばっかり思ったんですけど……まァ、一日だけ{順|した}ごうてあげて、『また、変えればいっかーァ♪』くらいにしか、考えなかったんですけどね。
 その時でした。
 シンジイは、進化してたんです。
 {斯|こ}う、言ったんです。

 『おッ!
 よかった。
 あった、あった♪
 資料室内のスピーカー、このオモチャみたいなCDプレイヤーに、{繋|つなぎ}ぎ直しといてくれないかァ。
 小さいくせに、いっちょこまいに、{青歯のハラルド王|Harald Bluetooth}が、この中に{居|お}るんぢゃわい♪
 わしが嫌いな*コイツ*の中に、わしが好きな曲が入っとる。すまんが、マイライブラリの再生リストの中から、次の曲を選択して、新しい再生リストを作ってくれんかァ。それを、明日の朝から、流してくれ。
 それが、わしからあいつらへの、せめてもの{餞|はなむけ}だ。暗記で構わんが、順番も、ちゃんと記憶してくれたまえッ!
 題して、マイルス教室特集ーぅ♪
 コルトレーン、エヴァンス、ハンコック、ジャレット……元い。
 すまん!
 一番は、マイルスのアルバムのパリ・フェスティバルの中のナレーションにしてくれ。
 こういう文明は、有りだなッ♪
 そうだ。
 奴らに、伝えてくれ。
 武の心の話だ。
 もう、何千回も聞かされただろうが、{矛|ほこ}を{止|とど}めさせると書いて、{武|ぶ}と読む。それを、{美童|ミワラ}の連中は、自国の維新の無血開城から、学んでおる。まァ、勝と西郷止まりだ。気の利いた奴でも、精々行って、山岡鉄舟までだろう。
 だがな。
 もはや、動乱の日は近い。
 今までの行動では、我ら{民族|エスノ}も、この国も、{亡|ほろ}んでしまう。
 行動を、変えねばならん。
 だが、学問を変えねば、行動は、変わらん。
 維新が世界史上唯一の無血開城だと教えられて、それを{鵜|う}呑みにするようでは、{武童|タケラ}の道は{疎|おろ}か、知命すら{危|あや}うい。
 見込みがない! と、いうことだ。
 見込まれたいなら、もっと世界の先人{先達|せんだつ}から、学べ。
 ムロー学級の女子三名は、アドラーの目的心理学を好んでおる。それで、よし。
 男ども五名は、まるで国粋主義の鎖国の勢いだが、サギッチは、ジョブスのプレゼン手法から、要領を学ぼうとしておる。それも、よし。
 他の離島に疎開した男ども三名にも伝わるように、スピアのやつに、{斯|こ}う言ってやってくれ。
 大陸の明の時代の陽明先生の行動の学も無論、よし。日本最古の兵書の『闘戦経』も無論よしなら、真剣に読むなら当然、『{葉隠|はがくれ}』もよしだ。
 だが、西洋にも、無血開城をやってのけた王が{居|お}る。
 それが、デンマークを統一し、ノルウエーを無血で統合した、青歯のハラルド王だ。
 最新ハイテクITの機能に、なんで青い歯なんて名前を付けたのか、これで{解|わか}っただろう。
 世界統一。
 天下は、世界。
 その精神は、無血統合に有り。
 その行動は、武の心に有り
だッ!
 では、行く。
 晩酌の時間だ。
 急がねばならん。
 では、頼んだぞッ!』

 みたいな……(アセアセ)。
 で、朝からこんなBGMが、流れてるってわけです」

 サギッチが、いつもぼくに、「おまえの記憶力だけは、絶対に誰にも負けないなッ!」って言って、太鼓判をバンバン{捺|お}しちゃってくれてるけど、モノさんと真剣勝負したら、負けるかも……みたいな、{何故|なぜ}かぼくも、(アセアセ)。

 「なァ。
 取り敢えずさァ。黙読コーナー、行かない? なんかここってさァ。悪いことして連れて来られて、立たされてるみたいじゃん!」と、サギッチ。
 (そんなことを思うのは、おまえの過去の経験の{所為|せい}だろッ?)……って、言ってやろうと思ったけど、どうでもいいことなので、言うのは{止|や}めにした。

 黙読コーナーに近づくと、すぐに二つの竹編みのバスケットが、目に入った。その中に入っているのは、あの、「自由に取って、食べてけーぇ♪」式の、ライ麦パンを二度揚げにした、この研究棟の食堂特製のラスクだった。
 いつも置いてあるほうの大きなバスケットの中には、砂糖なんだかパン粉なんだか、{既|すで}にラスクの残骸しか残っていないのに、小さい二つのバスケットのほうには、まだラスクが同じ量だけ、山盛りになっている。
 「なんであっち、誰も食べないのかなァ」と、ぼく。
 「指定席って、書いてあるじゃん♪」と、サギッチ。
 「どこにぃー?!」と、ぼく。
 「空気」と、{上|うわ}の空で言うサギッチ。
 「何色でーぇ?!」と、ぼく。
 「無色透明に、決まっとるじゃんかい!」と、サギッチ。
 「ふーぅん!
 おまえ、頭は本当に悪いけど、目はいいよなァ♪」と、ぼく。
 「はーァ?!」と、サギッチ。
 「モノさんの、餞だねッ♪」と、ぼく。
 「はいはい。まァ……だろうね」と、サギッチ。

 少しの{間|ま}。
 唐突に、ぼくが言った。
 「ちょうど、去年の今ごろだったよねぇ? 初めて、後裔記を書いたのってぇ……」
 「だな。
 でも、言っとくけど、『何を書いたかッ!』とか{訊|き}かれたって、なーんも覚えちゃーないかんなッ! おまえは、おれのぶんまで、覚えてるんだろうけんどさァ」と、サギッチ。
 「覚えてない。てか、読んでないしーぃ♪」と、ぼく。
 「はーァ?!」と、サギッチ。
 「だって、読む価値ないから」と、ぼく。
 「おまえってさァ。なんでそう、本音しか言えないのよォ!」と、サギッチ。
 「だって、おまえが、自分の然修録に、ぼくのこと、書いてたんじゃん! 『あいつは、あいつらしくしてればいいんだーァ♪』……みたいな」と、ぼく。
 「そうだけどさァ……てか、何を思ってそんなこと、急に言い出したのさッ!」と、サギッチ。
 「最初のころの後裔記ってさァ。なんか、書くネタがなくて、自己紹介めいたことも書いてしまったんだけど、こんなことを書いたんだ。
 『ぼくの家には、大人が{居|い}ない』……みたいなさ。
 でも、{爺|じい}ちゃんと母さんの記憶だけは、{微|かす}かにあるんだ。そんな、消えかかって{幽|かす}かに見えてる程度の記憶なのに、ある日、爺ちゃんが言った言葉だけは、ハッキリと覚えてるんだよねッ!
 こんな感じでさァ♪

 「どの家の子も、お世継ぎなんだ。
 この世を継ぐ跡取りとして、厳しく育てねばならん。
 大人{即|すなわ}ち{武童|タケラ}となり、自ら己の職を選び、職分を決めたならば、{譬|たと}えそれが、火星を目指す宇宙飛行士であろうと、流転に明け暮れ仁義に厚い露天商即ち{香具師|やし}であろうと、親たる者、決して反対はせぬこと。  
 厳しく育てたが{故|ゆえ}に、{御家|おいえ}の行く末よりも、理を{以|もっ}て{尊|たっと}ぶべき職分を、己の天命と知り、それを自ら、己の運命に定めたのじゃ。
 {是|これ}、道理であろう」

 ……みたいな。
 サギッチが、言った。依然、上の空の模様。
 「じゃあさァ。その御家の子がさァ。『ぼく、犬になる。ワンワン♪』なんて言ったらさァ、喜んで犬にさせるってかーァ?!」
 ({例|たと}え、悪すぎっしょ!)と、思うぼく。
 それを察したのか、サギッチが、付け足すように言った。
 「だからマザメ先輩は、魔性の{鮫|サメ}になったんかねッ!」
 (最悪!)と、思うぼく。
 そして、言った。
 「鮫じゃなくて、鮫{乙女子|おとめご}っしょ! 正確に言わないと、ぶっ飛ばされるよ。てか。どこよッ! 見えないじゃん。その、鮫っ子先輩!」
 また、少し間。
 サギッチが、呆れた顔で言った。
 「あのねぇ。おまえの略し方のほうが、{酷|ひど}いじゃん! てかさァ。お前に見えねぇーんだから、隣りに座ってるおれにだって、見える{訳|わけ}ねぇじゃろがい!」
 「ねぇ。モノさんに、訊いてきてよォ♪」と、ぼく。
 「今更かい。てかさ、なんでおれなのよッ!」と、サギッチ。
 「だって、年功序列じゃん。こういうときって。我が国のバヤイ♪」と、ぼく。
 「またまた、わけわかんねーぇ!!」と、サギッチ。

 ほどなくサギッチ、その答えを持って、黙読コーナーへと戻って来る。
 「なんてーぇ??」と、すぐさま{問|と}うぼく。
 するとサギッチ、少しだけ考えて、斯う言った。

 「要約するとだなァ。
 『先に行ってるからーァ♪』
 だってさッ!
 だから、自分で地底の連中に挨拶して、通してもらって、ザペングール島まで来い!ときたもんだ。
 はい、サッサーァ♪
 普通はさァ。
 せめて、『話だけはしとくから、後からちゃんと、来なさいよねぇ!』とかなんとかさァ。
 あーァ、コリャコリャ♪
 それくらいのことはさァ、言うだろッ! 普通……」

 (どっちが普通で、どっちが普通じゃないんだかァ……)と、考えながら、ぼくが出した答えは、次のようなものだった。
 「普通だから、言わなかったんじゃない?」と、ぼく。

 そんなこんなで{程|ほど}無く、ヒノーモロー島での半年間の疎開生活の膜が、下りたのでありました。

 みたいなァ♪
 
_/_/_/「後裔記」と「然修録」_/_/_/
ミワラ<美童>と呼ばれる学童たち。
寺学舎で学び、自らの行動に学び、
知命を目指す。「後裔記」は、その
日記、「然修録」は、その学習帳。
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Hatena Blog (配信済み分の履歴)
配信順とカテゴリー別に閲覧できます。
http://shichimei.hatenablog.com/

_/_/_/『亜種記』_/_/_/
少循令(齢8~14)を共に学ぶ仲間
たちを、寺学舎では「学級」と呼ぶ。
その学級のミワラたちは、知命すると
タケラ<武童>と呼ばれるようになる。
そのタケラが、後輩たち或いは先達
の学級の後裔記と然修録を、概ね
一年分収集する。それを諸書として
伝記に編んだものが、『亜種記』。
_/_/_/
Amazon kindle版 (電子書籍)
亜種記「世界最強のバーチュー」
Vol.1 『亜種動乱へ(上)』
[ ASIN:B08QGGPYJZ ]
Vol.2 『亜種動乱へ(中)』
[ 想夏8月ごろ発刊予定 ]

_/_/_/『息恒循』を学ぶ _/_/_/
その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
その自修 循観院

AEF Biographical novel Publishing
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