MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

東亜学纂学級文庫

『息恒循』を学ぶ

一息96 ミワラ<美童>の後裔記 R3.6.5(土) 夜7時

#### 一息サマザメ「おねえさん先生が奏でる音術と、あたいが叩く木魚」後裔記 ####

 おねえさん先生の立ち居振る舞いを見て、まだ{杖|つえ}の扱いが不慣れなことに気づけなかった、あたいのボンクラ頭! それに*早く気づけ*よとばかりに、ポンポンポンと、木魚の眠気覚ましの*警告*音が、響く! そんなおねえさん先生が語った、音術とは……。
   学徒学年 マザメ 齢12

 一つ、息をつく。

 ジジサマの家……和の人たちの生活は、客人のあたいらから観ると、まさに和式の{客間・居間・寝室が一対の客室|スイートルーム}って感じだった。
 その寝室で突き当たって、ふと後ろを振り返ると、居間兼客間を隔てて、ちょうどサギッチが、玄関から外に出ようとしているところだった。
 すると、あたいの横を擦り抜けるオスが一匹……オオカミの{奴|やつ}だッ! 努めて優しい声をかけると、〈オッサン追ん出しゲーム〉で要領の訓練をしていた、例の五人組の{子等|こら}を、探しに行くのだという。
 スピアは、ジジサマに誘われて、共用部の炊事場に行った。昼食の準備を手伝うためだ。
 普通、{余所|よそ}の家に行って、昼食の準備を手伝うという場面に遭遇した場合、そこに男の子と女の子が居合わせれば、当然女の子のほうを誘って、炊事を手伝わせるというのが普通だろう。
 それが、あたいを誘わず、男の子のほうの、スピアを誘った。
 (どういうことよッ!)と、思っていると、ジジサマが、言った。
 「君は、サギッチくんを連れ戻しといてくれ。煮炊きをするんで、{冷|さ}めないうちに、食って欲しいんでなッ♪」
 (まァ、いいけどさッ……)と、思うあたい。
 結局みんな、やっとのことでジジサマの家に着くなり、直ぐにまた、その家から出て行ってしまった。

 サギッチの足跡を、{辿|たど}る。
 寒々とした裏山の雑木林……。
 でも、その寒さは、{然程|さほど}でもない。
 浦町の烈冬……その2月の{時分|じぶん}には、靴下を二枚{穿|ば}きしていたものだ。ヒノーモロー島では、そのことを、すっかり忘れていたけれど、ここザペングール島でも、そこまでの防寒の必要はなかった。
 (やっぱり、暖かいって、いいなーァ♪ どうせ船出するんなら、次は、もっと南の島がいいかな。オオカミの奴、もし北に進路を取りやがったら、あの空っぽの頭を{木魚|もくぎょ}にして、ポカスカ{打|ぶ}っ{叩|たた}いて、**音楽**の時間にしてやるからッ!)
 ……なんて{妄想|もうそう}をしていると、なんとッ! 本当に、**音楽**が聴こえて来た。あたいら自然の{美童|ミワラ}っていう亜種は、どうも{莫|まく}妄想には向かない人種みたいだ。

 その音楽……オルガンの{音|ね}を辿って、段々長屋に挟まれた狭い石段を、ゆっくりと下りてゆく。すると、右手に、中連窓が全開になった部屋……寺学舎の座学よろしく、長机が何列か並び、まだツボネエより幼そうな{子等|こら}が、みんなお行儀よく正座をして、昼食をとっている。
 かと思いきやーァ!!
 長机の最後部、その一番手前。{胡坐|あぐら}をかいて、なんともガサツに、白いご飯を頬張っている{餓鬼|ガキ}が一人……サギッチの野郎だッ!
 「てッめーぇ! なに昼{飯|メシ}なんか食ってんのさーァ」……と、努めて優しく声を掛けるあたい。すると、努めても真似の出来そうもない優し気な{言乃葉|ことのは}が、あたいの耳に届いた。

 「あなた、マザメちゃんでしょ? お入んなさーぃ♪」
 見ると、オルガンを弾いていた女性……頭に包帯を巻き、鼻と口は、マスクに{覆|おお}われているが、それだけに、唯一見えている二つ目は、なんとも優し気で、奥深い。
 部屋の中に入ると、「あなたも、お座んなさい♪」って、言われるに違いない。そうすると、空いている席は、サギッチの隣りのみ。
 (あそこにだけは、絶対に座りたくないわねッ!)と、思ったあたいは、おねえさんの優しい誘いを、辞退することにした。
 「ありがとうございます。でもあたい、そいつを迎えにきただけなんです。ここで、失礼します」
 あたいはそう言うと、(あたいだって、こんな優しい物言いが出来るんじゃん♪)と、{徐|おもむろ}に自画自賛するのだった。

 そこで一つ、思い当たった。(音楽の先生?)と。で、訊いてみた。
 「あのーォ。木魚って、ありますよねッ? なんで海辺のお寺でも、山寺でも、どっちも木魚なんだか……。なんで、木の魚っていう名前がついたのか、ご存知ないですかァ?」と。
 すると、包帯マスクの女先生! 優しく応えて、親切に教えてくれた。
 
 「さすがは、目の付け所が違うわねッ♪ 確かに、そうよねぇ。お経ってさァ。眠くなるじゃない? だから、ポカポカ鳴らして、眠気を覚まさせてるのよーォ。
 『目を閉じてはダメです。魚みたいに、しっかり目を開けておきなさい』って意味で、木魚って名前になったみたい。でも、魚って、確かにずっと目は開けてるけど、あれって、目を開けたまま眠ってるらしいのね。
 ということは、『眠るんなら、目を開けたまま、お眠んなさい!』って意味に、なってしまう{訳|わけ}よねぇ? 結局、どっちが正しいのかしらん。眠ったほうが、いいのかしらァ? それとも、眠っちゃ、ダメなのかしらん?」

 (やっぱり、音楽の先生なんだねッ♪
 音の質問なら、なんだってちゃんと、答えてくれそうだもの)
 ……と、そんなことを思いながら、素直に嬉しそうな感情をそのまま顔に出して、すべての警戒を解除して口元を{緩|ゆる}めていると、また、おねえさん先生が、言った。
 「わたし、ちょっとお台所に行ってくるから、あなた、ここに座っててね。オルガン、自由に弾いてみて構わないからァ♪」
 (オルガン? いいじゃん、いいじゃーん♪)と、思ったあたい。
 即、スタコラとその教室の中へと、入って行ったのでした……(ポリポリ)。

 ドッドッ♪ ソッソッ♪ ラッラッ♪ ソーォ♪
 ポッコ ポッコ ポッコ ♪♪♪
 オルガンというより、まさに木魚!
 おねえさん先生が戻って来たとき、一番に気づいたことは、まだ杖を使って歩くことに慣れていないことだ。おねえさん先生がオルガンから立ち上がって教室を出て行くとき、{何故|なぜ}それに気づけなかったんだろう。
 自分の人間力の低さに落胆……というより、腹が立つ!
 おねえさん先生は、ガサツのお手本のようなサギッチが座った長机の端っこに、生徒たちやサギッチと同じものを載せたおぼんを置いた。そして、手招き。こうなると、さすがに素直に、その招きに{順|したが}った。

 オルガンの{背無し椅子|スツール}に再び腰を落ち着けた*おねえさん*先生は、自分が話したことが答えになるような問いを、聴いた人の脳裏に誘い込むかのように、自然に優しく、語りはじめた。
 しなやかな腰のライン、優しさが溢れ出る二つの目……こんな美しいものを壊して、包帯を巻かせたのは、誰? 何故? それとも、事故? 誰かが不注意だっただけぇ?
 {何|いず}れにしても、そのどれもが、問いになって口まで{上|のぼ}ってくることはなかった。それが、おねえさん先生の語りの{仕業|しわざ}で、抑え込まれてしまっていたからだという事に、後になって気がついた。
 潜入班、調査員養成講座……そう、ヒノーモロー島の研究棟の中にあった、朗読室。話術の特訓を受けて、文明{民族|エスノ}の社会に潜入して、調査員の実践を積んだのに違いない。
 それにしても、その自然過ぎるほどの優しさが、{俄|にわ}かに、徐々に、怖ろしく感じられてくる。
 そのとき、おねえさん先生の口から{戦|そよ}いできた{言乃葉|ことのは}は、こんなふうだった。

 「大正という時代が、あったそうです。
 子どもたちは、尋常小学校に通い、学んだ。
 ここ、和のエスノの子どもたちが学ぶ段々長屋の教室は、その当時から何も変わっていないんです。
 一番大事な{課目|かもく}は、修身。道徳とか哲学っていうところかしらん。
 あとは、国語に算術、唱歌に体操、図画や理科、そして裁縫も……。お裁縫は、元々は、女子だけだったんですけどね。ここでは、男の子も、女子と一緒に、お裁縫を習っています。それから、国史と地理も学びます。

 それで{私|わたくし}は、唱歌を担当しているという{訳|わけ}なんです。教えているのは、音です。音は、感情を表現するためにあり、また、その目的で発せられた音は、それを聴いた人の感情を、大きく揺さぶります。
 自然的短音階のコード進行は、どこか悲しげです。高音から徐々に低音に下降して、それがなんとも物悲しく感じられてしまう。
 音は、戦いが始まる前は、聴く者を奮い{起|た}たせ、それが終わってしまえば、勝ち負けに関わらず、怒りと愚かさを表現しようとします。まるで、音が、意志を持っているかのように……。それは、とっても、不思議なことだと思います。

 ベートーベン、交響曲第六番、第一楽章。長調、共和音、上昇音階。この曲が、私の血。自然エスノの民族音。漂海民の勇気の誓い……そして、その証しです。
 音術は、算術で学ぶ事とは、その意味が大きく異なっています。何故ならば、長調も短調も、割り切れた結果ではないからです。
 長調は常に明るく積極的で、短調は常に暗く消極的でなければ、算術的に割り切れたとは言えないのです。
 でも、わらべ歌も、童謡も、唱歌も、それが短調の曲であっても、その音には、明るさや希望を抱かせるような、不思議な力があります。

 さーくーらーァ♪ さーくーらーァ♪
 {然|さ]も暗く有りなん。
 然れど明るく心に響き、希望が湧いてくる。
 これが、神の国、霊薬に包まれた島々……私たち日本国の子どもたちが歌い継いできた、音術なのです。
 対して西洋の音楽は、{兎角|とかく}長調と短調で割り切ろうとする。人の感情を、明と暗に割り切ろうとするという事です。
 私たちの音術は、まさに、芸術なのです。
 オボロヅキヨも、サクラサクラも、芸術なのです。

 西洋音楽を聴きながら、ビジネス書や自己啓発書やノウハウ本を読む。それが、文明エスノたちが選び好んだ音生活の類型です。
 彼らの世界に住まう子どもたちに、唱歌や童謡を聴きながら神話や詩歌や純文学を読ませようとしても、それは{最早|もはや}、叶わぬ願いなのです。
 彼らは、努力と誇りという事実を持ち、それを大事にしています。でも、そんな彼らの過去に、真実は存在しないのです。

 私たち自然エスノ、そして、この子たち和のエスノは、その各々の過去のなかで廃残し、消えかかっている自分たち民族の真実を、一日も早く見つけ出し、それを、護り抜かなければならないのです」

 {烈冬|れっとう}は、間もなく終わり、時令は、いよいよ{結冬|けっとう}へ……。
 この、おねえさん先生が生まれ育った海へと、あたいらは、船出してゆく……。
 この、おねえさん先生の怖ろしい美しさを育んだ、その怖ろしい自然の海へと、あたいらの舟は、{漕|こ}ぎだしてゆく……。

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Ver.,1 Rev.,6
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