#### ツボネエの{後裔記|138}【1】実学「刺さる{船首|バウ}」【2】格物「妄想大改造」 ####
体得、その言行に恥ずるなかりしか。
少女学年 **ツボネエ** 齢8
【1】実学
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刺さる船首
男ども先輩たちが{巨大|チョー!ビッグ}な{醜|みにく}い電脳{鴉|カラス}と格闘している間……と言っても、ちょっとの{間|ま}だけど、アタイは、妄想に{憑|よ}りつかれて、終始頭の中が、堂々巡りをしていた。
(敵か味方か判らない、得体のしれない人間が、次々と現れる。アタイらの命を狙っている人間や、逆に、アタイらの命を護ろうとしてくれている人間が……居る? 本当に?)
答えが出ずに、また、同じことを自問する。何度目の自問だったろう。鴉の頭から突き出た電脳チップのお尻から……なんか、「シューゥ♪」って音が聞こえてきた。男ども先輩たちは、依然、その音を気に掛けるでもなく、頭に電脳チップを突き刺した醜いバカデカ鴉と、格闘している。
……と、そのときだった。
ドッカーン!!
(死んだな。アタイラ……)と、{咄嗟|とっさ}にそう確信したけれど、それが間違いだってことは、直ぐに{呆気|あっけ}なく判明してしまった。オンボロ丸……元い。ズングリ丸の、半分{朽|く}ちたような土手っ{腹|ぱら}に、風穴が開いたのだ。その穴に、尖った{船首|バウ}が、{減|め}り込んでいる。
聞き覚えのある声が、外から……どの辺かというと、アタイらが{居|い}る{艫間|ともま}に突き刺さった船首の外のたぶん甲板の上あたりから、聞こえてきた。
「よし! なんとか通れそうだ。早くこっちへ乗り移れ! 急げ! 死ぬぞ!」
間違いない……ノロガメさんの声だ。
次に、ムロー先輩の声。耳を{劈|つんざ}くような、バカでっかい声だった。
「女から、先に行け! ツボネン! 急げ! 死ぬぞッ!」
次は、聞き覚えのない声が、外の船の後ろのほうから、聞こえてきた。
「バウのハッチ、開けろ! そこから、キャビンに入れるんだァ!」
次の声を、辛うじて聞き取れたのを最後に、アタイの記憶機能は、完全に停止した。
「ベッドがちょうど、八つかァ。よし! {船尾|スターン}から順番に寝かせよう!」
(アタイ……てか、アタイら、このまま、死ぬのかなーァ?!)なんて{何気|なにげ}に思いながら、死ぬのか気を失うのかも判らないまま、アタイの脳ミソは、そっと、静かに、機能を停止したのだった。
どのくらい死んでいたのだろう……。
ポッチャン……。
ポッチャン……。
波が、船体に当たる音だと、直ぐに判った。
狭いけど、個室。横たえた{脚|あし}の先に、カーテン。
閉まっている。
記憶が、{甦|よみがえ}る。
(船尾から順番に寝かせろッ? ……って、言ってたよねぇ?)と、無意識に、妄想。
あたいの直ぐ後ろは、マザメ先輩だった。その後ろは、見てはいないけど、ヨッコ先輩……たぶん。
(ベッドがちょうど、八つかァ? ……って、言ってたよねぇ?)と、また無意識に、妄想。
(と、いうことは……直ぐ{傍|そば}にあるベッドで、マザメ先輩とヨッコ先輩が、寝ているぅ?)と、何気に思った……そのときだった。
「起きとるかーァ?? 腹、へっとらんかなーァ!?」
「ぐーぅ♪ ぐーぅ♪」……と、{咽喉|のど}が鳴る前に、腹が鳴った! 外で叫んでいるオッサンが、敵であろうが味方があろうが、もう、どうでもよかった。一度死んだから、腹が{据|す}わったのだ。据わったまでは悪くはなかったんだけど、その腹の中身が空っぽだから、なんだかふわふわして、据わりが悪い……マジっすぅ!
アタイが、足元のカーテンを開けるのと、ほぼ同時。頭をカーテンの外に覗かせて、矢庭に首を左に{捻|ひね}ると、ちょうどマザメ先輩が、首を右に捻ったところだった。直ぐに頭を正面に戻すと、左右に二段ベッドが、一つづつ。右の二段ベッドに、ヨッコ先輩とオオカミ先輩。左の二段ベッドには、スピアの兄貴とサギッチが横たわっている。
ここで、一つ気づいてしまった。
(ベッドがちょうど、八つかァ? ……って、言ってた、言ってた、間違いない! ちょうどって言うんなら、七つじゃん? だって、ムロー学級は、総員八名、現在員七名なんだから……)と、周りを見回しながら、そんなことを、またまた無意識に、考えていたアタイ。
{然|しか}し……。
妄想を小休止して、ちょっと考えてみれば直ぐに判ることなんだけど、{現|うつつ}の時間ってのは、アタイの妄想が終わるまで、悠長に待ってなどくれない。
カーテンから頭だけ覗かせたアタイとマザメ先輩の間に割り入るように、まるで初夏を思わせるような暖かい色の陽光が、{射|さ}し込んできた。……と、次の瞬間、大きな足が、天から降って下りるように落ちてきた。
使い古された靴とズボンの裾だったけど、洗い立てでパリパリによく乾かされたような清涼感が、強く印象に残った。特に靴の裏側は、上履きのシューズよろしく、擦り減ってはいるけれど、汚れ一つ無い、真っ白だった。その大きな足の潔癖さを、頑なに護っているのであろうその足の主の声が、そのケッペキチックな足の上のほうから、聞こえてきた。
「なんだァ。
起きとるんじゃないかァ!
だったら、返事くらいせんかァ。
腹、へっただろうにぃ♪」
「へり過ぎて、風船みたいに空を飛べそうだよッ!」と、そう応えて言ったのは、意外にも、ヨッコ先輩だった。よっぽど腹がへって、腹が立っているらしい。その気持ち、よく{解|わか}る。
そのヨッコ先輩の弱った怒りの訴えが、横たわっている他のみんなの耳に届くや否や、でっかいヨレヨレの清潔な足が、すーぅ……っと持ち上がった。と同時に、足が引っ込んだ先の上のほうから、また、潔癖の主の声が、聞こえてきた。声というか、正確には、笑い声みたいだったと、記すべきところかもしれない。
こんな声だった……たぶん!
「ガハ♪ ガハガハ♪ ガハガハガハ♪」
まだ、{身体|からだ}が重い。
ヨッコ先輩は、声の気丈さに反して、その身体は、まだ寝静まったままだった。オオカミ先輩に到っては、まだ薄い布団を頭から被ったままで、生きているのか死んでいるのかも判らない。カバーに包まれているので「布団」と言っただけで、カバーに包まれているのは、{綿|わた}の布団ではなく、薄手のブランケットみたいな、厚手のタオルケットだった。
スピアとサギッチは、頭を持ち上げて、何かを言いたげで……でも、何を言えば{好|い}いのかが判らないといった様子で、ただぼんやりと、目の玉だけを、右へ左へと動かしている。その足の先の向こうは、木製の片引き戸で、仕切られている。その扉あたりからが、船首らしい。船側の壁が、{緩|ゆる}やかに内側へと角度を変えていた。
(あの扉の奥……狭い! 本当に、ベッドが二つ? ムロー先輩は、助かって、まだ生きて、あの奥で、ガースカ眠っているのだろうか)と、また、潜在意識が、{何気|なにげ}に考え込んでいる。
そしてまた、同じことを、思った。
(ベッドがちょうど、八つかァ? ……って、言ってたよねぇ?)と。
ワタテツ先輩も、あの扉の奥の狭いところに、ムロー先輩と並べられて、生きてか死んでか、横たわっているのだろうか。
潜在意識というのは、大したものだ。
こんな、ほんのごくごく短い〈今〉という点の並びの間に、こんなにもたくさんの妄想を、しかも無意識に、脳裏に次々と映し出すことができるのだから……。
我ながら、(子どもの脳ミソって、{凄|すご}いなッ!)って、思う。
まだ身体は重かったけれど、真っ白い{煎餅|せんべい}布団を、二本の{脚|あし}で、思いっきり! {跳|は}ね飛ばした。
【2】格物
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妄想大改造
どうやらアタイには、「{莫|まく}妄想は、無理!」みたいだ。
妄想が排除できないと判ったからには、莫妄想は、潔く{諦|あきら}め、妄想を、味方に取り込むしかない。
禅のお寺に行くと、〈莫妄想〉と並んで、〈観自在〉という標語が、掲げてあるそうだ。「頭の中にある{心象|イメージ}記憶を自在に並べ置いて、それを観よ!」と、まァそんなような意味らしい。その〈自在に置く〉ために、頭の中を、空っぽにする……と、いうことはだ。「莫妄想が、*必要且つ有効*となる」と、いう{訳|わけ}だ。
ところが、ただ置いただけでは、それこそ、ただの妄想で終わってしまう。そこで、「頭の中に自在に{布置|ふち}された心象記憶が、〈命〉にどんな行動をさせようとしているのかを、{掴|つか}み取れ!」……と、言うことらしいんだけど、これがどうにも、掴みどころがない。
ただ、「これがまさしく、*直観*による行動である」ということは、疑いようがない。ここで改めて、寺学舎で学んだ{般若心経|はんにゃしんきょう}の言葉記憶が、{甦|よみがえ}る。
{観自在菩薩|かんじざいぼさつ}
{行深般若波羅蜜多時|ぎょうじんはんにゃはらみたじ}
{照見五蘊皆空|しょうけんごうんかいくう}
{度一切苦厄|どいつさいくやく}
観自在菩薩は、観世音菩薩とも言って、{所謂|いわゆる}観音さまのこと。莫妄想の修行をして、自分の心象記憶を自在に布置して、それを観ることができるようになった人のこと。
さて、世のため人のため……救われない人びとのことを、{衆生|しゅじょう}という。衆生を救ってあげるためには、衆生……救われない人たちの言うことを、よく聴いてあげなければならない。但し、ここで終わってしまうと、それもまた、ただ知識のゴミの山を{堆|うずたか}く積み上げてゆくだけのことに過ぎない。
そこで、その堆積した知識を、自在に並べてみる。そこからが、修行だ。その修行が、般若波羅蜜であり、その意味が……正に、観自在、直観的な行動……{則|すなわ}ち、〈知恵の完成〉なのだ。この修行法を、菩薩道という。その道……方法とは?
布施 持戒 忍辱 精進 禅定 般若
自分が持っているものは、人に差し上げましょう。
規則は、守りましょう。
人の{厭|いや}がる仕事を、進んで引き受けましょう。
仕事は、誠心誠意を{以|もっ}てやりましょう。
{坐禅|ざぜん}して、よく考えましょう。
{然|さ}すれば{智慧|ちえ}が現れ、{忽|たちま}ち問題は、解決してしまうでしょう。
然もありなん。
この修行を自ら修めると、人間の働きは、すべて「空」だということが解る。その人間の働きのことを、五蘊という。{順|したが}って、五蘊が「空」になるからこそ、〈智慧〉の正体……本質を、知ることができるのだ。則ち、{色即是空|しきそくぜくう}、{空即是色|くうそくぜしき}。存在は、空っぽであり、空っぽは、存在である。
……また、小難しい話に戻ってしまった!
それにしても、単純で疑いようもない、当たり前にしか聞こえてこないこの六つの条理は……正に、言うは{易|やす}しだ。ところが、その徹底と実行に到る道は、「あまりにも{難|がた}し!」だ。
「困っている人を見かけたら、今月の給料をぜんぶ、その見ず知らずの人にあげられる?」
「理不尽で無駄なだけの規則……。命が、毎日毎日、無駄に削られてゆく。それでも、規則だから、愚痴を押し殺して、従い続ける?」
日本人は、キツイ、キタナイ、キケンな仕事……{所謂|いわゆる}〈3K〉の仕事を、しなくなった。みんなが厭がる仕事を{為|な}してこそ修行であり、そこで初めて、自己を高めることができる。では、いざ自分がその当事者になったら、厭な顔一つぜずに、みんなが厭がることを、心底快諾して引き受けることができるだろうか……。
アタイは、やっぱり……厭なものは、イヤだッ!
だからこそ、それが出来る人は、「大信力を持つ者に限る」と、お釈迦様は、言われたのだと思う。その大信力を持って実践行動する菩薩道とは、どんな目的があるのだろうか。{達磨|ダルマ}さんという人が、{斯|こ}う答えている。
「菩薩道とは、結局のところは、莫妄想のための具体的な訓練法の一つに過ぎない」のだと……。
思考は、菩薩道によって、一つの循環を果たすのだ。
なので、(お布施を、あげ過ぎたかなーァ?!)とか、(あそこまでしてあげる必要は、なかったかもなーァ!?)とか、何かを*してあげ過ぎた*と考えるようでは、いつまで経っても修行にはならない。則ちは、「菩薩の道に、入れない」と、いうことだ。だから、(してあげ過ぎた)と思うのではなく、(思ったよりいっぱい、修行ができたなーァ♪)と、感謝すべきところなのだ。
何はともあれ、観自在の意味が、「心象記憶……イメージを、自在に配置すること」なのだとすれば、それは正に、「大自然の生きものたちが、ひとりでに、己の頭の中の数々の〈イメージ記憶〉を、効率的に並べ替えてしまう」という〈自己組織性〉に、等しいということになる。
則ち、莫妄想をして観自在になれば、大自然の〈自己組織性〉によって、動物が本来生まれ持っている「直観」の能力が、働きはじめるということなのだ。
無論、言わずもがな……。
アタイが書くことだから、「たぶーん!」ねぇ♪
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_/ 2 /_/ 後裔記 第1集の子どもたち
寺学舎 美童(ミワラ) ムロー学級8名
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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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_/ 1 /_/ 『亜種記』 電子書籍
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_/ 2 /_/ 「後裔記」 メールマガジン
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_/ 3 /_/ 「然修録」 メールマガジン
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お見苦しい点、ご容赦ください。
_/_/_/ ご案内 【東亜学纂学級文庫】
Ver,2,Rev.12
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