MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

東亜学纂学級文庫

『息恒循』を学ぶ

一学90 ミワラ<美童>の然修録 R3.5.29(土) 朝7時

#### 一学ヨッコ「脳ミソの違いは{行住坐臥|ぎょうじゅうざが}に{顕|あらわ}れる。智慧会得要領」然修録 ####

 なんで脳ミソの{仕様|スペック}は、人それぞれ違うのかッ! 行住坐臥のすべてを{莫|まく}妄想する禅僧修行の真意とは? 無念無想のはずの{公案|こうあん}に、心あり。禅は、悠久の歴史のなかで、儒学の自反と格物と繋がっていた。
   門人学年 ヨッコ 青循令{飛龍|ひりゅう}

 一つ、学ぶ。

 苦言好きと言われようとも、書く。
 ツボネエ、あんたの然修録、長すぎるよッ!
 スピアも、その傾向がある。
 逆に、あたいは、短いとか、素っ気ないとか、特に男どもからは、よくそう言われる。
 ワタテツは、{性懲|しょうこ}りもなく、自己流で小難しい精神論を、また書くだろう。オオカミは、今ごろ、ムローに感化でもされたかのように、頭ん中で、〈洞察力〉っていう{言乃葉|ことのは}が、フワフワといっぱい、舞い散っているかもしれない。
 そしてマザメは、卑屈に強がるし、サギッチはというと、能天気という{些細|ささい}な違いはあるものの、やはり、同じく強がる。

 同じ人間なのに、なんで{斯|こ}うも、脳ミソに違いが出来てしまうのだろうか……てなわけで、(またーァ?!)と、思われるダッしょうけんども、また、脳ミソについて書く。
 但し、そろそろ「指令好き!」って言われっちゃいそうだから、今回は、指令も課題も出さない。なので、寺学舎の学友たちよ! 安心して読んでちょーォ♪
 えッ?
 はいはい。
 いつもより、ちょっとは長く書く努力を、します。
 絶対に! たぶん♪……(アセアセ)

   《 {行住坐臥|ぎょうじゅうざが}の違いは、脳ミソの違い? 》

 前回、あたいが出した指令、{莫|まく}妄想。
 *意外*とみんな、よく調べてくれて、その点にだけ限り、礼を言う。
 禅寺の修行僧は、悟りを{拓|ひら}くためというか、人生の達人に到達するためというか、{兎|と}にも{角|かく}にも、その修行として、この莫妄想を、行住坐臥の間一刻も忘れることはないという。
 彼らもまた、あたいとは異なる脳ミソの持ち主だ。
 そのあたいの脳ミソの歴史は、高々十数年。だけど、彼ら禅僧の脳ミソは、{悠久|ゆうきゅう}数千年もの永い間、{廃|すた}れることなく、しかも確固たる一つの指導原理として、存在し続けている。
 これは、近年{流行|はや}りの自己啓発ビジネスとは、まったく異なる次元の物語……と、それこそが、歴史というものなのではないかと思う。

 とは言うものの、莫妄想は、難儀だ。
 {蘊蓄|うんちく}だって、発明だって、アメンボだーあッてーぇ♪ これらみな、妄想の副産物なのだ。それを、莫妄想を行住坐臥とするということは、普段……日常の立ち居振る舞いのすべてに{於|お}いて、この妄想を遮断してしまうということだ。
 有り得ん!
 しかも更に、禅寺の修行僧たちは、{公案|こうあん}ってのをやっているという。犬に仏性が有るや否やとか、{如何|いか}にして無を見るか{云々|うんぬん}ということを、大真面目にやっている。
 {解|げ}せん!
 〈無念無想〉も、そうだ。確かに無念無想ならば、妄想することはない。合理的にして、確実な修行法だ。でもそれって、何も考えずに人生を終えるってことだよねぇ?

 当然、禅僧さんたちは、「そうだよねーぇ♪」とは、言わないだろう……と、思う。
 直接聴かされた{訳|わけ}じゃないけど、読んだり{訊|き}いたりしていると、この〈公案〉というのは、元々〈素直に考える〉という意味があって、莫妄想と並んで、**{智慧|ちえ}**を体得するために会得すべき思考法という点では、最も合理的な修行方法なのだという。
 その思考法のことを、無念無想とか、{非思量|ひしりょう}ともいうそうだ。何も考えないんじゃなくって、理性を目覚めさせるってこと。まさに{瞑想|めいそう}、ヨーガ、禅の世界だッ!

 話は戻るけど、何故、禅僧の修行と、あたいら凡人の自己啓発とは、「お次元が違う!」と、あたいは言い切るに到ったのか。
 禅僧修行の目的は、世のため人のため、{菩薩|ぼさつ}となって、この世の危機から人びとを救うこと。あたいらの自己啓発は、自分自身の劣化退化を食い止め、己のみを延命させんがため……。
 世のため人のためだなんて、直ぐには理解できなくて当然の次元の話だけど、でもね。公案の「素直に考える」ってところは、寺学舎の座学で(はてさて)徹底的に(ーぃ?!)鍛えられた〈自反〉や〈格物〉にも、通ずるところのように思えてくる。

 スピアには、動物たちの声が、よく聴こえるし、よく理解できるみたいだね。これは、スピアが、素直な性格だからなのかもしれない。だから、ツボネエにも、同じく、よく聴こえる。
 やはりあの二人、似た者同士だーァ!!

   《 努力に関する重要な報告! 》

 いつもなら、これくらい書いたら、「もう充分よねーぇ♪」って感じで、終わってしまう……あたいの、然修録。
 なので、今回も、終わります……(ポリポリ)。

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