#### ツボネエの実学紀行「借り物。スピアのコトバ記憶と婆さんの醤油」{後裔記|114} ####
《スピアの兄貴のスーパー記憶術に、頼れーぇ♪》《醤油、貸しに来た婆ちゃん……誰よッ!》
少女学年 ツボネエ 齢8
体得、その言行に恥ずるなかりしか。
《 スピアの兄貴のスーパー記憶術に、頼れーぇ♪ 》
どういうことかと申しますと、アタクシ、このエリート技師に{纏|まつ}わる話、スーパー苦手分野なのでありんすゥ!
人間、理解できないことは、記憶もできない。{何故|なぜ}なら、人間は、{言葉|コトバ}で記憶して、そのコトバを、{実際の事象|モチーフ}と、結びつけるからであります。
なので、この節の小難しい話は、小難しい話が得意分野のスピアの兄貴が、そのコトバ記憶と結びついたモチーフを{諳|そら}んじながら、解説を加えて話して聞かせてくれた内容なのであります。
以下、「スピアの兄貴のスーパー・コトバ記憶」の巻ーぃ♪
居並ぶワークステーション様に、ただ一人立ち向かう*おにいさん*エリート技師!
息恒循の伝霊は、{烈徒|れっと}。午前7時から午後6時までは、烈士が{如|ごと}く{学|がく}する{徒侍|かちざむらい}であらねばならない。{是|これ}、{所謂|いわゆる}実学!
ジジッチョほか、ぼくら十六名の{子等|こら}どもは、〈おにいさん技師〉さんの後ろ姿に無言の別れを告げて、各々の興味に{順|したが}って、それなりの学の配置に就いた。
無論、ジジッチョは、学のみならず、{生業|なりわい}の伝霊(心が営む時間)でもある。
昼どきを過ぎてのこと。{況|いわん}や!
食堂でランチを済ませたぼくら子等ども(+爺さん、{一|ひと})は、峠の歩学と銭湯での座学の時間だ。
誰に言われるでも誘われるでもなく、{俄|にわ}かに総員集合の様相……そのときだった。
片手にアンパン、片手にビター(正確には、カカオ86%)のチョコレートという{出|い}で立ちで、薄暗い密室の主……例の若いエリート・エンジニアが、その丸裸の{体|てい}を、自ら白日の下に{晒|さら}すかのように、まったくの自然体で、青空の下にその姿を現した。
同じ*おにいさん*でも、ヒノーモロー島の幽霊のおにいさんとは、その扱いを異としている……様子、たぶん。
で、その技師のおにいさんが、言った。
「技師長さァ。(モグモグ♪)……あの{艀|はしけ}に燃料の石炭を積んで、{曳|ひ}かせるつもりじゃないでしょうねぇ、まさか!
……ですよねぇ♪
アイツ、{上架|じょうか}して、四つの面に一つずつ、覗き窓を付けてください。試験水槽が欲しいんです。
宜しくお願いします……ペコリ(海軍で言うところの、五度の敬礼!)」
ジジッチョ、無言……(ポカン!)。
続けて、技師のおにいさん。
「タンクテスト用の水槽が、必要なんです。あの艀、中を洗浄して、海水を張ってください。水槽試験が終わったら、押し船の{船首|バウ}にフィットするようなバージに……改造、お願いしますね。
これからぼくは、模型を作ります。ズングリ丸を改造した押し船と、そのバージです。それで、水槽試験をやります。基本となる直立直進状態での抵抗試験。そして、その抵抗値だけでなく、造波の様子も、解析してゆきます」
少しの間。
「押すんかい!」と、技師長のジジッチョ。小さな声。
「やっぱ、曳こうとしてたんですねーぇ?!
でも、考えてもみてください。未知の海で、ド未熟の船長が操る曳き船から、長くながーく、曳航ロープを延ばし、石炭の{塊|かたまり}を積んだ鉄の塊のバージを、エッチラコンコンと{漕|こ}いだら、どうなると思いますぅ?
定置網を破りまくりぃの、海難事故を起こしまくりぃので、文明人たちの保安の巡視船に{拿捕|だほ}されて、ハイ! さいならッすよォ♪
でも、押し船なら、万が一危険なときでも、押し船の行き足を止めるだけで、バージと縁を切ることができます。そのあと、見放されたバージが、もし岩に激突したところで、それくらいで壊れるような{軟|やわ}なヤツじゃありません。
砂浜に打ち上げられたとしても、このパワーモリモリの蒸気エンジンを積んだズングリ丸で曳いてやれば、簡単に海面へと引っ張り出せることでしょう。
船長も船員も、ド未熟なんですから、そこを考えてあげないと、ダメダメですよォ♪」
「ドミジュクーぅ?? いいじゃん! それ♪」と、独り{言|ご}ちる、アタイ。そして、ジジッチョが、言った。
「確かに……。
こいつは、船舶専用の、商用推進力エンジンじゃ。過酷な条件下で大きな負荷をかけられても、しっかり{応|こた}えてくれる、{優|すぐ}れもんじゃ。舶来品なのが、悔しいところじゃがなッ!
それはそうと、ズングリ丸のバウの修理と改造……どうしたもんかなァ……」
すると、技師のおにいさん、その問いを、待っていたかのように、自信ありげに、{斯|こ}う答えた。
「問題は、そこ。バウの改造です。
ぼくの回答を待っている間、技師長たちは、採炭用の方位探索計器を、ズングリ丸に移植してやっといてほしいんです。方位の保針が、重要なんです。
ドミジュクの船長には、三点航法のマニュアルを、作っておきます。方探の計測機器が役に立つのは、{灘|なだ}のような、だだっ広い海域です。群島の海域に入ったら、三点航法のほうが、手っ取り早くて、確実です。
ぼくらの{コオ島|Coal ジマ}から、ドミジュクの航海術でも漂着できそうな島は、クラースメン島です。正確には、クラースメン群島ですけど。そこが、彼らの、最後の……というか、{最期|さいご}かもしれない、再会の島となるかもしれませんが……。
そう、文明エスノのアジトがある、あの島です。(そんな島に、自然エスノのミワラが、疎開なんかするはずないじゃんかァ!)って、君らは思うかもしれないけど……でも、考えてもみなよッ!
必ずしも、自分の意志で、目的地に{辿|たど}り着くとは、限らない。そもそも、疎開先の島は、君ら六名が、各々自ら目的地として選んだ場所ではないんだし、{況|ま}してや、君ら四名のように、難破して、誰の意思でもない未知の島に漂着してしまうことだって、あるんだからねぇ♪
本部の艀運用課に、ぼくの大学の同期で、海軍肌の{奴|やっこ}さんが{居|い}るんですけど、そいつ、個人的な趣味で、護衛艦に積んでありそうな元祖!羅針盤と、海図もいっぱい、持ってるんです。
ドミジュク君でも扱えそうな羅針盤と海図を、ぼくらがチョイスして、用立てておきましょう。
技師長は、航海計器に代用できそうな採炭計器を、用立ててあげてください。
じゃあ、ぼく、行きますねぇ♪」
若いエンジニアは、そう言い終わると、片手にまだ残っている食べかけのアンパンを、{頬張|ほおば}った。
その後ろ姿、なんかひょうきんで、{何故|なぜ}か、憎めない。
以上……みたいな(ポリポリ)。
なんか、{生|なま}で聞くより、スピアの兄貴が、記憶の語録を諳んじてくれるのを聴いたほうが、面白い♪
興味が、{湧|わ}く。理解も、できる。
でも、アタイの*コトバ記憶*には、ならない。
みたいな……(アセアセ)。
《 醤油、貸しに来た婆ちゃん……誰よッ! 》
ひとッ{風呂|ぷろ}浴びて、夕暮れ近づく長屋の端っちょ……。
マザメのねーさんが、言った。
「森、行くわよッ!」
「これからーァ?!」と、サギッチ。
「海だなッ♪」と、オオカミ先輩。
「どうしても出かけるんなら、アタイ、食堂がいい♪」と、アタイ。
すると、スピアの兄貴。
「ぼく、醤油、借りてくる」
「なんでさッ!」と、マザメのねーさん。
「どこでよッ!」と、オオカミ先輩。
「たまには、まともな夕飯も、罪じゃない。
食堂に行って、{恵|めぐ}んでもらう前に皿洗いでもすれば、交渉を省略して、恵みの夕飯にありつけるやもしれぬ。……たぶん」と、これは、ムロー仙人!
「ムローさァ。お{腹|なか}、すいてんのーォ?!」と、アタイ。
ムロー学師、反応なし。
すると、またというか、続けてというか、スピアの兄貴が、言った。
「さっきさァ。いつもの小川で、アイツらが、遊んでたんだ。いつものように、アマガエル様と、鬼ごっこをして……。
ガキッチョは、見かけなかったけど、九人も{居|い}れば、誰か一人くらい、醤油、貸してくれるよッ♪」
「醤油ごはんだなッ♪
米は、ある。塩と{山椒|さんしょう}も、ある。
あとは、醤油だけだ。
スピア、{励|はげ}め!」……と、これも、ムロー。
「あのさァ。貸してもらうってことは、借りるってことだよねぇ? 返すんかい! 醤油……」と、マザメ先輩。
……と、そのときだった。
「さすがは、女の子だねぇ。その気の回し方、あたしゃ好きだね。あんた、名前は、なんていうんだい?」
誰? 老婆の声。振り返ると、老婆の姿!
その老婆が、続けて言った。
「返さんでも、いいがァ♪ 遠慮せんと、使いんさい!」
見ると、その婆ちゃん、醤油差しの小瓶を左手で持ち上げて、その腕をを上下に上げたり下ろしたりしながら、ゆっくりと左右にも{揺|ゆ}らし揺らし、何故か、{微笑|ほほえ}んでいる。
その婆ちゃん、ほどなく、一間しかない座敷に上がり込んで、べべちゃんこ……これ、{所謂|いわゆる}正座。
みな、無言。
少しの、間。
マザメ先輩が、婆ちゃんに応えて、言った。
「自然エスノ。寺学舎中退。ムロー学級のミワラ。少循令{悪狼|あくろう}。人呼んで、魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}。マザメだッ!」
婆ちゃんが、言った。
「そうかい。気が合いそうだね。仲良くしようやァ♪」
**{格物|かくぶつ}**
息恒循で、アタイが諳んじれるのは、数少ない。その数少ないものでさえ、全体のごく一部分か、結論の一語だけだ。
……(アセアセ)。
例えば、「分別を離れ、実相に究尽すべし」みたいな。
……(ポリポリ)。
格物の前に、自反。その自反の前に、復習(涙涙・汗汗)。
「息恒循」
{恒令|こうれい}の七つ目(土曜日)
これは、七つの恒令の中で唯一、原始仏教の説から{採|と}られたもの。八大人覚……お釈迦さまの、最期の遺経なんだそうだ。
{人覚|にんがく}
一に、{少欲|しょうよく}。
まだもらっていない欲を戒めた言葉。欲望には際限がない。欲を必要以上に追い求めすぎると、破滅する。
二に、{知足|ちそく}。
もらってからの欲を戒めた言葉。キリのない欲。足るを知れ!
足るを知らない者は、富めりといえども心は貧しく、不知足の人には、安心がない。
三に、{楽寂静|ぎょうじゃくじょう}。
時々、静かな所へ行って、世間の雑音から離れ、生きているということを、ゆっくりと、味わってみよ。
楽とは、ここでは、らくチンの意味ではなく、「ぎょう」で願うの意であって、静かな心と暮らしを、願うこと。世の中は、沼のようなもの。入りすぎると、{溺|おぼれ}れてしまう。静かなところで、静かな時間を、楽しむ。そうすれば、{煩悩|ぼんのう}の火も、スーッと消えるというものだ。
四に、{勤精進|ごんしょうじん}。
一滴の水は、年月を重ねると、石に穴をあける。雨垂れも、たゆまなければ {穿|うが}つ石。{即|すなわ}ち、石をも貫いて進む。
五に、{不忘念|ふもうねん}。
心清らかに、むさぼらず、邪心・{猜疑|かいぎ}心を持たない、純粋な気持ちを、忘れるなッ!
六に、修禅定(しゅぜんじょう)。
不忘念を忘れないためには、いつも心が、安定していなければならない。これを、禅定という。禅定に到達する目的のための
方法が、念仏や座禅、ヨガなのだ。
七に、修智慧(しゅちえ)。
仏教は、智慧の教えだ。自分の心を、はっきりと知る者は、{容易|たやす}く、成果を得る。とことが、自分の心を知らなければ、全ての努力は、無駄になる。
知識は、頭の働き。智慧は、心の働きだ。肝心かなめは、心を、あるがまま観る……その、精神力だ。
八に、不戯論(ふけろん)。
限りある命を、無意味な議論に費やさないこと。無意味な議論は、心を乱す。分別を離れ、実相に究尽すべし。そのために智慧を得ることを、聞思修の三慧 という。
聴いたことが、聞慧。
それを、自分でよく考えて、思慧。
そして、実行してゆく修行、修慧。
これが、無明黒暗を照破する。
真実の智慧となる。
{分別|ふんべつ}(……何かに{拘|こだわ}って、思い計ること)を離れ、実相(……すべてのものの有りのままの姿、{即|すなわ}ち真実)に究尽すべし。
_/_/_/ ご案内 【東亜学纂学級文庫】
Ver,2,Rev.1
https://shichimei.hatenablog.com/about