MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

東亜学纂学級文庫

『息恒循』を学ぶ

一学88 ミワラ<美童>の然修録 R3.5.22(土) 朝7時

#### 一学ツボネエ「困難一掃。自分の心に辛い!と言わせない方法」然修録 ####

 父親を職分としていた男たちの正体。頭が{海鞘|ホヤ}になった幼少期の悲劇! 辛い困難を未然に防ぐための要領。勇気を充電するための秘策、{六然|りくぜん}蓄電法♪
  少女学年 ツボネエ 少循令{飛龍|ひりゅう}

 一つ、学ぶ。

 ちょっとだけ、後裔記っぽいことを書かせてください。
 今、思い出したんです。
 アタイの父さんが、言った言葉。

 「おれは、一番向いてないことをやってるのかもしれない。
 父さんが、そう思ってる{訳|わけ}じゃないんだ。
 周りの人たちがみんな、口を揃えて、{斯|こ}う言うんだ。
 『もっと、いい暮らしが出来るのに……』
 『もっと、上に行けるのに……』
 『なんで、{解|わか}らないのかなーァ!』
 ……みたいにさッ!
 でも、父さんはさ。
 父さんには、さ。
 どうしても、やりたいこと……というか、どうしても、やらなきゃいけないことがあるって、気づいてしまったのさ。
 どんなに、頑固だとか、馬鹿だとか、もったいないとか、わけわかんねーぇ!! とか、言われようともさッ!
 だって、そうだろッ?
 どうしたって、父さんは、そっちに行かなきゃならないんだから。
 おまえには、{解|わか}らないと思うけどなッ!
 でも、だからって、解ろうとしたら、ダメなんだ。
 時間の、無駄。
 時間は、命なんだ。
 だから、無駄に、自分の命を、削ることになる。
 どんなに考えたって、解るはずがないんだ。
 だって、そうだろッ?
 他人は、自分じゃないんだ。
 だから、他人に向かって、「わかる、わかる♪」っていうのは、まったくふざけた、失礼な物言いなのさ。
 ところでさァ。
 自分の娘に「ツボネーェ♪」……って、呼び{難|にく}い{極|きわ}みだよなッ!
 なんでそんな{美童名|みわらな}を、自分の娘に命名したんだか、俺には理解でぎねーけんども……まァ、{閑話休題|それはそれ}。
 おまえは、父さんじゃない。
 俺も、おまえじゃない。
 だから、おまえがこの先、何十年かけて考えたって、父さんが考えていることは、理解できるはずがないのさ。
 それと、{同|おんな}じことでさァ。
 父さんだって、おまえが考えてる数々の{危|あや}うい妄想のことも、疲れを知らない奇怪な行動計画のことも、どれだけ大努力したって、まったく、理解なんて出来るはずがないのさ。
 でも、それでいいんだ。
 だから、おまえは、好きなところへ、行け!
 父さんも、そうするから。
 風の便りを、待てるよ。
 『ツボネエが、タケラ〈武童〉になったんだってさーァ!!』
 ……みたいな、風の便りをなァ。
 少しは、長生きをすることを考えろッ!
 じゃあ、……な」

 みんなと一緒で、本当のお父さんじゃないってことは、だいぶん前から、薄々気付いてた。でもそれって、アタイの家だけが特別なんじゃないって、ある頃、気付いたんだ。
 アタイ、寺学舎には、体験の座学と、同じく体験の野外実習に出ただけだって……みんなもう、忘れちゃってるだろうけどさ。そこで、課題の自反と格物を、完璧に{熟|こな}した{訳|わけ}なんだけどねぇ♪
 言いたいのは、そんな、アタイの優れた知性なんかじゃなくって、そんな、まだちょぼっとの交わりしかなかったみんなの後裔記を{齧|かじ}って読んでるうちに、あることに気付いたのさ。

 アタイら、{美童|ミワラ}……。
 アタイも、そして、寺学舎のにいさんやねえさんたちも……。
 家に、父さんも、母さんも、{居|い}ない。
 居ても、本当の、親じゃない。
 それは、{武童|タケラ}。
 彼らにとって、アタイらミワラは、教育という、彼ら彼女らの職分に過ぎない。
 それが、{仕来|しきた}り。
 それが、アタイら……自然{民族|エスノ}。

 ヒノーモロー島に、ムロー学級の半分の{美童|ミワラ}が{集|つど}ったんだねぇ♪ アタイが今居るこの離島に、一緒に疎開してきたのは、誰かァ! 前にも、ちょっと書きかけたよねぇ?
 学問を{怠|おこた}ると、自分が持っても読んでもいない本の名前を紙に書いて、「これを読めッ!」って、課題を出しまくる偉大なる大先輩……。
 こんな書き方をすると、なんか嫌われてる{奴|ヤツ}みたいだけど、実際は、その逆! そこが、なんか面白いよねぇ? 人間、遅かれ早かれ、一度は落ち{零|こぼ}れないと、味が出ないってことなのかなーァ!?
 だったら、あの大先輩!
 今んところは、まだ{旨味|うまみ}があるけど、ここんとこ落ち零れっ放しで、青循令になっても未だに知命できてないみたいだから、そろそろ{危|あや}ういほうのヤバヤバだよねーぇ!!
 まァ、どうでもいいけどさァ。
 それより、{強|し}いられた読書は勘弁だから……然修録、真面目に書きます。

   《 生きていることが、{辛|つら}い 》

 みんな、思うよねぇ? アタイには、似つかわしくない{主題|テーマ}だって。無理もないことよね。でも、気にしないでねぇ♪
 アタイが書いた*お初*の〈然修録〉は、去年の八月の終わり……そう、みんなが離島に疎開して行って、直ぐの頃。ちょうど、オオカミ先輩が、隣りの島に渡って、スピアの兄貴と再会した頃だったよねぇ?
 じゃあ、アタイの書いたお初の〈後裔記〉は、いつだったか……覚えてるぅ? 覚えてくれてるのは、ムロー先輩と、スピアの兄貴くらいかなァ?

 みんなが覚えてるのは……そう、その頃、サギッチ先輩が、後裔記に書いてたんだったけぇ? アタイが参加した野外実習の、意外な{顛末|てんまつ}。
 野外実習とは、寺学舎恒例の{修羅場|しゅらば}の研修。その研修を受けるのは、少年少女学年の候補生や、その候補生の順番待ちをしている候補予定者……幼循令の、チビちゃんたち。
 みんな、思い出したくもないでしょうから、ここはサラッと書くから、安心してねぇ♪
 海岸の奉仕作業でボロ{雑巾|ぞうきん}にされて、心を粉々に砕かれた{挙句|あげく}、自反の課題を渡されて、海岸から追い出される。それから数週間から数か月の間、一人の例外もなく、みんな心が{病|や}んで、家の自室に引きこもってしまう。

 でも、一人だけ、例外の女の子が{居|い}た。それが、アタイ。サギッチ先輩は、書いてなかったけど、病弱そうで、無口な、暗い女の子だって、みんな、思ったはず。だしょ?
 だのに、心が粉々どころか、傷の一つも付かない! しかも、自反の課題とその答案を、みんなの前で、スラスラと{諳|そら}んじてしまった。サギッチ先輩の後裔記によると、みんなが本当の{驚愕|きょうがく}したのは、アタイが諳んじた自反の内容だったみたいだけど。
 強気が自慢のオオカミ先輩やマザメ先輩でさえ、「よく頑張った。でも、ダメだった。長らくの再起不能……{嗚呼|ああ}、修行が足りん!」……的な、自反だった。

 自反……{孟子|もうし}が、よく説いていたって、課題の答案を諳んじた体験座学で、教えられた。「必ず自らに{反|かえ}るなり」……{即|すなわ}ち、{自|みずか}ら自分を{顧|かえり}みる。自分の責任として、素直に自省する……みたいな意味で、いいかしらん?
 まさにアタイの自反は、「{虐|いじ}められる場を選んだのは自分、心を傷つけるって決めたのも自分、引きこもることを選んだのも自分、自分で決めなければ、絶対に自分は行動しない。自分でそう決めなければ、そうなるはずがない!」……的な、ものだった。
 それが、アタイに対するみんなの{心に描かれている人物像|イメージ}に、なっちゃってる……。だしょ?

 でも、アタイはさァ。その野外実習の直前まで、{産|うま}れてから{概|おおむ}ね七年間、闘病生活を送ってたんだ。掛け布団を被った暗闇が、アタイの自室だった。
 ただ、闘病とは言っても、{身体|からだ}の{病|やまい}との闘いは、{然程|さほど}でもなかっように思う。逆に、*自称*〈心の病〉の〈自分の心〉との闘いは、{熾烈|しれつ}なものだった。
 それを、見舞いに来てくれていたが、何故かッ! 赤の他人の、ムロー先輩だった。だから、あからさまに、「嫌ーい!」だなんて、思ってるけど、言えない。いつもムカつく読書の課題を出されるけど、何か壁にぶつかると、観念して、ムロー先輩に、逢いに行く。

 ここで、改題!
 《 生きていることが、辛い??? 》

 アタイ、夜中になるといつも、布団から抜け出して、家の中をウロウロ歩き回ってた。自主的な、家内徘徊! 今よりもっと、幼い頃のことだ。まだ、アタイを育ててくれた女の人や爺さんが、同じ家に住まってた。
 何故か、棚から何から……何から何まですべてが、アタイの*おでこ*の高さに取っ付いてた。アタイが布団を跳ね上げて健全な生活を始めたときに、すべてのものに手が届くようにって、{気遣|きづか}ってくれてたんだと思う。
 でもそれが、大きなお世話だった!
 夜中で暗いのもあるけど、毎夜毎夜、おでこを打ちまくって、そりゃもう、赤くなってボコボコで、まるでオデコが{海鞘|ホヤ}になったみたいだった。だからアタイの脳ミソは、ホヤの身みたく、酸っぱいのかもォ!
 ……って、食べたことないけどねぇ♪
 えッ? どっちもさッ!

 でもさ。ぜんぶ同じ高さなんだから、普通に歩いたら、そこいらじゅうで頭を{打|ぶ}たれるってのは、ちょっと考えれば、直ぐに判ることだよねぇ?
 暗いとはいえ、勝手知った自分の家。しかも、毎夜のことなんだから、どこで何とぶつかるかは、予想に{難|がた}くはないはず。でも、同じ場所で、何度も{打|ぶ}たれてしまう!
 なーんでかッ!
 気を付けてるつもりでも、無意識に、{余所事|よそごと}を考えてしまってる。当然、当時はまだ、{莫妄想|まくもうそう}なんていう、禅の技は知らない。だから、アタイの脳ミソは、出っ張った棚よりも、余所事や妄想のほうに、注意を引っ張られてしまう。

 {終|つい}に、後頭部までボコボコになって、頭全体が海鞘になったとき、やっと観念して、アタイは、考えた。
 (棚が{危ういさま|デインジャラス}なんじゃない。アタイが棚を、危うくしてるんだ。しかも、そう決めたのは、このアタイだッ!)……ってね。

 解説します。
 腰を{屈|かが}めて歩けば、一度もオデコを{打|ぶ}たれずに、{適宜|てきぎ}随所で空腹を満たし、無事に自主徘徊を終えて、布団の中に戻って来ることができる。
 でも、アタイは、そうはしたくなかった。この若く美しい{身空|みそら}で、腰を屈めて婆さんみたく、のっそりのっそり歩くなんて、恥ずかしくってまっぴら御免!だったのだ。

 ちょうど、その頃だったかしらん。
 見知らぬムロー先輩が、何故か突然、あたいの家にやってきた。その頃からだ。家に一緒に住んでた女の人と爺さんとの記憶が、ブッツリと切れて消えてしまったんだ。まァ、そんなことは、どっちゃーでもいいけどさ。
 驚くべきは、ムロー先輩が、今にしてみれば珍しく、絶対にたぶん有り得ないことなんだけど、「これを、読め!」って、実際に本の実物を、持ってきてくれたことだ。
 立ち読みで目次を眺めただけの本を、「自分で調達してきて、読め!」っていう今のムロー先輩からは、想像し難い事件だったという{訳|わけ}だ。
 そのとき、ムロー先輩に言われたとおり、目次だけ、{何気|なにげ}に眺めてみた。そして、ペラペラペラっと、本全体を{捲|めく}ってみる。これが、寺学舎でいう、「ムロー流、写真読み」ってやつなんだけど……無論、当時、そんなことは、知る{由|よし}もなく!
 で、目次で目に留まった見出しの、その内容が書いてある{頁|ページ}を、開いてみた。今でもそっくり諳んじることが出来るっちゃーァ出来るんだけど、書くのはめっちゃ苦痛!
 しかも、読むのは、もっと苦痛でしょ? だから、ちょっとアタイの経験に置き換えて、ガチ編集のバリ要約で、サクッと書くので、よろしくーぅ♪

 《 「ガチ編集のバリ要約」 サクッと編♪ 》

 生きていると、頑張ってもうまくいかない、努力しても{叶|かな}わないことって、よくある。
 そんなとき、生きているのが辛いって、感じてしまう。
 やりたいことすべてが順調、人間関係も{頗|すこぶ}る良好……なんて、実際問題有り得ない。
 (普通に暮らしているだけなのに、苦難は{尽|つ}きず、苦労の連続。{嗚呼|ああ}、なんて辛い日々なの……)って、感じることのほうが、より現実的だと思う。

 じゃあ、人生っていうものは、元来、困難なもので、生きることは、辛くて当然なの?
 そんな、バカなッ!
 なんで人間さまだけが、生きることが辛くなくてはならないのよッ! でも、事実、人間だけが、「辛い! 辛い!」って言って泣いてる。どうしてぇ?
 それは、自分の人生を、自分で困難にしているからだ。人生は、元々{単純|シンプル}なのだ。そこに、無駄や複雑さや{猥雑|わいざつ}なものを{塗|まぶ}して固めてガチガチにしたのが、困難ばかりの辛い人生なのだ。
 その**ガチガチ**にした犯人は、山田くん? よっちゃん? ウリ坊? 違うよね?
 自分自身だ。

 おでこがボコボコになっても、腰を曲げずに、ちゃんと立って歩こう。痛くて辛いけど、腰を曲げたくない。自分を曲げてまで、自分を変えてまで、自分のオデコを守ろうなんて、思わない。
 そのオデコが、人生に取って代わっただけ。
 生きているだけで辛いけど、自分を曲げたくない。
 どんなに辛くても、自分を変えたくない。
 自分で決めて、自分で痛くて辛いほうを選んだんだから、誰にも、文句は言えない。
 腰を曲げれば済む話なのだ。
 実に、{単純|シンプル}♪
 腰を曲げて棚の下を{潜|くぐ}ったら、その下にも棚があって、またオデコをぶつけてしまったら、もうそんな相性の悪い家は{棄|す}てて、どこへでも出て行ってしまえばいい。

 どんなに頑張っても仲良くなれない人と、そんなに頑張ってまで仲良くなる必要があるんだろうか。頑張らずに、ただニコッと{微笑|ほほえ}んで、近づいてみよう。その憎い相手も、ニッコリと微笑みを返してくるかもしれない。
 それこそ実際問題、現実味は、極めて薄い。でも、それでいいのだ。「それ以上、努力しても無駄だッ!」ってことが、{判|わか}ったのだ。これは、大きな成果だ。無駄な努力、辛い日々から、解放されるってことだもの♪

 どんなに誠意を込めて接しても{嫌|きら}われるんなら、好きに嫌わせとけばいい。こっちだって、無理して好きになる必要はない。遠慮せずに、開放感に浸って、幸せな気分になればいい。
 嫌いな人間や、逆に自分を嫌っている人間なんて{放|ほ}ったくっといて、他の人たちと、交わればいい。そのほうが、もっと成長できるし、ぜんぜん楽しいはずだ。
 大事なことは、困難だと気づいたら、それが困難にならないうちに、自分を曲げたり変えたりして、それを困難にはさせないということだ。そうすれば、辛いという感情は、{何処|どこ}か遠くへ、逃げて行ってしまう。

 ここで一つ、注意しなければならないことがある。
 この、自分を曲げたり変えたりという行動は、困難と一回目の正面激突をする前に、完遂させておかなければいけない。
 何故かッ!
 自分を曲げたり変えたりするためには、勇気が必要なのだ。でも、困難と正面から激突して痛い目に{遭|あ}うと、気分が{萎|な}えて、更に、それが何度も続くと、ついには{嫌気|いやけ}がさしてしまう。

 こうなてしまうと、もはや、勇気もクソもない! 勇気どころか、手段を選ばず、{対峙|たいじ}している困難や問題から逃げ出したくなる。まさに、現実逃避! その妙薬が、アルコール、薬物、犯罪の、三段活用だッ!
 逆に、困難を克服するための妙薬は、勇気のみの一段構え。真剣大努力で集中! 一発勝負だ。
 この勇気を、持とうとさえ思わない、なんの努力もしたくないような人間は、残念ながら、辛い……辛い辛い、真っ暗闇の人生を、自ら選んでしまうのだ。

 こんなことを言うと、毎回毎回、困難にぶち当たるたびに、勇気全開で突進する人が居る。一度や二度なら{兎|と}も{角|かく}、何度もこんな捨て身な戦法をやっていると、結局は力尽きて、真っ暗闇の人生へと投げ出されてしまう。
 それに、毎回毎回、一発勝負で勝ち続けるなんてことは、これまた実際問題有り得ない。連戦連勝という言葉はあるけれども、生きものである以上、いつかは必ず、その連なりも途切れてしまう。

 だったら、休めばいい。
 未熟だろうと、不完全だろうと、一切構わず。
 それも、勇気だ。

 自分自身に関しては、{一向|いっこう}物に{囚|とら}われず、平然として{居|お}ればよい。
 {是|これ}まさに、寺学舎で学んだ{六然|りくぜん}……その一つ目、{自處超然|じしょちょうぜん}なりや。

 負けそうだったら、早く、サッサと逃げればいい。
 これも、勇気だ。

 それで勇気を蓄えて、見違えるほどの{逞|たくま}しさで復活して、{呆気|あっけ}なく困難をぶっ飛ばしてしまう……と、そんなことだって、珍しくはない。
 それどころか、{寧|むし}ろ、成功談のなかに、よく出てくる{類型|パターン}だ。

_/_/_/「後裔記」と「然修録」_/_/_/
ミワラ<美童>と呼ばれる学童たち。
寺学舎で学び、自らの行動に学び、
知命を目指す。「後裔記」は、その
日記、「然修録」は、その学習帳。
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Hatena Blog (配信済み分の履歴)
配信順とカテゴリー別に閲覧できます。
http://shichimei.hatenablog.com/

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少循令(齢8~14)を共に学ぶ仲間
たちを、寺学舎では「学級」と呼ぶ。
その学級のミワラたちは、知命すると
タケラ<武童>と呼ばれるようになる。
そのタケラが、後輩たち或いは先達
の学級の後裔記と然修録を、概ね
一年分収集する。それを諸書として
伝記に編んだものが、『亜種記』。
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亜種記「世界最強のバーチュー」
Vol.1 『亜種動乱へ(上)』
[ ASIN:B08QGGPYJZ ]
Vol.2 『亜種動乱へ(中)』
[ 想夏8月ごろ発刊予定 ]

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その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
その自修 循観院

AEF Biographical novel Publishing
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