#### 一息スピア「ぼくらの離島疎開、ヒノーモロー島。その最後の日」後裔記 ####
思い出に{浸|ひた}ることも、{莫|まく}妄想なのかな。{出立|しゅったつ}の集合場所、{山城|やまじろ}の史料室。その集合時刻に大きく遅れた、ぼくとサギッチ。マザメ先輩の{罵声|ばせい}が、上り下りする峠道まで聞こえてくるようだった。でも、実際に聞こえてきたのは……。
少年学年 スピア 齢10
一つ、息をつく。
しおらしい別れの映像は、峠を包む森のあちこちでも観ることができた。サギッチが書いていたとおり……この島に疎開して来て、ちょうど半年だ。
住まわせてもらった谷間の家では、初の家族ってものを体験した。オンボロ船から降り立った入江の先の浜辺では、格好の秘密基地を見つけた。そこで、幽霊や鳥たちと喜怒哀楽を通じ合い、不思議で面白い思い出も、つくることができた。
{山城|やまじろ}に建つ研究棟の史料室や朗読室は、学舎に{敵|かな}っていたし、峠道での養祖父シンジイや動物たちとの対話は、歩学となった。そしてカアネエは、母親以上の養母だった。
そうだッ! 魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}様の心の中の循観院にも、突入した。
迎えに来て森の奥の循観院まで{付き添い|アテンド}までしてくれた梅子さんの{案内|ガイド}は、{燕|ツバメ}らしく{鋭敏|シャープ}でお見事だったけど、その{嘴|くちばし}から{漏出|くきい}でた教えまでもが{鋭いもの|シャープ}で、耳が痛かった。
確かに、このまま、離島疎開が始まった去年の想夏と同じ時令が訪れるころまで……あと、もう半年くらい、この島に{居|い}てもいいかなァ。
……と、思うぼく。
サギッチが、どうしてそこを突いて来れたのかは不思議だったけど、いつものあいつのいい加減な憶測が、たまたま{掠|かす}っただけのことだったんだと思う。
その峠道……。
一つ目の{頂|いただき}を、ほっとした足取りで歩きながら、サギッチが言った。
「おまえ今、何考えてるぅ?」
「{莫妄想|まくもうそう}」と、ぼく。
その一語で、答えを済ます。
「確かに……だな。
考えても、仕方がない。随分時間食っちまったからな。どんなに考えたって、マザメ先輩の{黄泉|よみ}落とし級の{罵声|ばせい}は、{免|まぬが}れようがないもんなッ!」と、サギッチ。
「こういうばやいも、手順書が必要だってかーァ?!」と、ぼく。
「莫妄想どころか、今おれの頭んなか、空っぽなんだッ!」と、サギッチ。
……と、そんな他愛もない会話をしながら、二つ目の峠を越えて、ぼくら二人は、山城の中……見慣れた研究棟の建物の中へと、吸い込まれていった。
史料室の大きな引き戸を開けると、いつもと違う空気が、{溢|あふ}れ出てくる。五感に{障|さわ}らないことを礼儀と{弁|わきま}えていた空気が、{変貌|へんぼう}しているのだ。音が押し寄せて、そこいらじゅうを、{叩|たた}いている。
史料室の{者|モノ}さんと、目が合う。手招きを、している。カウンターの中に、招き入れられた。視聴覚室のような機器が、ほどほどの{場所|スペース}を、占めている。
モノさんが、言った。
「シンジイの{仕業|しわざ}ですよ。前の日と何も変わったところが無いと、ドッ!面倒っちい{爺|じじい}に、{変貌|へんぼう}しちゃうんですよ。知ってるよねぇ? 一緒に、住んでたんだから。
昨日の夕方、突然、ドカドカとここまで入って来ましてね。
『明日は、あいつらの半年ぶりの{出立|しゅったつ}の日だ。島の連中とは、ここでお別れになるだろう。だから明日は、ここを変えよう♪』って、言われましてですねッ!
で、これを、置いて行ったんです。
シンジイが大嫌いなものの一つ、{所謂|いわゆる}携帯端末です。なので、通信機器を使わずに、蔵書の検索をするとか、なんかそんな、アナログ的なことを言いだすんだとばっかり思ったんですけど……まァ、一日だけ{順|した}ごうてあげて、『また、変えればいっかーァ♪』くらいにしか、考えなかったんですけどね。
その時でした。
シンジイは、進化してたんです。
{斯|こ}う、言ったんです。
『おッ!
よかった。
あった、あった♪
資料室内のスピーカー、このオモチャみたいなCDプレイヤーに、{繋|つなぎ}ぎ直しといてくれないかァ。
小さいくせに、いっちょこまいに、{青歯のハラルド王|Harald Bluetooth}が、この中に{居|お}るんぢゃわい♪
わしが嫌いな*コイツ*の中に、わしが好きな曲が入っとる。すまんが、マイライブラリの再生リストの中から、次の曲を選択して、新しい再生リストを作ってくれんかァ。それを、明日の朝から、流してくれ。
それが、わしからあいつらへの、せめてもの{餞|はなむけ}だ。暗記で構わんが、順番も、ちゃんと記憶してくれたまえッ!
題して、マイルス教室特集ーぅ♪
コルトレーン、エヴァンス、ハンコック、ジャレット……元い。
すまん!
一番は、マイルスのアルバムのパリ・フェスティバルの中のナレーションにしてくれ。
こういう文明は、有りだなッ♪
そうだ。
奴らに、伝えてくれ。
武の心の話だ。
もう、何千回も聞かされただろうが、{矛|ほこ}を{止|とど}めさせると書いて、{武|ぶ}と読む。それを、{美童|ミワラ}の連中は、自国の維新の無血開城から、学んでおる。まァ、勝と西郷止まりだ。気の利いた奴でも、精々行って、山岡鉄舟までだろう。
だがな。
もはや、動乱の日は近い。
今までの行動では、我ら{民族|エスノ}も、この国も、{亡|ほろ}んでしまう。
行動を、変えねばならん。
だが、学問を変えねば、行動は、変わらん。
維新が世界史上唯一の無血開城だと教えられて、それを{鵜|う}呑みにするようでは、{武童|タケラ}の道は{疎|おろ}か、知命すら{危|あや}うい。
見込みがない! と、いうことだ。
見込まれたいなら、もっと世界の先人{先達|せんだつ}から、学べ。
ムロー学級の女子三名は、アドラーの目的心理学を好んでおる。それで、よし。
男ども五名は、まるで国粋主義の鎖国の勢いだが、サギッチは、ジョブスのプレゼン手法から、要領を学ぼうとしておる。それも、よし。
他の離島に疎開した男ども三名にも伝わるように、スピアのやつに、{斯|こ}う言ってやってくれ。
大陸の明の時代の陽明先生の行動の学も無論、よし。日本最古の兵書の『闘戦経』も無論よしなら、真剣に読むなら当然、『{葉隠|はがくれ}』もよしだ。
だが、西洋にも、無血開城をやってのけた王が{居|お}る。
それが、デンマークを統一し、ノルウエーを無血で統合した、青歯のハラルド王だ。
最新ハイテクITの機能に、なんで青い歯なんて名前を付けたのか、これで{解|わか}っただろう。
世界統一。
天下は、世界。
その精神は、無血統合に有り。
その行動は、武の心に有り
だッ!
では、行く。
晩酌の時間だ。
急がねばならん。
では、頼んだぞッ!』
みたいな……(アセアセ)。
で、朝からこんなBGMが、流れてるってわけです」
サギッチが、いつもぼくに、「おまえの記憶力だけは、絶対に誰にも負けないなッ!」って言って、太鼓判をバンバン{捺|お}しちゃってくれてるけど、モノさんと真剣勝負したら、負けるかも……みたいな、{何故|なぜ}かぼくも、(アセアセ)。
「なァ。
取り敢えずさァ。黙読コーナー、行かない? なんかここってさァ。悪いことして連れて来られて、立たされてるみたいじゃん!」と、サギッチ。
(そんなことを思うのは、おまえの過去の経験の{所為|せい}だろッ?)……って、言ってやろうと思ったけど、どうでもいいことなので、言うのは{止|や}めにした。
黙読コーナーに近づくと、すぐに二つの竹編みのバスケットが、目に入った。その中に入っているのは、あの、「自由に取って、食べてけーぇ♪」式の、ライ麦パンを二度揚げにした、この研究棟の食堂特製のラスクだった。
いつも置いてあるほうの大きなバスケットの中には、砂糖なんだかパン粉なんだか、{既|すで}にラスクの残骸しか残っていないのに、小さい二つのバスケットのほうには、まだラスクが同じ量だけ、山盛りになっている。
「なんであっち、誰も食べないのかなァ」と、ぼく。
「指定席って、書いてあるじゃん♪」と、サギッチ。
「どこにぃー?!」と、ぼく。
「空気」と、{上|うわ}の空で言うサギッチ。
「何色でーぇ?!」と、ぼく。
「無色透明に、決まっとるじゃんかい!」と、サギッチ。
「ふーぅん!
おまえ、頭は本当に悪いけど、目はいいよなァ♪」と、ぼく。
「はーァ?!」と、サギッチ。
「モノさんの、餞だねッ♪」と、ぼく。
「はいはい。まァ……だろうね」と、サギッチ。
少しの{間|ま}。
唐突に、ぼくが言った。
「ちょうど、去年の今ごろだったよねぇ? 初めて、後裔記を書いたのってぇ……」
「だな。
でも、言っとくけど、『何を書いたかッ!』とか{訊|き}かれたって、なーんも覚えちゃーないかんなッ! おまえは、おれのぶんまで、覚えてるんだろうけんどさァ」と、サギッチ。
「覚えてない。てか、読んでないしーぃ♪」と、ぼく。
「はーァ?!」と、サギッチ。
「だって、読む価値ないから」と、ぼく。
「おまえってさァ。なんでそう、本音しか言えないのよォ!」と、サギッチ。
「だって、おまえが、自分の然修録に、ぼくのこと、書いてたんじゃん! 『あいつは、あいつらしくしてればいいんだーァ♪』……みたいな」と、ぼく。
「そうだけどさァ……てか、何を思ってそんなこと、急に言い出したのさッ!」と、サギッチ。
「最初のころの後裔記ってさァ。なんか、書くネタがなくて、自己紹介めいたことも書いてしまったんだけど、こんなことを書いたんだ。
『ぼくの家には、大人が{居|い}ない』……みたいなさ。
でも、{爺|じい}ちゃんと母さんの記憶だけは、{微|かす}かにあるんだ。そんな、消えかかって{幽|かす}かに見えてる程度の記憶なのに、ある日、爺ちゃんが言った言葉だけは、ハッキリと覚えてるんだよねッ!
こんな感じでさァ♪
「どの家の子も、お世継ぎなんだ。
この世を継ぐ跡取りとして、厳しく育てねばならん。
大人{即|すなわ}ち{武童|タケラ}となり、自ら己の職を選び、職分を決めたならば、{譬|たと}えそれが、火星を目指す宇宙飛行士であろうと、流転に明け暮れ仁義に厚い露天商即ち{香具師|やし}であろうと、親たる者、決して反対はせぬこと。
厳しく育てたが{故|ゆえ}に、{御家|おいえ}の行く末よりも、理を{以|もっ}て{尊|たっと}ぶべき職分を、己の天命と知り、それを自ら、己の運命に定めたのじゃ。
{是|これ}、道理であろう」
……みたいな。
サギッチが、言った。依然、上の空の模様。
「じゃあさァ。その御家の子がさァ。『ぼく、犬になる。ワンワン♪』なんて言ったらさァ、喜んで犬にさせるってかーァ?!」
({例|たと}え、悪すぎっしょ!)と、思うぼく。
それを察したのか、サギッチが、付け足すように言った。
「だからマザメ先輩は、魔性の{鮫|サメ}になったんかねッ!」
(最悪!)と、思うぼく。
そして、言った。
「鮫じゃなくて、鮫{乙女子|おとめご}っしょ! 正確に言わないと、ぶっ飛ばされるよ。てか。どこよッ! 見えないじゃん。その、鮫っ子先輩!」
また、少し間。
サギッチが、呆れた顔で言った。
「あのねぇ。おまえの略し方のほうが、{酷|ひど}いじゃん! てかさァ。お前に見えねぇーんだから、隣りに座ってるおれにだって、見える{訳|わけ}ねぇじゃろがい!」
「ねぇ。モノさんに、訊いてきてよォ♪」と、ぼく。
「今更かい。てかさ、なんでおれなのよッ!」と、サギッチ。
「だって、年功序列じゃん。こういうときって。我が国のバヤイ♪」と、ぼく。
「またまた、わけわかんねーぇ!!」と、サギッチ。
ほどなくサギッチ、その答えを持って、黙読コーナーへと戻って来る。
「なんてーぇ??」と、すぐさま{問|と}うぼく。
するとサギッチ、少しだけ考えて、斯う言った。
「要約するとだなァ。
『先に行ってるからーァ♪』
だってさッ!
だから、自分で地底の連中に挨拶して、通してもらって、ザペングール島まで来い!ときたもんだ。
はい、サッサーァ♪
普通はさァ。
せめて、『話だけはしとくから、後からちゃんと、来なさいよねぇ!』とかなんとかさァ。
あーァ、コリャコリャ♪
それくらいのことはさァ、言うだろッ! 普通……」
(どっちが普通で、どっちが普通じゃないんだかァ……)と、考えながら、ぼくが出した答えは、次のようなものだった。
「普通だから、言わなかったんじゃない?」と、ぼく。
そんなこんなで{程|ほど}無く、ヒノーモロー島での半年間の疎開生活の膜が、下りたのでありました。
みたいなァ♪
_/_/_/「後裔記」と「然修録」_/_/_/
ミワラ<美童>と呼ばれる学童たち。
寺学舎で学び、自らの行動に学び、
知命を目指す。「後裔記」は、その
日記、「然修録」は、その学習帳。
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Hatena Blog (配信済み分の履歴)
配信順とカテゴリー別に閲覧できます。
http://shichimei.hatenablog.com/
_/_/_/『亜種記』_/_/_/
少循令(齢8~14)を共に学ぶ仲間
たちを、寺学舎では「学級」と呼ぶ。
その学級のミワラたちは、知命すると
タケラ<武童>と呼ばれるようになる。
そのタケラが、後輩たち或いは先達
の学級の後裔記と然修録を、概ね
一年分収集する。それを諸書として
伝記に編んだものが、『亜種記』。
_/_/_/
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亜種記「世界最強のバーチュー」
Vol.1 『亜種動乱へ(上)』
[ ASIN:B08QGGPYJZ ]
Vol.2 『亜種動乱へ(中)』
[ 想夏8月ごろ発刊予定 ]
_/_/_/『息恒循』を学ぶ _/_/_/
その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
その自修 循観院
AEF Biographical novel Publishing
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