MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

東亜学纂学級文庫

『息恒循』を学ぶ

一学 44【マザメの然修録】ユングやアドラーに匹敵する東洋の深層心理学『唯識』、仏教は拝むな実践しろ!『離島疎開』選集

週間「エスノキッズ心の学問」教学編
令和2年11月29日(日)号

 学徒の然修録。マザメ、齢12
 ユングやアドラーに匹敵する東洋の深層心理学『唯識』、仏教は拝むな実践しろ!

 一つ、学ぶ。

 お経は読み上げるためのものではなく、実践するためにある。これが、{成唯識論|じょうゆいしきろん}に興味を持ったきっかけだ。またオオカミに、「なーんじゃ、そりゃ!」って言われそうだけど、あいつが好きそうなジャンルだ。間違いなく! たぶん。

 今のところ、{寧|むし}ろあたいのほうが、「なーによッ、それ!」って言いたい段階だ。だからこそ、興味が湧く。

 さて、仏教を{興|おこ}したお釈迦さん。お釈迦さんと言えば、{無我|むが}。我無し。自分は、存在しない。六年間の修行中、彼に何が起きたのか。それを理解するためには、同じ体験から体得して答えを得るしかない。では、六年後♪ と、いうわけにはいかない。

 特に男どもや大人たちに多いのだけれど、「私はこうしてきた」「自分は違う」「俺が俺が……」って、まったく、聞くのは無論のこと苦痛が百パーセントだけど、同じことを何度も何度も言うほうも、「クソかったるいだろッ!」って言って、心配したあげたくなるほどだ。

 物を持ち上げるのは自分じゃなくて、手だろッ! 走って身体を運んでくれるのは自分じゃなくて、{脚|あし}だろッ! それでも「俺が俺が……」って言いたいなら、百歩譲って、それは俺と名乗る自分ってもんじゃなくて、手や脚を己の所有物したがっている悪党さ。

 「でも人間って、喜んだり悲しんだりするじゃん? それが自分でしょ?」って、言いたいよね? でも、言ってあげるわァ。それも、心を己の所有物にしたがってる悪党さ。「ぼく、心が弱いんだ」って言って引きこもってるそこらのオスどもだって、同じことさ。弱いどころか、悪党じゃん! 心が弱いのは自分じゃなくて、弱音を吐いてる心を利用しようとしてるだけの悪党じゃん。それと人買いと、どこが違うのさ。

 この世に存在するのは、{唯|ただ}心、唯{身体|からだ}。でしょ? 自分? 俺? それ、どこにあるの? 見せてよ! ここに置いて、見せてよォ! この不認識、誤りを、ズバッと説いてくれた明言(語録)が、これ。

 {五蘊|ごうん}を縁じて我・我所と執する。

 〈五蘊〉っていうのは、色、受、想、行、識のこと、五つ。これが、〈存在〉の構成要素。色が身体(物質)で、そのほかの四つで心を構成する。縁じるってのは、対象の物を認識すること。我はそう、みんなが大好きな自分、俺が俺がの俺。我所は、その自分が所有する物のこと。これを{繋|つな}げて平たく訳すと、「心や身体を自分の所有物として認識してしまうこと」ってことね。

 〈無我〉の話から〈唯識〉の説明に繋げていこうとしてるの、もうわかったァ? 同意語みたいに思えてこない? どうなんだろう。わかんないことが、どんどん出てくる。最高!

 唯心、唯身体。ただこころ、ただからだ。この唯、〈ただ〉が、肝要。さらにさらに、何で〈無我〉なのか。それは、ただこころ、ただからだがあるだけで、我(自分)というものは、どこにも存在したいということ。

 唯とはつまり、無我。無我とはつまり、唯心、唯身体。

 じゃあ、これが唯識? でもなさそうなんです。さらに、一歩先へ(男どもの小便器みたいなもんねッ♪)。

 では、ただあるのは、結局なにか。心と身体? って、思うよね? でも、そうじゃないんです。それを突き詰めていったのが唯識、成唯識論。で、その結論は、「存在のすべての構成要素は、心の中に認識されて初めて成立する」です。ってことは、心しか存在しないってこと? じゃあ、そこんとこを、唯識ではどう説明してるのォ?

 自分の周りに展開するさまざまな現象は、すべて根本的心、すなわち{阿頼耶識|あらやしき}から生じたもの、{変化|へんげ}したものである。

 アラヤシキって、なんかどこかで聞いたことない? タカジンヤシキじゃないから、よろしく! 「やっぱすっきゃねん♪」、好きだけど……失礼。で、このヘンゲのことを、「一切は{唯識所変|ゆいしきしょへん}である」って言うそうです。

 要は、この世の万物は、すべて心の中にあって、{現世|うつしよ}に映っているものは、すべて己の心が投影している虚像に過ぎない? って、そんな馬鹿な話がありますぅ? でもそれが、唯識なのです。

 だとすると、せっかく東京日本橋の日本随一のデパ地下で念願の高級魚介類をゲットして、究極至福の{肴|さかな}で究極至福の甘口の赤ワイン、ツェラー・シュヴァルツカッツを「ぐびーぃぃぃ♪」ってやったとしても、それはすべて己の心の中の物語であって、目に見えてるのは、心という名の映写機で投影した虚像で、現実には、何も起こってないってことォ?

 イ・ヤ・ダーァ!

 でも、ここでちょっと、考えてみてぇ? あたいらが普段言ってること。人間は、自然から離れてはいけない。人間は、自然の一部に過ぎないのだから。聞き飽きてるわよね? でもこれって、唯識と一緒じゃない?

 「人間は、自然から離れてはいけない。人間は、自然の一部に過ぎないのだから」と、「万物は、心から離れてはいけない。万物は、心の一部に過ぎないのだから」

 ほら、ねッ? これって、何と! 陽明学と成唯識論の知行が、合一したってことォ? これで西洋の二大共同研究者、フロイトもアドラーも、そして日本でだけ異様に有名になったフロイトの弟子のユングさんも、超えたわね♪

 この、洋の東西の深層心理学を超越した境地を、「{一切不離識|いっさいふりしき}、{唯識無境|ゆいしきむきょう}」って言います。

 そんなバカなァ? 望むところだねッ! 長い付き合いになりそうじゃないかァ♪
 まァ、よろしくね。
 あたいの{美童名|みわらな}は、マザメ。女さ。それも、かなりイケてるーぅ!
 以後よろしゅうに、たのんますッ♪

令和2年11月28日(土) 活きた朝 5:12
{美童名|みわらな} マザメ
学年 学徒

令和2年11月29日(日)号
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