MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

東亜学纂学級文庫

『息恒循』を学ぶ

一学100 ミワラ<美童>の然修録 R3.7.18(日) 朝7時配信

#### 一学マザメ「忙しくしていると、無能者に{観|み}られてしまう。{何故|なぜ}か」然修録 ####


 『無能者は、忙しい。何故か!』 《余裕がないから、忙しいと言う》《貧乏暇なしでも、忙しくはない》《超多忙な大臣は、博士にもなる》《戦火の陣中でも、文武両道成る》《闘病でも、〈忙しい〉を掛け持ちする》
   学徒学年 マザメ 少循令{悪狼|あくろう}

 一つ、学ぶ。

      **{主題と題材と動機|モチーフ}**

   《 {主題|テーマ} 》

 無能者は、忙しい。何故か! 
 
   《 その{題材|サブジェクト} 》

 余裕がないから、忙しいと言う。
 貧乏暇なしでも、忙しくはない。
 超多忙な大臣は、博士にもなる。
 戦火の陣中でも、文武両道成る。
 闘病でも、〈忙しい〉を掛け持ちする。

   《 この主題と題材を選んだ{動機|モーティブ} 》

 ここのところ、あたいらは、忙しかった。
 ふと、ウリ坊の大努力を、思い出す。
 言わずもがな、スピアの後裔記。
 ウリ坊がやっていた大努力とは、息恒循でいうところの{内努|うちゆめ}……恒令の三番目、火曜日だ。
 その内努のなかに、{斯|こ}うある。
 「他者が寝るところは半分にし、他者が食うところは半分にする」と。
 同じ寝るところや食うところが半分でも、努力している人は、有能と言われ、忙しくしている人は、無能者に観られてしまう。
 内努のなかに、斯うもある。
 「研究によって己の美質を発見し、能力を発揮する」と。
 なるほど、確かに、有能だ。
 では、〈忙しい〉のほうはというと、〈心を{亡|なく}くす〉と書く。心=脳……なるほど、確かに、*無脳*だッ!
 寺学舎の座学では、{字面|じづら}だけを追うことを、{諫|いさ}めていた。これも、当時誰かが、然修録か後裔記に書いていたと思う。
 〈忙〉の文字の意味ではなく、〈忙しい〉という言葉が、本当に意味しているものとは、一体全体、なんなのか……。 

      **題材の{講釈|レクチャー}**

   《 余裕がないから、忙しいと言う 》

 悩みごとの一つに、〈忙しい〉というのがある。
 この言葉、恥ずかしい悩みごとのはずなのに、なんと!よく耳にすることか。
 「忙しくて、勉強する{暇|ひま}がない!」……と、猫も杓子も、{二言|ふたこと}目には、「忙しい」「忙しい」だ。
 江戸後期の世情を伝える書によく出て来る人物の一人に、佐藤一斉がいる。一七七二~一八五九。
 儒学者で、幕府の儒官を務めた。郷里は、{美濃|みの}岩村藩(岐阜県岩村町)。漢文の経書に訓点を{施|ほどこ}した人物としても有名。返り点、送り仮名、振り仮名を付けて、あたいら子どもでも、直ぐに読めるようにしてくれた、大発明家!
 これ、世にいう*一斉点*。
 その門弟も、渡辺崋山や佐久間象山と、{錚錚|そうそう}たる顔ぶれだ。

 その一斉先生が、故郷の岩村藩のために、なんと! 憲法を作った。『重職心得箇条』が、それ。
 そのなかに、{斯|こ}うある。
 「重職たるものは、{如何|いか}ほど忙しくとも、忙しいと言はぬがよきなり」
 これを、分解して説くと……。
 「忙しいと言うな。
 心に随分な余裕を持たねば、難題や大事を取り計らうことなどできぬ。
 つまらぬこと、余計なことまで、すべて自分でやり過ぎてしまうから、暇が無くなる。
 {故|ゆえ}に、肝心なときに、対処する暇が無い。
 {終|しま}いには、『忙しやーァ!!』と、きたもんだッ!」

   《 貧乏暇なしでも、忙しくはない 》

 そんな重職の心構えが無くても、どんなに忙しくても……{即|すなわ}ち、暇が無くても、たとえ、どんなに貧しくても、*これ*一つさえ持っていれば、随分な大事、相当な大業を、成すことができる。
 *これ*ってーぇ?!
 **志**だ。

 幕末の歴史家で、飯田{黙叟|もくそう}という人物がいた。十六歳の貧乏少年だったころ、水戸の光國卿が書いた『大日本史』を読んで、感奮!
 大人になっても貧乏で、勤王の志を持ちながら、昼は有栖川宮家などに仕え、夜は父親の面倒に付き合うという、まさに、貧乏暇なしの多忙な日々……のなかで、なんと! 独力で、名高い『日本野史』全二九一巻を、完成させる。
 この黙叟先生も、勝海舟と同様、本を買う金などなく、『大日本史』を二冊づつ借りては書き写し、それを参考資料として、南北朝までを学んだ。『大日本史』は、その南北朝の時代で、終わっている。
 そこで、貧乏サラリーマンの黙叟青年! 『大日本史』の跡を継いで、近代史の叙述を、はじめる。これが、『日本野史』全二九一巻が、*名高い*と称される{所以|ゆえん}だ。

 「貧乏暇なしなんで、すいまへーん!!」……なんて言い{訳|わけ}、恥ずかしくて、口が裂けても言えないっしょ!

   《 超多忙な大臣は、博士にもなる 》

 明治維新前後の一八〇〇年代、イギリスの政治家も、凄かった!
 世界一多忙な大臣と言われた、エドワード・リットン卿。今風に呼ぶと、植民地担当大臣。仕事柄もあってか、大の旅行家。しかも、なんと、作家! その著作は、数十巻に及ぶ。
 同じくこの時代、多忙な大臣と言えば、やはり外務大臣。その、エドワード・グレー卿。
 この超多忙な政治家生活のなか、{蛙|カエル}の*研究*で一*家*を成し、小鳥の研究でも、名を成した。
 アメリカのテオドル・ルーズベルト大統領を迎えて、ロンドン郊外の森を散歩しながら、小鳥の生態や鳴き声を、事細かに説明したという。これには、当代世界中の政治家たちを、{床|ゆかし}がらせたそうだ。

   《 戦火の陣中でも、文武両道成る 》

 「忙しくて、勉強する{暇|ひま}がない!」という有名な言い訳を、最初のほうで紹介したけれど……。
 安土桃山時代から江戸時代にかけて……{所謂|いわゆる}、戦国の世。これまた多忙、直江山城主、直江兼続。多忙な戦火の{最中|さなか}、『古文{真宝|しんぽう}』上下二巻を、写本。しかも、細かい註釈の数々まで、実に丹念に書き写してある。更に、末尾に、斯うある。
 「対陣三越月にして成る」……と。
 戦乱渦中最前線の敵前陣中にて、三か月で写し取ったのだという。まったく、どんなに忙しくても、どんなに暇が無くても、勉強とは、どんなときにでも、どんなところでも、出来るものなのだ。
 
   《 闘病でも、〈忙しい〉を掛け持ちする 》

 はい♪ 闘病で超多忙と言えば、寺学舎の座学でお馴染み、陽明先生こと、王陽明。
 病躯を引きずって、将軍として内乱地を転々。その最中、真剣な読書、学問、教育、詩作、論述に絶え間が無い。その先生を追っ駆ける弟子たち……。
 一日の戦闘を終えると、夜営の{帷幕|いばく}……所謂作戦本部の中で、{篝火|かがりび}を燃やして、そこで書物を題材にして、弟子たちに講義を行った。
 弟子たちも、ヘトヘト。明朝、やっとのことで目を覚ますと、なんと、陽明先生! 既に、前線に進軍中……。
 
      **{蛇足|スーパーフルーイティ}**

 兵士たちは、戦局が厳しくなるに{順|したが}って、徐々に、小説とか新聞雑誌などの{紛|まぎ}らわしの読書から、哲学や原始仏教などの、真剣な読書へと変わっていくのだそうだ。
 生死を{賭|か}けた{窮地|きゅうち}に追い込まれると、本当に命のこもった、尊い本でなければ、納まらない……即ち、身にこたえないということだ。
 登山や単独太平洋横断なんかも、その手記の中に、同様の体験が綴られていることが多いそうだ。
 人間、動き回ると、腹が減る。腹が減れば、食欲が出る。同様に、多忙になると、却って求道心が旺盛になり、頭脳が、躍動する。
 なーんだァ……多忙、最高じゃん♪
 健康も要らない、富裕も要らない、才能も要らない、暇も要らない。それら{何|いず}れも、真剣な学問、求道、大成に、なんら一切、影響なし。
 故に、多忙、おおいに結構!

 ところで、決死の船出の前夜、オオカミ船長は、『ONEPIECE』を読んでいた。
 真剣な眼差しで……なんか微妙に、理解できるあたい♪
 
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Ver.,1 Rev.,8
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