MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

後裔記 第1集 No.141

#### スピアの{後裔記|141}【1】実学「修羅場と場数」【2】格物「知命の極意」 ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 少年学年 **サギッチ** 齢9

【1】実学
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修羅場と場数

 (いくら、{家船|えぶね}だからって……。
 いくら、巧みな技で家を造る職人だからって……。
 やっぱ、船じゃん!)
 と、おれは、心の中で{呟|つぶや}いていた。

 それを察したのか、どうなんだか。木の筏でトラフグを育ててるっていうモクヒャさんが、言った。
 「……とは言ってもだ。やっぱり、船は船だ。町屋の雨仕舞と、{船体|ハル}の水密性とじゃ、大違いだぞッ!」
 「世界で一番大きな木造船、どこにあるか、知ってるかァ?」と、唐突にテッシャンが言った。おれらの顔を見回している。おれらは、反射的にというか、絶望の確認というか、一応だけど船長ってことになってるオオカミ先輩の顔を伺い見た。おれたちを代表して、「知らねーぇ!!」と言ってくれると、誰もが疑うことなくそう思っているような顔をしている。
 ……で、オオカミ先輩が、言った。
 「掃海艇でしょ?」
 「さすが、船長だなッ!」と、{渡哲|ワタテツ}サングラスを下にずらして、生の{眼|まなこ}でオオカミ先輩を覗き込むような所作をしながら、ジュシさんが言った。
 「大工{繋|つな}がりで、船大工の助っ人を探してみようじゃないかァ♪」と、タケゾウさん。実に、物分かりがいい。
 「事は、急を要する。だよねぇ? ……君たち。だったら、{長場|ちょうば}の大工さんも集めて、{手元|てもと}をやってもらったらどうかしらん」と、ファイさん。{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}で男勝りの少女には慣れてるつもりだけど、大人の女の男勝りのほうは、知識も免疫もない。なんか、女っぽい! それが当然……なんだろうけんどもーォ!!
 「日当、どうすんのォ?」と、スピア。実に、現実的だ。
 「材料費もだな」と……その声は、背後から聞こえた。懐かしい、ワタテツ先輩の声だァ♪
 クーラーボックスに入っていたイサキを三枚におろし終わったモクヒャさんが、手を休めて言った。

 「わしらはなァ……。
 自分のための人生は、もう{逝|い}ってしまった過去のことなのさ。未来にも{在|あ}って欲しい人類のため……しかもそれが、未来の{子等|こら}のためとあらば、余って残ってしまった人生と、鼻くそばかりの財産を無償で{捧|ささ}げることなど、奇特でもなんでもない日常の{茶飯事|さはんじ}なのさ」

 (なんか……重いなッ!)と、思ったその矢先、マザメ先輩が、言った。
 「オッサン! まだ若いじゃん♪ (モグモグ……) でもそこは、『日常のチャバンジ』って言わなきゃ。だから、オッサンなんだよ」
 (確かに、間違ってはないけど、他に、言い方があんだろッ!)と、思ったおれだけど、それよりなにより、口の中にアンパンとオニギリを頬張っている魔性の鮫乙女子の顔がおかしくて、笑いを{堪|こら}えるだけで精一杯だった。
 モクヒャさんが、また手を動かしはいめた。刺身が食える日は、近い♪ 目の前に、間違いなくその現実が、映し出されている。モクヒャさんに代わって答えるかのように、タケゾウさんが、{応|こた}えて言った。
 「人間、五十を過ぎれば、もはや短命とは申さぬ。頭脳も肉体も、{既|すで}に心の思いどおりに動いてはくれん。わしらの{戦|いくさ}は、もう終わったんだ。戦が終わった以上、もはや、どの{民族|エスノ}にも属さぬ。すべては、もう過去だ。それが……悔いがない人生であれば、運命の結末……そう、天命さ。でもな。悔いを残せば……それは、ただの宿命。そいつに屈して{廃|すた}れてしまった{亡骸|なきがら}なのさ」
 「どの{戦|いくさ}ァ? いつあったのォ?」と、ツボネエ。口の中には、唐揚げ!
 {細長|さいちょう}型の顔を長四角にして、テッシャンが応えて言った。
 「ヒト属……というか、動物が生きるうえで、勝負は、必定なんだよ。それが、戦。その戦に勝つ方法は、一つしかない。判りますかァ? それは、敵よりも早く、結果を知ることです。今を生きるだけでは、勝負には勝てません。負けたら、終わりです。人生は、勝負です」
 (さすがに……誰も、声にならない)と、思ったそのとき、ムロー先輩が、言った。
 「洞察……。熟達した大人の方々に比すれば、俺たち子どもは、{場数|ばかず}がぜんぜん足りません。先達の教えを血肉にするには、もっと行動せねば……」
 この無難な{尤|もっと}もらしい語り口の中のどの言葉に反応したのか、テッシャンの細長顔に変化が表れた。眉根を上げ、一重の細い眼をカッと見開き、裾野の広い鼻の噴射口からは、{鏃|ヤジリ}をピロリピロリさせ、その吐息に{晒|さら}された唇は、乾いていた。そして……。
 ゲート、オープン! テッシャンが、言った。

 「その場数とやらと、{昼日中|ひるひなか}に{放|ひ}る{糞数|クソかず}と、何か違うところがあるとでも言いたいのかねぇ? 場数百回で修羅場一回と交換してもらえるんなら、まだクソよりはマシかもしれんがね。
 場数を何千何万と繰り返しても、そこから{得|う}るものは、何一つ無い。だが、修羅場や逆境は……そうだな。正に、グルタチオンとタウリンを得た人間だ。なんでも食って、己の{糧|かて}にしてしまう強肝人間だ。そういう{逞|たくま}しい肝臓を育んでくれる秘薬が、逆境なのさ。
 だが、そんな都合の{好|よ}い逆境や修羅場は、一度限りだ。そこですべてを知ることが出来なければ、その者の道は、一日一日、ただ糞を放るだけの人生となる。
 だから、今まさに君{等|ら}は、{危|あや}ういのだ」

 麦コーン酒の缶が、{体験乗船者|ビジター}たちの片手の{掌|てのひら}の中に納まり、プリプリした鮮魚の切り身が、{美童|ミワラ}たちの胃の中に納まった。クーラーボックスの中の{宝物|ほうもつ}を{捌|さば}き終えたモクヒャさんが、麦コーン酒の缶の栓を、人差し指で強く引き開けた。
 そして、言った。
 「十枚の的を射抜くためには、矢は最少で何本必要か……{判|わか}るかねッ?」
 スピアの野郎が、聞きなれた憎々しい声で、言った。
 「数字だ。
 (ここで、おれの目を見る)
 お前の出番だぞッ!」
 言われなくても、判っている。でも、答えが、{解|わか}らない! こうなったら、いつものように、投げ{遣|や}りに断言するしかない。
 「10本に決まってるじゃん♪ おれの出る幕じゃないよォ!」
 ……と言って、おれは、不満げな顔を、{装|よそお}った。
 「みんな、同じ答えかなァ? 他の答えを持っている{御仁|ごじん}は、{居|お}らんのかなァ?」と、モクヒャさん。
 すると、マザメの大先輩が、一発打ち上げた。
 「一本も{要|い}らないねぇ♪ そんな的なんて、何百枚あったって、ぜんぶブチ壊してやるだけさァ!」
 「さすがは、修羅場もどき姫♪ 当たってはおらんが、指一本{外|はず}しただけだ。答えは、一本。的を十枚重ねれば、一本の矢で{射|い}抜ける」と言って、缶に入った麦コーン酒をグビっと喉越しさせて、幸せそうな顔のモクヒャさん♪
 「紙の的だったんだねぇ♪ それを先に言ってよォ!」と、{蘊蓄|うんちく}少年王のスピア。
 すると、沈黙を恐れるように、{間|かん}、{髪|ぱつ}数本の短い{間|ま}を置いて、タケゾウさんが、言った。
 「失敗! 無念ぢゃ」
 見ると、真っ二つに割れるはずの割り{箸|ばし}が、割れずに、既に割れている先っぽの片方が、ポキッ!と折れてしまっている。口{籠|ごも}った仲間への助け船なのか……それとも、ただ単に、不器用なだけなのか……てか、(手先が器用な町屋の大工さんなんだよねぇ?)と、思ったおれ。
 「割り箸は、人数分しか{貰|もら}ってないからなーァ……いやはや」と、タケゾウさん。独り{言|ご}ちて{俯|うつむ}く。
 「オッサンの今日一日は、クソみたいな一日で終わりそうだねぇ♪」と、マザメ先輩。
 「グサッ! {斬|き}られたな」と、ワタテツ先輩。
 「射抜かれたんっしょ!」と、オオカミ先輩。
 「まだ一枚じゃん。十枚まで、あと残り九枚♪」と、おれ。
 「{生憎|あいにく}、奇数は嫌いでね」と、タケゾウさん。
 「じゃあ、もう一枚、射抜いてもらうしかないねぇ♪」と、ジュシさん。渡哲サングラスは、ズラして鼻の上に{載|の}せたままだ。
 「{厄日|やくび}ね♪」と、ファイねーさん。なんか、ビミョーに嬉しそう!

 大人の女性に興味があるのか、マザメ先輩が、口を休みなくモグモグさせながら、ファイねーさんの全身を横目でチラチラと見ている。一瞬、おれと目が合う。ばつが悪かったのか、急いで口の中を綺麗にして、矢庭に喋り出した。
 「オッチャンたちってさァ。なんか、無意味に面白いよねぇ♪ オッチャンじゃなかったら、友だちになれたのにね。まァ、元気出しなよッ! てか、そのムギコン種って、何種類あるのォ? あたいらは、種の下位の亜種だけどさァ。
 そうだァ♪ サギ! 景気づけに、なんか歌いなよ。
 そうだァ♪ あれがいいよ。ビートルズの『ブラックバード』。ポールの弾き語り、最高だよね。ギターは無いから、ズングリ式の木琴で拍子とってやっからさァ。ほら、さァ、早く歌いなァ!」
 突拍子もなさすぎて、{塞|ふさ}がった口が{開|あ}かない!
 「黒い鳥? {鴉|カラス}? トンビなら、友だちだけど……」と、スピア。
 「おまえの友だちは、ウミネコだろがァ!」と、オオカミ先輩。おれも、そう思う。
 「なんの話? あんたたち、鳥と友だちなのォ?」と、ファイねーさん。
 「鳥と話せるんなら、赤い{若鷲|わかわし}のことも、知ってるんですかァ?」と、目と顔を長ーくして、細長顔のテッシャンが、言った。
 (そっちのほうこそ、「なんの話ーぃ?!」だよ!)と、おれだけじゃなく、みんな同じことを思っているような顔で、ファイねーさんの日焼けしているけど{艶|つや}っぽい顔を、じっと見つめていた。
 マザメ先輩は、文句のつけようがない絶世の美女だけど、一切まったく、ぜーんぜん、女を感じない。{何故|なぜ}なんだろう……。 

【2】格物
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知命の極意

 目標、願望、夢……成功、達成、実現……と、そんな言葉をキーワードにしていろんな本を読んでいると、ぜんぶ同じことを書いていることに気づく。
 {積極思考|Possibility-Thinkinh}。
 この積極思考を使えば、誰にでも、奇跡を起こすことが出来る。
 宇宙開発に積極思考だったアメリカ……。「おれは、宇宙飛行士になるぞッ!」と言って、積極思考を持ち続けた少年がいた。彼は、海軍兵学校を首席で卒業し、宇宙飛行士となり……しかも、宇宙遊泳を{為|な}し{遂|と}げた。
 メジャーリーグの野球選手を夢見た少年が、ワールドシリーズに出場してチームは優勝した……なんて話は、珍しくもなんともないことらしい。
 大事なことは、「成功したい!」「絶対に達成してやる!」「必ず実現する!」……と、固く決心してから突き進むことなんだそうだ。

 正に、信念と熱意の持続……。
 おれたち{美童|ミワラ}に置き換えてみれば、これが、知命の真意というか、極意なのかもしれない。
 「知命……」と聞くと、グサッ!とくる先輩が{居|い}るので、サクッとこのへんで{止|や}めておく♪

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_/ 2 /_/ 後裔記 第1集の子どもたち
寺学舎 美童(ミワラ) ムロー学級8名
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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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_/ 1 /_/ 『亜種記』 電子書籍
亜種に分化した子どもたちの闘戦物語
全12巻、第1~2巻発売中
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  お見苦しい点、ご容赦ください。

_/_/_/_/ ご案内 Ver.2,Rev.12
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_/ 東亜学纂学級文庫
熊本県阿蘇市一の宮町
_/_/ 東亜学纂
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