#### 一息ムロー「オンボロ丸? 頭上のパンツ! 張り付け獄門?」後裔記 ####
《何かの通報かーァ?! 騒ぐ鳥たち》《ツボネエ流、会心の肩車!》《張り付け獄門って、なーんじゃそりゃ!》《死骸風生命体A》《ツボネエの母乳!》
学人学年 ムロー 齢17
一つ、息をつく。
《 何かの通報かーァ?! 騒ぐ鳥たち 》
「ホー! ホケッ? キョーォ♪」
「カウ! カウ? カーゥ♪」
「ミャー! ミャーァ?? マーァ♪」
ホトトギス、カモメ、ウミネコ……どいつもこいつも、騒々しい。ただ騒がしいというより、抗議の通報のように、尖って鳴いている。
(まァ、想像はつくが……)と思って腰を上げると、〈最悪〉が、歩いてくるのが見えた。
ツボネエだッ!
まァ、年甲斐もないので、苦手意識は、置く。
「ヒーッ! ヨヨヨヨヨヨン♪」と、グライダー野郎。挙動不審。目は、素っ頓狂!
「わかった、わかった。どうにかするから。みんなにも、そう言っといてよォ♪」と、ツボネエ。
「なんの騒ぎだッ!」と、見当はついているが、一応、訊いてみる俺。
「一週間経ったっけーぇ?!
間抜けたちの死骸か、それか、オンボロ丸の残骸が、打ち上げられたんじゃない?
あのこたちの餌場に……。
だって、なんかあいつら、不満タラタラだから。
死骸は食べないって、言ってたよねぇ?
あれ、ハヤブサさんだったよねぇ?
スピアアの兄貴の秘密基地で……送別会のときだったっけーぇ??」
……と、一応、{応|こた}えた感じで言い返すツボネエ。
《 ツボネエ流、会心の肩車! 》
(まったく、世話が焼けるというか、いつも{傍|はた}迷惑というか……)と、{何気|なにげ}に思っていると、まさにそのとき、矢庭にツボネエが、言った。
「ねぇ。
肩車してよォ!
だって、アタイの背丈じゃ、見えないんだもーん♪」
普通、肩車という伝統作法は、首の芯にケツの穴を据えて、両肩に{臀部|でんぶ}が乗る形をとる。だが、コイツの場合、肩に乗るのは尻ではなく、足の裏だッ! しかも今の状況から推察するに、俺の肩に乗るのは、土足!
本当に{何某|なにがし}か、岸に打ち上がった残骸を早く見たいのなら、鳥たちが騒いでいる岸辺のほうに歩いて行けば済む……それだけの話だ。それを、「肩車せい!」ということは、ただ、遊びたいだけなのだ。
確かに、アイツがまだ闘病生活だったころには、そうやってよく遊んでやったものだが、そのころはまだ、少なくとも今よりは軽かったし、それより何より、しおらしいというか、いじらしいというか、どことなく愛らしいところがあって……なので、まるで妹であるかのように可愛がっていたのだ。
それが今は……どうよッ!
《 張り付け獄門って、なーんじゃそりゃ! 》
「ねぇ、ねぇ。ムローも、見えてるーぅ??」と、ツボネエ。
頭上の中心一帯は、純白の雲で覆われている。
(早く、恥じらう年頃になってもらいたいものだ……)と、思う俺。
「あういうのってさァ。〈張り付け獄門〉っていうんでしょ? ねぇねぇ……」と、ツボネエ。
(ハリツケゴクモン? そんな言葉、あったけーぇ?? でも、どうなってるんだァ? どうも、気になる……)と、思う俺。
するとまた、矢庭にツボネエが、言った。
「見えてるのォ? 見えてないのォ? パンツばっかり見てないでさァ、前を見ようよッ!」
{仰|おっしゃ}るとおりである。
起立前進……海岸の岩場を、少女を肩に立たせたまま、ゆっくり登り、ゆっくり{跨|また}ぎ、目的地を目指した。
{嗚呼|ああ}……敵艦見ゆ!
ここで、描写を試みる。
岸辺の岩間から垣間見れる、オンボロ漁船の船尾。見事にでんぐり返って、船底が、{天照大神|アマテラスオオミカミ}を仰いでいる。
その船底の裂け目から、少年が一人、腕と頭だけを外に投げ出して、死んでいる……。
(ぅーんッ? その岩間の先で、ハリツケゴクモン? 船底で張り付けになって{獄門|ごくもん}……首を晒されて死んでる少年が、そこにも一人{居|い}るってことかーァ?? 有り得ん!)と、思う俺。
そもそも、獄門ということは、その前に打ち首にならねば、獄門に処すことは出来んだろッ! ……てか、そっちの*そもそも*は、どうでもいい。
元い、そもそも……。
船というものは、難破して岸辺に打ち上げられる場合、大概は、横倒しと呼ばれる状態で横たわっているものではないだろうか。{何故|なにゆえ}に、こんなに見事にでんぐり返っているのだろう。
いくら描写が正しくても、判断を誤れば、意味がない!
《 死骸風生命体A 》
そんな無意味な描写をしていると、ツボネエが、言った。
「ねぇ! 降ろしてよォ。先ずは水。食いもんは、そのあとで大丈夫みたい。聞こえたでしょ? スピアの兄貴の声……」
血迷っても、「聞こえなかった」とは、言えない。ツボネエの論によると、その死骸風生命体は、{斯|こ}う言っているそうだ。
「眠い。{体中|からだじゅう}が、痛い。腹へったーァ!!」
ほどなく、その不可思議な生命体に、谷川から海に注がれている無色透明の水が、{供|きょう}さられた。そのときのツボネエの迅速な動きは、まるで野戦病院で走り回る{乙女子|おとめご}の看護師といった感じだった。
荷を下ろした俺は、その{間|かん}に、{猶|なお}もゆっくりと、歩を進めた。そこでやっと、描写によって〈船底〉と判断された難破船の全容が、姿を現す。
死骸風生命体Aの後方……舵輪の支柱にロープで{縛|しば}られた死骸風生命体Bが、逆エビ{反|ぞ}り返って、天を仰いでいる。ここでやっと、正しい描写が、真実に辿り着く。
岩間から垣間見えていたのは、船底なんかじゃない。{後甲板|こうかんぱん}だァ!
死骸風生命体Aが頭と腕を出していたところは、船底の裂け目なんかじゃない。カーゴハッチの上げ{蓋|ぶた}が{打|ぶ}っ飛んで、更に破壊された船倉の出入口……{奴|やつ}らの後裔記によれば、そこは、トモ間の{上甲板|じょうかんぱん}だッ!
まるで初夏を思わせるような、初春の陽気……。
死骸風生命体Aが、言った(らしい……)。
「寒い!」
ツボネエの解説によると、服がズブ濡れで、「寒い」と訴えているらしい。谷川の聖水を口に注がれて、一つ願いが叶ったから、また他の願いを思い出したって感じなんだなと、思った。
まァ、タヌキやウリ坊と会話ができる奴だ。ツボネエという新種の少女と無言の会話が出来ても、なんら不思議はない。その新種のツボネエの説明によると、スピアは、{斯|こ}う言って、また眠りこけてしまったらしい。
「寝違えたんだか、叩きつけられたんだか、からだじゅうが、痛い。壁だか床だか知らないけど、すべてが{撓|たわ}んで見える。空が見えているところが、上げ蓋があったところだと、判った。
這い上がって外の空気を吸い込むと、それは、温かかった。だのに、からだは、寒い。おかしいなぁ……。そこでやっと、服がズブ濡れになっていることに、気づく。
入れ替わり立ち代わり見物にやってくる鳥たちは、どいつもこいつも、新顔ばかりだ。しかも、『ホケ・カウ・ミャー・ヨヨ……』って、どうにも騒々しい。だのに、無性に眠い。
ここが、どこの世なのか、〈この〉なのか、〈あの〉なのか……。どっちの世なのか、正直、まだよく判らない。空腹でも眠れる極限の時間が、あの世から迎えに来る。そしてぼくを、永遠の過去へと、連れ去ろうとしている。
騒々しいい初対面のあいつらだって、ぼくが死骸になる前に、どうにかして食べたいって思っているはずだ。ここに住まってる鳥さんたちは、みんな、食うにも困るほどの、貧乏らしい。
このあと、ぼくの物語は、あの世へと続く……」
《 ツボネエの母乳! 》
解説が終わったあと、続けてツボネエが、斯う言った。
「アタイ、母乳が出ればいいのになーァ♪ だってさァ。赤ちゃんって、母乳で育つんでしょ? だったら、飲み水にもなるし、食いもんにもなる。こういうのって、一石二鳥っていうんでしょ?
ねぇねぇ、ムローってばーァ!! 聴いてるーぅ??」
女のオッパイの話で、最大級に面倒臭い女の顔が、二つ……脳裏に、浮かび上がった。そのうちの一つが、死骸風生命体Aの{足下|そっか}で、出番を待っている……。
そして俺は、やっとツボネエに、指示を出した。
「おまえの乳は{兎|と}も{角|かく}、トモ間で死骸宜しく引っくり返ってる二人にも、聖水を飲ませてやれ。
俺は、ハリツケゴクモンの未確認生命体を縛ってるロープを{解|ほど}いてるから、トモ間の水{遣|や}りが済んだら、*ゴクモン*のほうにも、聖水を飲ませてやってくれッ!」
すると、ツボネエが、大きく{頷|うなず}くと同時に、斯う言った。
「運び出すんでしょ? 潮が満ちたら、流されちゃうかもなんだよねぇ?」
(女っていう{種|しゅ}は、{何故|なぜ}にこうも、いつも正しいのだァ!)と、思う俺……が、応えて斯う言った。
「目を覚ましたら、連れ出す。人間は、眠っているときと死んでいるときは、重いからなッ!」……と。
何もかもが、無情に、この世のすべての義理を巻き込みながら、過去へと、運び去られてゆく。
それが、この世で生きる者たちの、定めなのだ。
_/_/_/ 要領よく、このメルマガを読んでいただくために……。
Ver.,1 Rev.,8
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