MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

後裔記 第1集 No.156

#### 異国に{在|あ}りて想う スピア {後裔記|156} ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 少年学年 **スピア** 齢11

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 後裔記は、{宛|さなが}ら航海日誌となる{筈|はず}だった。
 (ノート、何冊になるかなァ……)と、ぼくが思ったのは、当然の成り行きだった。でも実際は、想夏というこの季節、台風の影響を受けずに何日帆走出来るかは、正に、運を天に任せるしかなかった。しかも、汽艇で腕を上げた優秀なる我らがズングリ丸の船長は、外洋帆走艇に改造された処女航海も続投と相成ったんだけれども……そのお陰で、ぼくの予想は大きく外れ、航海日誌のノート一冊すべての{頁|ページ}が満たされることは、遂ぞ{叶|かな}わなかった。

 その長かった航海の説明を、一文で済ませようと思う。
 {斯|こ}うだ。
 台風が我らが艇の西側を通りそうなときは、離島の北側の入江に苦心苦労して{舫|もや}いを取り、逆に東側を通りそうなときは、離島の南側の入江で同じ苦心と苦労をし、{束|つか}の間と言っていい安航では、「見えた! シンガポールだ。やっと着いたぞーォ♪」という船長の虚しい勘違いの雄叫びを、ぼくらは幾度となく聞かされたのだった。

 その遠洋航海の終盤……。
 赤道を越えると、急激に寒くなった。{日|ひ}の{本|もと}が「想夏」ということは、そのとき南半球は、「烈冬」なのだ。(これ以上、南下してはいけない。北へ、赤道のほうへ引き返すべきだ)と、誰もが切実に思っていた。事実、めっちゃ寒かった。(防寒具も用意しとかなきゃねぇ♪)だなんて、誰がどうして思い到ることができただろう。

 あの日……。
 それは{正|まさ}に、助け船だった。一艇の帆走艇が、水先案内をしてくれたのだ。誘い込まれたのは、大きなマリーナだった。「ウエルカム♪ パータドグロス」と、そんな発音の挨拶で歓迎された。ヨッコ先輩が、*同じく*「ウエルカム{云々|うんぬん}」と横書きにされた白地のペイントが{眩|まぶ}しいアーチ型の看板を指差して、小声で言った。「あれ、読んでご覧なさいよ」と。「ポートダグラス」と、ぼくは読んだ。
 「オーストラリアまで来てしまったってことさ」と、ヨッコ先輩。予想のしようもなかった展開は{兎|と}も{角|かく}、意外過ぎる結末を{目|ま}の当たりにして、誰もが言葉を忘れてしまったようだった。
 メルボルンをスタートして大阪でフィニッシュする外洋帆走艇のレースが有名なんだそうだけれど、ぼくらのズングリマル一世号は、ポートダグラスの沖合いからスタートして相模湾の{小網代|こあじろ}フリートの沖合いでフィニッシュする新しい……無論、関係者以外誰も知る{由|よし}もないような無名のレースに参加するために、日の本から回航されて来たんだと、勘違いされてしまったようだった。

 分化と退化で紛争中の国と結ぶようなヨットレースを企画するなんて信じ{難|がた}かったけれど、それより何より、それに賛同した日本人が*文明エスノ*だということが判ったときの驚きと疑念のほうが、数倍もぼくらの心を動揺させたのだった。でも、斯う思うことにした。分化と退化が引き起こした電脳チップとの闘いに、文明の人たちの一部に根差していたシーマンシップが、{抗|あらが}おうとしているのだ……と。
 事実、クラースメン島の港湾管理所に勤務していた文明エスノの二人のおにいさんたちは、{拿捕|だほ}っぽく{拘束|こうそく}したぼくらを{窮地|きゅうち}から救ってくれた。そう考えると、ぼくらの祖国も存続出来る可能性が少しには違いないけれど、まだまだ残っているように感じることが出来た。
 そう考えると、なんだか少し勇気づけられたような気分になるのだった。

 今起きていることは、結末なんかじゃない。経過の{繋|つな}がりのなかの一つの展開……その、真っ{只中|ただなか}なのだ。
 それを、予測している書物があった。それは、ぼくとサギッチとマザメ先輩が離島疎開したヒノーモロー島……そう、自称ぼくの養祖父シンジイと同じく自称ぼくの養母カアネエが住まう連棟の端っこの家の一階、そのシンジイの寝室に連なる本棚の中に、収められていた。
 離島疎開……その、一日目。ぼくは、二階のぼくに与えられた個室に通されて、浅い眠りに就いたりまた目覚めたりと、{所謂|いわゆる}{微睡|まどろ}んでいた。すると一階、ぼくの部屋の真下にある居間から、カアネエの無警戒白旗信号のような高い音階の声が、耳に届いた。階段から上がってくるその声は、不思議な柔らかさがあって、なんとも説明のしようがない本当に心地のよい声だった。

 「どうしたのォ? おとうさんらしくもない。読ませたくないみたいな言い方をして……。おとうさん、よく言ってるじゃない。『本というものは、そのすべてが辞書なのだ。知りたいことがあるときだけ、読みたいところがあるかどうかを調べるために、本を開く。だから、これを読めとか、あれは読むなとか、それこそ{正|まさ}に、余計なお世話なんだ』って。
 だから、図書館の遺跡の発掘現場みたいに古い本ばっかり集めた史料室を作ったんでしょ? 史料室の本と、おとうさんの書斎の本と、どこが違うって言うの? いいえ……『{元|もと}い!』だわね。何かが、違う。だから、読ませたくない。どうしてなのォ?」
 すると、シンジイが応えて言った。
 「読んで欲しくないんだ。ただ、それだけだ。あの本には、彼の人生のすべて、俺たち{民族|エスノ}の運命の結末が、書かれている……」
 「だったら、本棚に並べとかないで、隠しときゃいいじゃん。燃やすのは、{嫌|イヤ}なんでしょうから……」と、カアネエ。
 暫し、沈黙……かと思った矢先、{俄|にわ}かにシンジイが、語り始めた。(この{類型|パターン}、よくあったな)と、ふと思い起こす。

 「本と名のつく{類|たぐい}の{奴|やつ}らは、読み手の手に届くところの棚に上げてもらっているから、普段大人しくして、次にまた読んでもらえるときを待っていられるんだ。読み手のほうも、いつも手に届くところにあるからこそ、安心して棚に上げておけるんだ。
 もしそれを、手の届かないところに取り上げたり隠してしまったりしたならば、両者の引き合う力が異様に強くなり、絶妙に保っていた{均衡|バランス}が、崩れてしまう。引き裂かれても、引き裂かれても、何度、どんなに遠く引き離されようとも、再び求め合って、互いに相手の所在を探し求めるものなんだ。
 そうなったら、もう、誰も手をつけられない。読み手は、本の中に、完全に吸い込まれてしまう。その本に書かれていることが、{譬|たと}えどんなに恐ろしいことだとしても、そこに書かれていることが、真実となってしまうんだ」

 暫し、沈黙。そしてカアネエが、言った。
 「ぜんぶ読むわね、あの子。おとうさんの寝室に置いてある本、ぜんぶ!」
 「読んでる途中で、興味を失ってくれればいいんだが……。理屈っぽい本だからな」と、シンジイ。
 「だったら、最後まで読み通すでしょうね。理屈っぽいの大好きだから、あの子……」と、カアネエ。
 「そうだったな」と、シンジイが言った。
 (初対面なのに、ぼくのこと、よく調べてるなッ!)と、そのときぼくは、{何気|なにげ}に思ったのだった。

 あの家の家父長であるシンジイは、本を、宝物のように扱っていた。そして、仕事柄なんだか、なんでなんだか、猛烈に早寝早起きでもあった。特に休日の早起きは、尋常ではなかった。日付けが変わるのを、布団を被って待っていたかのように、遅くとも深夜の二時までには起き出す。睡眠時間が一時間に満たなくっても、気にしない。
 シンジイは、日々の睡眠時間を、日誌に{記|しる}していた。「睡眠回数三回、二時間、五十分、十五分。今日の睡眠時間、合計で三時間五分」みたいな感じで。

 後裔記に、すべての出来事を書いている{訳|わけ}ではない。{寧|むし}ろ逆。書けなかったことは、書いたことの数百倍はある。それは、みんな同じだと思う。しかも書けないことは、学年が上がれば上がるほど、どんどん増えてくる。

 そうやってぼくら子どもは、大人になっていってしまうものなのかもしれない。でも、そうなってしまってはいけない。それが、今この時代に産まれて来たぼくらに与えられた**天命**に違いないからだ。

_/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/
美童(ミワラ) ムロー学級8名

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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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