MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

後裔記 第1集 No.134

#### オオカミの{後裔記|134}【1】実学「敵か味方か」【2】格物「訓練は嫌い」 ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 学徒学年 **オオカミ** 齢13

【1】実学
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敵か味方か

 コンコンコン、ギー、コンコン♪
 コンコンコン、ギー、コンコン♪

 「ションベンに行ってくるから、みんなはこのまま、ここから動かないでくれ。{序|つい}でに、奥方たちが{憚|はばか}れそうな場所も、探しておこう。{狸|タヌキ}じゃないが、そういう場所は、一ヵ所に決めておいたほうがいいからな。
 それにしても、マザメちゃんって言ったっけぇ。彼女の寝言は、実に面白い。
 じゃあ、直ぐに戻るから」

 ノロガメさんは、そう言うなり立ち上がり、のろのろと森の奥へと入って行った。
 ムロー先輩と、目が合った。
 マザメが、寝言を言いながら、目をパッと見開いた。
 マザメとヨッコ先輩の目が合った。
 ヨッコ先輩が目を開けたまま寝言を言い始めたのと同時に、マザメは寝言を{止|や}め、一番近い木の太い幹を、スルスルと上ってゆく。
 マザメから、手のひら信号が届く。腕信号は、振り幅が大きいから気づかれる心配があるし、かと言って指信号だと、けっこう高く登って距離が開いているし……しかも、この薄暗さだ。判読できなければ、意味を{為|な}さない。だからマザメは、手のひら信号にしたのだ。
 おれは、マザメの指示に従って、{匍匐|ほふく}したり立ち上がったりしながら、出来るだけ木陰や岩陰に身を隠すようにして、ノロガメさんの後を追った。
 ノロガメさんが、大きな岩を廻り込んだ。ノロガメさんの姿が見えなくなったのと同時に、マザメからの信号が、腕信号に変わった。その信号が指示するとおり、その大きな岩に、そっと耳を当てた。
 すると、聞こえてきたのだ。

 コンコンコン、ギー、コンコン♪
 コンコンコン、ギー、コンコン♪

 同じ{旋律のひと区切り|フレーズ}を、繰り返している……ということは、呼び出し信号なのだろう。残念だが、信号の本文を聴き終わってから逃げたのでは、遅い。案の定、マザメの腕が、「戻れ!」と言っている。{已|や}む無く、退散。
 マザメも、そのおれの行動を見て認めるや、スルスルスルっと木の幹を伝い、地に降り立った。

 みんなのところに戻ると、ツボネエが言った。
 「定時退社、しなかったみたいだね。あの警備員のオッサン」
 「電脳チップがそうさせたのか。それとも、勤勉な日本人の血が、そうさせたのか。{兎|と}も{角|かく}、あの男が報告して止め置かれたということは、直ぐに殺される心配だけは、無くなったという{訳|わけ}だ」と、ムロー先輩。

 確かに、公然の場でおれたちを殺しても、誰にも責められないし、罪にもならない。殺すだけなら、密偵なんだか{刺客|しかく}なんだか知らないけど、あんな、どこまでが演技なんだか判らないようなオッサンを送り込むという{凝|こ}った手口を使う必要など、どこにもない。
 「生け捕りなら、木の上から大きな網が降ってきて、おれらみんな、そのまま木に吊るされるんでしょ?」と、サギッチ。
 「今どき……忍者でまるまいし!」と、ヨッコ先輩。
 「忍者、居るじゃん。そこにーぃ!!」と、サギッチ。
 マザメ、何かを言いたそうな顔で、サギッチをギロッ!っと{睨|にら}む。
 「寝言は、もういいのォ? そろそろ、戻って来るんじゃない?」と、スピア。
 {仰|おっしゃ}るとおりである!
 {下手|へた}に逃げると、殺されるかもしれない。
 さりとて動かねば、未来はない。
 (ノロガメ追ん出し……元い。オッサン追ん出しゲーム、もっと真面目にやっとけばよかったなーァ)と、思ったおれだったが、どうであれ、実践に乏しいことは、{否|いな}めない。ワタテツ先輩が居ない今、頼れるのは、{仕来|しきた}りの旅を終えているムロー学人とヨッコ門人の二人になる訳なのだが……。

 ヨッコ先輩が、言った。
 「ノロガメさんが現れた時間って、三差路で出くわした{鈍間|のろま}の警備員が、外舎に着いた頃だよねぇ? 途中で報告を入れたにしたって、この辺に文明のチップ野郎たちの詰め所か何かがあるのは、間違いないよ。
 ノロガメさんが、電脳チップを埋め込んでいるかどうかは判らないけど、港湾管理所の若い二人みたいに、ただ善良なだけの文明人だったら、コソコソと{岩鍵|がんけん}を打ったりなんかしないだろう」
 「ガンケンってぇ?」と、ツボネエ。
 「あの岩みたいに大きいとは限らないんだけど、岩の上のほうが地上に出てて、岩の底が、{洞穴|どうけつ}の天井になってるのさ」と、マザメが得意げに、口を挟んだ。
 「洞穴って……じゃあ、仲間じゃん♪ 自然エスノ……」と、サギッチ。
 「タケラが、穴を掘ったって言うのーォ?! ピアノのおねえさんを、見たろォ? ただ目立たないように潜んでるだけでも、半殺しにされるんだ。しかも、みんな独りで、群れないように気をつけながら動いてる。一人で穴なんか、掘れないっしょ!」と、スピア。
 やはり、座森屋の後裔……サギッチには、特に厳しい。{鷺|さぎ}助屋の血と座森屋の血が、火花を散らす! みたいな……。

 「ノロガメ氏が敵にせよ味方にせよ、直ぐに殺さないということは、電脳チップのプログラミングに不備……例えば、タケラへの{対処|アルゴリズム}は綿密に組まれているが、ミワラへの対処までは、充分に対処できていないのかもしれない」と、ムロー先輩。
 「それなら、こっちの時間稼ぎになるけど、逆に、アルゴリズムのとおりに電脳チップが指示を出して、あいつらのほうが時間稼ぎをしているとしたら、あたいらの余命は、秒読みってことになるけどねぇ!」と、ヨッコ先輩。

 正にそのとき! ツボネエの、押し殺した焦りの声……。
 「マザねぇ、寝言ーォ!!」と。
 見ると、ノロガメさんが、視界の端から、のろのろと姿を見せはじめたところだった。 

【2】格物
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訓練は嫌い

 **指示される備えは、嫌い!**

 例えば、防災訓練。
 主催者は、{斯|こ}う{嘆|なげ}く。
 「『確かに、災害の時は、そうしないとダメだよねぇ♪』と言って、みんな理屈では解っているのに、どうして訓練に協力してくれないんだろう。(災害のときは、ちゃんとそうしなきゃあ!)って、理屈の上では解ってるんだから、協力してくれないはずはないんだけど……」

 果たして、本当に「はず……」なのだろうか。
 答えは、{否|NO}!だ。
 人間ってのは、緊急事態でもないのに、架空の訓練で「あーしろ、こーしろ」って言われるのが、嫌いか大嫌いか、ほぼそのどちらかなのだ。だから、協力なんか、する*ワケ*がない。
 はてさて……では、どうするかァ?

 一に、繰り返し言い続ける。
 理屈では正しくても、実際にそうなってみると、「それどころじゃない!」ってことが、よくある。それでも、普段から言われ続けていれば、直ぐには出来なくても、どうにかしようと行動に出るものだ。
 例えば、普段から「火を消せ!」って何度も何度も言われていると、突如大きな地震がきてテーブルの下に非難しているとき、(火を消さなきゃ!)って思って、揺れが少し治まったときに、急いで火を消しに行く……みたいな。

 二に、強制的にやらせる。
 人間は、自由が与えられると、文句ばかり言う。でも、強制されて何度も何度もその行動をしていると、いつの間にかそれが当たり前になって、{身体|からだ}が自然に、強制されたとおりに動いてしまう。
 {所謂|いわゆる}これが、洗脳だ!
 戦後の義務教育で、この洗脳が、抜群の効果を発揮した。それが、何よりの{論的証拠|エビデンス}だ。でも、人間ってのは、ほぼ全員、強制されるのが嫌いか大嫌いかのどちらかだ。嫌いなことをやらされるワケだから、活力も、失われてしまう。敗戦前と敗戦後の子どもたちを比べてみれば、一目瞭然だろう。

 結局、訓練は、無意味なのかッ!
 そんなことは無い……というか、あってはならない。
 理屈で言えば、{嫌|イヤ}なことを強制しないで、訓練される人たちそれぞれが、対策を考えるようにすればいい……とまァ、確かに! 理屈というよりも、原則論だ。
 では、空論や原則論を具現に変えるためには、どうすればいいのか。それは、個々の*洞察のために*、普段から*正しい*{或|ある}いは*現実的*な情報を、提供しておくということだ。

 例えば……。
 「警報が出たら、直ぐに避難所に移動してください」
 これは、裏を返せば、「避難所に行けば助かるかもしれないけど、保証はできないよッ!」と、聞こえて来ないでもない。
 では、どうするかァ?
 「災害が起きたら、救急車も消防車も、お宅の前までは行けません。被災地に近寄ることさえ、出来ない場合もあります。避難所までなら、大概の場合、どうにかして行けます」……みたいに、〈出来ないこと=正しい情報〉として、少しでも多くの正しい情報を、普段から提供しておくというのは、どうだろうか。

 そうすると、民衆というのは、頼んでもいないのに、自らいろいろと考えるものである。防災用の井戸を掘るとか、消防ホースを狭い路地に敷設しておくとか、避難所まで早く安全に移動するための防災グッズを各家で備えておくとか……。
 そこで、お役所の登場です♪
 その領収書と引き換えに、{颯爽|さっそう}!と、補助金を給付してあげればいいのだ。
 訓練に参加しない人たちのことをボヤいていても、仕方がない。なんのためにも、誰のためにもならない。それよりも、「民衆の潜在意識の中の**好き♪**を、探せ!」だ。好きだから、頼んでもいないのに、みんな身銭をきって、*備える*という行動に出るのだ。

 こんな{逸話|いつわ}も、残っている。
 関東大震災のとき、東郷大将の本宅の周りも、火の海になったそうだ。当然、避難! と、思いきや……。
 大将とお手伝いさんの三人で、家に水をかけ続けて……{終|つい}には、家を守り抜いたそうだ。
 結局みんな、自分の家だけは、守りたい……人間はみな、*たった一つの自分の城*というものを、持っているのだ。

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_/ 2 /_/ 後裔記 第1集の子どもたち
寺学舎 美童(ミワラ) ムロー学級8名
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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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