MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

東亜学纂学級文庫

『息恒循』を学ぶ

一学99 ミワラ<美童>の然修録 R3.7.11(日) 朝7時配信

#### 一学ワタテツ「〈考える〉という驚異の能力! その{機巧|からくり}を知りたい」然修録 ####

 『〈考える〉という能力。実は、どんな機巧なのか』 《〈考える〉は、四つのステージで暗躍する》《脳波は、神様が発明したコンピューターだッ!》《人は、肉体の生い立ちを語りたがる。では、脳は?》
   門人学年 ワタテツ 青循令{猛牛|もうぎゅう}

 一つ、学ぶ。

      **{主題と題材と動機|モチーフ}**

   《 {主題|テーマ} 》

 〈考える〉という能力。実は、どんな機巧なのか。 
 
   《 その{題材|サブジェクト} 》

 〈考える〉は、四つのステージで暗躍する。
 脳波は、神様が発明したコンピューターだッ!
 人は、肉体の生い立ちを語りたがる。では、脳は?

   《 この主題と題材を選んだ{動機|モーティブ} 》

 オオカミの後裔記……「船長の選択」の段落を読んでいて、{何気|なにげ}に思ったことがある。
 ザペングール島の、おねえさん先生は、考えることによって、オオカミたち四人の命を、救った。
 (生きたい)、(救ってあげたい)という思いは、ジジサマも、当の四人も、おねえさん先生と、なんら変わるところは無かったはずだ。
 だのに、実際に四人の命を救ったのは、おねえさん先生の〈考え〉のみだった。
 何が違うのかッ! 何が、違っていたのかッ!
 {何故|なぜ}、考えることに、そんな、実際の行動をも{凌|しの}ぐような、驚異の能力が、秘められていたのか……。
 どうにも、わからーん!! 

      **題材の{講釈|レクチャー}**

   《 〈考える〉は、四つのステージで暗躍する 》

 禅僧は、坐禅をして無念無想になるそうだが、それは、よほどの修行の結果である。目を開けようが閉じようが、次から次へと、雑念が浮かんでくる。{挙句|あげく}は、眠くなる。
 爆睡! ここでやっと、無念無想……(ポリポリ)みたいな。
 かと思えば、夢の中で、また、バカなことを考えている……だけならまだしも、冷や汗をかいたり、怒鳴ったり、{空|くう}を蹴飛ばしたりもする!
 寝ても覚めても、考えている……夢を見るということは、考えるということーォ?! 鳥や{獣|けもの}も、夢を見るという。犬や猫が寝言らしきことを言うのは、周知の事実。と、いうことは、鳥や獣たちも、人間と同様、何かを考えているぅ?
 だとすると、「人間は、考える動物である」は、誤り?
 正しくは、「人間は、動物であるから、考える」?

 では、その正解を、求めよう♪
 「動物は、考える。人間は、言葉を使て考えることも、できる」
 ……と、これが、正解だ。
 その証拠に、人間は、夢の中で本を読んだり、人と対話をしたり、天才と呼ばれる人たちに到っては、夢の中で発明をしたり新しいことを発想したりまでやってしまう。と、いうことは、夢の中で、目覚めているとき以上に、猛烈に考えているということだ。
 そこで、整理してみると……。

   【覚醒ステージ】
 顕在意識。
 意識レベルは、強い。
 言葉で考える。
 因果関係を、言葉で説明できる。
 〈人〉

   【ぼんやりステージ】
 半顕在意識+半潜在意識
 意識レベルは、弱い。
 {為|な}すがまま、取り留めも無く考えている。
 妄想。
 〈人〉〈犬・猫・猿〉

   【夢のステージ】
 潜在意識。
 意識レベルは、微弱。
 好き勝手に{心象|イメージ}が湧いて出てくる。
 ただ引きずられるのみ。
 〈人〉〈犬・猫・猿〉〈鳥・獣〉

   【睡眠ステージ】
 無意識。
 意識レベルは、不通。
 考えない。
 ただ、生きているのみ。
 〈人〉〈犬・猫・猿〉〈鳥・獣〉〈虫〉
 
 覚醒ステージの〈言葉で考える。因果関係を、言葉で説明できる〉を、一つの文に{纏|まと}めると、〈言葉を使って、因果的に物事を考え出す〉と、相成る。
 ボケーッとしていたのに、ハッとして、またシャキッとして仕事をしはじめるなんていう情動は、正に、この言葉によって、因果的に意識を取り戻したと言える。
 かと思えばまた、上司のこととか、彼女のこととか、妄想がはじまって、また締まりの無い顔になって、ボンヤリしているうちに、到頭、うつらうつらと、眠くなってしまう。
 ここのところ、〈{莫|まく}妄想〉が、何度も主題を飾っていたようだけれども、そもそも動物とは、妄想する生きものなのだ。なので、生物学的にも、自然の摂理から観ても、妄想しないなんてことは、土台無理な話なのだ。

 もし、人間から妄想を取り去れば、発明も、新たな発想もない。妄想を取り去られた人間は、「そこに{居|い}る」とは言わず、「そこに置いて{在|あ}る」と、言うべきなのかもしれない。
 人間は、自らその〈置いて在るもの〉にはなれなかったけれども、それを造ることには、成功した。
 それが、コンピューターだッ!

   《 脳波は、神様が発明したコンピューターだッ! 》

   【カッ飛びステージ】
 {ガンマー|γ}型 30ー50{ヘルツ|HZ}
 感情は、過度の興奮状態(……{昴進|こうしん})。
 知的な活動も、過度の緊張!

   【覚醒ステージ】
 {ベータ|β}型 20ー30HZ
 感情は、興奮状態。
 知的な活動は、そこそこ緊張。 

   【ぼんやりステージ】
 {アルファー|α}型
 (1)10ー13HZ
  感情は、安静(閉眼)な状態。
  知的な活動は、ごく平凡。
 (2)7ー9HZ
  感情は、変化なく安定(恒常的)。
  知的活動は、まあどうにか適度。
  頭は休んでいるので、常識外れなことも考える。
  半面、斬新なアイデアも、思いつき易い。

   【夢のステージ】
 {シーター|θ}型 6ー7HZ
 感情は、{眠気|ねむけ}と疲労感。
 知的活動は、やや低下。
 
   【睡眠ステージ】
 {デルター|δ}型
 (1)4ー6HZ
  感情は、入眠状態。
  知的な活動は、かなり低下。
 (2)1HZ……1秒間に1回振動(波の山が1つ)
  感情は、完全睡眠状態。
  熟睡……無意識。
  知的活動は、{殆|ほとん}ど低下。
  産まれたばかりの赤ん坊と同じ。
  空腹や接触に、機械的に反応するのみ。

 (無意識と言っておきながら、刺激に反応するぅ?)と、ここに納得がいかない人は、多かろうと思う。
 頭脳が働く……脳波数が変化すること。
 ……と、それ以前に、ただ生きていることを、{掌|つかさど}るものがある。
 {即|すなわ}ち、それが、〈命〉というもの。
 なので、頭脳が〈考える〉ことをしなくても、赤ちゃんは、腹が減れば泣くし、手を突っつけば、反応して動く。
 つまり、脳ミソ……脳髄は、〈刺激や内的な変化〉→〈命〉→〈反応〉という機能を、脳波に関係なく、持っているのだ。

 その機能とは……。
 (1){感覚器官|リセプター}に、刺激が与えられる。
 (2)これを、電気信号に変えて、〈命〉に送る。
 (3)この信号が、{予|あらかじ}め組み込まれているプログラムに{順|したが}って、生きるために最適な反応が、選択される。  (4)それを、電気信号の指令に変えて、{行動器官|アクセプター}に送る。
 (5)反応の行動を、起こす。

 この、一連の働きのことを、〈本能〉と呼ぶ。
 どうだろう……何かと、そっくりではないかッ!
 そう、コンピューター!!
 太古、その*本能*という名のプログラムの詳細設計をしたシステムエンジニアは、言わずもがな……人間ではない。
 神様!
 {嗚呼|ああ}、恐るべし!
 
   《 人は、肉体の生い立ちを語りたがる。では、脳は? 》

 さて、この本能というプログラム……赤ちゃんは、その誕生の直後から、自ら、猛勉強をはじめる。
 無論、まだ言葉を知らないわけなので、その勉強の方法は、外からの刺激や、身体の中の変化を、先ずは感じるしかない。それによって、{心の中に映し出された象|イメージ}が、頭脳に浮かんでくる。
 このイメージが、頭脳に記憶される。すると、何か新しい環境に遭遇したときに、その記憶の中から自動的に、必要と思われるイメージが、呼び起こされる。それを参考にして、適切な行動器官に、指示の電気信号が、送られる。
 この段階では、まだ鳥や{獣|けもの}と同じだ。なので、ここまでの機能を、〈脳の動物系〉と呼ぶ。
 また同時に、本能として、過去の記憶から、自動的に最適な体験を選択して、その時々の行動に役立たせる{訳|わけ}だから、これを、〈直観〉ともいう。

 直接、イメージを*観る*から、直観。
 〈命〉が直接刺激を感じて反応するほうは、*直感*と呼ぶ。

 で、いよいよ、人間だけが持つ能力……言葉の登場だ。
 右脳をフル稼働させながら、イメージを記憶しては、また引っ張り出すという、鳥や獣と同じ能力だけで、猛勉強をはじめた赤ちゃん……。
 次は、「これ、なぁにーぃ?? あれ、なぁにーぃ??」と、質問攻めが、はじまる。これは、その呼び名が知りたい……というより、記憶しているイメージの一つひとつの物や人に付いている名前を、訊き出そうとしていると言ったほうが、近いかもしれない。これは、一転して、左脳の仕事となる。
 こうして、外部から教えられたり学んだりした言葉を、内部のイメージの一つひとつと結びつけてゆく。この、内部の人や物と結びついた「マンマ」とか「ワンワン」とか「乳首」とかいった言葉のことを、〈バロール〉と呼ぶ。
 また、まだこの段階では、記憶されているイメージの中の物や人は、互いになんの因果関係もなく、ただ{発生した一連の処理|トランザクション}に{順|したが}って、{法則性もなく|ランダムに}散らかっているだけだ。
 これを、〈空間配置型〉の記憶といい、イメージの記憶が、これに当たる。

 ここで、{躾|しつけ}に{於|お}ける、我が子の右脳と左脳の活用法について、説明する。
 沸騰しているヤカンを、触ろうとする。
 手を、パチンと、叩く……右脳が、働く……イメージが、記憶される……「いけません!」と言って、{叱|しか}る……左脳が働く……言葉が、イメージと結びつく。
 こうやって学習した我が子は、次からは、「いけません!」と言っただけで、出しかけた手を、引っ込める。
 「それくらいのことなら、うちのワンちゃんにだって、出来るわよォ!」という、反論じみた言葉も聞こえてくるが、この段階では、まァ、その通りである。

 ところが、恐るべし赤ちゃん!
 三歳ごろから突然、「これ、なぁにーぃ??」の質問が、一転して、「{何故|なぜ}ーぇ??」とか、「どうしてーぇ??」の質問攻めに、大転換される。
 これを、〈論理思考〉という。
 やっとここからが、人間特有の、能力だッ♪
 イメージと言葉の記憶以外に、その因果関係も、記憶したいと思うようになる。
 何故なら、その因果関係を記憶しておけば、将来何かが起きたときに、その事象が、周りにどんな影響を及ぼすかを類推したり、その次に何が起こるかを予測したりすることが、できるからだ。

 この卓越した能力、素晴らしい能力は、大事な〈命〉を{護|まも}りたいという強い願望と、そのための燃えるような情熱によって、進化を果たし得たものなのかもしれない。
 こうなってくると、最も大事なことは、記憶の中から、どの言葉を引き出すかに{懸|か}かってくる。この、脳の記憶の中の言葉と、それを選び出す脳の働きを合わせて、〈脳の言語系〉と呼ぶ。
 書を読んで、先人偉人の語録に感憤して、己の行動に活かすということも、この、〈脳の言語系〉が、為せる技なのだァ♪
 
      **{蛇足|スーパーフルーイティ}**

 人間に生まれて、光栄に思う。
 牛くんやカナブンたちのぶんまで、一所懸命、〈考える〉ことに精進したいと思う。 
 
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Ver.,1 Rev.,8
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