MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

一息 39【スピアの後裔記】養母の夜話 ‐ カアネエが明かす、父子家庭の過去 ‐ 。浅眠尋夢《元気が出る日記》

《元気が出る日記》
ミワラ〈美童〉と呼ばれる寺学舎の学童たちの日記〈後裔記〉を、2020年1月より週刊で配信しています。

エスノキッズ 心の学問「自伝編」
令和2年10月3日(土)号


一つ、息をつく。


〔 養母の夜話‐カアネエが明かす、父子家庭の過去‐ 〕

カアネエが二階の自宅に帰宅したのは、台所に撤退してから、驚くほど間もなくだった。
炊事は、週末回し。
ぼくの考察が、的中した瞬間だった。

ぼくの家(二階の部屋)は、三方を廊下に囲まれ、三面ともガラス障子がはまっていた。
季節柄、開けっぴろげ。

カアネエと、目が合う。
考察の間もなく、養母は、僕の家の中に足を踏み入れた。
養母とぼくの間に、障害物は、なし。
ぼくの面前に、ドカンと座る。
目線が合う。
仰角、少々。
お尻を、畳の上に落とす。
今まさに、べべちゃんこ座り完了!
おめでとう♪

カアネエが、言った。


「自信、ないのよねーぇ。

預かるには、預かったんだけどさ。
あんた、あたいに、似てるんだよね。
あんた、たぶんだけど、もう二度と、学校へは行かないだろうね。
あんたの時代でいうと、学園だっけぇ?

小学校中退のあたいが、偉そうに言うのもどうかと思うんだけどさ。
コミュニケーションって言葉、知ってるよね?
コミュニケーションてのはさ、その場にいないと、出来ないんだよ。
だから、あたいら引きこもりは、コミュニケーションなんていう奴(やつ)とは、無縁!ってわけさ。

だけどね。
階段の下の学校は、絶対に辞めないでほしいの。
なぜって、あんた、知命したら、タケラ〈格武童〉になるんでしょ?
自然に生きてるあんたたちは、みんなそうだからね。
あたいらは、それを、大人(おとな)になるとか、成人するとか言ってたけど。

あんたたちの習俗に倣(なら)って自然の一部となって生きようが、文明人と一緒になって科学を追求しようが、旧態人間の和に順(したが)って、畑で泥んこになって汗びっしょりになったり、灘(なだ)で海水を浴びたながら筋肉痛になったりしようが、どんな世界にいたって、大事なことは、一つしかないんだ。

それが、ルーティン。

おまえが、下の学校へ通ってるとさァ、早ければ明日にでも、あのオッサン......父さんから、こんなことを言われるよ。
あんたから見たら、爺さんかァ。
まァ、五歩十歩さ。

上手(うま)くは言えないけど、まァ、こんな感じかな。

『何度教えたら、わかるんだァ!

学ぶ気が無いんなら、とっととここを出て行けッ!
ここまで無能なバカだとは、予想もしなかった。
おまえを預かったわしが、馬鹿だった。
謝(あやま)る。
だから、出て行ってくれ。
頼む。
見てると、ムカつく。
頼む。

わしの頼みも、聴けんというのかッ!
ふざけるなァ!
とっとと、出て行きやがれーぇ!』

って、感じ。

それを、マジ顔で。
地球の反対側にいるアンタに言い捨てるみたいな、大声で。
『古典広辞苑』選(え)りすぐりの、クレイジーで小汚くって破廉恥な言の葉を。
なんとなんと、最大限に効果的なシナリオのモチーフに構成して、
それを、あんた一人に目掛けて、集中砲火する。
そして、テーブルは引っくり返り、皿も、あんたが好きな異様なおかずも、座卓も、座布団も、宙を舞う。

で、あんたは、(はいはい♪)って心の中で思いながら、今日も強(したた)かに、そして明日も強かに、あの爺さんから、学問の教示を受け続けるのさ。
それが、ルーティン。
父さんの罵声も、宙を舞う座卓も、あんたの人生って名のシナリオに組み込まれた、一枚のリトマス試験紙さ。

決めごと。
繰り返し。
成長のための習慣。
それが、ルーティン。

タケラになるために、避けては通れない、毎日毎日必ず続く、掟(おきて)。
繰り返すことが必定の、習慣。

ルーティンの意味、わかったァ?
これが解(わか)らないままオトナになった人が、大勢いる。
『おまえなんか、辞めてしまえーぇ!』って上司から言われて、本当に辞めてしまう馬鹿のことさ。

言っとくわァ。
あんたを育てる自信はないから、自分で好き勝手に育つことを、許します。
これが、養母としての、最初で最後の言い付けです。

この先、あんたとあたいは、友だちだから!

ねッ♪」


養母の、最初で最後(?)の、渾身(こんしん)の躾(しつけ)が、終わった。
実は、明日を待たず、今日、階下での授業中、(遅かれ早かれ、ぼくは、この家を出ることになりそうだな)と、思った瞬間があった。

その瞬間の模様。

シンジイが、言った。
「おまえ、メシを食うときくらい、眼鏡(めがね)を外(はず)せッ!」

「メガネぇ?」と、ぼく。
独り言(ご)ちる。
だって、ぼくの視力は、両眼2.0だし。

それ以上、ぼくは、問わず、シンジイも、暫(しば)し無言に付した。

躾を終えて安堵したのか、脚を組み替えた養母が、笑顔になって言った。

「メガネ、気にしてるんだろッ?
あたいが、そうだったから。
心配なんだろうさ。
あんたのことがさ。

あたいは、子どもんころ、親も友だちも赤の他人も、色眼鏡(いろめがね)を通してでしか、見れなくなったんだ。
そしてあたいのコミュニケーション、会話は、あたいの顕在意識と潜在意識との間で、すべてが完結するようになっちまった。
それをルーティンっていう形にしたのが、不登校、引きこもりだったのかなって、ふと思うことがある。

あたい、こう見えても、結婚したことがあるんだ。
他人からどう見られてるかなんて、どうだっていいけどさ。
離婚の理由も、その自己完結のルーティンだったのかなって、今ふっと、思っちまったもんでさ。

理由、何も無かったんだよ。
限りなく百点に近い、良人(おっと)だった。
タバコも、吸わない。
吐く息は、無味無臭。
夜9時に一緒にトレンディドラマを観れない日は、その前の日に必ず、こう言うんだ。

『明日の晩ごはんは、冷蔵庫に入れといてね。ゴメンね』ってさ。

律儀だろッ?
結婚はさ、初めて出会ったその日にだってできるけど、離婚は、そうはいかない。
一年も、かかっちゃった。
当然だよね。
理由が、ないんだから。

婆さんと、対照的だ。
あたいの、母さんさ。
晩年の、すっかり弱ってしまった母さんの口癖を、ときどき、思い出すことがあるんだ。

『わたしはねぇ。
耐えて耐えて耐えて、耐え抜いて、勝ち取ったんだよ。
この家をさ』

......ってね。

それだけのための、人生だった。
それだけのために、他のことをすべて、犠牲にした。
放棄したってことさ。
コミュニケーションをさ。
あたいとのコミュニケーションも、放棄された。

でもひとつ、母を尊敬してることがある。
ルーティンさ。
ここに嫁いでから祖母が死ぬまでの長い間ずっと、村ぐるみの嫁いびりが続いた。
毎日毎日、村中から、出て行けって言われ続けた。
それでも母さんは、毎日毎日、ここに居続けた。
島のどこかで、働いてたんだろうよ。
昼間、母さんの姿を見たことは、一度も無かったからねぇ。

あーァ♪
そのとき、いま下でガースカ寝てる爺さん......てか、あたいの父さん、どうしてたのかってぇ?

知らないんだ。
子どもんころの記憶の中に、あの人は居ない。
母とあたいを残して、出て行った。
母は頑固にここに残り、あたいは、祖父母に人質に取られた。

父さん、自分が子どもんときは、母に連れられて家を出たらしいんだけど、自分の子どもは、付いて来てはくれなかった。
そのとき、どこに住んでて、どこに出て行ったのか。
詳しいことは、未だに、なにも喋ってはくれないけど。

でも、祖母と父の二人きりの母子家庭になってからは、父もずっと不登校、引きこもりだったらしいけどね。
だから、親子二代の、引きこもり。

あッ!
三代かァ。
あんたの親、あたいなんだもんね。
一応 (^_^;)」


そこで、長い話と長い夜が、終わった。
養母は、自宅へと向かって、廊下を渡った。
母の家のガラス障子も、開けっぴろげだった。

横を向くと、母の寝姿が見える。
寝相(ねぞう)は、ダイナミック。
なかなか眠れないのか、カアネエが、あっちゃ向いたまま、言った。


「父さんとここで一緒に暮らすようになって、すぐのころだったかな。
こんなこと、言ってた。

『人間は、血で生きてる。
だが、血に義理はない。
だから、従う必要もない。
血に逆らうから、人間は、生きる力が出るんだ』

ってね!

『わけわかんねーぇ♪』って、言ってやりたかったけど。

でも今は、初老で、頑固で、虚弱体質は相変わらずなのに、毎日毎日、どこかで肉体労働して、必ず夕方早くに、帰ってくる。
理由なんて、無い。
たぶんね。
それが、父さんのルーティンなんだ。
きっとね。
それが、あたいの父さんさ。

あんたを見た瞬間、この子には、家族の体験をさせといた方がいいって、思ってさ。
理由なんて無い。
直感ってやつさ。
あたいの人生には、理由なんて無いんだからさ。

あッ!
言ってなかったね。

おやすみーぃ♪」


なんで、こうなったのか。
なんで、こうなっているのか。

嗚呼、......瞑想。


〔 浅眠尋夢(せんみんじんむ) 〕

ひと休み。
浅い眠りの中で、夢(過去と未来)を尋ねる。

『あなたとわたし』

浅い夢の中で出逢った、見知らぬ人。
来世(らいせ)で初めて出会う、人なのかな。

見知らぬ顔が 迫ってくる
仄かな目 淡い口
触れると 閉じてゆく
すべてが 無言のまま
仄かさも 淡いものも

それが 夢なのか
それは 願望なのか

それが 潜在するあなた
それは 潜在するわたし


2020年10月2日(金) 活きた朝 1:21
少年、スピア


令和2年10月3日(土)号
一息 39【スピアの後裔記】養母の夜話 ‐ カアネエが明かす、父子家庭の過去 ‐ 。浅眠尋夢《元気が出る日記》

◎ 後裔記の発祥について

後裔記は、寺学舎に通っていた一部の学童たちが、日常を書き留めていた日記です。
寺学舎というのは、瀬戸内でかつて古(いにしえ)の時代に栄えた港町にあった寺塾です。
一部の学童たちはみな、その港町に隣接する寂(さび)れた浦々に住んでいました。
そこは、「平家の敗残兵が密かに身を隠して、今に到っている」と、伝えられている地です。
『平家物語』巻第十一では、彼らの祖先を率いた名将の武勇が、描かれています。
この浦々から谷川沿いに峠を上り尾根を越えると、その先に、原っぱが拡がるような町が現れます。
その地が、彼らの先祖が最期を飾った古戦場です。
この日記は、周りから「末裔記だろッ!」と揶揄されながらも、『後裔記』の名を、今に残しています。
学童たちは、後裔記を書き始めた大先輩たちの心情を、慮(おもんばか)らずにはいられなかったのでしょう。

◎ 後裔記の現在について

かつて栄えた港町にあった寺学舎は、今はもう存在しません。
寺学舎と呼ばれていた講堂の佇まいは変わっていませんが、そこに集う学童たちの姿はありません。
隣接する寂れた浦々では、子どもたちの姿を見ることさえ、稀になってしまいました。
でも、その浦々の隠れたところで、寺学舎という名の家塾が、存続していたのです。
2020年1月、その家塾に集ていた学童たちの後裔記を、メルマガという手段で公開しました。
その8月、彼らは天災とも人災ともつかない災難によって、離島へと疎開して行きます。
学友たちと住まいを隔て、島を隔てて独学を余儀なくされた彼ら、学童たち。
貧しい彼らですが、メルマガやブログといった少々古臭いテレスタディで、今も学んでいます。
仲間たちは、この後裔記を「元気が出る日記」と呼び、然修録を「元気が出る感想文」と呼んでいます。

◎ その然修録とは

このメルマガの姉妹編「元気が出る感想文」の本文で、簡単ですが、上記のような説明書きを載せています。
ブログ(バックナンバー)でも、同様の説明書きを読むことができます。

◎ 寂れた浦の学童たちの用語集

〈1〉少年/少女 → 学徒 → 門人 → 学人
 寺学舎の学年の呼び方です。

〈2〉ミワラ〈美童〉
 立命期の学童たちの呼称です。
 学人となったのち、知命するまでが立命期です。
 「生まれもった美質を護ってほしい」
 という願いが、込められています。

〈3〉美童名(みわらな)
 産れてから知命するまでの名前です。
 武家社会の幼名のようなものです。

〈4〉息直術(そくちすい)
 行動の学と呼ばれ、後裔記は、その行動の足跡です。

〈5〉恒循経(こうじゅんきょう)
 目的の学と呼ばれ、然修録は、その目的の道標です。

〈6〉タケラ〈武童〉
 運命期の学童たちの呼称です。
 知命したのち、天命に到るまでが運命期です。

◎ メルマガ姉妹編のご案内
《元気が出る感想》
ミワラ〈美童〉と呼ばれる寺学舎の学童たちの感想文〈然修録〉を、2020年1月より週刊で配信しています。
https://www.mag2.com/m/0001675353.html

◎ バックナンバーのご案内
http://www.akinan.net

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