#### ヨッコの{後裔記|150}【実学】女神となったマザメ【格物】余韻が残る鹿 ####
体得、その言行に恥ずるなかりしか。
門人学年 **ヨッコ** 齢15
実学
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女神となったマザメ
(そんな非常識な大声を張り上げてたら、声帯はズタボロ! 二度と{喋|しゃべ}れなくなっちゃうじゃん! この{娘|こ}、『家なき子』とか読んでないのかしらん! お腹を{空|す}かせた野生の狼が襲ってきたら、{闘|たたか}うしかないんだよッ! そこで、どっちが死ぬかは、神のみぞ知る。
{魔鮫|マザメ}が、その**神**だって言うんなら、話は別だけど……)
あたいは、破れそうな鼓膜を{庇|かば}いながら、そんなことを思っていた。妄想すること以外に、出来ることが無かったからだ。男どもは、火を起こそうとしたり、壁の板を{剥|は}がして{松明|たいまつ}にしようとしたり、何をやっても間に合やしないって誰もが知りながら、それでも、全身全霊を闘いの準備に傾けるしか術がないかの{如|ごと}く、銘々が機械になったみたいに、同じ動きを繰り返していた。
マザメが、口を{鎖|とざ}した。
……と同時に、地底の奥深いところ辺りを見遣るように、恐ろしい目で、地べたに視線を向けた。外の殺気も、ピタリと{止|や}んだ。{飢|う}えた狼たちの唸り声が、すべて{止|と}まってしまったのだ。出撃の合図が下り、一瞬の静寂に包まれたのだろう。
(これで、終わった……)という、あたいの本能の声が、聞こえてきた。ムローが、木の扉に向かって歩いている。(あいつ、死ぬ前になってやっと、知命の心境に到ったんだねッ!)と、母親みたいなことを、{何気|なにげ}に思ったあたい……。
ムローが、木戸を{推|お}し開けた。
雑草を踏み締める音が、拡声器からの音に切り替えられたかのように、急に、大きくなった。木戸に手を掛けたまま、ムローが、固まった。
長い時間……。
半身を起こしていたマザメが、再び横たわっている。気を失っているように見える。ムローの顔から、恐怖と緊張の色が、{退|ひ}いてゆく。雑草を踏み締める音が、一斉に止まった。
{皆|みな}、木戸に近寄る。
ムローが、外に押し出された。
外が、見えた。
立派な角を持った巨体の{牡鹿|おじか}、泥だらけのでっかい{猪|イノシシ}、鹿みたい顔をした堂々たる牛、そして{何故|なぜ}か、バカでっかい家畜の黒牛と赤牛……。
スピアが、ひょこひょこ歩き出した。一団の先頭に立っている鹿顔の牛の前に立ち止まって、喉元あたりを{撫|な}ではじめた。
背後で、ツボネエが、{囁|ささや}いた。
「スピアの兄貴、お礼を言ってるんだよ。依頼主のマザメ先輩が、また寝ちゃったから、代理人ってところだねぇ♪」
確かに、なんとなく、そんなふうに見える。
日焼けした青年ジュシさんが、誰にともなく、呟いた。
「あれ、ニホンカモシカだよッ♪」
さすがに今はレジ袋を手にしていないタケゾウさんが、ジュシさんの言葉を引き取るかのように、{継|つ}いで言った。
「その昔、この辺には、村があったんじゃ。麦や{蕎麦|ソバ}を作ったり、キャベツを作ったり、牛を放牧して繁殖させたりして、細々とはしとったが、幸せに暮らしとった。それがある日、文明エスノの野郎どもが押し寄せて来て、村人たちを追い払ってしまったのさ。あの牛たちは、そのときの生き残りか、その{仔等|こら}じゃろう」
スピアが、振り返って、こちらに戻ってくる……すると、鹿も猪もニホンカモシカも牛も、みんなお尻を四次元に大きく回しはじめた。まるで、踊っているみたいだッ! そして、そのまま振り返ると、森の奥へ、奥へと、一目散に駆け出してゆくのだった。
{殿|しんがり}の牡鹿が、お尻を躍らせながら、頭だけ、あたいらのほうに向けた。仲間たちに向けるような、温かくて優しい目をしている。
(あたいら、やっぱ、自然の一部なんだァ……)
あたいは、そう{独|ひと}り{言|ご}ちるのだった。
まだ、あたいらには、たくさんの仲間たちがいる。
あたいらは、あたいらがやらなければならないことを、やらなければならない。それが、天命である限り、そこを、目指し続けなければならないのだ。
それが、あたいらミワラの、運命さァ♪
格物
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余韻が残る鹿
「余韻の残る人」……という話を、聞いたことがある。
初めてあたいに、その余韻を残した男は……鹿だった。
優しい目に、可愛いお尻。
いい男になるには、やはり、情けと感動が、必要だ。人は、何かを感じなければ、動かない。逆に、{他人|ひと}に何かを感じさせることができれば、他人を、動かすことができる。感じて動くという事実は、知識では動かない、理屈でも動かないということを、意味している。人を動かすのは感動……「情動あってこそ!」なのだ。
万人のための偉大なる思想は、心情のみからしか発することはできない。情け深い心を持っていなければ、真に正しい人間にはなれない。人間の本質は、理知などではなく、*心情*なのだ。
ある有名な歌舞伎役者が、こんなことを言ったそうだ。
「昔の芸は情を主として見る人の心を動かしたが、今の芸人は仕草で面白がらせているだけだ」
仕草だけの人間は、軽い。情が仕草に乗り移ってこそ、人間本来の重みが出るということなのだろう。別れたあとに、また逢いたいなァ……って思うような、そんな余韻や余情を残す魅力的な人間が、この星に、あと何人残されているのだろう……。
アメリカのリーダーシップ論の本の中に、こんな言葉があるそうだ。
"The man of the wake"
船のと通ったあとの白い波の線航跡……。船は、とっくに過ぎ去ってしまったのに、その航跡は、なななか消えない。そんな航跡のようなものを{曳|ひ}いている人……{則|すなわ}ちそれが、「余韻が残る人」という{訳|わけ}だ。
その昔……「感性」と言えば、「何か、はしたないもの」とか、「なんとなく、{卑猥|ひわい}なもの」として、馬鹿にされがちな*もの*だった。今でこそ、感性という言葉は、それなりに重要視されている訳なんだけれども、ただ、言葉となった時点で、それは{最早|もはや}、感性ではない。感性とは、言葉では、決して表すことができないものなのだ。
「感性というものは、言葉では言い表せない」……と、言いながら、感性とは、その実、紛れもない私自身……{則|すなわ}ち、「今ここにしか存在しない、本当の私」のことなのだ。だから、感性が鈍いということは、「私自身の存在が、ぼんやりとしていて、まったく、{鮮|あざや}かではない」と、いうことなのだ。
ある小学校で、こんな面白い授業があったそうだ。
先生が、子どもたちに{訊|き}いた。
「雪が解けたら、なんになるぅ?」
{殆|ほと}んどのこどもたちが、「水になる」と、答えた。
ところが、たった一人だけ、違う答えを出した子どもがいた。先生は、その答えに「バツ!」を出し、間違いだと言って、切り捨てた。本当にバツ!を出されるべきは、この感性の鈍い先生のほうだ。
そのバツ先生が、間違いだと言って切り捨てたその答えとは……。
「春になる……」
雪が水になっても、そこに「私」は、存在しない。寒い寒い冬が春になってこそ、そこに「私」が、存在するのだ。敗戦後、小学校の先生たちは、理論や知識だけで、学校教育を行ってきた。これが、{日|ひ}の{本|もと}の国の教育が{歪|ゆが}み腐れ{堕|お}ちた{所以|ゆえん}なのだ。たいへん残念なことだけど{否|いな}むことが出来ない*事実*って、この世になんて多いことだろう。
イタリアの名匠の言葉に、こんなのがあるそうだ。
「私が私で生きるということは、私が吸っている空気よりもっと大事だ。私が私で生きることが出来なくなったら、もう死んだほうがましだ」
自分が存在しているからこそ、宇宙が存在する。
自分が存在していなければ、すべて、何もかもが、存在すらしないのだ。
_/_/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/_/
寺学舎 ミワラ〈美童〉 ムロー学級8名
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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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東亜学纂学級文庫★くまもと合志
東亜学纂★ひろしま福山