#### スピアの実学紀行「母を{慕|した}う{乙女子|おとめご}。危機! 意外な助っ人」{後裔記|132} ####
● 野生の{腹脳|アブドミナル・ブレイン}から湧き{出|い}でた不気味な寝言
● {現|うつつ}……見知らぬオッサン乱入! ぼくらを救った英雄、不格好なその後ろ姿
少年学年 **スピア** 齢10
体得、その言行に恥ずるなかりしか。
◆◇◆
野生の腹脳から湧き出でた不気味な寝言
ヨッコ先輩が、独り{言|ご}ちた。
「定時退社の時間かーァ。そうよね。{迂闊|うかつ}だったわァ」
そして、言った。
「あっちが、{平|ひら}谷川の源流ね。ちょっと、休みましょう。わざわざ危険人物が歩いてるかもしれない{人道|ペデストリアン}を行軍するバカは、あたいらだけみたいだからねぇ」
谷川沿いの道と峠越えの道が合流して暫く歩くと、谷川は道から{逸|そ}れて大きく右に曲がり、狭く掘りも深くなり、勾配も滝が{如|ごと}く急になりながら、雑木林に突き刺さるように潜り込んでいた。
その{様|さま}は、薄暗く繁った雑木林を、{猶|なお}一層{悍|おぞ}ましく見せている。
「寝不足だと、思考力が落ちるからな。少し、仮眠をとったほうがいいやもしれん」と、ムロー先輩。
両先輩の提案は、共に正しいと思われたし、反対する者も{居|い}なかった。七人は、峠道から{逸|そ}れた。自然に掘り込まれた狭い谷川の川面の直ぐ脇に、{細石|さざれいし}が堆積している場所があった。広くない。そこにみんな、おしくらまんじゅうのように腰を下ろし、誰が見張りに立つかなんて誰も気にする様子もなく、そのまま、せせらぎの音しか聞こえなくなってしまった。
万葉の歌人なら、この*せせらぎ*の音で何か歌を{詠|よ}むんだろうけど、実際に聞こえてきた声は、そんな叙情の歌には程遠い……なんと、魔性の{鮫|サメ}*乙女子*の寝言だった。実に、耳{障|ざわ}り! オオカミ先輩と、目が合った。そして、先輩が言った。
「マザメの野郎に起こしてもらって、助かったよ。見張り、立たなきゃな。俺、その先で、{匍匐|ほふく}しとくわーァ♪」
その判断は、立派なものに違いはないけれども、匍匐したら、絶対に、そのまま寝てしまうと思う。結果、マザメ先輩の寝言で眠れなくなった残りの五人が、事実上の見張りになるんだろうなって思った。
それにしても、マザメ先輩の明解な寝言には、恐れ入る。みんな、仮眠を義務に感じて、必死で目を閉じたままで辛抱しているって感じだった。
次に{堪|たま}りかねたのは、ヨッコ先輩だった。ちょっと、意外♪ ……で、ねーさんが、言った。
「アブドミナル・ブレインが、発達しちゃったんだろうね。こいつ、野生だからさッ!」
(えっとォ! *腹脳*だっけぇ? なるほどねーぇ♪)と、直ぐに納得したぼく。
で、その寝言なんだけど、気は進まないけど、覚えてしまっている内容を、ちょっと書き出してみる。要約と{割愛|かつあい}に全力を尽くすことを、ここに誓います!
「クロステッド・オンザ・ウエイ? 初めて聴いた曲なのに、なんであたい、曲名知ってるの? お母さんが、好きだった曲?
ここは、どこ? 歯医者? あたい、虫歯なの? 子どもは、虫歯になっちゃダメなんだからねッ! だって、お母さんが、そう言ってたから。目に涙をいっぱい{溜|た}めて、押し潰されたようなちっちゃい目をして、大きく開けた*ちっちゃな*口のなかで、ジョリジョリ♪ ゴロゴロ♪ カリカリカリ♪ ジョリ、ジョリ、ジョリンジョリーン♪
おじちゃん? 何してるのォ?
『今ね、ゼンマイを巻いてもらってるのさァ。おとなしくして、うがいをして、待ってなさい』
おねえさんも、歯医者さん?
『わたしはね、オルゴール先生のゼンマイを巻くのが仕事なの。それから、お口のなかの、美容師さん』
そうなんだァ。でも、困った、困った、困った……どうしよう!
それ、バレーボール? おにいさんが、サーブしたのォ? 森の中、広いバレーコート、素敵♪ あッ! そこ、入っちゃダメ! そんなところからサーブしたら、ボール、枝に当たって、{撥|は}ね返っちゃうよーォ!!
危ない! ミキサー車? ポンプ車? また、あなたたちなのねぇ? あんたたち、文明人でしょ? どうしていつもいつも、あたいの夢の邪魔をするのォ? 森を、壊すつもりーぃ!?
サーブ、交替♪ やっぱり、ダメ! 文明人が、邪魔してる。ミキサー車が、向かって来る。枝が、ぐんぐん伸びて、あたいの足に、巻きついてる。
バシッ! サービスエース♪ 文明人が、死んだ。おにいさんも、死んだ。ポンプ車の太くて重いホースに叩きつけられて、即死。どこから来たのか、真っ黒い服を着た男たちが、おにいさんを、大きな穴の中に{放|ほう}り投げた。ミキサー車に乗っていた{奴|やつ}が、おにいさんの死んだ{身体|からだ}の上に、コンクリートを塗っている。なん層も、なん層も……。
また、あの女だッ! あたい、あの女が、嫌い。大嫌い! それは、当然。{何故|なぜ}なら、それが、当然だから。あの女は、悪事が大好き。他人の不幸が、大好物! あの女が現れたら、あたいは、不幸になる。
この曲? 『恋よさようなら♪』 バート・バッカラ。これは、お父さんが好きだった曲。音は鳴ってないけど、あたいは、幸せ。でも、直ぐに終わる。あの女が出てきたら、あたいの幸せ、ぜんぶ、ぶっ壊れッちゃう!
あの女、{憐|あわ}れというより、怖ろしい。
あの女、じっとして、動かない。
あたいを、{護|まも}ってくれようとしてるーぅ?!
バカな女……それが、あたいのお母さん。
ポタポタ……ポタポタ……。いつまでも続く。ポタポタ……ポタポタ……。{陰鬱|いんうつ}な、長雨。雨水を肉体に垂れ流して、びしょ濡れで{佇|たたず}む女……その声も、垂れ流し。溝に溜まった臭い{汚泥|おでい}に、溶け込んでゆく。{絞|しぼ}られた{醜|みにく}い声帯が、華やかに小汚く塗りたくった女の過去を、捻じ曲げている。
その{醜|みにく}い実体の無い肉体も、そのだらしなく漏れ垂れさがる声も、そして、その過去も……あたいの、お母さん。でも、どこにも、現在が、見つからない。どこを見渡しても、未来の欠片も、見つからない。
{焚|た}き火? どうしてそこでぇ? ダメダメ! どうして、いつもそうなるのォ?
おうちが、燃えてる。森が、燃えてる。島が、燃えてる。あたいらの星が、燃えてる。みんな、灰になる。みんな灰になって、宇宙旅行♪ あたいだけ、置き去りにされて……だから焚き火に、花びらを{焼|く}べてやった。
ざまーァみろッ!
アジサイ、好きなのォ? 焼け{爛|ただ}れたような{歪|ひず}んでどろどろとした女の声が、聞こえてくる。でも、素敵♪ 声じゃないよッ! 流れてくる音楽が、素敵なのさ。『ホールド・マイ・ハンド』 そう、初めて聴く曲。ジェス・グリン……って、誰ぇ?
ねぇ! あんた、誰なのォ? あたいのイメージ記憶を操作してる{奴|やつ}、許せない! これが、電脳チップの本当の怖さなのォ?
『ホエン・ウイル・アイシーユー・アゲイン』 スリー・ディグリーズ。そうね。いい曲ね。でもどうしてあたいは、この曲を知ってるんだろう。もう……この曲で、終わりにしましょう。
それ、どこで*もいで*きたのォ? ダメじゃん! {瑠璃|るり}色の、ガクアジサイ♪ あの世にしかない色。あんたが、好きな色。あんたは、花が好き。あんたは、音楽が好き。
バッハは、よく眠れたわァ♪ ありがとう。あんたは、モーツァルトを聴きながら、よく森を駆けてたわよねぇ? どうして、シューベルトを聴きながら、泣いてたのォ? あたいを、産んでしまったからァ?
真夜中……コヨーテが、逃げてゆく。あたいの、お父さん。あたいは、まだ死んじゃダメなんだってさーァ!! 勝手な男。男はみんな、勝手!
あんたは、あたいが嫌いな、*あの女*。
あたいは、あたいに嫌われた人生だったけど、あんたと同じ生き方をして、幸せだった。
あんたは、幸せだったァ?
さようなら、あんた……あたいが嫌いな、あの女。
さようなら、あたい……あたいに嫌われた、あの女。
お父さんも、さようなら。
みんな、みんな……。
さようなら」
◆◇◆
現……見知らぬオッサン乱入! ぼくらを救った英雄、不格好なその後ろ姿
ほかの四人が、示し合わせたかのように、腰を上げた。
まさに、そのときだった。
「おまえら、バカかァ!
逃げろッ!
こっちだァ。
ついてこい!」
大声を押し潰したような小声が、台地を響かせた。オオカミ先輩が、匍匐のまま、こっちに戻っ来ている。何故か、四人も匍匐……谷川の堀りの斜面の岩場を、上ってゆく。
魔性の鮫乙女子が、目を開けた。
「鮫でも、虫歯になるんだねーぇ♪」と、ぼく。
キョトンとした顔で、ぼくの顔を見つめるマザメ先輩。ぼくは、既に歩きはじめているオッチャンの頭を、指差した。谷川の川べりからは、もう首から上しか見えなかったのだ。
オオカミ先輩と四人は、既に這い上がって、立ち上がろうとしていた。オッチャンの声からして、当然、猛ダッシュで走ると思って誰もが疑わなかったところへ、早歩きでも追い越してしまいそうなその{鈍|のろ}さに、脳ミソも五感も当惑しているようだった。
その微妙な瞬間が、今まさに、目の前の先から過去へと過ぎ去ろうとしている。
「早く逃げなきゃ、殺されるみたい……ぼくたち。たぶん」と、ぼく。
マザメ先輩、無言のまま立ち上がり、岩場を、手もつかずに、器用に上ってゆく。そのあとを、匍匐で追うぼく。空気が、凍るように冷たくなってきた。(これが、「張り詰める」ってことなのかなァ……)って、{俄|にわ}かに妄想が、展開の{兆|きざ}しを見せる。嗚呼、言わずもがな……{莫|まく}妄想!
{兎|と}にも{角|かく}にも、「わけーぇ……」と、独り言ちかけたが、思い{止|とど}まった。ぼくが先に言っても、良いものなのかどうか……と、そのとき、まさにというか、やっとというか、久々というか、サギッチが、小声で、{苛立|いらだ}たしい歩調に合わせるかのように、ゆっくりと……言った。
「わけーぇ、わッかんねーぇ♪」
**{格物|かくぶつ}**
親が居ないわけじゃないのに、なんでぼくら{美童|ミワラ}は、親と一緒に暮らすことができないんだろう。厳しく育てたいんなら、一緒に暮らして、懇々と厳しく{躾|しつ}けて、{滾々|こんこん}と教え込み続けなければ無理だというのに……一体全体、何が目的なんだろう。
そいれでもぼくたち自然の生き物……自然の一部のぼくたちは、育たなければならない。好き勝手に育って……だのにそれでも、必ず知命しなければ、絶対に、大人……{武童|タケラ}には、なれない。
それが、変わるということ。
それが、{格|ただ}すということーォ??
誰かの言葉じゃないけど、なんか……。
「{面倒臭|めんどく}せーぇ!!」
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_/ 2 /_/ 後裔記 第1集の子どもたち
寺学舎 美童(ミワラ) ムロー学級8名
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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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_/ 1 /_/ 『亜種記』 電子書籍
亜種に分化した子どもたちの闘戦物語
全12巻、第1~2巻発売中
_/ 2 /_/ 「後裔記」 メールマガジン
亜種記の諸書、子どもたちの実学紀行
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