MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

東亜学纂学級文庫

『息恒循』を学ぶ

一息77 ミワラ〈美童〉の後裔記 R3.4.9(金) 夜7時

#### 後裔記「ツバメとカアネエの年中行事。あたいは{八大人覚|はちだいにんがく}!」 学徒マザメ 齢12 ####

 *ツバメとカアネエ*が、*再会の儀式*。元旦、しかもあたい{住|ず}みの山小屋で! 赤い{御神酒|おみき}で*怒り暴発のカアネエ*、何故ーぇ?! あたいは、七養、{六然|りくぜん}、{人覚|にんがく}で*耐えがたき*を忍ぶ。

 一つ、息をつく。

 元旦、お客が{二|ふた}。
 内訳は、一匹と一人。
 一匹は、まだ正月だっていうのに、もう戻って{来|き}ちゃったァ!
 一人は、意外。あたいに、{何|なん}の用なんだかッ!

 この一匹と一人、毎年元旦、ここ山小屋……元い。循観院の軒先にて新年の{挨拶|あいさつ}を済ませると、揃って山小屋のなかに入り、再会を祝うのだそうだ。
 まったく、{傍|はた}迷惑! てか、向こうからしてみりゃ、あたいが客、新参者……いやいや、ただの{余所者|よそもの}。{正味|しょうみ}な話、{邪魔者|じゃまもの}だ。
 {因|よ}ってここは、『息恒循』の指南に{順|したご}うべきところ……そう、シンジイが{如|ごと}く、お地蔵さんになろう♪

      **『息恒循』……恒令**

   《 {六然|りくぜん}より、{一|ひと} 》
 自處超然(自ら処すること超然)
 自分自身に関しては、いっこう物に{囚|とら}われないようにする。

   《 七養より、一 》
 言語を省いて{以|もっ}て神気を養う
 必要もないのにベラベラ{喋舌|しゃべ}るようなことは、その人間を最も{浅薄|せんぱく}にする。

   《 {八大人覚|はちだいにんがく}より、一 》
 {不戯論|ふけろん}
 限りある命を、無意味な議論で費やさないようにする。無意味な議論は、心を乱す。
 {分別|ふんべつ}(何かに{拘|こだわ}って思い計ること)を離れ、実相(すべてのものの有りのままの姿、{即|すなわ}ち真実)に究尽すべし。

 {何|なん}か、然修録みたいになってきたので、ここで置く……けれども、その前に、一つ。
 寺学舎で学んだ限り、息恒循のなかで、八大人覚の言及はない。でも、息恒循が、あたいら自然{民族|エスノ}の指南書と言うのなら、また更に、その恒令で六然や七養を説くなら、この八大人覚の言及がどこにも無いのは、おかしいと思う。
 {何故|なぜ}なら、{成唯識論|じょうゆいしきろん}を諸書の一つとして息恒循を編んだと言っておきながら、原始仏教の{最期|さいご}の決め手の八大人覚に触れていないのは、どうにも{腑|ふ}に落ちない。儒学に明るかったあたいらのご先祖様が、そんな片手落ちみたいなことをするとは、どうしても考えられない。
 寺学舎の先輩たちに、お願いする。周りに{居|い}る{武童|タケラ}に訊くなり何なりして、再度再三、息恒循の内容を、拾い直してみて欲しい。

 ここでやっと、閑話休題……(アセアセ)。

 「やァ、梅子さん。あんたも達者で、よかったねぇ♪」と、山小屋の軒先に戻って来たツバメに向かって、カアネエが言った。
 「言う」というより{呟|つぶや}くといった感じで、そのままスタスタと小屋の中に入る。そして、当たり前のように、その{後|あと}に続くツバメ。小屋に入ると、正面が北面で窓は無く、左側の西面にも右側の東面にも窓は無い。
 その西面の柱に打ち込んだクギに、金色と黄色のテカテカとケバケバしい手作り感バリバリの{暦|こよみ}が、ぶら下がっている。カアネエは、その暦の横に立ち、時令の改まった新作に、掛け替えた。そして、その暦の横に立ったまま、また独り{言|ご}ちた。

 「{息災|そくさい}に、感謝だよ……」
 ここでやっと、南面の出入口の引き戸の横にある大きな中連窓の前に突っ立ているあたいに向かって、{斯|こ}う言った。
 「この暦、小屋の入り口や窓に向けないようにね。良い運を追い返しちゃうから。それから、この暦の正面に立たないでね。気を吸い取られちうから。鏡みたく自分の姿が写り込む{訳|わけ}じゃないから、そこまで気にすることは無いのかもしれないんだけどさ。
 それ以前に、土台、迷信だしね♪
 よく言うじゃん! 当たるも{八卦|はっけ}、当たらぬも八卦……ってさ。だから、この暦の真ん中で金色にキラキラ輝いてるこいつ、{八卦鏡|はっけきょう}って言うんだ。本当に『だから』かどうかは、知らないけどさッ!」
 あたいは、(そんな物騒なもん、わざわざ持ってきて、無理して飾らなくってもいいじゃん!)……と、いつもの調子で思ったけれど、言葉にはしなかった。
 その代わりに、大いに思った。
 (自處超然。言語を省いて以て神気を養う。不戯論。
 ……そう、そうよ。不戯論よん♪)
 大いに思ったら、妙に心が落ち着いて、八卦の暦なんて、どうでもよくなってきた。

 ツバメは、カアネエの肩に止まると、首を左右と上下に振りながら、ただ黙ってその様子を見ていたが、暦の掛け替えを見届けて、カアネエの独り言も聞き終えると、サッと飛び立ち、慣れた飛びっぷりで、小屋の中を大きく一回旋回すると、南面の大きな窓の{桟|さん}に、ちょこんと止まった。
 ツバメは、まだ{喋|しゃべ}る気配を見せなかったが、どうやらこの一匹と一人、顔見知りでしかも、毎年正月の元旦に、ここで再会するようだった。それを、お互いが、暗黙のうちに、誓い合っている。妙にそれを、わざとらしく見せつけられているような不自然さを感じてしまう、あたいだった。

 ……次、カアネエ。
 また、スタコラと歩いて、どさっと、囲炉裏の前に{座|すわ}る。
 まるで、「儀式が終わったら、次は当然、、{宴|うたげ}っしょ!」とでも言わんばかりに、早速、手を{忙|せわ}しなく、動かしている。
 {何故|なぜ}かスピアとお揃いのリュックザック……その中から、赤ワインのボトル一本と、レーズンとナッツの袋を一つずつ、それに、チーズの{塊|かたまり}を一個取り出すと、明らかに等間隔になるように気にしながら、{胡坐|あぐら}を組んだ膝の前に、手際よく並べていった。
 そしてまた、あたいに目を向けると、言った。
 「酒を{嗜|たしな}むよういな趣味は、無いんだけどさ。{御神酒|おみき}さ」
 {何|なん}だか……{俄狂言|にわかきょうげん}を観ているような錯覚に、{陥|おちい}りそうになる。そしてまたもや、独り{言|ごと}が、はじまった。

 「ツバメは、{凄|すご}いねぇ。ツバメさんたちゃ、ほんと、{偉|えら}いよ。{産|う}まれて{一月|ひとつき}も{経|た}たへんうちうに、巣立ちやァ!
 もっと凄いんが、母さんツバメや。妊娠して二週間で、出産しはんねん。しかも、六つ子か七つ子や。その子{等|ら}を三週間で育て上げて、巣から追ん出す。そしたらまた、即妊娠やァ! それを、三回は繰り返さはんねん。

 {其|そ}れに引き替えて、近ごろのヒト種ときたら、どうやねん! 一人産んで育て上げるだけで、母さんビトも父さんビトも、生涯アップアップやァ。それでも、まだマシなほうやァ。結婚もせえへん。かと思えば、子は産みたし子は出来ずで苦しみはってる母さん父さんビトも{居|お}んねん。
 そんでまた、かと思えば、せっかく産まれてきてくれたっていううのに、{餌|えさ}も与えぬという新種まで居んねんてなァ!
 親が新種なら、子も新種やでぇ。千週間も二千週間も、巣立ちせえへん。父さん母さんビトは、爺さん婆さんビトになっても、延々と子に餌を与え続ける。巣立ちさせられへんってことは、育てたことにならへんやろッ? それじゃあ、ただの餌{遣|や}りビトやんかァ!

 これぞ{正|まさ}に、絶滅への坂を転げ落ちる道理ってもんやァ。そんな{脆弱|ぜいじゃく}な心と肉体で、次の天地創造の大騒乱で、生き残れんのかい! 残られへんのかい! どっちやねん! 決まってるやろッ! そんなもん、でけへんやろッ!
 それどころか、次の天地創造まで、持つかどうか。持たんやろッ! 特に、文明{民族|エスノ}。自滅やァ。その自滅の前に、自然{民族|エスノ}も、和の{民族|エスノ}も、その変異亜種の軟心軟体ビトに、{亡|ほろ}ぼされんねん。それって、どうやねん!

 そもそも、伝い歩きって、あれ、{何|なん}やねん! 自然の生きものってもんは、立つか倒れるか、そのどっちかやろッ!
 産まれて、一年近くも{経|た}つねんでーぇ?! それで、立つでもなく、倒れるでもなく、どっちやねん……ほんまにーぃ!! そうこうしてるうちに、今度は老いて、また伝い歩きやァ。ほんまほんま、ヒト種って生きもんは、伝い歩きが好きなんやなーァ♪
 そうや、そうや。思い出したわァ! 伝い歩きなんて、まだマシなほうや。{這|は}い{這|は}いやァ。何やねん、それ! 産まれて数か月、ツバメちゃんたちは、もうとっくに空を飛び回ってるっていうのに、ヒト様はまだ、地を這ってる。そうこうしてるうちに、今度は老いて、また地を這う。
 同じ地を這う自然界の動物かて、産れて数時間か何日かしたら、シャキーン♪っと立ち上がるやん。どうやねん! これでもう、決定やァ。あたいらヒト種は、次の天地創造で、{亡|ほろ}びる。三つの亜種すべて、文明も、自然も、和も、ただの一人も、生き残ることなんか、でけへん。

 {嗚呼|ああ}、その前に、今の問題は、このワインのボトルの周りの、不可思議な重力さ。中身が減っていくのに、ボトルの重さ、変わらへんやん! ヒトの肉体と、{同|おんな}じやなッ! 脳ミソがどんどん軽くなっていくのに、肉体の重さは、変わらへん。どうかしてるわァ。なんもかんもが、もう、どれもこれも、どいつもこいつも、そのすべてが、どうかしてしもたんやーァ……」

 そこまでを独り言ちると、カアネエは、空虚になりつつあるダークなワインボトルのラベルを、{繁々|しげしげ}と眺めはじめた。
 そしてまた、ぼそぼそと{呟|つぶや}くのだった。

 「チリ産かァ。去年は、スペインだったねぇ。その前の年は、フランス。来年は、イタリア……って、思ってたんだけどさ。
 来年かーァ。どうなんだかね。
 イタリアっていやァ、{スピアッジャ|Spiaggia}……海辺の子、スピア。
 あの子は、ハイハイも伝い歩きも、しなかった。まさに、自然の一部、自然人の子。でもあの子は、{怖|おそ}ろしい。あたいは、不幸な女。それは、当然。何故なら、あたいが自分で、そうなることを選んだんだから。そして今、正月限定の、酔っぱらい。
 そして……次。
 次は、{愈々|いよいよ}、この島を出なきゃ。
 でも、その前に、男どもの夕飯の準備かーァ!!
 ワカメって、らっきょうス酢で煮たら、{鱠|なます}になるのかなァ。失敗したら、また塩水で洗って、湯通しワカメのお刺身ってことで……ってさァ。
 それって、マジでいいじゃん♪」

 男どもって、シンジイとスピアよねッ? 今年も元旦から、やっぱり、世にも奇妙な食卓……まァ、自然人っぽくて、いいかも……。
 窓の桟に突っ立って何か言いたそうに頭を上下左右に振っていたツバメが、窓の引き戸の少し開いた隙間に身体を{擦|す}らせながら外に出た途端、矢庭に飛び立つ。
 その羽ばたく{微|かす}かな羽根音が、元旦の{寒空|さむぞら}の彼方へと、消えてゆくのだった。
 ところで、もう{一|ひと}の個体は……。
 この{女|ひと}は、いつ、出て行くんだろう……。
 まァ、いけどさ。
 よくはなくても、いいんだけどさァ!

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「自伝編」夜7時配信……次回へとつづく。
「教学編」は、自伝編の翌朝7時に配信です。

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