みなさん、こんばんは。
【後裔記】です。
毎週土曜の夜7時。
今夜も、お届けいたします。
「行動と目的の学」を実践する子どもたちの日記。
読み切りで ♪
エスノキッズ 心の学問「自伝編」
令和2年6月27日(土)号。
一つ、息(いきを)つく。
旅の思い出。
その日も、その日暮らしのアルバイト。
イベント会場。
ケータリングカーやキッズコーナーの設営。
受付と会場の案内。
そして場外の公道、来場者の誘導だ。
冬は毎年暖かさを増してゆき、夏の暑さは残酷度を高めてゆく。
その夏、公道の路側帯にパイプ椅子を置き、でっかい矢印看板を抱えて、「よいしょ」と腰掛ける。
行き交う車や散歩する家族連れ。
ただじっと、佇む。
人気が退(ひ)くと、リュックサックから本を取り出し、パイプ椅子の上で胡座(あぐら)をかく。
まさに、座学。
そこに、会場へと続く坂道から、恰幅のいい外国人の男性スタッフが歩いて下りてくる。
片手で、ペットボトルのドリンクを呷(あお)りながら。
遊んでいるほうの手には、使いきりの小さなクーラーバッグが、ゆらゆらと揺れている。
生き返った気分。
目は潤み、喉は鳴った。
「そうやって日焼けして目をギラギラさせているところは、むかしのニッポンジンショーシャマンみたいだね」
彼は、ニコニコしながらそう言うと、ぶらぶらと揺れているクーラーバッグをそのまま、俺に差し出した。
どうやら、日本での生活が長いようだ。
次に、俺の手から看板を取って片手で支えると、暫くの間、俺を仕事から解放してくれた。
クーラーバッグの中には、フルーツケーキも入っていた。
しっとりとして、冷たくて美味しかった。
彼の話は、興味深いという意味で、面白かった。
《 優秀なニッポンジンショーシャマン時代の幕開け 》
1500年代初頭。
日本は、戦国時代。
鉄砲の伝来より、まだ四半世紀以上も前のこと。
西洋の商人や冒険家たちは、大陸の反対側、東アジアを目指していた。
目的は、商売の覇権争いに勝ち、植民地を広げること。
しかし、そこで彼らが見たものは、元祖ニッポンジン商社マン!
しかも、多勢。
いくつもの集団を作って、各地で活躍していた。
それから四半余世紀ののち、鉄砲が種子島に伝来したころには、さぞ戦国商人たちの商魂冒険心が駆り立てられたことだろう。
まさか!
急転。
鎖国商人の時代が訪れようとは、夢にも思わなかったに違いない。
さても、その鎖国商人。
なんと!
商魂を闘魂に変えて、封建的でしかも鎖国という封じ込められた厳しい環境のなかで、商工業を驚異的に発展させた。
優秀なニッポンジンショーシャマンの原点は、ここにある。
《 人種差別で蔑んでいる有色人種から、わんさか物を買う白人たち 》
大東亜戦争が始まる前の概ね10年間。
オーストラリアで、戦国商人を彷彿するような活躍を魅せる商人たちがいた。
言わずもがな。
ニッポンジンショーシャマン!
有色人種への差別意識が色濃いオーストラリアで、昭和商人は門前払いの連続の日々を堪えながら、「物を売るとは何か!」を考え続けた。
結論。
自分たちが作ったものが売れない。
これは、自分たちが日本人だからではない。
それが、欲しくないからだ。
じゃあ、欲しいものを作ってあげればいい。
しかも、アメリカやイギリスが作るより、もっと安く!
結果。
旋風!
ニッポンジンショーシャマン。
《「傘って、なに?」の国に、番傘を売りに行く昭和商人 》
同じころ、船でアフリカまで番傘を売りに行った昭和商人がいる。
なんと、実話!
その番傘。
色鮮やかで、しかも安価 ♪
港に到着。
一本も売れない!
白人商人なら......というより、人種に関わらず、そこで諦めるのが普通。
( 傷口を広げたくない )と思うのが、普通だ。
しかし、その昭和商人は、違った。
傷口を、広げまくった!
なんと、カヌーを借りて、川を上流へ上流へと、遡って行った。
1週間、戻って来ない。
1ヶ月、戻って来ない。
彼の行動を観て蔑むことを忘れなかった西洋の貿易商人たちも、彼の生存を案じはじめていた。
そんなある日、日焼けした昭和商人が、ひょっこり川を下って戻ってきた。
カヌーには、原住民たちが身に付けている装飾品やコインまでもが、山を成している。
それを見て、白人の貿易商人たちは、呆れかえった。
その白人商人たちの口から、言の葉の一枚すら舞うことは無かった。
彼の突飛な感覚が、頭でも体でも、どうしても理解できなかったのだろう。
突飛な商人.......彼の名は、言わずもがな。
ニッポンジンショーシャマン!
令和2年6月27日(土)号
一息 25【戦国のさなか東アジアに大挙していた室町商人。大戦前に豪州やアフリカで大活躍していた昭和商人】門人、ワタテツ
【行動と目的の学】
江戸期の儒学者たちは、学問を一つの型にして、学校や家庭に根付かせました。
その型が崩壊した現代、廃残したわたしたち民族には、新たなる型が求められています。
美質を生まれ持った子どもたちは、戈(ほこ)を止(とど)めると書く武の心を修めるために、東亜の行動哲学、西洋の目的心理学、民族史と神話、未来と過去の脚本技術などを学んでゆきます。
Japanize Destinies Distribution
『亜種記』『息恒循』『然修録』『後裔記』
JDD 東亜学纂