#### 北欧に息{衝|づ}く遺伝の正体 オオカミ {後裔記|159} #### 体得、その言行に恥ずるなかりしか。 学徒学年 **オオカミ** 齢14 ■□■□■□ 降り立ったのは、コペンハーゲン。デンマーク? テッシャン氏に{促|うなが}されるまま、乗り換える。 ジェット機から、プロペラ機。 スピアの口数は、少ない。 {爺|じい}さん相手だと、あれだけよく{喋|しゃべ}るのに……だ。 サンダル{履|ば}きのオバハンたちが、パラパラ。 空港のビルから歩きで、プロペラ機へと向かっている。 片手に買い物袋、傘をぶら下げている人も{居|い}る。 ヨーロッパの人は、傘を使わないと、何かの本で読んだ。 北欧は、例外らしい。 テッシャンが、言った。 「昔は、日本のプロペラ機が、ここを飛んでたんだ。 {YS11|ワイエスじゅういち}と言ってね。 よく揺れたらしいけど、故障の少ない名機だったらしい。 それもまた、日本民族の気質だ。 絶滅したけどな。 気質だけ」 スピアが、{俄|にわ}かに目覚めた……ように、言った。 「ここって、島だよねぇ? {ブルー・トゥース|BLUE TOOTH}っていう王様が{居|い}たんでしょ? 無血開城で、スウェーデンを制圧したんでしょ? 誰かが、然修録に書いてたじゃん! ぼくだったけぇ? 誰だったっけーぇ?!」 そんな話、おれにとったら初耳だ。 プロペラ機が着陸して車輪が止まっても、スピアの口は回り続けていた。 そこは、ストックホルムの空港。 スウェーデンだァ! そこから、バスに乗り込んだ。 ただ盛り土して、{天端|てんば}を{均|なら}しただけの高速道路。 短調な路面と雄大な光景が、延々と続く。 スピアが、テッシャンに{訊|たず}ねた。 「ねぇ。これ、高速道路? いつ完成するのォ? 工事、ぜんぜん進んでないじゃん!」 確かに、岩を粉砕したゴロゴロの石、{砂利|じゃり}、真砂土……やらなんやらを積んだ{格好|カッコ}いいダンプカーが、時折視界に現れる。 どう考えても、この道路の路盤を作っている連中だ。 それにしても、この雄大な眺め。心まで、大らかになる。 (夏場だから、そう思うのかな。冬だったら、泣きが入ってたかも。北欧だからなッ!)と、ふと{何気|なにげ}に思う。 そのとき、テッシャンが口を開いた。 スピアに訊かれてから、雄大な間が空いていた。 「とっくの昔に完成してるさ。 何か都合が悪くなると、高速道路の経路を変えるんだ。 路盤を撤去して、代わりに新しい経路に盛り土すれば、簡単に経路変更が出来るだろッ?」 (まァ、そういうことなんだよなァ)と、妙に納得した。 それにしても、北欧事情に明るいな、テッシャンは……。 だから、ここを選んで、おれらを引率して来たんだろうけど。 唐突にスピアが、前の座席に座っているオバハン・レディーに声をかけた。 「あの、あのーォ。 残酷だよねッ!」 {正|まさ}に、唐突。 最初は、誰に言ってるのかさえ判らなかった。 おれらは、バスの最後部に並んで座っていた。 そのすぐ前の{座席|シート}に、そのレディーのオバハンが座っていた。 巻き巻きモニター(たぶん、{日|ひ}の{本|もと}製)を開いて、映画を観ている。ドラマかなァ? 戦記。中国? 朝鮮半島かな。 驚くことに、このレディー……てかオバハン。 スピアのほうに振り返って、日本語で応じ返してきた。 ちょっと、たどたどしいけど。 (スウェーデン語が喋れて、日本語が喋れて……スッゲーよな。やっぱ、それだよなッ!)と、感心するおれ。 そのレディーオバは、{斯|こ}う言った。 「どっちがァ? {聡|さと}いわね、あなた。 {魏|ぎ}と{呉|ご}と{蜀漢|しょっかん}の{丞相|じょうしょう}の妻たち? それとも、ヘッポコ呪術師の子連れ妻のほォ?」 唖然とする、我ら三名。 無理もない。 その後に続く言葉が、輪を掛けた。 「あんたらさァ。 知ってる? 遺伝する{筈|はず}もないのに、だんだん、あの人に似てくる。 ご先祖さまさァ。民族のね。 ホームドラマだからと言って、馬鹿にしちゃいけない。 {曲者|くせもの}の呪術師を{装|よそお}ってはいるけど、{誤魔化|ごまか}しのない赤裸々な魂が、そのままの姿で透けて見える。 あんたたちも、そうさ。 不思議な……不可思議な、{痩|や}せぎすな顔。 あんたたちが{華奢|きゃしゃ}なのは、遺伝なのさ。 あんたたち民族の、ご先祖さまのね」 レディーオバは、そう言うと、サラミ入りのチーズを{齧|かじ}った。 レディーオバも、痩せていた。 ワインのミニボトルを持ち上げて、その痩せた顔の厚い唇に、運ぼうとしている。 そのとき、テッシャン氏が、口を開いた。 「遺伝と言えば、あなたは、ぼくの母のまだ若かったころに似ている。 母は、アジサイが、好きだった。 西洋の華やかなアジサイじゃない。 日の本の国で遺伝で{繋|つな}いできた、地味なガクアジサイ。 そいつの一輪挿しが、無色透明な水を、吸い上げる。 まるで、{瑠璃|るり}の宝石のように鮮やかに咲く花。 しっとりとして{艶|つや}っぽい、その花。 母は、そのひとひらひとひらを{毟|むし}り取り、マッチを{擦|す}って、丹念に火をつけようとする。 なかなか、{上手|うま}くゆかない。 それが、ぼくの母の記憶です」 スピアが、ぼそっと言った。 「記憶があるだけ、マシじゃん! そう思うことにしたんだ。 記憶はあるけど、思い出がないから」 「{危|あや}うい{悪餓鬼|わるがき}だからな、おれら」と、おれもぼそっと。 すると、ワインを一口か二口か飲み終えたレディーオバが、言った。 「いいえ。 あんたたちは、悪ガキでも{渋|しぶ}ガキでもないわよ。 あどけない顔をした、{ジパングール|ジャパン}の少年。 お行儀もよろしくって、{寧|むし}ろ、{窮屈|きゅうくつ}なくらいよォ♪」 ドーン♪ 腹に響くような音。 バスの乗客は{疎|まば}らだったが、それでも振り向く人は、一人も居なかった。 その音は、レディーオバの巻き巻きモニターから聞こえてきた。 すると、モニター画面の下半分に、目立つ題字が、浮かび上がる。 『第九十二話』 レディーオバが、言った。 「何話まで続くのかしらん! さてと。 そろそろ着くころよね。 歩くの、嫌い。 だって、重いんですもの」 レディーオバは、二つもあるでっかい買い物袋を交互に見ながら、ため息をついた。 その次の展開を、誰が{拒|こば}めただろう。 バスから降りて、手ぶらでルンルン気分でスキップする、レディーオバ。 その後に続く、{荷役|にえき}を負ったオッサン一名と、少年が二名。 おれは、何気に思った。 (どの国も、どの民族も、どうして女ってやつは、こうも強いんだろう!) _/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/ 美童(ミワラ) ムロー学級8名 =::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::= 未来の子どもたちのために、 成功するための神話を残したい…… =::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::= _/_/_/ 電子書籍 『亜種記』 世界最強のバーチュー 全16巻 (Vol.01) 亜種動乱へ(上) https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B08QGGPYJZ/ (Vol.02) 亜種動乱へ(中) https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B09655HP9G/ (Vol.03) 亜種動乱へ(下巻前編) https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0B6SQ2HTG/ (Vol.04) 亜種動乱へ(下巻知命編) (Vol.05-08) 裸足の原野 (Vol.09-12) {胎海|たいかい}のレイヤーグ (Vol.13-16) 天使の{洞穴|どうけつ} _/_/_/ ペーパーバック 〈編集中〉 _/_/_/ まぐまぐ (1) 後裔記 https://www.mag2.com/m/0001131415 (2) 然修録 https://www.mag2.com/m/0001675353 _/_/_/ はてなブログ https://shichimei.hatenablog.com/ _/_/_/ note https://note.com/toagakusan =--=--=--=--=--=--=--=--=--=--=--=-- ※電子書籍編集のための記号を含みます。 お見苦しい点、ご容赦ください。 =--=--=--=--=--=--=--=--=--=--=--=-- 東亜学纂学級文庫★くまもと合志 東亜学纂★ひろしま福山