MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

後裔記 第1集 No.167

#### 薪ストーブが映し出すもの オオカミ {後裔記|167} ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 学徒学年 **オオカミ** 齢14

 柄じゃあないけぇ。
 ……美しすぎて、{性|しょう}に合わん!
 ここ、スウェーデンのことである。

 スピアとテッシャンは、話しはじめると、止まらなくなる。
 それもまた、性に合わんのよーォ。
 で、……だ。

 北欧のバカンスが終わり、長期休暇の後半を楽しんでいる欧米の旅行者たちを横目に、トラックの助手席に乗り込んだ。
 ヒッチハイクと言いたいところだけど、テッシャンの知り合いかそのまた知り合いみたいな人が運転する4トントラックで、アイヒキだかスコッチパインだかスウェーデンパインだか、なんかいろんな呼び方をしてたけど、要は、硬い松の木の集成材やらなんやらを運んでいるそうだ。
 {因|ちなみ}に集成材というのは、割れを防ぐために、3層に貼り合わせた丸太とか角材のことらしい。

 バカンス明けの仕事始めでストックホルムを出発したトラックが行きついたのは、西部のヨンショーピン空港にほど近い、風光{明媚|めいび}な森と湖の一角に拡がる大きな工場だった。
 そこで造っているものが、これまた興味深い。
 おれら子どもが大好きなアスレチック遊具だ。

 ポンと工場の中に降ろされて、意外とおろおろもせず、一人で工場の中を散策していると、「オオカミくーん♪ 君、オオカミくんだよねぇ?」と、背後から声をかけられた。
 直ぐにオッサンと{判|わか}るその声の主は、これまた直ぐに東洋人と判る体系をしていて、丸い顔に丸縁の薄グレーの{眼鏡|めがね}をかけている。
 その顔が、無警戒にニコニコと疑いのない好感百パーセントの親近感を{醸|かも}し出しながら、それを{載|の}せている体が、だらしなく突っ立っていた。
 テッシャンからか、トラックのオッチャンからなのか、どちらとも判然としないけれども、どうやら、おれに関するあれこれは、話が通っているみたいだった。
 あれこれというのは……まァ、{一言|ひとこと}で{云|い}えば、一人で行動したかっただけの我が{儘|まま}百パーセントの{俄|にわ}か{仕来|しきた}りの旅である。

 よれよれのスーツを着ているので*だらしなく*見えた東洋人のオッチャンだけど、誘われるがままに、後をついて工場の中を散策していくうちに、ご当地の言語らしきたぶんスウェーデン語に英語、それから日本人だと判らせる{流暢|りゅうちょう}な日本語で、行き交う人たちと親しそうに言葉を交わす様子を眺めているうちに、次第にだらしない{心象|イメージ}は消えていった。
 いくつかある工場の建屋の一つから、見るからに天真爛漫そうなオバチャンが出て来た。
 直ぐさま、だらしない風のオッチャンが、東南アジア系らしき言葉で声をかける。
 するとそのオバチャン、どかどかとオッチャンのほうに駆け寄って来て、「なんちゃらパランタガヤーン♪」みたいなことを言って、大笑いしながらオッチャンの背中をバシッ!と、力いーぱい叩いた。
 どうやらこのオッチャン、この工場の中では、有名人らしい。
 実態がどうであれ、日本人が海外で有名で、バリバリとコミュニケーションを{図|はか}っている{様|さま}は、実に実際、現実的に素晴らしい事実だと思う。

 まだ{白夜|びゃくや}の{名残|なごり}で、日が長い。
 工場に降ろされたのは、午後の早い時間だったと思う。
 それが、あっというまに夕方である。
 太陽は、まだ{燦燦|さんさん}と頭上から照りつけている。
 有名人のオッチャンが、言った。
 「バンゴハンはねぇ。
 そう、スンズ湖で食べればいい。
 コテージの前に{停|と}めてる{手漕ぎ|ロー}ボートが自由に使えるから、スンズ湖の小島を探検してもいいし、プレイルームに行けば卓球台が置いてあってさァ、遊び相手も直ぐに見つかるよ。
 バイキング形式だけど、美味しいものがいっぱい揃ってるしね。
 今日は、そこに泊まればいいよ」

 おっちゃんがそう言い終わると同時に、おれは、全身で同意を{顕|あらわ}したが……その直後、矢庭に話は引っくり返された。
 オッチャンが、言った。
 「あッ、やめた!
 これから、輸出部長の家に行ってみよう♪
 部長の家もそうだけど、スウェーデンの家は、{日|ひ}の{本|もと}の家を研究して、こじんまりとして意外と小さい家ばっかりなんだ。
 養子縁組をした世界中のいろんな国の子どもたちが{賑|にぎ}やかに{騒|さわ}いでいてちょっと騒々しくはあるんだけど、真冬でも暖房が{要|い}らないくらい{温|あった}かな雰囲気なんだ。
 無論、暖房が要らないっていうのは、話の{譬|たと}えっていうか、冗談だから。
 誤解しないように、お願いねぇ♪」
 (そんなもん、子どもだって、誰も誤解なんかしねーよッ!)と、心の中で思いながら、その日は朝からずっと、そんな調子で{為|な}すがままの一日で終わるのだった。

 輸出部長と、エリアマネージャーと呼ばれているオバチャンと、だらしない風の日本人のオッチャンの三人に連れられて、おれは、勧められるがまま、自家用車らしきワゴン車の助手席に滑り込んだ。
 (助手席だと、ガイドを{聴|き}きながら、周りもよく見えるからだろう)と、{何気|なにげ}に意味無さげにそんなことを思うのだった。

 オバチャンは、輸出部長の奥さんらしかった。
 話は、おれたちを乗せた輸出部長一家の愛車であるVOLVO……940エステートの話に及んだ。
 一九九〇年製で、後ろがハッチバックになっている。
 後部座席の後ろの荷室には、自家用なのか商用なのかよく判らないくらい、公私混同状態でいろんな荷物が積み上がっていた。
 ハンドルを警戒に{捌|さば}きながら、輸出部長が言った。
 日本語が達者だったけど、時折、だらしない風のオッチャンが、必要のない通訳で口を挟んでくれた。
 輸出部長がまだ子どものころ、{日|ひ}の{本|もと}製の*外車*が家にあったそうだ。
 でも、新車で購入したその車は、直ぐに{錆|さ}び錆びになって、どこかに売ったか廃車になってしまったそうだ。
 スウェーデンでは、長い長い冬季、滑り止めのために、路面いっぱいに塩を{撒|ま}くんだそうだ。
 塩のシャーベットの上を走ることを想定していない輸入車は、日の本の車に限らず、どこの国のメーカーの車だって、そりゃ錆びるだろう! ……みたいな話である。
 それが今では、ボルボのタイヤを止めているでっかいボルトは、日の本のメーカーから輸入しているそうだ。
 (スピアたちが疎開したあの島……ヒノーモロー島の{ヒノーモロー・ガター・ビーアコ|HGV}社のことかなーァ)と、{何気|なにげ}に思った。
 でも、口には出さなかった。
 もしそうだとしても、「それ、戦費稼ぎのために{造|つく}ってるんですよねーぇ♪」なんて軽口を叩きでもしたら、悲劇の幕を開けることにもなりかねないからだ。
 大人にせよ子どもにせよ、余計なことは口に出さないのが一番だ。
 ……で、そのボルト。
 なんでも、ダクロリート{鍍金|めっき}って言って、メッキの層の中にアルミのフレークが積み重なっていて、錆び{難|にく}いんだそうだ。
 確かに、日本人が造っていそうな臭いが漂ってくる。

 そんなこんなで、{俄|にわ}かに賑やかになった車中から降り立つと、こじんまりとしたスウェーデン建築の民家へと招き入れられた。
 家の中では、五人の子どもたちが、楽しそうな声を響かせていた。
 三人が東南アジア系、そしてアフリカと中国が一人ずつ。
 連中の歳は、そうだなァ……おれが、もしこの家の家族に加わったとしたら、ちょうど六人兄弟の真ん中へんになるかなって感じかな。
 大人たちが腰を下して{一息|ひといき}ついたところで、輸出部長の奥さんのエリアマネージャーが、何気に{独|ひと}り{言|ご}ちるように言った。

 「思いは、あなたの先輩の{武童|タケラ}と同じ。
 一つにすること。
 いいえ、ちょっと違うわね。
 一つになろうとすることなのよ」

 我らが祖国の{武童|タケラ}たちが一つにしようとしているものは、亜種だ。
 でも、スウェーデン知命した大人たちが一つにしようとしているものは、人種だった。
 おれは、何気にそう思った。
 その矢先……こんどは、だらしない風のオッチャンが、おれの方に向き直って、なんだか改まったような顔つきで、話しかけてきた。

 「ちょっと、自信を喪失してるみたいじゃないかァ。
 でもそれは、違うと思うなァ。
 みんな、向いていることに集中して、そこで腕を磨いて役に立てばいいんだよ。
 君やマザメくんやサギッチくんは、シャープに{喋|しゃべ}ったりドンドン動き回ったりして他の五人を助けることが多い反面、直感や霊感で動くところが大きいから、{斑|ムラ}も多いし行き詰まる場面も多々ある。
 でもなァ。
 そんなときに助けてくれるのが、他の五人の能力っていうか、個性なんだよね。
 友情っていうのは、知らず知らずの間に、綿密なアルゴリズムを作り上げてくれているものなんだよ。
 文明人にとったら、直ぐに電脳のことが頭に浮かぶだろうから、アルゴリズムって言ったって、精々*算術*くらいのもんだろうけどさ。
 でも、君ら自然{民族|エスノ}は、違う。
 君らのアルゴリズムは、{呪術|じゅじゅつ}だ。
 算術を更に進めて、学問によって会得し、実践によって体得する能力ってところかなァ。
 文明{民族|エスノ}は、てめえらが開発した電脳チップに、今や{亡|ほろ}ぼされようとしている。
 {何故|なにゆえ}か。
 文明の{奴|やつ}らの武器は、強火だ。
 それに対して電脳人の武器は、弱火なんだよ。
 生みの親である文明人を、グツグツ、グツグツっと、弱火でじわっとじっくり、煮詰めてゆく。
 恐ろしい奴らなのよ。
 電脳人っていうか、あの、チップ野郎どもは……」

 部屋の片隅で物静かに{佇|たたず}んでいる薪ストーブが、スウェーデンの長い冬の一家{団欒|だんだん}を、今まさに映し出してでもくれるかのように、ひっそりと{据|す}わっていた。
 どうやら、{日|ひ}の{本|もと}の歴史に明るそうな、この家の家父長……その輸出部長が、だらしない風のオッチャンの言葉を継いで、ぼそっと{呟|つぶや}くように語った。

 「心ある文明の人たちは、追い詰められて、急速にその数を減らされていった。
 元々長きに{亘|わた}って追い詰められて、{既|すで}に少数派になっていた和の人たちや自然の人たちは、暫くの間、{放|ほ}ったらかしにされてたってことだろうね。
 和の人たちや心ある文明の人たちは、競うことと、目には目を!の当然のヒト属存立のために不可欠な基本を禁じられ、その意志も能力も、心や肉体から{削|そ}ぎ落されてしまったんだな。
 当然、自滅を{尋|まね}くことになる。
 敵が、{得手|えて}とする算術で攻めてくるならば、先ずは、その算術で打って出て、敵方の随所に{隙間|すきま}を作る……。
 油断させるってことだね。
 本当の勝負は、それからなんだ。
 算術に集団心理と暗示を加味して、この星のすべての生きものが連合して、呪術を仕掛ける。
 その戦いが、これから始まる。
 主役は、君たちだ。
 ぼくらは、あの世からエールを送ることくらいしかできないだろうからね」

 テッシャンたちタケゾウ組の五人は、無事に日の本に着いただろうか。
 生きて、また逢いたい。
 ここの、温かい七人家族とも……。

 _/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/
 ミワラ<美童> ムロー学級8名

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 吾ヒト種   われ ひとしゅ
 青の人草   あおの ひとくさ
 生を賭け   せいを かけ
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 ルビ等、電子書籍編集に備えた
 表記となっております。
 お見苦しい点、ご容赦ください。

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