MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

一息93 ミワラ<美童>の後裔記 R3.5.28(金) 夜7時

#### 一息オオカミ「意外な真実をあれやこれやと明かす和の人ジジサマ」後裔記 ####

 マザメが突き付けた課題……それは、おれたちの国の急所だ。おれたちの国に、語ることさえ許されず亡びゆく{同胞|はらから}がいる。親日家なんて{居|い}ないってことに気づきながらも、それを認めたくないおれたち、日本人。そんなおれたちって、一体全体、何者ーォ?! 和の{民族|エスノ}のジジサマが、その答えのすべてを、知っていた……。
   学徒学年 オオカミ 齢13

 一つ、息をつく。

   《 マザメが振り出した課題…… 》

 最近、課題を提示することがマイブームになっている学友どもが増えてきているようで……(フガフガ)。
 スピアの記憶の中の爺ちゃんが言った言葉と、マザメが後裔記に書いていた、我が国の民族あれこれの話を読んで、おれは、次のように感じた。

 海洋の中の一国一文明多民族……それが、我が国。
 語ることも出来ず、忘れ去られゆく運命の民族もある。アイヌ民族、漂海民族……。逆に、語り過ぎて、争い亡びゆく民族もある。大陸系遊牧民族に、移民の狩猟民族……。
 語る……対話。それさえも許されず、亡び消えゆく人生とは、どんなものなのだろうか。家族とか家庭とかに執着がないおれら{美童|ミワラ}には、計り知ることのできない、おれたちが知らない愛のような、何か意味深いものが、押し{潰|つぶ}されてしまったということなのではないのか。
 それに気づくための愛情というものを知らずに、産れ{出|い}でて七年間の幼循令を、何の疑念も抱かず過ごし終えてしまったおれたちには、その愛という{途轍|とてつ}もなく大きくて神秘的な能力を、持っていない。
 {故|ゆえ}におれたちは、実は、おれたちが一番毛嫌いしている……そう、おれたちこそが、その、{世間知らずのお人好し|ナイーブ}なのかもしれない。

 そのナイーブと言えば、まさに、世界中の人びとが、「それは、日本人だッ!」と、声を揃える。
 そんな日本人が、悠久二六八一年の永きに{亘|わた}って、海洋の中の一国一文明を護り抜いてきた。これは、大宇宙の外側には何があるのかという問いに匹敵する、まったく皆目見当もつかない、まさに神秘そのものだッ!

 もう一つ。
 おれたち日本人が、ナイーブであることを証明する、第一等の{論的証拠|エビデンス}がある。
 愛をもって統治したり、勇気をもって独立運動を支援してあげた国々民たちは、我が国と我ら日本人のことを、好意的に思っているーぅ?!
 みんな、そう思ってるだろッ? 疑いもしない。実際、それを、疑ったことなんかないだろッ? でも実際問題、それは、本当に、事実なのだろうか……。 
 無論、その答えは、否だ。
 現実は、悲しいやら情けないやら、その逆だ。そう断言する大陸の東南あたりの人びの声が、世界中のみならず、我が国の中でさえ、そんな{報道|ニュース}で溢れている。
 {何故|なぜ}、それに気付けないのか……もう、判るよなーァ?!
 気づきたくないだけさッ!

 ここで、蛇足。
 マザメの野郎……元い。
 魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}さまへ。
 俺の頭ん中の記憶装置は、忘れるのが早いーぃ?!
 当たらずも遠からずだが、何気に、{些細なようで大きな違い|ニュアンス}のようなものを、覚えてしまう。おれは、忘れるのが早いんじゃない。覚えることが、少ないんだ。言い換えれば、これぞまさに、要領の{神髄|しんずい}!
 初めて聴いたその瞬間から、恋の花咲くことは無い代わりに、厳選され、要約され、キーワードを探り、最良のキーワードに置き換えられ、そこでやっと、記憶しよっかなーァ♪ ……てな感じに、到る。
 {即|すなわ}ち、おれの頭ん中の記憶装置は、時間……イコール命を構成するひと{繋|つな}がりの細胞の一つひとつを、要領よく使うことを追求した、節約型の究極の進化系である記憶装置なのだ。
 マザメさま……。
 おまえの誤解、解けたかーァ?!

   《 遅れて岸辺の崖下に下りてきたジジサマ 》

 足は白{長靴|ちょうか}、両手で角スコを持ち、服は夏物を5枚重ね着、肌着は*つゆだく*よろしく、額にも汗が{滲|にじ}む。
 岸辺で、{何故|なぜ}かまさかの、手掘りの{浚渫|しゅんせつ}! ……で、ある。
 そこへ遅れて、崖を回り込み伝い下りてきたジジサマが一言。
 「遅れてすまん! どうにか、間に合ったなッ♪(ポリポリ)」
 
 昔からあった自然の谷川は{枯渇|こかつ}し、切り土や盛り土で{歪|いびつ}に造り変えられた地形から、崖下の浜辺に土砂や汚泥が流れ出してくる。
 連なる岩々の所々の頂には、{舫|もや}い用の白いロープが回され、その先には、大小様々なオンボロ汽艇や廃船{宛|さなが}らの{手漕ぎ|ロー}ボートが、{繋|つな}がれている。
 崖を回り込み伝い下りてきた人物が、たとえ神でであろうと博士か大臣であろうと、土砂や汚泥を{掬|すく}う手を休める{訳|わけ}にはいかない。大潮の干潮。崖下に、砂浜が姿を現しているのだ。
 満月を見た夜から、精々三日間。
 その間の{低潮|ていちょう}の数十分の間に、この作業をやらなければならない。それを{怠|おこた}ると、岩場から舫いロープを引っ張って舟を引き寄せようとしても、それは{虚|むな}しくも、まだ{脚|あし}の届かないところで、土砂に乗り上げてしまうのだ。

 ここは、〈ダキの浜〉と、呼ばれている。
 「{荼枳尼天|ダキニテン}さまが、満月と新月のときだけ、砂浜を創ってくださるのだ。その砂浜や{植|う}わった岩々の潮溜まりには、魚貝の神の恵みが溢れとるんぢゃあ♪」と、島の和の{民族|エスノ}の民たちは、口々にそう言い、実際、本当にそう信じている。
 異臭すら漂うこの土砂や汚泥の下に、そんな神の恵みの砂浜が埋まっているとは、どうにもこうにも、信じ{難|がた}いのだけれど……。

   《 ジジサマが語った、意外な真実のあれこれ! 》

 ジジサマは、その話に付け加えるように、{嘗|かつ}て、{斯|こ}うも言っていた。

 「なんでまた、{通力|つうりき}を持った怖ろしい{夜叉|やしゃ}の荼枳尼天が、神の恵みを授けてくれるなどと考えたんだか、わしには、ようわからん。
 人間の死を半年前に察知して、用意周到にその心臓を食っちまうんだからな。そのために、満月と新月のときに食いもんを人間に与え、旨味のある心臓を飼育しとったんかもしれん。
 その荼枳尼天さまが怒って、この島の岸辺を壊してしもうた。荼枳尼天さまを怒らせたんは、おまえらが嫌っとる、文明の{奴|やつ}らなのかもしれん。

 随分むかし、おまえらの先祖、*自然*の人らが、この島に渡って来た。彼ら彼女たちは、気を遣って、地底に{住処|すみか}を造って、そこに住みはじめた。そのまま掘り進んで、隣りの{日|ひ}の{本|もと}島に出たんじゃろう。おまえさんの仲間{等|ら}が疎開しとる、ヒノーモロー島のことさ。
 文明の奴らとの戦いに備えるために、何やらこの島で産業を起こして、軍資金を稼ぐんじゃッちゅう話も、実際あったらしい。そこへ、やって{来|き}おったのよ。その、文明の{奴等|やつら}がなァ。
 それを見て、おまえらの先祖は、斯う言ったそうじゃ。
 『けッ! また追い駆けて来やがったかァ。源氏の奴等めぇ!』……となァ。

 源氏が、おまえらが言う文明{民族|エスノ}の起こりだとすれば、おまえら自然{民族|エスノ}の起こりは、平家の廃残兵っちゅうことになるが……まァ、そんなことは、おまえらには失礼な物言いに聞こえるやもしれんが、正直、どっちゃーでもいいって{類|たぐい}の話さ。
 それより、わしらを、和の{民族|エスノ}と呼ぶのは、どうかと思うがなァ。わしらは、昔も今も、この国の{民|たみ}じゃ。わしらが、和の民族じゃと言うなら、文明の奴らも、おまえさんたち自然の連中も、{本|もと}を正せば、{皆|みな}が和じゃろうて。

 その、みなに共通の和こそが、武の心。{戈|ほこ}を{止|とど}めさせる……そう、勇気のことじゃ。おまえらの祖先は、わしらから、その武の心を学んだ。そして自らを、{武童|タケラ}と呼ぶようになった。
 〈武の心を学ぶ、未熟にして{未|いま}だ幼き{童|わらべ}〉
 ……じゃことの殊勝なことを、おまえらの祖先は口に出しながらも、そう宣言することを{憚|はばか}らんかったらしい。

 歴史とは、不思議なもんじゃ。
 じゃから、面白い。
 されど、怖ろしい。
 また、やってくる。
 百年ごとの、我ら{青人草|あおひとくさ}の宿命……。
 大動乱!」 

 去年の猛暑の時令、{想夏|そうか}の後半、八月。
 スピア{等|ら}三人が、隣りのヒノーモロー島に降ろされた後、おれは、ここザペングール島のこの場所、崖下の岩場に、降ろされた。
 一人取り残され、独りひとしきり{佇|たたず}んだ{挙句|あげく}、崖上に建つ文明の奴らが造った構造物の廃墟に、{居候|いそうろう}することになった。
 同じ自然{民族|エスノ}の{隠れ家|アジト}だから、べつに気兼ねを覚えることもなかった。でも、気兼ねを覚えないのは、おれだけじゃなかった。廃墟の中で行き交う老若男女の自然人たちも、なんら、おれに気兼ねも興味も、覚えてはいないようだった。

 そんなある日、おれは、この島に初めて降り立ったあの岩場に、突っ立っていた。何も{遮|さえぎ}るもののない、{遥|はる}か先のなだらかな水平線を見{遣|や}っていると、{足下|そっか}から、声を掛けられた。
 ジジサマが一人、角スコを持って、人力浚渫をやっていたのだ。ジジサマは、斯う言った。

 「君はたしか……そう、そうやって、狭水道の海岸に突っ立って、隣りの〈日の本島〉を、見詰めとった*にいちゃん*じゃーあ。そうじゃ、そうじゃあ。
 何か、隣りの島に、用事でもあるんかーァ?!
 じゃったら、今日は、海も{凪|な}いどる。そこの{小|ち}っこい汽艇で、行ってくるといい。エンジン掛けて、クラッチを前に倒して、アクセルを、ちょんちょんと吹かしゃあ、船は、前に進んでくれる。
 じゃが、クラッチは、後ろには倒さんことじゃ。確かに、後ろには進むが、舵輪をどう回そうが、舟のケツが右へ行くか左へ行くかは、風まかせ、潮まかせじゃからな。
 悪いことは言わん! 面倒でも、舟をクルクル回して、行きたい方向に、舟の{舳先|へさき}を向けるんじゃ。
 今、(一緒に、舟に乗って欲しいなーァ)って、思うとるじゃろッ? じゃが、その程度の気概しか持っとらんのなら、{止|や}めとけぇ! 舟に乗る前に、勇気を養うほうが、先じゃからなァ♪
 で、どうするぅ?」
 
 と、いう訳で、おれは一人、その小っこい汽艇に乗って……と、なる訳がないじゃん!
 と、いう訳で、おれは、その爺さんの言う勇気とやらを養うため、居候している廃墟の客室から、ジジサマの家に{住処|すみか}を移した。そして、ジジサマは、斯う言ったのだった。
 「一宿一飯……。
 タダで、勇気を食わせてもらうんだ。
 その代償は、しっかり払ってもらうからなッ!」
 「代償……ですかァ?」と、おれ。
 「差し出すものさ。
 無論、金じゃない。
 そんなもん、持っとるようには、見えんしなァ♪
 時間じゃよ。
 {即|すなわ}ち、命。
 誤解を、すんなよなァ!
 おまえさんの命を、『ぜんぶ出せッ!』と、言っとる訳じゃない。 そのほんの一部を削って、わしに差し出せと言って{居|お}るのぢゃ。
 時間のことさ。
 いっぱいあっても、ちょぼっとしかなくても、重さは、{同|おんな}じじゃ。
 長くても短くても、みんな同じ重さの命を、持って{居|お}る。
 それが、自然というもんじゃ。
 それが、自然の一部ってことだ。
 それが、生きてるってこのと、{証|あか}しってもんさ」

 と、まァ。
 そんなこんなで、ジジサマの家に居候することになった、おれなのでした。

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