uki ^^/ 然修緑 第2集 第46回
四、 執冬2 (02)
エセラ 立命期 少循令 鐡将
ぼくは、理屈っぽいとよく言われる。
理論に頼るのは危険だとも言われる。
考えてばかりで行動しないから、そんなことを言われるんだと思う。
思い、考え、行動する。
そのどれかに{偏|かたよ}ったり信じ過ぎたりすると、行動が{伴|ともな}わなくなる。
自反が過ぎてもいけないとも言われる。
反省し過ぎるということは、考えに偏り過ぎて、せっかくの反省を行動に活かせないからだと思う。
ぼくは、もっと動かなくてはいけない。
運命期の先輩(若循令)
いかなる学問も、感性を圧倒してはいけない。
創造は、感性によって成る。
創造のない分析は、危険なのだ。
運命期の先輩(徳循令)
美しい花が一輪咲いている。
見知らぬ花だが、実に美しい。
神秘と驚きが湧き起こる。
そのときわたしは、花と一体になっている。
そしてわたしは、その花のことを知りたいと思う。
ゆえに調べる。
だが、その花のことを知った途端、わたしはその花と隔たってしまう。
知るということは、隔たるということなのだ。
「知は{禍|わざわい}なり。博学にして要を失す」という言葉がある。
知性も理性も、すぐに分析したがる。
そして、万物を客体にしてしまう。
自身さえも、隔たった客人としてしまう。
自分と一体化できない。
これが、今の天地に襲い掛かる人間にとって最大の{脅威|きょうい}なのだ。
「真知は光である」という言葉もあったな。
運命期の先輩(反循令)
国木田独歩の『牛肉と馬鈴薯』という小説のなかで、登場人物が自分の願いごとを語る場面があるそうだ。
それは、「どんな出来事にもハッとできる人間になることだ」そうだ。
驚きは、悟りであると同時に、哲学の入り口に立つことでもある。
まずは{驚愕|きょうがく}があり、次に{懐疑|かいぎ}がやってくる。
そして、その次にやってくるのが自反だ。
「頭社会の現代人は驚きの前に懐疑がある。ゆえに哲学できない」という言葉がある。
明治から昭和に生きた文芸評論家の小林秀雄氏は、こんなことを言ったそうだ。
「人間は感動したときだけだぜ、自分が自分に戻れるのは。これは天与の{叡智|えいち}だ」
感動できない人間は、いつまで経っても自分に戻れずに浮遊している。
まさに、浮遊する{生霊|いきりょう}だ。
2025.10.4 まぐまぐ 配信
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発行 uki ^^/ UKI LIBRARY 卯喜書房
生物の分類
動物界
脊索動物門
{茶猩猩|チチンパ}綱
哺乳網
霊長目
ヒト科
{青霊猩|レイヤーグ}属
ヒト属
ヒト種 {格武童|サブライ}亜種
{守護童|マモリベ}亜種
{青草童|ビドーサ}亜種
新種の生物
チチンパ {進化|しんか}した{動物|どうぶつ}たち
レイヤーグ {唯識|ゆいしき}を操る{魂|たましい}たち
サブライ {自然|しぜん}を{敬|うやま}う{人|ひと}たち
マモリベ {伝統|でんとう}を敬う{人間|にんげん}たち
ビドーサ {電脳化|でんのうか}する{文明人|ぶんめいじん}たち
{息恒循|そっこうじゅん}の年齢
{立命期|りつめいき} 天命の前期十四年間
{幼循令|ようじゅんれい} 〇歳から六歳までの七年間
{少循令|しょうじゅんれい} 七歳から十三歳までの七年間
{運命期|うんめいき} 天命の後期三十五年間
{青循令|せいじゅんれい} 十四歳から二十歳までの七年間
{若循令|にゃじゅんれい} 二十一歳から二十七歳までの七年間
{反循令|はんじゅんれい} 二十八歳から三十四歳までの七年間
{格循令|かくじゅんれい} 三十五歳から四十一歳までの七年
{徳循令|とくじゅんれい} 四十二歳から四十八歳までの七年間
{循令|じゅんれい} 七つの循令共通の七年間
一年目 {飛龍|ひりゅう}
二年目 {猛牛|もうぎゅう}
三年目 {猫刄|みょうじん}
四年目 {嗔猪|しんちょ}
五年目 {悪狼|あくろう}
六年目 {石将|せきしょう}
七年目 {鐵将|てっしょう}
サブライ
シャチオ班の八人 息恒循を伝承する子どもたち
シャチオ 18歳 台地の古着屋の店主
ほのみ 15歳 エセラの姉(長女)
ケン 16歳 台地の雑貨店の店員
えみみ 12歳 ほのみの妹(次女)
シンタ 14歳 台地でスリ稼業の少年
エセラ 13歳 ほのみの弟(長男)
カズキチ 12歳 エセラの親友
らら 8歳 シンタの妹 スリの実行役