MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

後裔記 第1集 No.135

#### ムローの{後裔記|135}【1】実学「五体不満足」【2】格物「無限の変化」 ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 学人学年 **ムロー** 齢17

【1】実学
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五体不満足

 「動くなッ!」と、みなに目で合図を送った。
 みな、それを受け取ったが、{頷|うなず}くと同時に、みなが、走り出した。

 すると、それとほぼ同時に、深く落ち込んだ谷川の斜面のところどころから、真っ黒いなりをした大人たちが飛び出してきた。春に{繁|つなが}りはじめた雑草に隠れて、人が隠れ潜むことができるくらいの{窪|くぼ}みが、何カ所も設けられていたのだ。その数々の窪みがすべて、地中で繋がっているということを、後から知った。
 黒い大人たちが飛び出してきたのは、その数々の窪みのうち、七カ所。しかも、ピッタリ二人ずつ。男の二人組が四カ所、女の二人組が三ヶ所。俺たち男ども四人は、男の二人組に両脇から地面に抑え込まれ、ヨッコたち女三人は、女の二人組に、同じく両脇から地面に抑え込まれた。
 恐ろしく足の速い連中だった。ノロガメさんの姿は、{既|すで}にどこにも見当たらなかった。それを確認したのと同時に、大きな麻袋を頭から被せられ、「キオツケーェ!!」の姿勢で、麻袋にすっぽりと{包|くる}まったまま、両方の腕あたりをグルグルに{縛|しば}られた。

 鼻は、肥料のような粉っぽさとカビ臭さで、機能が停止してしまった。目は、明かりは感じるものの、小さい格子窓一つの牢屋のように、薄暗く陰気な麻模様が見えるだけだった。達者なのは、耳と口だけだった。これから、どこに連れて行かれるのか、不自由な五感で、その道筋を感じ取らなければならない。
 そう思った途端……矢庭に、グルグルと高速で{身体|からだ}を回転させられた。吐き気がするくらい目が回って、気分が悪くなった。考える力も、{萎|な}えた。次は、両腕を掴まれたまま、少し歩かされた。立ち止まると、動物が動く気配を感じた。服が擦れ合う{微|かす}かな音、靴が{細石|さざれいし}を踏み締める音……。
 人の声は、一切聞こえてこない。既にみんな、どこか別々の場所に連れて行かれてしまったのだろうか。それとも、俺と同様、声を押し殺して、頭の中の脳ミソだけを、ただグルグルと{掻|か}きまわしているだけなのだろうか。
 そうこうしているうちに、こんどは、二人の男に抱え上げられ、焚き火の上で棒に刺した鶏を丸焼きにでもするように、またグルグルと身体を高速で回転させられた。(まったく、回すのが好きな{奴|やつ}らだ……)と、思うのが精いっぱいで、他には何も考えられなかった。
 回転が治まると、男二人は、俺を抱えたまま、また歩きはじめた。

 暫くすると、薄暗さが、闇へと変わった。ゆっくりと下に降ろしてはくれたのだが、そこは、岩場のように、堅く冷たかった。頭がクラクラするのが治まったら、立ち上がれないこともなさそうだ。でも、転んでも手をつくことが出来ない。今は、盲目で上半身不随の身……五体満足の有難味が、{沸々|ふつふつ}と湧いて出てくる。
 (今更、神様に感謝したって、「不義理者めがァ!」って言われるだけだろうな……やれやれ)と、思ったそのときだった。靴音が、近づいてくる。そして、次に……人の声が、聞こえた。
 「その*神様*のことなんだが、亜種記の冒頭に、書いてある。読んだこと、あるかねぇ?」
 予想されるその声の主の一番の候補は、ノロガメさんだ。でも、男の声には違いないが、{籠|こも}った声で、しかも共鳴していて、若いのか老いているのかもよく判らない。無論、敵か味方かさえも、未だに、決定的な証拠を掴めないままでいる。そうやって押し黙ったままでいると、{俄|にわ}かにまた、その男の声が聞こえてきた。

 「今日のことも、またいつか、後裔記に書くんだろうな。君等は……と、いうことはだ。それは、亜種記の諸書となって、何千年か先には、今日の出来事が、神話になるって{訳|わけ}だ。事実を基にした神話ってのは、読み{応|ごた}えがあるだろうな。
 亜種記は、諸書の{集纂|しゅうさん}という点では、西洋の神話であるいくつかの経典と、なんら異とするものではない。真実を読み取らせようとする意図も、同じだろう。だが、それが、事実性の比較というところに及ぶと、そこは俄かに、目を見張る。
 その点では、亜種記は、西洋の神話に比べると、現実的過ぎて、物語としては、面白くないかもしれない。誤解してもらっては困るが、決して、ミワラたちの文章力が劣っていると言っている訳でも、タケラたちの編集の腕が未熟だと言っている訳でもない。
 それは、事実と真実の宿命的な違いであり、書き手の問題ではなく、読み手のほうの問題なのだ。亜種記の冒頭……確か、こんなことが書いてあったな。

 『今は、{今|こん}天地時代の、まだ初期だろうか。それとも、既に中期に差し掛かっているのだろうか。折りしも、ヒト属ホモサピエンス種の分化が、色濃くなった。三つの亜種……ワノヒト亜種、ブンメイビト亜種、シゼンジン亜種が、互いに、対峙の様相を見せはじめたのだ。
 土壇場が、しばしば生じるようにもなった。ある日、そこで渦巻く{熾烈|しれつ}な葛藤や企ての委細を、時を置かずして、シゼンジン亜種の一族の{子等|こら}が、書き記した。その実録は、次第にシゼンジン亜種全体に広がりを見せ、実録代々記ともいうべきところまで、伝承を遂げた。これが、二つある亜種記の諸書のうちの一つ、後裔記の起源だ。
 神話は、真実であり、事実ではない。ここに、異論を挟む余地はないだろう。然し{乍|なが}ら……一つ、{解|げ}せない。{何故|なにゆえ}に、架空の物語でなければならないのか。事実……実話からは、真実を導き出すことはできないのか。
 ここだけは、{堪|た}え難い。そこだけは、{耐|た}え難い。平たく言おう。気に入らん。
 後裔記は、事実を連ねはじめた。それを諸書とするからには、亜種記も、事実から{始|はじ}めなければならぬであろう。だが……言わずもがなである。時、既に遅し。今天地時代の創世記に立ち会うことは、どう大努力をしても、無理である。
 でも……である。事実に{拘|こだわ}って後裔記を{記|しる}しはじめたシゼンジン亜種たちが、今まさに{居|い}るではないか。その祖先たちが語り継いできた神話であれば、かなり高い率で、事実に近いのではないか。そう考えて、この亜種記の冒頭で、最も大事な役割とするところ……彼ら彼女たちが語り継いできた創世記を、ここに記す。
 但し、悠久語り継がれているうちに、委細は、すべて{削|そ}ぎ落されてしまったようだ。ただそれだけに、事実性が高いとも考えられなくはない。語り部から習いたての子等の話が、最も正確だろう。

 **{斯|こ}う**、{諳|そら}んじてくれた。 

 神々が、海からやってきた。
 真っ赤に焼け溶けた溶岩が、陸地を埋め尽くす勢いで、流れていった。
 溶岩が冷えたその台地では、虫けら一匹すら見ること{叶|かな}わなかった。
 そこへ、神々が、海からやってきたのだ。
 神々は、{四柱|よはしら}。
 みな、{子供|こども}の神だった。
 年長から{順|したご}うて。

 {海之御中大神|あまのみなかのおおかみ}
 {海之御鮫魔神|あまのみざめのまかみ}
 {海之御鷺黒神|あまのみさぎのくろかみ}
 {海之御森座神|あまのみもりのざかみ}

 四神は、帆に風をたんまりと{孕|はら}んだ木造りのずんぐりとした船で、岸辺まで迫ってきた。
 岸に着くや、その船は、真っ赤な炎を上げた。
 その中から、二神が、浜辺に降り立った。
 海之御鷺黒神と、海之御森座神。
 {二柱|ふたはしら}とも、子供の{男神|おがみ}だった。
 残りの二神は、船の中で、死んでいた。
 男神の海之御中大神が、女神の海之御鮫魔神を、まるで{護|まも}るかのように覆い被さり、二柱は、重なり合い交わったまま、冷たく横たわっていた。
 その二柱の衣装は、まるで石炭のように、真っ黒に焼け焦げていた。
 鼻と唇は、焼け{爛|ただ}れて平らになっている。
 だが、黒く焦げた衣装から垣間見える海之御鮫魔神の乳房は、限りなく真っ白に近い透明だった。
 女神が命よりも大事にしていた白肌を、護り抜いた男神……海之御中大神の名は、そののちに創造された神々や、下々の民である{青人草|あおひとくさ}たちの子々孫々にまで、語り継がれることとなろう。

 夜明け。
 {天|あま}より降り注ぐ、無数の羽根。
 そのどれもこれもが、この世のものではない色を、輝かせている。
 それは、{瑠璃|るり}色のガクアジサイの、ひとひらひとひらだった。
 その、ひとひらひとひらは、{忽|たちま}ち、木造りの{神舟|しんしゅう}全体を、覆い尽くした。
 物悲しくも幸福そうな音色が、聴こえてくる。
 すると、ガクアジサイの蝶たちは、軽々と神舟を持ち上げ、海水が{滴|したた}り落ちた。
 そして見る見る、天高く召されていった。

 **以上**。

 確かに、事実は、死を物語っている。だが真実は、事実と同じ死を、物語っているのだろうか……』

 と……まァ、こんな感じだ。
 神々は、創造された万物それぞれに、名前をつけた。それは、万物の一つひとつに、命を吹き込むためのものだったのだ。
 元来命名とは、そんな、{貴|とうと}いものだったのだな」

 そこまでを言い終わると、男はまた、靴音だけを残して、その気配を消してしまった。

【2】格物
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無限の変化

 命とは、万物の無限の変化の働きが、個人に発せられることを言う。
 その、万物の無限の変化のことを、{造化|ぞうか}と言う。
 {故|ゆえ}に、真の自己に{反|かえ}らなければ、命を知ることはできない。
 また同時に、真の自己を絶えず変化させ、無限に進歩し続けなければ、己の命を、真っ正面から見ることはできない。
 それ{即|すなわ}ち、己の真の姿を、{真面|まとも}に見ることはできないという意味だ。

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_/ 2 /_/ 後裔記 第1集の子どもたち
寺学舎 美童(ミワラ) ムロー学級8名
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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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Ver,2,Rev.12

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