後裔記「離島疎開」選集(中)
令和2年12月12日(土) pm 7:00 配信
後裔記「森に棲みついた魔物」少年スピア 齢10
森に棲みついた魔性の鮫女。天地を破壊し、天地を創造する。
一つ、息をつく。
秘密基地を背に、ぼくとオオカミさんは、無言のまま歩いた。(オオカミさん、これから、どうするんだろう)と、それもあるけれど、あの写真のほうが、気に掛かった。お母さんと{許嫁|いいなずけ}さん、あんなに嬉しそうな顔をしていたのに、{逢|あ}うといつも、悲しい顔? 何故? 写真を撮る前と後は、悲しい顔だったってこと? それとも、いつも嬉しそうな顔をしているけど、悲しそうに見えてしまうってこと? 〈何故〉の対象には、そんなことに{拘|こだわ}るぼくの心情も、映し出されている。
実は、もう一つ。気掛かりなことがあった。開度30^度の鉄の片引き戸に胸を添わせて、カニ歩きで外に出ようとした、そのときだった。おにいさんの声が、耳に届いた。
「気をつけて帰るんだよ」と、優しい声。
「うん。大丈夫だよ。有難う」と、ぼく。
「そういう意味じゃない」と、その声。二段ベッドの上のほうから。
「はァ?」と、ぼく。両手を上げたまま、まさにカニのポーズ。
「今日は、あまり{良|い}い日とは言えないんだ。君にとってはね。林道に入ったら、まっしぐらに走り抜けるんだ。そのほうがいい。君にとってはね」と。就寝許可の札が、消えかかている。
「どうしてぇ?」と、ぼく。
「{何|いず}れ、{判|わか}ることさ。未来は、天命に{順|したご}うて動くもの。君も、そうさ。それだけのことさ」と、おにいさん。
「よくわからないけど……それに、天命ってぇ?」と、ぼく。扉を無事に通過。
ぼくの「まァ。でも、ありがとう」の言葉と同時に、扉が動きだす。ガシャン♪
左へ曲がると林道、峠の上り道。右に曲がると、オオカミさんが漁船から降り立った入江の海岸。依然、先を歩くオオカミさん。迷わず、左へと曲がってゆく。すっかり二人組の様相。オオカミさん、あっちの島では、どんな暮らしをしているんだろう。それを言えば、マザメさんとサギッチのやつ、どこで何をしてるんだかァ!
林道を上る途中。谷川に注ぐ水みちに引っ張り込まれるように、森の中へ、奥へと、林道からどんどん{逸|そ}れてゆく。二人組の先頭は、依然オオカミさん。就寝許可のおにいさんの忠告など、どこ吹く風! と、そのとき……だった。
一人の女が、{寒苺|カンイチゴ}を{摘|つ}んでいる。その女、人の気配を感じてか、ぼくらのほうに振り返る。活き活きとした唇。鮮やかに真っ赤に輝くカンイチゴ。若々しい{艶|つや}やかな頬。その独立した一つ一つが、どれほどぼくの魂の奥底までを{惹|ひ}きつけたことだろう。オオカミさんも、ぼくと同じ驚きと怖れの顔をしたまま、固まっている。
その一つ一つが独立を護っている限り、その女の子は、いつも届かぬところのない優しさを、ぼくらに届けてくれることだろう……とさえ、思えた。その優しい瞳が照らすところ、たちどころに痛みは{和|やわ}らぎ、その優しい想いが寄せるところ、たちどころに春の新芽よろしく幸福が立ち{上|のぼ}り、{青人草|アオヒトクサ}は暗闇を蹴散らし太陽神を仰ぐ。
彼女の頭脳、心、手、足……諸々、そのすべての独立が護られることを、ぼくら立命期の{美童|ミワラ}男児は、{皆|みな}が願っている。
で、現実の話に戻る。オオカミさんが、吠えた。
「モンペ女だァ!」
と、そのとき彼女が魅せた無心天真の表情が、すべての時空を止めた。ぼくの全身の血脈はおののき、無意識のなかに{恍惚|こうこつ}とした情念が芽吹く。すると次の瞬間、猛烈な風と雨。天と地がひっくり返り、大木の幹は裂け飛び、岩や流水も天空の底へと真っ逆さまに落ちていった。それは、一瞬の出来事だった。
ぼくは、奇跡的に、台地に立っていた。就寝許可のおにいさんの{言乃葉|ことのは}を{訝|いぶか}しく思いながらも少しは信じたぼくを、おにいさんは何かの力を使って護ってくれたのだ。ぼくは、そう直感した。だとすると、まったく信じなかったオオカミさんは、その何かから護られることもなく、丸裸の自力あるのみ。無残、危うし。で、どこォ?
川となった道は道に戻り、森は元の天地入替無用の見慣れた風景に戻った。オオカミさんは、わりとすぐに見つかった。元の枝葉を取り戻した大木の枝に手足を絡ませ、台地と天空の間で固まっている。(何をするにつけても、手足が器用な人だな)と、思うぼく。
その大木の下のほうから、魔物の声が響く。
「自然界が地殻変動を起こし、人間界は天変地異を{蒙|こうむ}る。もうすぐよ。三千年に一度の天地創造が、{始|はじ}まる」
その声は、魅惑の少女の赤い唇から出ている。(オオカミさんが、モンペ女って言ったのが、気に{障|さわ}ったんだろうな。くわばら、くわばら)と、思うぼく。すると少女が、言った。ぼくのほうに、顔を向けている!
「ねぇ。モンペって、なにさァ!」
恐る恐る、慎重に言葉を選んで答えるぼく。
「その、ズボン」
「ズボン? あァ、これね。そう言われたら、なんか農村で腰曲げて農作業してる婆さんみたいだよね♪って、んーなわけねーだろッ!」と、魅惑のベールを脱ぎ{棄|す}てて少女が言った。
その上のほうからも、恐る恐ると言乃葉が舞い散る。
「ねぇ。ここから、下りたいんだけど」と、オオカミさん。
「ご自由に。下りたきゃ、さっさと下りなッ!」と、少女。
「どうやってさッ!」と、オオカミさん。(まァ、だよね)と、思うぼく。
「あんたさ。重力、知らないのォ?」と、少女。
「聞いたことはあるけど、おれ、学園不登校だから、習ってないんだ」と、オオカミさん。少々、意味不明。
「だから何さ。学園が、あんたの素質能力を教えてくれるとでも言いたいのかい? イッパシの学徒が、いつまでグダグダ言ってんのさァ。とっとと飛び下りなッ!」と、少女。残酷な種。
「無理! ムリムリ……」と、オオカミ先輩。(まァ、だよね)と、思うぼく。
「落水者の救助、習ったろッ? 寺学舎で」と、少女。
「習ってないけど」と、ぼく。
「おまえに言ってんじゃないよ。てか、教えられなくても、考えりゃわかんだろッ! しょうがないねぇ。手伝いなッ♪」と、少女は言うと、枯葉を集めはじめた。落ち葉を両手いっぱいにして運びながら、少女がまた言った。
「飛び込んで、海に潜り込んじまったら、波のある海じゃ、落水者を見失っちまうだろッ? だから喫水が目の上にいかないように、水の抵抗を最大限に受けられる形を作って、飛び込むのさ。両手と{両脚|りょうあし}、どうすりゃいいのか、{判|わか}んだろッ?」
落ち葉のうねりの頂が、ぼくの頭の高さほどになった。すると、少女が大木の上に向かって、吠えた!
「あんた、可愛い……かどうかは別として、大事な後輩、見殺しにすんのかい?」
オオカミ、飛ぶ。
オオカミさんの身体が、すっぽりと落ち葉の山に{埋|うず}まった。浮上には、{些|いささ}かの時間がかかりそうだった。(死んだなッ! 落水者のぼく)と、思うぼく。
「浮かび上がったら、有難うの一言くらい、言ってやんなッ! おまえのために飛び込んだんだからさ。まァ、生きて浮上したらの話だけどね♪」
少女はそう言って{艶|なま}めかしく微笑むと、どこかへ行ってしまった。
{俄|にわ}かに生きて浮上したオオカミさんが、言った。
「股、いてーぇ!」
皇紀2085年12月12日(土) 活きた朝 0:20
{美童名|みわらな} スピア
学年 少年
令和2年12月12日(土) pm 7:00 配信
一息 49【スピアの後裔記】森に棲みついた魔性の鮫女。天地を破壊し、天地を創造する『離島疎開』選集
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M I W A R A BIOGRAPHY
- Akio Nandai "VIRTUE KIDS" Vol.1 to 12 -
V.K. is a biographical novel series written in Japanese with a traditional style.
Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.
- // AeFbp // AEF Biographical novel Publishing -
A.E.F. is an abbreviation for Adventure, Ethnokids, and Fantasy.