#### ムローの{後裔記|145}【実学】{荒|すさ}んでも森に還る{鱒|マス}たち【格物】獣の勇気 ####
体得、その言行に恥ずるなかりしか。
学人学年 **ムロー** 齢17
実学
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荒んでも森に還る鱒たち
この後裔記、{何故|なにゆえ}に{美童|ミワラ}ばかりに書かせるのか。{則|すなわ}ち、「{何故|なぜ}{武童|タケラ}は、書かないのかッ!」ということだ。
答えは、簡単だ。
大人になると、真実を書けなくなるからだ。だから、書いたとしても、{偽|いつわ}りや当たり障りのない内容を鏤めた、面白くもなんともない物語になってしまう。
無理もない!
仲間や家族を守るため、{或|ある}いは、なんらかの企てを完遂するためには、嘘や偽りを巧みに編み込んでゆかねばならないからだ。自然{民族|エスノ}と言いながら、まったく全然、自然とは程遠い。{寧|むし}ろ、不自然エスノだッ!
その点、和の{民族|エスノ}の大人たちのほうが、よっぽど自然体だ。自然を敬い、自然と共存し、自然に生きている。
さて、ズングリ丸に居残ることになった三名……学人学年の俺、門人学年のワタテツとヨッコくんのことだが、三人とも、後裔記を書くことが苦痛になってきているようだ。隠さねばならぬこと、右だと思っても左だと言わねばならぬ場合、違うと思っても「そうだよねぇ♪」って言わねばならぬ事態……等など。最近、そんな事情を、常に抱えながら、後裔記を、書いている。
だから、(そろそろ、後裔記を卒業する時期が、迫って来ているのかなーァ?!)なんて、昨今……正直、そんなことを、考えている。
一つ、余計なことを書こう。
何故、低学年の五人だけを、外泊させることにしたんだろう。八人全員、ズングリ丸に寝泊まりしたって、なんの問題もないはずだ。しかも、{居候|いそうろう}させてもらう五人の大工たちは、言わずもがな、昼間はズングリ丸で{鋸|のこぎり}を振るうはずだ。大工たちの家に残されたあいつらは、一体全体、何をさせられるんだろう。
こんなことを考えてしまうから、誰かが、どこかが、都合が悪くなってしまうのだろう。まァ、{兎|と}にも{角|かく}にも、俺はまだ、{美童|ミワラ}だ。生々しい記憶に{順|したご}うて、素直な描写に努めよう。
俺たち居残り組三人に話の矛先を最初に向けてくれたのは、クーラーボックスのオッチャン、モクヒャさんだった。
「少年少女だけで、この船にお泊りかァ。まァ、君{等|ら}三人なら、どうにかできるだろう。何かが起きたとき、どうにかせねばならんだろう? その代わり、昼間は、楽をさせてやろう♪ {陽|ひ}がでりゃせっせと甲板掃除と真鍮磨きだ。板張りを拭く米ぬか雑巾と真鍮を磨く研磨剤のピカールは、ぼくからの贈り物にさせてもらうから、存分に使いたまえッ!」
それが、本当に楽かどうか……そのときは、疑いもしなかった。{殆|ほとん}ど、興味がなかったんだと思う。まさか、あそこまで重労働だったとは……知っていたら、モクヒャさんの陰謀に満ちた贈り物など、絶対に受け取らなかったんだが……。
そのとき、ふっと思った。無言のヨッコ……不気味だ……というよりアイツは、喋り続けないと死んでしまう、新種のヒト種じゃなかったっけーぇ?! そんなヨッコの無表情の横顔を、チラッ、チラッと見ながら、マザメくんが、言った。
「レディーファーストってさァ。大切な人なのに、か弱いから、{護|まも}ってあげるって意味なんでしょ? あたい、確かにあんたたちにとっては大切な人だけどさァ。でも、か弱くなんかないから。だから、あたい! やっぱ、森に入るわァ♪」
そこで、意外や意外、誰もが予想していなかった{奴|やつ}が、口を開いた。
「あんたもさァ。いい加減、無理言うの、{止|や}めときなよォ! この辺の森はさァ、LDP指定地区なんだよ。文明エスノの政府が徹底管理してる。許可があれば立ち入ることは出来るけど、日の出から日没までに限られる。しかも、季節限定。真冬の極寒、日の出の時刻に氷点下であることが条件さ。
許可されて森に入った者で、日没までに戻ってきた者は、{未|いま}だ{嘗|かつ}て、一人も居ない。公表では、凍死ってことになってるけど、実際は、森に入って数分後には、漏れなく殺されてるって寸法さ。それでも、生きて戻って来る自信があるっていうんなら、許可なんて{面倒|めんど}っこい手順なんか踏まずに、これから、さっさと森に入っちまえばいいさァ♪」
さすがのマザメくんも、久々に投下された姉御ヨッコの忠言には、返す言葉が思い当たらないようだった。空気が、重い。そして、最初に口火を切ったのは、日焼けした健康そうな青年、ジュシさんだった。
目が、怖い!
「俺が、ちっちゃい頃はさァ……。
あの森の入り口に、アマテラスを祭った{祠|ほこら}があってさァ。そこから、登山道が森の奥に延びてたんだ。低い山だけどさァ。いっちょこまいに、山小屋があったんだ。
しかも、春から夏までの間は、うどんが喰えたんだ。山のおかんが、作ってくれるんだ。山菜と油揚げが、いっぱい♪ うどんは、頑固一徹のシコシコでさァ。炊き立てのご飯が、山盛り、お茶碗によそってあって、おかんお手製の総菜が、必ず三品、漏れなく付いてくるっていう超豪華バージョンさァ♪ そのどれもこれもが、{所謂|いわゆる}母の味ってやつでさァ……。
まァ、一種のデイキャンプってやつだなァ♪ でもみんな、おかんのうどんが目当てだったから、バーベキューなんかやる奴は、滅多に見かけなかったけんどなァ。
ほんでもさァ。川魚が、これまた{凄|スゴ}い!んだ。土着した{山女魚|ヤマメ}、海から戻って来る{皐月鱒|サツキマス}。コシアブラとかタラの芽とかの山菜が採れるころ、その両方の種の魚たちが、川面から顔を覗かせるんだ。
山女魚は、銀や青、金色の奴もいるんだ。山女魚が泳いでると、下流のほうから、『おーい♪ 元気してたかーァ?!』って言いながら、皐月鱒が、{遡上|そじょう}してくるんだ。奴らはさァ、代々降海してきたんだけど、一度だって、この辺の海から離れたことがないんだ。なんか、海民家族のお父さんって感じだろッ?
俺たちが亜種なら、そいつらも、亜種さ。たぶんなァ。実際にそこで泳いでいたのは、皐月鱒だけじゃないってことさ。他の亜種の鱒も、一緒に泳いでた。だから俺たちは、奴らを、区別なんてしなかったのさ。みんな、鱒ってことで、ただそれだけでいいじゃないかって、思ったのさ。
他の亜種の鱒っていうのは、平家鱒のことでさ。ここに居る平家鱒は、源平の合戦場となって{平|たいら}の{能登守|のとのかみ}率いる軍勢が果てた原っぱを{掠|かす}めて海に流れ出る平谷川からやってきた、{兵|つわもの}揃いさ。
そんな、俺たちの大切な想い出を、情け容赦なくぶち壊したのさ。文明エスノっていう亜種さんたちがさァ。そこまでされて、{一物|いちもつ}を持たねえ人間が、居ると思うかァ? 口や態度に出すがどうかは、別の問題さァ。
これ以上、俺たちの森を、{穢|けが}すんじゃねぇ!」
このあとの沈黙が、長く感じただけなのか、それとも、本当に長かったのか、まったく、思い出せない。
格物
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獣の勇気
福沢諭吉という先人は、こんなことを言ったそうだ。
「盲目社会に対するは獣勇なかるべからず」
一寸先でさえ真っ暗闇の時代で生き残るには、{獣|ケモノ}の勇気を持つ以外に{術|すべ}はない……と、言うのである。
盲目社会……正に今が、それだッ!
獣の勇気とは、なんだろう。
この語録の編者は、{斯|こ}う説いている。
獣は、考えない。
故に、迷わず、{拘|こだわ}らず、{囚|とら}われない。
_/_/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/_/
寺学舎 美童(ミワラ) ムロー学級8名
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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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東亜学纂学級文庫★くまもと合志
東亜学纂★ひろしま福山