MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

東亜学纂学級文庫

『息恒循』を学ぶ

後裔記 第1集 No.152

#### マザメの{後裔記|152}【実学】{還夏|かんか}の太陽【格物】60兆個の意識 ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 学徒学年 **マザメ** 齢12

実学
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還夏の太陽

 楽園、ペニンソラ……。
 島の名前かしらん?
 島から島へ。まるで、島流しの漂海民ね。戦う以外に道は無いと確信して、己の覚悟を固くしているオオカミたち男どもが間違っているとは言わないけれど、今のあたいらは、一羽の{鴉|カラス}にも勝てないんだ。本当に戦うと言うなら、火急にやらなければならないことがある。オオカミと、目が合った。あたいの目から、本音の片鱗が{零|こぼ}れていたのかもしれない。
 オオカミが、誰にともなく言った。

 「あの船は、おれの心だ。おれの心は、文明エスノの奴らに攻撃されて、ボロボロになった。クラースメン島には、奴らの中枢の一端を担う都市部がある。それが{判|わか}っていて、おれたちは、{美童|ミワラ}だけならまだしも、{武童|タケラ}までもが一緒になって、この孤立した存在すら明かされることのない島に、逃げ込んだんだ。
 {何故|なぜ}だッ!
 敵の{砦|とりで}があると知りながら、それを破壊もせず戦いもせず、ただ逃げ回って流転するのみ。{正|まさ}に、{恥辱|ちじょく}の到り。一族先人{先達|せんだつ}への、裏切りだ。
 どの{面|つら}さげて、故郷の浦町に戻れようかッ!」

 オオカミの野郎の{呟|つぶや}きを聴いていたのは、あたいとクーラーボックスのオッサン……元い、モクヒャさんだった。何を考えればいいのかも判らないまま、見るでも見ないでもなく、ぼんやりとオオカミの野郎とモクヒャさんの顔を視界の中に収めていた。暫くの間、モクヒャさんは、顔を左右に大きく、静かにゆっくりと振っていた。
 すると突然、時間は止まってくれないというこの星特有の不条理に気づきでもしたかのようなビックリ*くりくり*の目ん玉に変わり、矢庭に面前の自然児に説法をおっぱじめた。

 「我ら自然エスノの人生、天命を{全|まっと}うしたところで{最長|マックス}49年だ。それ以上は有り得んし、それ以下でも困る。十年{一|ひと}昔と言うが、君の人生は、一昔経っても、前になど進まぬ歩みだ。気を{急|せ}かす前にやるべきことが、あまりにも多すぎる。{最|もっと}も、明日、天地創造が起こるのだとしたら、話は別だけどな。
 我ら列島国に、文明エスノの中枢の一端を担う都市部がいくつ点在するか、知っとるかね? まァ、ざっくり百は超えるだろう。その百を超える都市部の、たった一つを相手にするだけで、なんで{徒|むだ}{死|じ}にをせにゃならんのだ。しかも、我ら五人とおまえたち八人、総員十三名が全滅する{訳|わけ}だろォ? バカバカしいとは思わんかねぇ?
 我らは、自然の一部であり続けることを選んだ。男も女も、我らは生涯、自然から学び続ける{徒|ともがら}だ。だから、「学徒」と呼ばれる君らの年代の一刻一刻は、息恒循の49年間を通じて、一番大事な時期なのだ。学徒にとって先決なのは、学問で解決すべき課題のすべてを修めることだ。
 死んでも許されるのは、その後だ。
 もう少し、待て!」

 オオカミの野郎は、正に{肺腑|はいふ}をつかれたような痛々しい顔色に変わっていたが、まァさすがに、大いに{啓蒙|けいもう}されたんだろう。この時からというもの、オオカミの口数は、激減した。口数が減った分、考えが増えたかというと、まさかそんな奴じゃないことは、それこそ正に言わずもがなってぇもんなんだけどさァ♪
 まァ……{閑話休題|それはともかく}。
 そんなあたいら三人目に、見慣れたオッサンの見慣れた登場シーンが、映った。ずっかずっかと、近づいて来る。
 「いやなァ。
 手を振ろうと思ったんだが、この有様で、大声を出そうにも、息が切れてしまってなッ!」と言うなり、タケゾウさんが、両手にぶら下げたモコモコとした白いレジ{袋|たい}を、石積みの{堤|つづみ}の上にどさっと下した。そして、見るからに大急ぎで呼吸を整えると、演題に立ったかのような満足げな緊張感を漂わせながら、一番望まれていない行動に打って出た。
 ……タケゾウさん、語る!

 「{俄|にわ}か船大工の皆の衆への差し入れだ。敵地で栄養価の高い食糧を調達することは、危険度の観点から愚の骨頂なんだが、どうせみんな、自分の昼飯のことなんぞそっちのけで、夢中になっちまってるんだろうからな。わしらが引き起こす物騒の一つや二つ、陽明先生が{潜|くぐ}りに潜った修羅場に比べれば、富士山滑り台を登るより{容易|たやす}いってことよォ♪
 てか、富士山滑り台、まだあるよなァ? ほれぇ! 寺学舎の直ぐ近くの公園に……。まァ、{閑話休題|よかよか}。そう、その陽明先生が、君{等|ら}と同じ年のころに、塾師に{斯|こ}う{訊|たず}ねたそうだ。
 『天下一等の人とは、どういうものですか』
 塾師は、即座に斯う答えた。
 『進士に及第し、親を{顕|あらわ}し、名を{揚|あ}げる人』だと。
 すると少年陽明先生、応えて斯う言う。
 『そんな人はたくさん出るから、第一等の人物とは言えますまい』と。
 なかなか、鋭いことを言う。なるほど、入学試験に資格試験に入社試験と、試験の{類|たぐい}は全国到るところ、しょっちゅうやっておる。さても参り果ててしまった塾師、『おまえは、どう思うかッ!』と、少年陽明先生に問う。すると少年陽明先生……。
 『聖賢となってこそ初めて第一等ではありませんか』と、なかなか生意気なことを言う。
 そんな彼が大人になり、結婚して間もなくのこと。彼は、念願{叶|かな}ってその聖賢の一人を探し当て、訪ねるに到った。その聖賢の人は、青年陽明先生より五十歳も年上で、老熟して齢は七十に近かった。その賢人は、青年陽明先生に斯う教えた。
 『聖人は、必ず学んで、それで達することができるのだ』と。
 俊敏で真剣な学問求道の精神を自負していた青年陽明先生も、初めて{謁|まみ}えたこの老熟した聖人の平凡すぎる返答に、何やら空恐ろしい霊感を感じ得ずにはいられなかったという話だ。今の時代、生きた聖人に謁えるよな機会は、あるまいがな。
 だが……だ。
 学問によってこの世を生きれば、あの世の聖人と通じる道が、{拓|ひら}けるってもんだ。{武童|タケラ}になってしまうとな。悲しいかな、そんなことを考えるような暇は、ない。今しか出来ないことを、一所懸命にやる。それが、自然の一部の生き方というものだ。
 ……いやはや、失礼。
 わしは、そう思う。
 ただ、それだけのことだ」

 モクヒャのオッチャンが、{継|つ}いで何かを言いたそうな顔をしている。そうこうしている間にも、時令は、移り変わる。{還夏|かんか}が、過ぎ去ろうとしているのだ。想夏……夏が盛る七月が、またやってくる。あたいらが離島疎開して、一年が経とうとしている。もう、戦うしかないということを焼きつけてくるような盛った太陽が、今まさに、昇ろうとしているのだ。 

格物
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60兆個の意識

 まァ、あたいが書きそうなことは、森の動物も植物も、あたいらと同類一体で、あたいら人間は、自然のなかの細胞の一つにすら{勝|まさ}ってはいないってこと。文明の野郎どもは、遺伝子工学だの遺伝子生物学だのと言って、遺伝子の組み換えとかなんとか「わけわかんねーぇ!!」ことを盛んにやってるみたいだけど……でもって言うか、ところがさァ。その研究者ですら、一つの細胞が持ってる知能に、{驚愕|きょがく}してるらしい。
 遺伝子の組み換えをする場合、{癌|ガン}細胞だとか様々な種類の細胞を集めてきて、シャーレーっていうガラスの容器の中に養分をたくさん入れて{培地|ばいち}っていう環境を作ってやって、その中に集めて来た細胞を入れて、増殖させるんだとか。
 ……で、それを、顕微鏡で観察する{訳|わけ}さ。すると、細胞をたくさん入れたシャーレーの中の細胞は、次から次へと分裂を繰り返す。でも、数個しか細胞を入れなかったシャーレーの中の細胞は、動きがまったく緩慢で、{遅々|ちち}として増殖が進まないんだそうだ。
 その実験を終えた研究者の先生が、{斯|こ}う感想を漏らしたそうだ。

 「私は、心の働きなんてものは、大したものではないと思っていたが、こうやって実験を通じて細胞の一つ一つと付き合っていると、小さな数ミクロンの細胞一個一個にも、意識というものがあるのではないかと思うようになったんです」……と。

 一個の細胞の中には、当然脳ミソなんかない。でも、仲間がたくさん居ると、元気に勢いよく増殖する。でも、仲間が少ないと、元気が無く、あまり増殖しない。だから、一個一個の細胞にも、意識があるのかもしれない……と、その先生は、思った訳だ。
 あたいら人間の{身体|からだ}は、60兆個から70兆個の細胞から出来ているんだそうだ。脳細胞なんて、そのほんの一部に過ぎない。だから、あたいらの思いがすべて脳細胞から作り出されているって考えるのは、まったく見当違いもいいところだって、思ってしまうのだ。
 事実は、変えられない……。
 あたいら人間を作っている60兆個の細胞の一つひとつすべてが、意識を持っている……これは、事実なのだ。

 人間は、大人になると、心配事をよくする。「血の小便が出るくらいでなければ、一人前の経営者にはなれない」ということを、戦後復興期だか高度成長期だか知らないけれど、そんな言葉が飛び交う時代があったそうだ。それは{兎|と}も{角|かく}、ところで{何故|なぜ}、心配事をすると、血の小便が出るんだろうか。
 人間は、頭だけで悩むんじゃない。「たいへんだァ!」って思うのは、頭だけじゃないってこと。全身の60兆、70兆もの細胞一つひとつが、心配事で打ち震える状態になるのだ。小便だけに、留まらない。心配事があると、ストレスが{溜|た}まって、{胃潰瘍|いかいよう}になったりもする。
 胃の細胞は、頑強だ。塩酸が主成分で鉄をも溶かす胃酸にも、めげない。その胃酸が多量に出れば、胸はヒリヒリするし、胸焼けもする。そんな胃酸を溜め込んでいるのが、胃の内壁の細胞だ。その強靭な細胞が、悩みごと一つで、{脆|もろ}くも急性胃潰瘍になったり、{終|つい}には胃に穴が空いたりしてしまうのだ。
 逆に、胃腸が消化不良を起こして機能不全に{陥|おちい}ると、爽快に動いていた脳細胞も、次第に{憂鬱|ゆううつ}となり、やがて頭がうまく回らないなってしまう。腰が痛くても、頭は憂鬱となり、どうにも考えがまとまらなくなってしまう。{則|すなわ}ち、身体のどこか一部が不調を{来|きた}せば、必ず身体全体の調子に影響が出てしまうって訳だ。

 痛い部分の細胞の意識が、身体全体の意識に波及する。であれば、植物の細胞が意識を持っていても、なんの不思議もない。あたいら自然{民族|エスノ}の最大の武器は、それを、肌身を通じて知っているということだ。あたい*らしい*言い草だけど、でもさァ……。
 どうやったって、事実を曲げることなんて、誰にもできやしないのさ。
 
_/_/_/ 『然修録』 第1集 _/_/_/
美童(ミワラ) ムロー学級8名
武道(タケラ) タケゾウ組5名

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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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_/_/_/ 電子書籍
『亜種記』 世界最強のバーチュー 全16巻
(Vol.01) 亜種動乱へ(上)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B08QGGPYJZ/
(Vol.02) 亜種動乱へ(中)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B09655HP9G/
(Vol.03) 亜種動乱へ(下巻前編)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0B6SQ2HTG/
(Vol.04) 亜種動乱へ(下巻知命編)
(Vol.05) 文然の乱(上)
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〈編集中〉
_/_/_/ まぐまぐ
(1) 後裔記 
https://www.mag2.com/m/0001131415
(2) 然修録
https://www.mag2.com/m/0001675353
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https://shichimei.hatenablog.com/
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https://note.com/toagakusan

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※電子書籍編集のための記号を含みます。
  お見苦しい点、ご容赦ください。
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 東亜学纂学級文庫★くまもと合志
 東亜学纂★ひろしま福山

然修録 第1集 No.148

#### スピアの{然修録|148}【座学】植物に{勝|まさ}る人類無し【息恒循】〈七の循〉徳循令 ####

 {会得|えとく}、その努力に{憾|うら}みなかりしか。
 少年学年 **スピア** 少循令{猫刄|みょうじん}

座学
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植物に勝る人類無し

 「だからおまえは、〈自然〉の顔をした〈和〉のエスノだって言われるんだッ!」と、言われるので、言われる前に書いておく……なので、ヨロシク♪

 組織……会社にしても軍隊にしても、見えるものと見えないものがある。見えるものとは、数で表すことができるもの。例えば、会社という組織……。資本金の額、財務状況、不動産や担保物件の評価、技術・開発・人材における能率……等など。
 対して、見えないものとは、トップや経営陣が持っている信念や人生観、従業員たちが{醸|かも}し出す熱意……{所謂|いわゆる}、社風。{則|すなわ}ち、人間が醸し出す〈心の反映〉のこと。会社にせよ軍隊にせよ、見えるものによる影響は知れたもので、実は、この〈見えないもの〉による影響のほうが遥かに大きく、すべての影響の大半を占めていると言っていい。
 どんな組織も、少人数の若輩者たちが起業したり旗揚げする場合が、多い。始めたばかりのころは、誰だって未熟者だ。未熟者のところには、未熟者が集まる。正に、「{破|わ}れ鍋に{綴|と}じ{蓋|ぶた}」という{訳|わけ}だ。そんな似たり寄ったりの実情でみなが初めておきながら、大企業や精鋭の大軍に成長する弱小組織もあれば、弱小のまま、消え去る組織もある。
 数値的には大差はないのに、{何故|なぜ}そんな、人生の分かれ道のような大きな違いが生じてしまうのか。その根源を{為|な}すもの……それが、見えないもの、見えざる部分……則ち、それ心であり、人間が醸し出す〈心の反映〉とういうものなのだ。

 花は、太陽のほうに顔を向け、木は、太陽があるほうにたくさん枝を付けて、{緑緑|りょくりょく}とした葉っぱを{繁|しげ}らせる。なるほど、太陽に*そっぽ*を向いているヒマワリの花なんて、見たことがない。植物は、炭酸同化作用によって、光合成をする。太陽のエネルギーをいっぱい受けて、空気中の炭素と地中から吸い上げる水分やミネラルと一緒になって、光合成という〈生〉を営んでいる。なので、太陽の所在については、非常に敏感なのだ。
 植物の能力は、これだけに留まらない。流れる音楽の曲によって、植物から発せられる波形が変わる。則ち、植物に曲を流し、次にその曲を変えてやると、〈電位〉……則ち植物の葉や幹や茎の表面を流れる電流が、変化する……と、いう訳だ。また、「{穀物|こくもつ}の畑に肥料を{撒|ま}くときに、クラシックの音楽を流してやると、収穫量が30%近くも増えた」という実験結果も、報告されている。

 「人間の本心を聴き分ける植物」……なんて話を聞かされると、俄かに信じ難い。でも、こんな実験結果がある。
 研究チームの女性が、鉢植えの花に向かって、(この花は、非常に{綺麗|きれい}で、本当に素晴らしい)と、心の中で思ってみる。次、同様に、(この花は、非常に汚いので、すぐに捨ててしまおう!)と、思うようにする。結果……電位、変わらず。
 ところが……。
 次に、その女性に催眠術をかけ、完全に睡眠状態になったところで、同様に鉢植えの花を用意し、(この花は、たいへん汚い花だから、捨ててしまいましょう)と心の中で思うように、心理学者が誘導する。次……再び同様に、(この花は、素晴らしく綺麗で、とっても可愛らしい)と、思わせるように仕向ける。則ち、深層心理に部分で、*本音で*そう思わせたのだ。
 すると、電位が変化した。しかも、再現性も得られた。「思え」と言われて事務的機械的に思ったときには見向きもせず、本気で思われたときには、ビリビリと表面の電流を変化させたのだ。植物は、その思いの真意や強さを、聴き分けることができる……と、いう訳だ。

 動物が、人間の意識や思いを理解できることは、すでに周知の真実となっている。それが、動物だけではなく、植物も同様に、人間の意識を感じ取ることができるということが、ここに、明かされたのだ。
 ぼくらヒト種の自然{民族|エスノ}亜種の人間たちは、自然の一部……末端に生きる生物でありながら、大自然全体のなかで、最も高い知能を持っている……と、ヒト種発生以来悠久そう信じ、疑うこともなく、自負し続けてきた。
 でもそれは、大きな間違いだったのだ。
 動物も、植物も、人類も、みな同じ。自然の末端で共存する、心ある生きものたちなのだ。
 
息恒循
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〈七の循〉徳循令

(第二版 改訂一号)

 生涯……{則|すなわ}ち、{天命|てんめい}。
 最初の重要期である{立命期|りつめいき}が終わると、あとは生涯、{運命期|うんめいき}となり、その運命期の五番目の循を、{徳循令|とくじゅんれい}という。

 徳循令は、四十二歳から四十八歳までの七年間であり、この期は、生涯を通じて**最後**、**七番目**の循である。

 「徳循令」とは、{如何|いか}なる期か……。

 我らは、生きた。{則|すなわ}ち、実存した。
 実存とは、ドイツ語で、イグジステンツ。〈イグジ〉は、離れる。〈ステンツ〉は、立つ。則ち、離れて立つこと。これこそが、紛れもない俺であり、紛れもない私なのだ。

 「随所に主となれば立処皆真なり」
 自分が自分で生きているその自分が立つところにしか、人間の真実は存在しない。主体に目覚めた人が、人類最高の学問を{究|きわ}めた人なのである。主体とは、{正|まさ}に自分。{況|いわん}や! 〈自由自在〉とは、自らに{由|よ}って自らが{在|あ}る……と、いうこと。{故|ゆえ}に、自分が自分でない人間に、自由はない。

 紛れもない俺とは、自分が主人であり、その中心には必ず、自分が{居|い}るのだ。

 実存とは、和である。
 〈和〉の文字は、のぎへんに、口と書く。のぎへんは、食べ物。口は、その働きを表す。食べ物と口は、一蓮托生。ところが、食べ物と口は、まったく別物……しかも、共にどちらも〈主体〉なのある。この二つが手を握ることで、和は生まれる。そこで流れ出てしまうようなものは、和とは言わない。{微温湯|ぬるまゆ}に留まって、{和気藹々|わきあいあい}となってもいけない。せっかく{為|な}した和は崩壊し、消え去ってしまう。

 他人に同情することは、和ではない。
 同情や同調が存在する限り、和は成らず。仮に成りかけたとしても、直ぐに崩れ{散逸|さんいつ}してしまうだろう。則ち、*和して同せず*。和とは、同しないこと……{故|ゆえ}に、和を作れる人間は、紛れもない俺であり、紛れもない私なのだ。主体的な個体でなければ、和を創り出すことは出来ないという{訳|わけ}だ。

 「私なればこそ、彼なればこそ」 ……モンテーニュ。
 私が私で生きていない人間は、人が人であることを大事にしない。私が私で生きている主体的な人間同士が手を握ってこそ、そこに真の和が生まれ、そこに、本当の和が存在することが出来るのだ。

 島津家の家紋は、大陸中国由来で、〇に十と書く。ど真ん中に主体である私が居てこそ初めて、和が成る……と、その家紋は、物語っている。日本人は、和が好きである。{然|しか}し、その{殆|ほと}んどの者たちが、和を作れない、主体を持たない人間たちなのだ。 

_/_/_/ 『然修録』 第1集 _/_/_/
美童(ミワラ) ムロー学級8名
武道(タケラ) タケゾウ組5名

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(Vol.01) 亜種動乱へ(上)
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(Vol.02) 亜種動乱へ(中)
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(Vol.03) 亜種動乱へ(下巻前編)
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(Vol.05) 文然の乱(上)
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(1) 後裔記 
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後裔記 第1集 No.151

#### オオカミの{後裔記|151}【実学】楽園ペニンソラ【格物】追ん出しゲーム再び ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 学徒学年 **オオカミ** 齢13

実学
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楽園ペニンソラ

 亜種動乱……百年ごとに繰り返される戦乱。
 そんなことが、本当に再び、繰り返されるのだとしたら……それは、およそ二十年後に始まるだろう。もっと早くても、なんの不思議もない。それが終息するのが、二十数年後だからだ。その年からちょうど百年前に、おれたちの国は、終戦を迎えた。その戦争が、俗に言う「{聖驕頽砕|せいきょうたいさい}」だ。
 聖なる戦いも、{驕|おご}り高ぶりという心の劣化に{病|や}むと、{頽廃|たいはい}し、果ては、{玉砕|ぎょくさい}あるのみ……。
 {武童|タケラ}の努めるべき使命は、武の心……その〈武〉の字が{如|ごと}く、振り上げた{戈|ほこ}を、{止|とど}めさせることだ。であれば、敵の心を深く{推|お}し量らなければ、一度振り上げた手を自ら下させるなどという奇跡的な芸当が、出来る{筈|はず}がない。時遅し……{最早|もはや}、動乱を止められないのだとすれば、{猶更|なおさら}だ。敵のことを、よくよく、知らなければならない。
 そのことを、先輩{先達|せんだつ}のタケラたちは、どう考えているのだろうか。まだ、おれのような若輩なんかが、心配することじゃないのかもしれない。でも、現実、おれらは、電脳チップを埋め込まれた{鴉|カラス}に、命を狙われた。おれたちは、危機一髪のところで、タケラの先輩たちに助けられたが、それと同時に、タケラたちも、気づいたはずだ。
 (もう、始まっているのだ……)と。

 {閑話休題|まァ、それはそれとして}。

 オンボロ丸というか、シュッポコ丸というか、早い話が〈ズングリ丸〉のことなんだけんども、あいつは、タケラの大人たちによって、深夜に離岸させられ、{曳航|えいこう}されて、見知らぬ入江へと、移された。
 おれたちが決定を見た計画では、ズングリ丸の改修作業の間、ムロー学級の上級者らは、作業を手伝い、下級者らは、タケラたちの家に預けられるというものだった。そもそもそれが、よく理解できなかった。まったく、無意味だからだ。おれは、タケゾウさんの家に預けられるという話だった。
 マザメ事件で、出鼻を{挫|くじ}かれる結果となってしまったが、それでも結果的には計画通りで、おれら学徒学年以下の下級{美童|ミワラ}たちは、銘々、予定通り、タケラたちの家に預けられて行った。そして、ほどなく……{則|すなわ}ち、預けられてまる一日も経たぬうちに、ムロー学級総員八名、一人残らず、{曳|ひ}かれて行くズングリ丸の船倉に、納まった。

 「ここが楽園、ペニンソラの浜さッ♪」
 ジュシさんが、自慢気に、両の腕を大きく広げながら、声高らかに……そう言った。

 もうじき、初夏が、やって来る。
 おれたちが、離島疎開のために住み慣れた浦町を去ったその日は、残暑の時令ながら、猛烈に暑い夏の盛りのような日だった。それまでは、みんな、親と一緒に暮らしていないというだけで……それと、義務教育の学園に通っていないというだけで……それと、一風変わった寺学舎という私塾に{集|つど}っているというだけで、ごくごく平凡で、平均的な子どもたちだった。
 あれから、もうすぐ一年……おれたちは、離島を巡り、電脳カラスに襲われ、そしてまた、見知らぬ離島(たぶん!)まで曳かれて、今この入江に、辿り着いてしまった。その離島に、{武童|タケラ}のタケゾウ組五名と、{美童|ミワラ}のムロー学級八名が、集ったのだ。

 タケラたちも、気づいたのだろう。
 {終|つい}に、観念したのだ。
 亜種動乱は、もう、止められないと……。

 自称大工のタケラたち五人は、本当に大工のような巧みな働きを垣間見せながら、ズングリ丸{上架|じょうか}用の台車を組み、潮が引くと、浜辺にレールを敷く作業をした。それも一息つくと、次は、蒸気艇の作業甲板に白い大きな紙を広げて、何やら書き込んだり計算したりを繰り返した。入江には、大小様々な船が停泊し、その{何|いず}れもが高いマストを持ち、枝打ちされた杉木立のように、林立している。
 その島で初めての朝、おれたちには、特に何も、仕事らしき作業が割り当てられることはなかった。{概|おおむ}ねは、自由行動……但し、入江の外には、絶対に出るなという厳命が、おれたち八名に告げられた。

 「なんで、出ちゃダメなのかなァ……」と、ツボネエ。
 「この島、楽園なんだろッ?」と、サギッチ。
 「島の裏側に、文明の奴らの街があるとかァ?」と、スピア。
 「もしそうだったら、とっくの昔に乱闘が起きてるよッ!」と、マザメ。
 「なにか、理由があるんだろう……」と、おれ。
 「だから、その理由を考えてんだろがァ!」と、ワタテツ先輩。
 「真相を知ってる人が{傍|そば}に{居|い}るんだから、{訊|き}きに行ったほうが早いんじゃない?」と、ヨッコ先輩。
 「じゃあ、行くべぇ♪」と、ムロー先輩

 どうにもこうにも、正に、本当に……漏れ無く成長しないムロー学級、総員八名なのであった!
 それでも、学者肌のテッシャンが、たいへん有り難く、誠に{丁寧|ていねい}に、答えてくれた。

 「ここは、離島。しかも、無人島。海流は早く、魚も居ない。「この辺を、うろうろするなッ!」って、魚たちには、言ってある。登りたくなるような高い山も、無い。だから、文明の奴らがやってくる理由が、一つも無いんだ。でも、衛星から見られたら、ぼくたちの存在が、判ってしまう。それじゃあ、君たちが寺学舎で学んだ浦町や、巡って来た島々と、何一つ変わらない。
 太陽って、なんで見えるか、知ってるよね。自ら、光ってるからさ。月だって、太陽の光を反射して、光ってる。地球だって、そうさ。でもさァ。自分では光らない。光を当てられても、反射しないとしたら、どうやって、光を地球に届けるんだい? きっと、何も見えないんじゃないかなァ。
 だったら、ぼくらだって、自ら光らず、光も反射せずなら、衛星からも、空の無人偵察機からも、何も見えないんじゃないのかなァ? そう考えてみたところで、実際は、やってみなきゃ、何も判りはしない。だから、目標を決めて、理論を{搔|か}き集めて……そう、オペレーションズ・リサーチさ。
 目標は、勿論のこと、横からは見えるけど、上からは、見えない! まァ、まだ未完成なんだけどねぇ♪」

 「下からはーァ?? パンツも、見えない?」と、ツボネエ。
 「それは、都合が悪いなッ!」と、サギッチ。
 「空論は、早めに断つべし……」と、スピア。
 「賢明な判断だねぇ♪」と、テッシャン。

 (もう、あの浦町に戻る日は、二度とやって来ないんだろうなァ……)と、他愛もない無邪気な{遣|や}り取りを聞きながら、おれは、そんなことを思っていた。

格物
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追ん出しゲーム再び

 争いを未然に防ぐには、確かに{OR|オペレーションズ・リサーチ}も必要だろう。でも、それだけじゃ、無理だ。直観力だけでも、知識だけでも、やっぱり、無理だ。それで、あれこれと考えているうちに、「要領」という言葉が、頭に浮かんだ。要領と来れば……そう、あれ! 〈オッサン追ん出しゲーム〉だ。
 追ん出しゲームは、いくら直観や知識を集積して手順書を作ったところで、まったく役に立たない。だのに、何回か試みているうちに、だんだんとその〈要領〉が、判ってというか、解ってくる。だから、手順書を作って覚えて実践する*OR*と、*要領*を覚えるという二つのことは、まったく異なる脳の働きだと、思わざるを得ない。
 {況|いわん}や! 仕事も発明も、手順書どおりにやっただけでは、要領を覚えることは出来ない。でも、「覚える」と言うくらいだから、記憶の一種には、違いない。
 人間の頭の左側には、*コトバ*が記憶され、右側には、*イメージ*が記憶されている。これら、コトバとイメージの一つひとつが、糸のようなもので{繋|つな}がれている。だから、外から{言葉|コトバ}を聞いただけで、そのイメージを思い出すことが出来るのだ。その糸を繋げていないか、{或|ある}いは切れてしまっているかすると、どうにもこうにも、思い出すことが出来ない……そう、「忘れた!」っていうヤツだ。
 右脳に、そのイメージが入っていることは、覚えている。それは、間違いない。でも、そのイメージに繋がっているコトバを、探し出すことが出来ない。そのキーワードが、名前の場合も、よくある。その人に関するイメージが、頭の中にあることは、確かなのだ。でも、左脳からその名前を探し出せないもんだから、右脳に記憶されているイメージを引き出すことが出来ない。「ド忘れ!」とはよく言うが、正にそれが、そういうことなのだ。

 ここで、重大な事実が{判|わか}る。コトバと繋がっていない、思い出す手立てが無い*イメージの記憶の数*は、驚くほど膨大だということだ。

 ある著名な大脳生理学者が、こんな実験をしたそうだ。イメージが記憶されている頭の右側に、直接、電気信号を与えたのだ。するとなんと、その人は、過去のあるシーンを、事細かに、今まさに体験しているかのように、克明に思い出したのだそうだ。思い出すというより、「過去に戻った」と言ったほうが、より適当かもしれない。

 ……と、いうことは、人間は、体験したことは、*細大漏らさず*、それをイメージとして、右脳に記憶している……と、いうことだ。

 ときに、思いもよらないことを、思い出すことがある。夢も、不思議大賞の一つだ。夢で見る物語は、百パーセント作り話のように思えるけれども、その多くが、克明に記憶された過去の体験の一つひとつなのかもしれない。三歳以前に記憶されて、思い出されることのないイメージもある。{所謂|いわゆる}、潜在意識の記憶というやつだ。こいつにも、不思議大賞を授与したい!

 結論……。
 こんな素晴らしい記憶能力をもった生身の人間の脳が、電脳チップなんかに負けるはずが無い。
 おれは、勝つために、生きる。
 敵が振り上げた{戈|ほこ}を{止|とど}めさせるような努力など、絶対にしない。そんな、余計なことをやっている暇は、{最早|もはや}一刻も、残されていないからだ。
 
_/_/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/_/
寺学舎 ミワラ〈美童〉 ムロー学級8名

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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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然修録 第1集 No.147

#### ワタテツの{然修録|147}【座学】徳利と陰陽の話【息恒循】〈六の循〉格循令 ####

 {会得|えとく}、その努力に{憾|うら}みなかりしか。
 門人学年 **ワタテツ** 青循令{猛牛|もうぎゅう}

座学
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徳利と陰陽の話

 ヨッコが**珍しく珍しく**、*ゆかしい*日本人のことを書いていた。なので、それに関連した話を、少々。
 日本人は、勝負に負けたとき、「参った」と言う。{則|すなわ}ち、自分が負けながらにして、同時に、勝った相手を敬しているということだ。武士というもの、「こん畜生!」とか、「この野郎!」とか、そんな{下司|げす}な{科白|せりふ}は、決して吐きはしなかった。これは、{日|ひ}の{本|もと}の民族の気高き精神を、よく表している。
 人間の心理という観点で考えると、人は、敬する相手に少しでも近しくなりたい、直接お仕えしたい……{延|ひ}いては、命までをも捧げたくなるものらしい。これを、「まつる」とか、「たてまつる」などと言う。このような忠純な精神が、奈良朝から平安朝にかけて発達し、鎌倉以降、武士道として定着する。それが、戦国時代を経て徳川時代に円熟し、「参る」とか「{仕|つかまつ}る」といった言葉となり、後世に{於|お}いて普及していったのである。
 敬する心は、精神を成長させる。人間は、敬することを知ると、自ら恥ずるということも、知ることとなる。世のため人のための健全な宗教も、その精神の中から{創|つく}り出される。「{慎|つつし}む」、「{戒|いまし}める」「{畏|おそ}れる」「修める」といった心理も、発達する。これが、道徳の本義であり、宗教に対する正しい姿勢でもある。{故|ゆえ}に、宗教と道徳を切り離して論争することは、誠に{浅薄|せんぱく}であり、極めて危険なのである。

 日本人は、酒を入れる{瓶|びん}のことを、「徳利」と呼ぶ。ある江戸時代の俳人が、この呼び名を礼讃して、次の様に言ったそうだ。
 「どんな*けちんぼう*でも酒だけは自分ひとりで飲んでもうまくない。やっぱり人と一緒に飲んでこそ楽しい。これは酔うという結果よりも、人と喜びを分かつものであり、共に楽しむ**利**である。利は利でも**徳**を表す利である。酒の入れ物を徳利というのは本当にうまくつけたものだ」
 正に、ズバリ! その通りだと思う。
 会社の運営などといった事業のあれこれも、力まかせに勝ちに{拘|こだわ}っていると、そこに理不尽な競争と争いが生じ、健全な事業の営みが困難になってくる。逆に、人間性が{滲|にじ}み出て徳が{顕|あらわ}れるような事業のことを、「徳業」と言う。大事なのは、事業に{非|あら}ず……則ち、徳業という{訳|わけ}だ。
 徳業の人は、古人に学び、歴史に通じ、{所謂|いわゆる}「道」に{則|のっと}って生きる。これを、「道業」と言う。だが現実は、利益のための利業や、機会化や自動化による人間が交わらない機業が、近年の主流である。

 人間は、創造し変化する生き物である。それは、陰と陽が相まって初めて、現実のものとなる。陽とは、生の{活動力|エネルギー}が体外に発現し、四方に分派し発展してゆく「力」のことを言う。ところが、その力は、次第に分化と抹消化を繰り返し、生命は薄れ、混乱に{陥|おちい}り、{挙句|あげく}は、破滅してしまう。そこで、その分化してゆくものを統一し、それを根源として、再びあらゆるものを含蓄しようとする働きが生じる。それが、陰である。
 この陰と陽の法則で、すべてを説明しようとする学問のことを、易学という。則ち〈易〉とは、変化や発達とその連続を説く、永生の理論なのだ。古来、我ら日本人は、この易の思想を、根本に{滲透|しんとう}させてきた。その陰と陽の比率は、陰が51%、陽が49%である。人間の{身体|からだ}も同様の比率で、アルカリが51%、酸が49%。則ち、弱アルカリ性を保っているという訳だ。
 男女の仲を保つのも同率、女が51%、男が49%? 無論これは、理想論である! まァ、健康であれば、良しとしよう♪ 身体が酸性化すれば、病気になり{易|やす}い。胃酸が増えれば、胃が痛む。だから昔の人は、〈酸〉の字を「いたむ」と読ませたのである。勝負の負けも、心が痛む。だから、「酸敗」と書く。

 人生百般を陰陽に分けて解決する?
 では〈徳〉は、{如何|いか}に!
 徳は、人間の根源……本質であるから、陰。対して、才能や技能は、体外に発現し、四方に分派し発展してゆくもの……則ち属性的性質であるから、陽。東亜の哲学は、この陰と陽、徳と才によって組み立てられている。{因|ちなみ}に、発達して偉大になった人のことを、「聖人」と呼び、逆に、才徳共に{空|むな}しき人を、「愚人」と呼ぶ。
 ただ、だいたいは、才も徳もそれなり、共にぼちぼちというのが、一般的な人間というものだ。これを、東洋の学問では、「君子・小人の弁」と言う。徳のほうが勝っていれば君子、才のほうが勝っていれば、小人である。故に、君子と小人のどちらが偉いというものではなく、ケチな君子がいたかと思うと、偉大な小人もいるという訳だ。

 幕末志士を例をとると、西郷隆盛が真の君子、大久保利通勝海舟が、偉大なる小人と言えるだろう。歴史が、そう物語っている。
 
息恒循
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〈六の循〉格循令

(第二版 改訂一号)

 生涯……{則|すなわ}ち、{天命|てんめい}。
 最初の重要期である{立命期|りつめいき}が終わると、あとは生涯、{運命期|うんめいき}となり、その運命期の四番目の循を、{格循令|かくじゅんれい}という。

 格循令は、三十五歳から四十一歳までの七年間であり、この期は、生涯を通じて**六番目**の循である。

 「格循令」とは、{如何|いか}なる期か……。

 我々人間の生……特にその性というものは、{造化|ぞうか}自体の必然によって与えられたもの……{則|すなわ}ちそれが、天命である。その性に{率|したが}うことを、道という。人間が、離れられないのが道であり、離れられるようなものは、道ではない。{況|いわん}や、君子と呼ばれるような人物は、誰からも見られていないところでも{戒|いまし}め{慎|つつし}み、誰も聞いていないところでも、怖れ{畏|かしこ}む。
 人間の不善というものは、人間の手で隠すことが出来ない。どんなに隠しても、必ずまた、現れてくる。どんなに些細な不善であっても、いつか必ず、明らかとなるんのだ。{故|ゆえ}に君子は、〈独〉を慎み、性に率った道から外れまいと、努めるのである。

 〈独〉とは、他者に対する一人のことでも、{数多|あまた}に対する孤独のことでもない。本来の意味は、「絶対」である。他人のなかの自分であるとか、そのなかでどのような存在であるかといった、相対的に表される自己ではなく、絶対的な自己のことを、〈独〉と言うのだ。
 「独立」という文字がある。何ものにも依存せず、自己自身で立つ。そのような権威ある者に与えられる、勲章のような言葉だ。{況|いわん}や、国家や民族が独立するということは、他国に依存せず、左右されず、その国家民族のみに{於|お}いて、存立するということなのだ。
 これと似た言葉に、「中立」がある。これも、{何|いず}れにも加担しないで、中間に立つということではない。信じるところは、絶対! 一時的な政策の方便で、相対するものの{孰|いず}れにも*くみせぬ*ことである。
 同様に「独立」のほうも、相対的な矛盾や{相剋|そうこく}から離れて独りで立つといった意味ではない。つじつまが合わないことにも、対立する者同士が競い争う事態にも影響されることなく、そのようなものを超越して、もう一段上に抜きん出て、創造的に進歩することなのだ。
 これが……「孤独」の意味である。

 {故|ゆえ}に、地位だの名誉だの、物質的なものや利害に対する打算的な欲求に{由|よ}らず、自己の絶対的なものを持たなければならない。これを、「抱独」といい、それを認識することを、「見独」という。自己が絶対であって初めて、真の他者を見、知ることができる。それが、*関係が成り立つ*ということなのだ。我々の根本に独が無ければ、我々の存在も、他者との関係も、極めて曖昧……不安定なままとなってしまう{訳|わけ}である。
 *この*事を理解すればこそ自ずと知れることの一つが、君子の行動である。*その*事をよく認識していることは勿論、更に徹見し、大切にするのである。

 「慎独」……中庸における、大事な要素である。これがあって初めて、本当の進歩向上を実現することができる。あらゆるものの調和の具現……則ちそれが、中庸の{中|ひ}である。 

_/_/_/_/ 『然修録』 第1集 _/_/_/_/
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後裔記 第1集 No.150

#### ヨッコの{後裔記|150}【実学】女神となったマザメ【格物】余韻が残る鹿 ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 門人学年 **ヨッコ** 齢15

実学
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女神となったマザメ

 (そんな非常識な大声を張り上げてたら、声帯はズタボロ! 二度と{喋|しゃべ}れなくなっちゃうじゃん! この{娘|こ}、『家なき子』とか読んでないのかしらん! お腹を{空|す}かせた野生の狼が襲ってきたら、{闘|たたか}うしかないんだよッ! そこで、どっちが死ぬかは、神のみぞ知る。
 {魔鮫|マザメ}が、その**神**だって言うんなら、話は別だけど……)

 あたいは、破れそうな鼓膜を{庇|かば}いながら、そんなことを思っていた。妄想すること以外に、出来ることが無かったからだ。男どもは、火を起こそうとしたり、壁の板を{剥|は}がして{松明|たいまつ}にしようとしたり、何をやっても間に合やしないって誰もが知りながら、それでも、全身全霊を闘いの準備に傾けるしか術がないかの{如|ごと}く、銘々が機械になったみたいに、同じ動きを繰り返していた。

 マザメが、口を{鎖|とざ}した。
 ……と同時に、地底の奥深いところ辺りを見遣るように、恐ろしい目で、地べたに視線を向けた。外の殺気も、ピタリと{止|や}んだ。{飢|う}えた狼たちの唸り声が、すべて{止|と}まってしまったのだ。出撃の合図が下り、一瞬の静寂に包まれたのだろう。
 (これで、終わった……)という、あたいの本能の声が、聞こえてきた。ムローが、木の扉に向かって歩いている。(あいつ、死ぬ前になってやっと、知命の心境に到ったんだねッ!)と、母親みたいなことを、{何気|なにげ}に思ったあたい……。
 ムローが、木戸を{推|お}し開けた。
 雑草を踏み締める音が、拡声器からの音に切り替えられたかのように、急に、大きくなった。木戸に手を掛けたまま、ムローが、固まった。
 長い時間……。
 半身を起こしていたマザメが、再び横たわっている。気を失っているように見える。ムローの顔から、恐怖と緊張の色が、{退|ひ}いてゆく。雑草を踏み締める音が、一斉に止まった。
 {皆|みな}、木戸に近寄る。
 ムローが、外に押し出された。
 外が、見えた。

 立派な角を持った巨体の{牡鹿|おじか}、泥だらけのでっかい{猪|イノシシ}、鹿みたい顔をした堂々たる牛、そして{何故|なぜ}か、バカでっかい家畜の黒牛と赤牛……。
 スピアが、ひょこひょこ歩き出した。一団の先頭に立っている鹿顔の牛の前に立ち止まって、喉元あたりを{撫|な}ではじめた。
 背後で、ツボネエが、{囁|ささや}いた。
 「スピアの兄貴、お礼を言ってるんだよ。依頼主のマザメ先輩が、また寝ちゃったから、代理人ってところだねぇ♪」
 確かに、なんとなく、そんなふうに見える。
 日焼けした青年ジュシさんが、誰にともなく、呟いた。
 「あれ、ニホンカモシカだよッ♪」
 さすがに今はレジ袋を手にしていないタケゾウさんが、ジュシさんの言葉を引き取るかのように、{継|つ}いで言った。
 「その昔、この辺には、村があったんじゃ。麦や{蕎麦|ソバ}を作ったり、キャベツを作ったり、牛を放牧して繁殖させたりして、細々とはしとったが、幸せに暮らしとった。それがある日、文明エスノの野郎どもが押し寄せて来て、村人たちを追い払ってしまったのさ。あの牛たちは、そのときの生き残りか、その{仔等|こら}じゃろう」

 スピアが、振り返って、こちらに戻ってくる……すると、鹿も猪もニホンカモシカも牛も、みんなお尻を四次元に大きく回しはじめた。まるで、踊っているみたいだッ! そして、そのまま振り返ると、森の奥へ、奥へと、一目散に駆け出してゆくのだった。
 {殿|しんがり}の牡鹿が、お尻を躍らせながら、頭だけ、あたいらのほうに向けた。仲間たちに向けるような、温かくて優しい目をしている。
 (あたいら、やっぱ、自然の一部なんだァ……)
 あたいは、そう{独|ひと}り{言|ご}ちるのだった。

 まだ、あたいらには、たくさんの仲間たちがいる。
 あたいらは、あたいらがやらなければならないことを、やらなければならない。それが、天命である限り、そこを、目指し続けなければならないのだ。
 それが、あたいらミワラの、運命さァ♪

格物
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余韻が残る鹿

 「余韻の残る人」……という話を、聞いたことがある。
 初めてあたいに、その余韻を残した男は……鹿だった。
 優しい目に、可愛いお尻。
 いい男になるには、やはり、情けと感動が、必要だ。人は、何かを感じなければ、動かない。逆に、{他人|ひと}に何かを感じさせることができれば、他人を、動かすことができる。感じて動くという事実は、知識では動かない、理屈でも動かないということを、意味している。人を動かすのは感動……「情動あってこそ!」なのだ。
 万人のための偉大なる思想は、心情のみからしか発することはできない。情け深い心を持っていなければ、真に正しい人間にはなれない。人間の本質は、理知などではなく、*心情*なのだ。
 ある有名な歌舞伎役者が、こんなことを言ったそうだ。
 「昔の芸は情を主として見る人の心を動かしたが、今の芸人は仕草で面白がらせているだけだ」
 仕草だけの人間は、軽い。情が仕草に乗り移ってこそ、人間本来の重みが出るということなのだろう。別れたあとに、また逢いたいなァ……って思うような、そんな余韻や余情を残す魅力的な人間が、この星に、あと何人残されているのだろう……。
 アメリカのリーダーシップ論の本の中に、こんな言葉があるそうだ。
 "The man of the wake"
 船のと通ったあとの白い波の線航跡……。船は、とっくに過ぎ去ってしまったのに、その航跡は、なななか消えない。そんな航跡のようなものを{曳|ひ}いている人……{則|すなわ}ちそれが、「余韻が残る人」という{訳|わけ}だ。

 その昔……「感性」と言えば、「何か、はしたないもの」とか、「なんとなく、{卑猥|ひわい}なもの」として、馬鹿にされがちな*もの*だった。今でこそ、感性という言葉は、それなりに重要視されている訳なんだけれども、ただ、言葉となった時点で、それは{最早|もはや}、感性ではない。感性とは、言葉では、決して表すことができないものなのだ。
 「感性というものは、言葉では言い表せない」……と、言いながら、感性とは、その実、紛れもない私自身……{則|すなわ}ち、「今ここにしか存在しない、本当の私」のことなのだ。だから、感性が鈍いということは、「私自身の存在が、ぼんやりとしていて、まったく、{鮮|あざや}かではない」と、いうことなのだ。
 ある小学校で、こんな面白い授業があったそうだ。
 先生が、子どもたちに{訊|き}いた。
 「雪が解けたら、なんになるぅ?」
 {殆|ほと}んどのこどもたちが、「水になる」と、答えた。
 ところが、たった一人だけ、違う答えを出した子どもがいた。先生は、その答えに「バツ!」を出し、間違いだと言って、切り捨てた。本当にバツ!を出されるべきは、この感性の鈍い先生のほうだ。
 そのバツ先生が、間違いだと言って切り捨てたその答えとは……。

 「春になる……」

 雪が水になっても、そこに「私」は、存在しない。寒い寒い冬が春になってこそ、そこに「私」が、存在するのだ。敗戦後、小学校の先生たちは、理論や知識だけで、学校教育を行ってきた。これが、{日|ひ}の{本|もと}の国の教育が{歪|ゆが}み腐れ{堕|お}ちた{所以|ゆえん}なのだ。たいへん残念なことだけど{否|いな}むことが出来ない*事実*って、この世になんて多いことだろう。

 イタリアの名匠の言葉に、こんなのがあるそうだ。
 「私が私で生きるということは、私が吸っている空気よりもっと大事だ。私が私で生きることが出来なくなったら、もう死んだほうがましだ」
 自分が存在しているからこそ、宇宙が存在する。
 自分が存在していなければ、すべて、何もかもが、存在すらしないのだ。

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然修録 第1集 No.146

#### ツボネエの{然修録|146}【座学】明徳、「ど真剣」の心!【息恒循】〈五の循〉反循令 ####

 {会得|えとく}、その努力に{憾|うら}みなかりしか。
 少女学年 **ツボネエ** 少循令{飛龍|ひりゅう}

座学
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明徳、「ど真剣」の心!

 中国が四千年も続いてきたのは、古典が素晴らしいからだ。
 アタイら{日|ひ}の{本|もと}の国が三千年も続いたのは、その中国の古典を、先人{先達|せんだつ}が学んできたからだ。

 これくらいのことは、アタイにも{判|わか}る。だから寺学舎の先輩たちは、東洋哲学を学んでいる。特に男どもの先輩たちは、陽明学、安岡教学、稲盛流成功哲学なんぞを好んで学んでいる。
 アタイら女どもは、そこまで好んでいる{訳|わけ}ではないけれども、亜種の存続と種の復活のためには、これらを学んで実践に活かす以外に方法は無いということを、特に離島疎開してからというもの、{拠|よ}ん{所|どころ}なくながら、痛切に感じている。
 ……なので、三つの中で一番新しい稲盛流成功哲学について、座学してみた。それを、以下、ザックリ{掻|か}い{摘|つま}んで書く。

 その*古来の人びと*の話……。
 なかでも人を指導する立場にある人や、自らの人格{涵養|かんよう}……{則|すなわ}ち、自然に水が沁み込むように、徐々に自らの教えによって、己の人格を養うことを志す人は、必ず『大学』を読まねばならないとされていた。孔子よりも四十六歳も若い{曾子|そうし}という人物が、著したんだそうだ。
 『大学』は、「{大人|だいじん}の学」の略で、人の上に立つ人が先ず修めていなければならない根本的な哲学について書かれていることから、「{修己治人|しゅうこちじん}の書」とも呼ばれている。
 {斯|こ}う、始まる。
 「大学の道は明徳を明らかにするにあり」
 明徳とは、法則のこと。

 すべてのものに、法則がある。心はもとより、人生にも、経営にも、{闘戦|とうせん}にも。その法則をしっかりと掴み、それに{則|のっと}って事を実践すれば、発展は継続する。逆に、その法則に反すれば、衰退に転じ、{挙句|あげく}は{亡|ほろ}びる。陽明学王陽明師も、安岡教学の安岡{正篤|まさひろ}師も、稲盛流成功哲学稲盛和夫師も、この**明徳**を明らかにした人物なのだ。

 今回学んだ稲盛師は、経営者の勉強会を{主宰|しゅさい}し、約九千人の経営者が、稲盛師から直接学んだと言われている。破綻した日本航空を二年八ヶ月で再生した稲盛師は、「ど真剣」という言葉を、何気に口にしていたそうだ。この「ど真剣」こそが、人生から宇宙に到るまでの理法を体得した際たる{所以|ゆえん}だ……という声がある。
 その稲盛師が{私淑|ししゅく}していたのが、安岡正篤師だ。その安岡師の名著『一日一言』のなかに、こんなことが書かれている。
 「人間はできるだけ早くから、良き師、良き友を持ち、良き書を読み、ひそかに自ら省み、自ら修めることである。人生は心がけと努力次第である」……と。

 東亜哲学……則ち、中国の古典を現した偉人たちや、我が国の先人や先達から学ぶということは、彼らの「ど真剣」に触れることであり、また、その「ど真剣」によって人生を切り{拓|ひら}き、精神を{培|つちか}う中で体得した英知を、有り難く学ばせて{戴|いただ}くということなのだ。
 では、稲盛師がアタイらと同世代だったころ……その少年時代は、{如何|いか}に!
 当時、少年稲盛師は、「不治の病」と言われた結核に病んで、旧制中学を休学して、病床にあった。叔父と叔母を結核で{亡|な}くしていたこともあり、周囲からは、「この子もダメだろう」と、言われていたそうだ。そんな折に出逢った本が、少年稲盛師の人生を変えたという。斯う書かれていたそうだ。
 「災難に{遭|あ}うのも幸せに合うのも、それはすべて**心**次第であり、本人が持っている心のままに境遇はつくられるものだ」

 則ちは、「病にかかったのが、あなたが持っている心の{所為|せい}ならば、転じて幸せになるのも、あなたの心の所為だッ!」と、いうことのようだ。当時、結核の初期症状の{肺浸潤|はいしんじゅん}を{患|わずら}って寝込み、非常に{痩|や}せて、{正|まさ}に死の入り口を垣間見ていた少年稲盛師は、この書を読み、たいへん強い感銘を受けたという{訳|わけ}だ。
 アタイも、幼循令の七年間の{殆|ほとん}どを、死の溝を自ら覗き込むような闘病生活を送っていた。そこから救ってくれたのが、奇縁ムロー先輩のお百度通いのようなお見舞いであり、ムロー先輩が語ってくれた昔話や、先人語録のあれこれだった。
 話{序|つい}でに、少年稲盛師を変えた{挿話|エピソード}の続きを、もう少し……。
 {聖驕頽砕|せいきょうたいさい}の終戦の前年ごろより、少年稲盛師が病に伏していた鹿児島も爆撃を受けるに到り、街の殆んどが焼け野原となってしまった。その間、空襲があるたびに、結核で寝ていながらも両親に迷惑をかけてはならないという思いから、{脚絆|きゃはん}とかゲートルとか呼ばれていた布を足首に巻いて動き{易|やす}くして、自力で防空壕に逃げ込んでいた。
 そんな、空襲から必死で逃げ回る日々続けているうちに、病気のことなどすっかり忘れてしまい、気がついたら治っていた!……と、いう{顛末|てんまつ}だったそうだ。

 その後、元気になって大学を卒業した青年稲盛師は、二十七歳で会社経営に乗り出す。その前に勤めていた会社では主任という立場だったが、経営は正に焼け野原だったそうだ。その会社の上司や同僚たち七人で、、新会社を立ち上げたのだ。当時はまだ標準語も{喋|しゃべ}れず鹿児島弁丸出しだった若き稲盛師が、標準語どころか日本語の通じない海外にまで展開して、多くの工場をつくった。
 そして、アメリカに作った四つの工場では、アメリカ人を二千数百人も雇ったのだという。稲盛師は、起業した会社の売り上げが二千数百億円、従業員が一万数千人に到った五十五歳のときの講演で、{斯|こ}う言い残している。
 「結核で死の淵にあって、心のままに周囲に現象が現れるという教えを知った経験と、二十七歳で会社をつくって二十八年間、自分でも想像できないような現象が私の周囲に現れてきたということ。おそらく一般の人たちは信じられないと思いますが、この二つのことは、心の作用というものが{如何|いか}に大きな力を持っているかということを示していると思います」

 また、斯うも言い足している。これが、東亜哲学を学びながらも、闇雲に亜種動乱の{闘戦|とうせん}へと突き進むというか転げ落ちているアタイら自然{民族|エスノ}の{美童|ミワラ}や{武童|タケラ}の先輩たちが会得体得すべき精神技術の神髄なのではないかと思えてならない……みたいな(アセアセ)。

 師、{曰|いわ}く。
 「私は技術屋です。
 私どもの企業経営は、私がやってきたセラミックスの研究から始まったものでした。つまり、私はサイエンティストであり、エンジニアであります。ですから、心の問題を、いわゆる技術や研究開発に持ち込むということは一切していません。徹底的に合理性を追求するし、あくまでも科学的な手法で事業をやっています。
 しかしどう見ても、心というものが、周囲の現象にたいへん大きな影響を及ぼしているように思えてならないのです」  

息恒循
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〈五の循〉反循令

(第二版 改訂一号)

 生涯……{則|すなわ}ち、{天命|てんめい}。
 最初の重要期である{立命期|りつめいき}が終わると、あとは生涯、{運命期|うんめいき}となり、その運命期の三番目の循を、{反循令|はんじゅんれい}という。

 反循令は、二十八歳から三十四歳までの七年間であり、この期は、生涯を通じて**五番目**の循である。

 「反循令」とは、{如何|いか}なる期か……。

 「士別れて三日すなわち{刮目|かつもく}して相待つ」
 {有為|ゆうい}な人物というものは、別れて三日後には、お互いが目をカッと見開いて、その成長を相待とうではないか……と。

 これは……ときに三国時代
 呉の武将、豪傑の名将と{讃|たた}えられた{呂蒙|りょもう}は、{些|いささ}か無学であった。これに、同じく名将の{誉|ほま}れ高き{魯粛|ろしゅく}が、「少しは学問をしているかッ!」と、冷やかした言葉を投げかけたときに、呂蒙が応えて言った言葉である。

 この言葉を愛した安岡教学の安岡正篤師は、晩年、再版した自著の中で、{斯|こ}う書き残している。
 「高等学校や大学時代、精神的要求から、{悶々|もんもん}として西洋近代の社会学から、宗教、哲学、文学などの書を{貪|むさぼ}り読んだ。しかしどうも不満や焦燥の念に駆られ、深い内心の自敬や安立に役立たず、いつのまにかやはり少年の頃から親しんだ東洋先哲の書に返るのであった。
 {爾来|じらい}私は自分の内心に強く響く、自分の生命・情熱・霊魂を揺り動かすような文献を探求し、{遍參|へんさん}した。特に歴史的社会的に背骨ができたように思えたのは史記と{資治通鑑|しじつがん}を読破したことであった」

 資治通鑑は、戦国時代を編年体で著した歴史書であり、『史記』をはじめとする史書には、治乱興亡の時代の壮大な人間ドラマが綴られている。そこに登場する{傑物|けつぶつ}・達人の生き様に、師は大きな精神的感化を受けたのだろうと、周囲は拝察するところである。

 ときに鎌倉時代……禅僧虎関禅師は、斯う書き残している。
 「古教、心を照らす
 心、古教を照らす」
 本に読まれるのではなく、自分が主体となって読む。
 これが、真の活学というものだ……と、物語っている。 

_/_/_/_/ 『然修録』 第1集 _/_/_/_/
寺学舎 美童(ミワラ) ムロー学級8名

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後裔記 第1集 No.149

#### サギッチの{後裔記|149}【実学】マザメ、渾身の演技!【格物】奇行は真の修行 ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 少年学年 **サギッチ** 齢9

実学
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マザメ、渾身の演技!

 おれらは、電脳チップを埋め込まれた{鴉|カラス}に、襲われた。今ごろになって、恐ろしく感じる。でも、もっと、本当に{怖|こわ}いのは、自然のままの、自然の動物たちだ。たとえば、{狼|オオカミ}。{奴|ヤツ}らは、種の存続のために、生きものを襲って、食う。{正|まさ}に、自然だ。自然だけに、その執着執念の力は、{強靭|きょうじん}で恐ろしい。
 奴らに、罪は無い。
 でも、そのために、おれたちは、殺されて喰われる。
 それが、自然なのだ。
 それが、自然の一部のおれたちの、宿命なのだ。
 宿命……それを変えるのが、運命だ。
 おれたちは、ヒト種存続のために、生きなければならない。
 「蛇足」という名の余談……以上。

 その音は、おれたちにも感じることができた。ただそれは、背中にだけだった。でも、マザメ先輩には、遠くの{彼方|かなた}の四方八方から針が飛んでくるように、全身で感じていたみたいだ。いつもふざけて魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}だなんてジャレごとを言っているけれど、いざ自然の現実に{晒|さら}されて{窮地|きゅうち}に立つと、本当にマジで、マザメ先輩は、頼りになる。
 美人で、こんなに頼りになるのに、男から避けられるのは、{何故|なぜ}なんだろう。そういうおれも、正直、生まれてこの{方|かた}ずっと、マザメ先輩のことを、苦手に思っている。まァ……{閑話休題|それはそれ}。

 日焼けした浅黒い顔が、この森によく似合っているジュシにいさんが、言った。
 「樹木の枝が、{軋|きし}む音……にしては、低いな。それに、何故、近づいて来るんだァ?」
 「地面に落ちてるから、低いのさ。それを踏み締めながらこっちに進んでるから、近づいてくる音になるのさァ」と、{何気|なにげ}にサクッと、マザメ先輩。
 「タケゾウさんの{贅肉|ぜいにく}、{脂|アブラ}がのって、{旨|うま}そうだもんなァ♪」と、ジュシにいさん。
 「{生贄|いけにえ}には、若い女の肉と、相場は決まっとる!」と、タケゾウさん。真顔!
 「ファイねーさんを生贄にしたって、食うとこないじゃん!」と、ツボネエ。相変わらず、怖いもの知らず……。
 「必要なところには、必要以上に肉がついてるさァ! {魅|み}せてあげられないのが、残念だけどねぇ♪」と、ファイねーさん。マジで、見たい♪……まァ、それもそれ。

 「ちょっとォ! 黙っててくれない?」と、マザメ先輩。
 そうだ。今、頼るべきは、マザメ先輩なのだ。
 総員、マザメ先輩を、見守る。
 マザメ先輩が、{呟|つぶや}いた。
 「宮、商、角、微、羽……」
 「なーんじゃ、そりゃ!」と、言わずもがな、おれ。
 「占ってるのさ。あたいらの、武運。森から、五つの音階を、拾ったのさ。その音色が、あたいらの君、臣、民、事、物を、暗示してる」と、マザメ先輩。真顔。声が、真剣!
 「てか、占ってるバヤイかうよッ!」と、オオカミ先輩。
 「そっちのオオカミ君は{兎|と}も{角|かく}さァ。この森に狼がいるだなんて、聞いたことないぜぇ! 狼と決まった{訳|わけ}じゃねぇけどさァ……」と、ジュシにいさん。
 「あのさァ。マザメ先輩は、自然児女子なんだからさァ。そっち系の話は、誰よりも得意分野ってことでしょ? だよねぇ? だったらさァ。ここは、素直に、マザメ先輩の判断に{順|したが}うべきところじゃないのォ?」と、スピアの野郎。こんなとき、なんで冷静でいられるんだかァ……? まったく!
 「ここで判断を誤れば、みんな、狼に喰われてしまう。狼を刺激しないように、物音一つ立てず、静かにさえしておけば……それでもやっぱり、みんな、食われる! ダメじゃん! マザメーぇ!! なんとかしなさいよォ! 狼って決まった訳じゃないんだけどさァ」……と、ヨッコの{姉御|あねご}。

 暫し、{莫|まく}妄想よろしく沈黙していたマザメ先輩が、なんの前触れもなく、唐突に、渾身の大声で、吠えたッ!

 「スッゲーぇ!!
 オッチャンたちさァ、女運だけで生きてきたんじゃん!
 仕事運なし! 金運なし! 人望なし! 待ち人来たらず! 水難の相あり!
 えーぇ?!
 このオッチャンたちの不幸って、伝染するのーォ?!
 このオッチャンたちを喰ったバカな四つ足動物たちは、みーんな、{咽喉|ノド}がカラカラになって水を飲むんだってさァ。すると、飲んだ水が激流となって、喰われたオッチャンたちの肉片がある胃袋になだれ込む。まァ、そりゃそうだろうさァ。だから、どうだってのさァ!……って、話さァ。
 えッ? えーぇ!! マジ? うっそーォ!!
 喰い{千切|ちぎ}られたオッチャンたちの肉片が、胃袋の中で苦しみ{踠|もが}いて、なんとしても喰い千切られた{憾|うら}みを晴らそうとして、胃袋を喰い千切り、食道を噛み切りながら{喉元|のどもと}まで{這|は}い上がって、己の肉片を喰らった四つ足動物を{呪|のろ}って、容赦なく血みどろズタボロの死骸にしてしまうんだってさァ。
 そして、這い出た肉片たちは、寄り集まって、{歪|いびつ}な格好をした{怨霊|おんりょう}となって、この森に{棲|す}み続け、呪った四つ足動物を根絶やしにしちまうんだってさァ!
 嗚呼、恐ろしい! 嗚呼、おっそろしーぃ!! 逃げてーぇ!
 四つ足動物は、あたいの仲間なんだァ。むざむざと殺させてなるものかーァ!! 早く、お逃げなさい! あたいが愛する、森の四つ足動物たちよォ。愛しい、愛しい、あなたたち……だから、早く、逃げてちょーだーぃ!!
 あたいのことは、心配しないでぇ♪
 あたいは、自然エスノ。これでも、自然の一部の端くれさァ。それより、どうか、届いておくれぇ。森の、愛しい{同胞|はらから}たちに……。このひ弱なで{病|や}んでる骨と皮だけの食べれそうな肉がまったくない{可哀想|かわいそう}な小さな小さな{乙女子|おとめご}のか細い声は、この小屋の板壁のすぐ外にまでしか届かないかもしれない……。
 でも、もし、その壁のすぐ外で、四つ足の誰かが、この切ない救いの叫びを聞いていてくれたなら、早く、早く、森の狂暴な……でも頼もしい四つ足の仲間たちに、早く、早く、この命懸けの{健気|けなげ}な警告を、早く早く直ぐに届けて欲しい!
 そして……それより何より、あたいの声が聞こえるところまで来ちゃってる仲間が本当に{居|い}るんなら、あんたたち! 早く、早く、逃げてちょうだい。死んじゃダメよッ!
 自然界のすべての生き物が、あんたたちの仲間なんだよ。森を守り抜いてきたあんたたちを、決して、見捨てはしない。あんたたちが無事に逃げれるように、みんなが、助けてくれるはずさ。あたいが、保証する! あたいは、森の妖精♪ 森に逃げ込んで生き延びた、{獰猛|どうもう}な{鮫|サメ}の化身。
 その名も、{海|アマ}の{魔鮫|マザメ}の女神さァ♪
 覚えときなァ!」

 途中で、誰に言ってるんだか、なんとなく{判|わか}るには判ったけど、{鳥獣|トリケモノ}や{爺|じい}さんとの会話が大好きで得意分野になっちまった*某スピアの野郎*なら{兎|と}も{角|かく}、でっかい声を出したからって、そう{易々|やすやす}と伝わるもんじゃない。
 ……てか、伝わったにしても、狼が、信じるんかい!

 まァ、祈るしか{術|すべ}を知らないおれたちが、偉そうに批評なんか失礼{千万|せんばん}なのは、{解|わか}っちゃいるんだけんども……。
 嗚呼、南無阿弥陀仏
 嗚呼、アーメン♪  

格物
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奇行は真の修行

 マザメ先輩の{渾身|こんしん}の演技の目的は、直ぐに判ったけれど、それが成功するって信じていたのは、恐らくたぶん絶対に、マザメ先輩ただ一人だったと思う。それでも、マザメ先輩は、目的をすり替えようとはしなかった。

 以前、何人かが、然修録に、*要領*のことを書いていた。弓道の修行をしていた外国人の青年は、「弓道を通じて禅の精神を探る」という目的を、「{如何|いか}にして矢を的の真ん中に当てるか」に、すり替えてしまった。青年は、的の真ん中に当てる要領を修得したけれど、師匠は、それを{褒|ほ}めるどころか、なんとォ! 怒って青年を、怒鳴りつけた。{況|いわん}や、目的をすり替えてしまったからだ。
 少年時代、商売を営む家で{丁稚|でち}をしていた松下幸之助翁は、客が来るたびにタバコを買いに行ったのでは効率が悪いと思い、自分の給金を注ぎ込んで買いだめをして、客が来たら直ぐにタバコを出せるように工夫した。まさに、思い考え行動して得られた要領だ。でも少年は、褒められるどころか、これまた主人から、{叱|しか}られてしまった。{何故|なぜ}か……。
 少年の目的は、「お客様に、能率的にタバコを出す」ことではなく、「商人道」を学ぶことだったのだ。その目的からすると、松下少年が苦心して代償まで差し出して{会得|えとく}した要領も、ただの*手抜き*にしかならなかったという{訳|わけ}だ。
 まったく逆の例もあった。宮大工のオッチャンが、仮の住まいの家を建てているときの話だ。数年住むだけなんだから、不要な細工は省略した。これも*手抜き*には変わりないけれど、当初の目的に、{適|かな}っている。だから、こちらは*手抜き*ではなく、*終始一貫した目的に適った上等な要領*なのだ。

 然修録で、{O|オペレーションズ}{R|リサーチ}的な問題追跡法も、学んだ。その最初に出てくるのが、「目的・目標を決める」だ。学問にしても、仕事にしても{闘戦|とうせん}にしても、要領よく本来当初の目的を達成するためには、この最初に行うべき「目的・目標を決める」ことが、最も大事なのだ。
 仕事とか何事もそうだけれど、慣れてくると、効率を考えて、良い意味での手抜きを考える。弓道を修行していた青年も、松下少年も、ただそれに{順|したが}っただけなんだと思う。でもそれは、「まだ早い!」のであり、本来当初の目的・目標を達成するためには、効率が悪いと判っていても、「修行の手段や習わしを、バカ正直に守ること」こそが、必要だったのだ。そこで初めて、本来の目的の要領を、体得することができる。
 体得……? そう、{正|まさ}しく修行とは、{身体|からだ}を動かすことで、頭を回転させることではないのだ。{則|すなわ}ち、「文句を言わないで、黙ってやる!」ことなのだ。確かに、要領という観点から見れば、バカバカしく映ることが多いかもしれない。でも、身体を使わずに頭だけで要領を会得しようとしたら、それは、悪い意味での要領……そう、*手抜き*になってしまうのだ。
 悪い要領は、そのときは周りから賞讃されるかもしれないけれど、あとから必ず、馬脚を現してしまう。{怠慢|たいまん}、横着という化けの皮が、剥がれてしまうという意味だ。「バッカじゃなーぃ!!」とか、「わけわかんねーぇ??」とか言われるような奇行にこそ、本当に意味のある{脚|あし}……要領が、隠されているのだ。

 だとすれば、懲りずに時おり見せるマザメ先輩の奇態や奇行は、真の修行、上等な要領ということになる……が、正直、どうなんだかァ……(アセアセ)。 

_/_/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/_/
寺学舎 ミワラ〈美童〉 ムロー学級8名

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然修録 第1集 No.145

#### ムローの{然修録|145}【座学】維新と亜種動乱【息恒循】〈四の循〉若循令 ####

 {会得|えとく}、その努力に{憾|うら}みなかりしか。
 学人学年 **ムロー** 青循令{猫刄|みょうじん}

座学
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維新と亜種動乱

 我々の目的は、わが国を一つとすることだ。三つの亜種に分化分裂した{民族|エスノ}のうちの一つ、文明エスノの畜生どもが、電脳チップという非人間的で非道な方法で、わが国を支配しようとしている。目的を達成するための一番の近道は、言わずもがな、文明エスノを{亡|ほろ}ぼすことだ。

 {然|しか}しながらそれは、維新に譬えられるような*崇高*とは程遠い。

 歴史を{顧|かえり}みると、現代と同様、国を一つとする試みが、幾度となく試みられてきた。その仕上げとも言える時代が、江戸の末期……維新期だ。この維新期には、多くの志士が生まれた。我ら{美童|ミワラ}が知命すると、{武童|タケラ}となる。彼らもまた、時代は{違|たが}えど、正真正銘の志士である。

 この、二つの時代の志士たち……実は、共通点がある。

 我が国の志士というもの、国を一つにするために、幼少期より、陽明先生の教えを読み、その語録から学び、実践によって、その体得を目指してきた。{何故|なにゆえ}かッ! 内村鑑三が、外国人向けに書いた英語の本の日本語訳の書のなかに、その答えの一つがあった。{不肖|ふしょう}、無知運命期の俺が、乱暴ながらその要約を試み、ここに紹介する。

 維新……偉大な立役者、西郷隆盛。その偉大さを、弟の{従道|つぐみち}と区別するために、「大西郷」と呼ばれた。その男は、文政10(一八二七)年、鹿児島に生まれた。{中|ちゅう}の{下|げ}の家柄で、六人兄弟の長子。目立たず、おっとりとした少年だったという。
 そんなある日、少年大西郷にとって転機となる事件が、起きた。東遠の者の切腹である。この男が、少年大西郷に、{斯|こ}う言ったという。
 「命は、主君と国に{捧|ささ}げるものだ」……と。

 よく太った大男に成長した青年大西郷……目玉も大きいので、「うど目」という*あだ名*が、つけられたそうだ。この、力持ちで相撲をとることが好きで、山歩きを好み、自然を愛した若者が、若くして陽明先生の著作……{所謂|いわゆる}陽明学に、{惹|ひ}かれていったのである。
 陽明先生の教えは、数ある中国思想のなかでも、善悪の観念や天の崇高な法を説くという点で、同じくアジアで生まれた威厳ある信仰「キリスト教」に、最も近いと言われている。若き大西郷の実際的な行動力は、ここからきていると思われる。同時に、禁欲的な仏教「禅」にも興味を示し、探求した。「禅の修行は、情の{脆|もろ}さを抑えるためだ」と、のちに友人に洩らしている。

 青年大西郷は、二つの想いを、胸に抱き続けた。一に、帝国の統一。二に、東アジアの統合。陽明学を論理的に学ぶと、同様の思想が見えてくるそうだ。対して、徳川幕府が奨励したのが、保守的な思想……朱子学だ。{則|すなわ}ち、陽明先生の教えとは、進歩的で前向きで、可能性に富んで、キリスト教との類似点も多く、まさしく、徳川幕府とすれば、禁止令に値する煙たい思想だったと言える。

 話は、脱線するが……。
 世界三大心理学者のアドラーの思想が煙たがられた理由にも、陽明学との類似点があるように思う。アドラー心理学が、前向きで目的を重んじる積極未来志向だからだ。

 {閑話休題|それはさておき}……。

 {何|いず}れにしても、大西郷が愛した陽明学も、長州の戦略家、高杉晋作が、長崎で初めて読んで驚愕したと言われる聖書も、幕府の崩壊を当然が{如|ごと}く預言するものであり、また同時に、国家再建のために不可欠な思想だったことは、歴史が、その{証|あかし}を物語っている。

 大西郷が影響を受けたのは、先人の思想ばかりではない。現役の先達も、少なからず{居|い}た。なかでも特筆すべき人物は、二人。薩摩藩主の島津{斉彬|なりあきら}と、水戸藩藤田東湖だ。
 斉彬は、冷静であり、先見の明があった。鹿児島の町の防御を固め、一八六三年に攻撃を仕掛けて来たイギリス艦隊を、大いに苦しめた。また、攘夷思想を抱いていたにも{拘|かかわ}らず、フランス人が領内に上陸した際、これを丁重に出迎えた。そんな藩主、斉彬は、「必要とあらば、あえて戦争も辞さない平和の士」と、高く評された。大西郷は、そんな藩主を愛し、忠節を尽くした。

 次に、藤田東湖。「大和魂の魂」と呼ばれた男。鋭く角ばった{容貌|ようぼう}は、火を噴く富士山にも{譬|たと}えられるほどだった。正義を熱烈に愛し、野蛮な西洋人を心底憎んだ彼の周りには、再建後の日本を担うべき多くの若者たちが、集まってきていたのだった。大西郷も、その評判を聞きつけ、藩主に付き添って江戸に入ったとき、その機を逃さず、東湖に会った。
 二人は、意気投合した。「私が今胸に抱いている志を後に伝えてくれるのはあの若者をおいてない」と、師は語り、弟子もまた、「天下に{畏|おそ}るべき人物はただ一人、それは東湖先生です」などと、言い合った。
 ここで大西郷は、「帝国を統一し、ヨーロッパと肩を並べる国になるために、大陸へ領土を拡大する」……という天命の具現を見るための具体策を、心の中に確固たる形として、{紡|つむ}ぎはじめたのである。
 その東湖師匠は、一八五五年の地震で、この世を去った。その精神の堅持と理想の実現は、優秀な弟子……大西郷へと、{委|ゆだ}ねられたのである。

 おっとりして、無口で、無邪気な大西郷は、一人{思惑|おもわく}に{耽|ふけ}りながら過ごすことが、多かったそうだ。そのとき、天の輝きから届く声を、独り静かに聴いていたのだろうか。

 大西郷の語録……。

 「道を行う者は、天下こぞってそしるも足らざるとせず、天下こぞって{誉|ほま}むるも足れりとせず」

 「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己を尽くして人をとがめず、わが誠の足らざるを{尋|たず}ぬべし」

 「道は天地自然の道なるゆえ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を{以|もっ}て終始せよ。……天は人も我も同一に愛し{給|たま}うゆえ、我を愛する心を以て人を愛するなり」

 『西郷西洲遺訓』という書物に、このような大西郷の言葉の多くが残されているそうだ。その何れもが、大西郷が天から聴いた言葉なのだと、内村鑑三は、信じている。

息恒循
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〈四の循〉若循令

(第二版 改訂一号)

 生涯……{則|すなわ}ち、{天命|てんめい}。
 最初の重要期である{立命期|りつめいき}が終わると、あとは生涯、{運命期|うんめいき}となり、その運命期の二番目の循を、{若循令|にゃくじゅんれい}という。

 若循令は、二十一歳から二十七歳までの七年間であり、この期は、生涯を通じて**四番目**の循である。

 「若循令」とは、{如何|いか}なる期か……。

 {少|わか}くして学べば壮にして{為|な}すあり。壮にして学べば老いて衰えず。老いて学べば死して朽ちず。
 ……佐藤一斉 『言志晩録』

 {怠|なま}けて勉学せぬ若者を見せられる程不快なものは、他にない。その本人も、*ろくな者*にはならぬことは、言うまでもない……と、まァまァそうは言っても、{余程|よほど}の*ろくでなし*でもない限り、誰しもそれ相応の志くらいは、持っているものである。
 これが、壮年になると、もう学ばぬ、学ぼうとせぬ者が、随分と増えてくる。生活に{逐|お}われるにつれ、若くして抱いていた願望や志が、次第に薄れていってしまうのである。結果……早々、老弱老衰が、飛んでやって来る。{所謂|いわゆる}、{若朽|じゃっきゅう}である。

 {能|よ}く学ぶ者は、老来益々妙なり。
 但し、その学とは、心性の学を肝心とすべし。
 {則|すなわ}ち、雑学は、禺なり。

 自然の到るところに名山大川があるように、古今東西、種々様々な英雄、哲人、{碩学|せきがく}、賢師が{居|お}る。そういう尊い人の教学を、生きている間にできるだけ多く{遍参|へんさん}し、それを**楽しみ**とするような道楽趣味が、非常に肝要なのである。
 

_/_/_/_/ 『然修録』 第1集 _/_/_/_/
寺学舎 美童(ミワラ) ムロー学級8名

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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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後裔記 第1集 No.148

#### スピアツの{後裔記|148}【実学】{美童|ミワラ}の血【格物】{亡|ほろ}びゆく万物の霊長 ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 少年学年 **スピア** 齢10

実学
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{美童|ミワラ}の血

 (ぼくらミワラの誰か一人を主人公にした物語なら、もっと面白い読み物になるのになーァ!!)と、{何気|なにげに}に思いながら、遠巻きに、横たわったままのマザメ先輩やタケゾウさんたち五人を、眺めていた。ムロー学級のミワラたち七人は、ぼくだけじゃなく、{何故|なぜ}かみんな、遠巻きに突っ立っていたのだ。

 ぼくらは、ぼくら自身も驚いてしまうくらい、信じられないような衝動に駆られることがある。親の愛に{殆|ほとん}ど触れることなく育ってしまった{所為|せい}だろうか。そうとばかりは言えないということは、ぼく{等|ら}はみんな、判っている。

 (寧ろ、**血**だ……)と、そう思っている。

 マザメの{姉御|あねご}も、ぼくを含めて他の七人も、少し落ち着いてきたようだった。モクヒャさんが、必ず肩から{提|さ}げているクーラーボックスの中に入っている飲み物や食べ物を、ぼくらに配給してくれた。その栄養が、生の脳ミソに届いて浸透して、少し正気になれたんだと思う。

 マザメ先輩が、言った。
 「ねぇ。それ、なんて曲?」
 「I Still Haven't Found What I'm Looking For」と、ジュシさん。日焼けした、いつも健康そうな顔……。
 「知らない! 誰の曲?」と、マザメ先輩。
 「Petteri Sariola」と、ジュシさん。淡々と……。
 「知らない! 随分、小さい人なんだね。その中に入って歌ってるんだからさァ。それ、窓は、ついてないのォ? きっと、汗だくで弾き語りやってるんでしょうね。だって、たまに、苦しそうな声で歌ってるじゃん! まァ、どうだっていいけどさァ。その人が、それで納得してるんならねぇ♪」と、マザメ先輩。
 確かに、ぼくらが持っている携帯端末より大きいけど、その中に小人が入っていて、しかも弾き語りをしているだなんて……でも、マザメ先輩、真顔って言うか、間違いなく、大真面目に言っている。やっぱりまだ、正気が足りない!
 「こういう曲は、あまり好みじゃないみたいだねぇ」と、ジュシさん。
 「そういう気分じゃないだけさァ。ねぇ?」と、ファイねーさん。どうして、{渡哲|ワタテツ}サングラスを、外さないんだろう……。
 「好きさ。いつだって、そういう気分さァ♪ 気にかかったから、訊いただけ。だって、森にはさァ。いっぱい、音楽があるんだからねぇ♪」と、マザメ先輩。
 「そっかァ! 確かに、そうだなァ」と、テッシャン。いつ見ても細長顔の、中年のオッチャン。
 「てかさァ……って言うかさァ。そこに突っ立って{居|い}られると、なんか、落ち着かないんだけどーォ!! 伏せるか出て行くか、どっちかにしてくれない?」……と、マザメ先輩。

 炊事小屋の厨房の{対面|といめん}の板壁の脇に、掘り出された土が、盛り上がっている。タケゾウさんたち五人は、その土の山の周りに腰を下し、そのまま土の山の肌に{凭|もた}れかかった。仰角四〇度。心は{俯角|ふかく}で、下向きにやっぱり四〇度……みたいな(アセアセ)。
 「その板壁、破ってしまっても良かったんじゃないかなァ? ここを出る前に、{塞|ふさ}いで修繕しときゃいいんだからさァ♪」と、ジュシさん。ぼくらムロー学級のミワラは、絶対にそんなことは言わない。ブチッ!っと切れられたら、本当に大真面目に面倒なことになるので……。

 案の定、矢庭に……マザメの姉御が、斯う言い返した。
 「それが、あんたたちさッ!
 和だか自然だか文明だか知らないけどさァ。要は、それが{大人|オトナ}……退化して分化して{亡|ほろ}びゆく腐り果てたヒト種の心の根さ。文明エスノは、ただその心根に、素直に{順|したが}ってるだけさ。{人跡未踏|じんせきみとう}の自然を、次々とぶち壊し、コンクリートの台地に造り直す。自分たち亜種にだけに都合が良ければ、ただそれで良し!なのさ。
 最悪なのは、その腐った心根に、自反は{疎|おろ}か、自覚すら無いってことさ。それどころか、{飽|あ}くことを知らない探求心を、誇ってやがる。ところがさ。誇ってる割には、自然の本当の偉大さも、恐ろしさも、何一つ探求できちゃいない。
 それでさァ。生きものが{棲息|せいそく}出来る限界の地まで行き着いたとき、文明の野郎たちは、地の果ての最前線に身を置いて初めて、はたと気づくんだ。退化して使いものにならなくなった己の五感と、壊れて何に対しても反応しなくなった喜怒哀楽の情動にさァ。
 そこで{慌|あわ}てて、耳を澄ませる。でもさァ。腐って濁ってるんだから、そんな簡単に澄むわけがない。何も、聴こえやしないのさァ。だから、結局、金属の機械と電気だけで脳の代わりをする電脳チップを頭に埋め込むしか、生きるための{術|すべ}がなくなってしまう。でもさァ。そうじゃないヒト亜属……ホモ種の残党が、まだこの星には、絶滅を待ちながらだけど、{息衝|いきづ}いてんのさッ!
 {峻険|しゅんけん}な山にしがみつく森、深海、地底、そしてこの星に、大宇宙……。{茫漠|ぼうばく}たる自然界に漂う自然の一部、ヒト種が分化した孤独な絶滅危惧種……その三つの亜種人間たちが、五感を先鋭化し、喜怒哀楽を躍動させることによって、厳しい自然の一部として、今まさに生き延びてるって{訳|わけ}さ。
 あたいはさァ……。
 森で育ったんだけど、{産|うま}れたのは、地底。森の奥深くにも、台地の底深くにも、音楽が、流れてる。森に住まっていると、地底の音楽が、{蘇|よみがえ}ってくることだってある。狭い{坑道|こうどう}の暗闇のなかで、岩が{軋|きし}る。岩盤が、崩れ落ちる。それらすべての音に情動があって、音楽を奏でるのさ。
 岩が{呟き|つぶや}き、岩盤が、独り{言|ご}ちる。断続的な、混成曲。その蘇った音楽が、この森から、聴こえてきたのさ。大木が{撓|しな}い、{撓|たわ}み、そして、{裂|さ}ける。その音楽の情動が、誰のものか……判るかい? 台地の怒りさ。天地を創造したご先祖さまからの、警鐘なのさ。五感を退化させ、{傲慢不遜|ごうまんふそん}になちまった、あたいらに対してのねぇ!」

 それから暫く、静寂が続いた。
 建屋の外……森の奥のほうから、何かの音が、聴こえてきた。
 一つ、二つ、三つ……それが、音楽になった。 

格物
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亡びゆく万物の霊長

 {鳥獣|トリケモノ}が、自然の一部で{在|あ}り続けられているのは、自由自在な記憶だけで、自然に順応しているからだ。人間の脳の中にも、そんな動物系の{心象|イメージ}記憶が存在する。人間だって、言葉を一切使わなければ、{莫妄想|まくもうそう}だなどという七面倒臭い修行なんかしなくったって、自然に、自然の一部で{居|い}られるに違いない。
 人間は、直観だけで、上手く自然に順応しながら生き続けることができる能力を、生まれ持っているのだ。

 昔の有名な川柳に、こんなのがあるそうだ。
 「魂がなければ
 この世
 面白し」

 魂は、言葉で表現される。だとすれば、「言葉がなければ、この世は、面白い」という意味にもなる。言葉が無ければ、義理人情に{縛|しば}られることもない。義理を無視し、気遣いもせず、食いたいときに喰らう。眠たくなったら、いつでもどこででも寝る。確かに、そんな生活ができたら、楽しいだろう。
 禅の一派にだって、これに似た思想があるそうだ。
 ……{自然法爾|じねんほうに}。
 お釈迦様が、{斯|こ}う言ったそうだ。
 「{一切衆生悉有仏性|いっさいしゅじょうしつうぶっしょう}」
 一切の生きとし生けるものは、すべて仏性を持つ……と、お釈迦さまは、言っているのだ。だとすれば、人間も、鳥獣と同じように、自然のままに振る舞えば、人間が本来持っている〈仏性〉を、明快に発現できるはずだ……と、いう{訳|わけ}だ。なるほど確かに、生きるうえで言葉など、必要無いのかもしれない。
 大人だって、無邪気に幼い子どもたちと遊ぶことだってある。これが正に、自然法爾なんだと思う。
 ところが人間は、言葉を創り、覚え、運用し、それを武器に、進化発展を続けてきた。{挙句|あげく}、万物の霊長と自称自負して、威張りはじめたのだ。実に言葉とは、人間にとって、都合がよくて、便利なものだったのだ。でも、都合が良いものには、必ず、落とし穴がある。
 言葉を{棄|す}てようとしても、それはもう、無理なのだ。五感が感じたものは、暑いとか寒いとか感じるだけではなく、それは、コトバ記憶と結びつき、あらゆる過去の記憶を、呼び戻す。その熱い寒いの新たなる記憶も、様々な{忌々|いまいま}しいコトバ記憶と連鎖を交わし結びつきながら、{心象|イメージ}記憶へと格納される。
 その心象記憶もまた、未来から連なるコトバ記憶の連鎖によって、再び、呼び起こされてしまうのだ。こうなると、もう、自然では居られない。{自我|エゴ}が働き、計算高く悪意に満ちた{作為|さくい}が、始まってしまうのだ。  

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寺学舎 ミワラ〈美童〉 ムロー学級8名

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然修録 第1集 No.144

#### マザメの{然修録|144}【座学】{拡|ひろ}がる悲劇の連鎖【息恒循】〈三の循〉青循令 ####

 {会得|えとく}、その努力に{憾|うら}みなかりしか。
 学徒学年 **マザメ** 少循令{悪狼|あくろう}

座学
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拡がる悲劇の連鎖

 座学。
 電子書籍
 インターネットの通販で古本を買う。
 でも、大半は、{美童|ミワラ}の仲間内で、読んでいる本を使い回す。

 「電子書籍や古本を買うとき、費用は、どうすんのォ?」
 ……って話なんだけど、みんな、親の顔を知らないような奴らばかりだから、たぶんだけど、{武童|タケラ}の先輩たちが、そのへんは{旨|うま}く仕組みを作って、それが風習というか慣例になっているんだと思う。

 「本を使い回したら、同じ{頁|ページ}に関する感想を書いたり、同じ文節を引用したり、内容が重複するっしょ!」
 ……って、まァ、そう思うよねぇ? でも、これも、問題無し。使い回す本には、{付箋|ふせん}……インデックスが、いっぱいビラビラと貼ってある。そこには、文節の番号と、参考または引用した日付と、後裔記か然修録の区別(「実学」または「座学」と書く)と、その号数が書いてある。
 当然だけど、自分のノートには、後裔記または然修録を書いた日付とその号数、{主題|タイトル}、そして、参考または引用した本とその著者の略称(「活学安岡」みたいな)と、その文節の番号を、書き残している。

 (なんで、こんなどうでもいいような余談っていうか、前書きを書いてんのーォ?!)って、誰だって、そう思うよねぇ? その理由は、簡単だ。書きたくない。しんどい。心身共に、{病|や}んでいる。みんな、そんなときは、若さを武器に、無理を押して、書いている。{何故|なぜ}かァ? 言わずもがな、{仕来|しきた}りだからだ。

 「福」という字。
 その右側……{旁|つくり}を見ると、蓄積……則ち、人間が努力して収穫したものの積み重ねってこと。
 次に左側……{偏|へん}は、神。
 則ち「福」とは、*その*積み重ねの中で、神に供えることができる収穫のことだ。
 言い換えれば、自分の心掛けによって、神の前に差し出すことが出来る収穫のこと。それが、本当の幸せ……と、いう{訳|わけ}だ。自分の努力や心掛けによらずして偶然に得たものは、そこに、{如何|いか}なる{経緯|いきさつ}や理由があろうとも、幸せとは無縁であり、決して「福でもない!」のである。

 では、これが、神の{御前|おんまえ}ではなく、人間に対してだと、どうなるんだろう。
 「偪」という字。
 迫る……と、いう意味。
 ここでの蓄積は、財産とか地位とか名誉とかだ。「どうだァ! 俺は、偉いだろう。で、おまえは、どうなんだァ? ズンズン……ズンズン……」といった具合に、相手に言い寄る。だから、「迫る」なのだ。
 {序|つい}でに言うと、「倒れる」とか、「引っくり返る」といった意味もある。人間……{柄|がら}にもない地位や財産や名声を得ると、自慢したり威張ったり、{傲慢|ごうまん}になったりする。{挙句|あげく}、自ら引っくり返って、{終|つい}には、完全に倒れてしまう。

 我が国のヒト種は、この「神」を教えず、国民{皆|みな}が忘れ去ってしまったから、引っくり返って、亜種に分化し、退化しつつ、{猶|なお}も動乱絶滅へと、転がり落ちているのだ。

 この、神を忘れたままの心で、他の亜種……文明{民族|エスノ}と戦えば、どうなに屁理屈を蓄積して聖戦ぶってみたところで、所詮は醜い戦いで、破滅の道を転がり落ちるその{醜態|しゅうたい}を加速させるだけだ。
 江戸、維新の志士たちは、このことを、承知していた。大塩中斎という人物は、己の学問や求道に、五つの原則を掲げたそうだ。その一つに、「気質を変化させる」が、ある。生まれ持った性質や根性を、学問によって変えるということだ。これは、『{呻吟|しんぎん}語』から引用されたものらしい。
 『呻吟語』は、明代末期の哲人、呂新吾の作だ。模範的な役人であり、陽明学者でもあった。自分を変えない限り、革命は、罪悪と残虐を悪化させるだけだと言っている。革命というものは、人間{皆|みな}が、各々、己自身を変える……と、いうことのようだ。

 これを理解し、実践しない限り、悲劇の連鎖は、終わらない。
 ヒト種は、絶滅する。 

息恒循
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〈三の循〉青循令

(第二版 改訂一号)

 生涯……{則|すなわ}ち、{天命|てんめい}。
 最初の重要期である{立命期|りつめいき}が終わると、あとは生涯、{運命期|うんめいき}となり、その最初の循を、{青循令|せいじゅんれい}という。

 この天命の後期、三十五年間である運命期……。
 {美童|ミワラ}たちは、その名を改め、「{武童|タケラ}」と呼ばれるようになる。自ら己に命名した{武童名|たけらな}を、各々が名乗る。
 但し、知命に到っていない場合、*タケラ*とは成るが、運命期の頭に*無知*の二文字が付き、「無知運命期」と称される。また、*たけらな*も名乗れず、引き続き、ミワラの学年と{美童名|みわらな}で呼ばれるものとなる。

 青循令は、知命の{如何|いかん}に関わらず、十四歳から二十歳までの七年間であり、この期は、生涯を通じて**三番目**の循である。

 「青循令」とは、{如何|いか}なる期か……。

 幼循令、少循令は、生まれ持った美質に磨きをかける。青循令は、その美質を保ち、{種|しゅ}を保ち、国を保ち、この星を保ち、大宇宙を保つ。この保つために保たねばならぬ美質が、{素心|そしん}である。
 素心とは、{則|すなわ}ち、利害や意見、年齢や地位身分など、そういった世間の様々な美しからぬ色に染まらぬ、{云|い}わば生地のままの*純真な心*のことを言う。
 この素心を{以|もっ}て、己自身と規範を交わし、それを{遵守|じゅんしゅ}し、思い考え行動し、自反を忘れず、格物に劣らず、ひたすら天命を目指して、道徳の道を歩む。これを、「保つ」と言う。

 素心と己自身が交わす規範とは……。

 一、{禍|わざわい}か福か、福か禍か、人間の私心でわかるものではない。長い目で見て、正義を守り、陰徳を積もう。

 二、{窮困|きゅうこん}に処するほど快活にしよう。窮すれば通ずる、又通ぜしめる自然と人生の真理であり教である。

 三、乱世ほど余裕が大切である。余裕は心を養うより生ずる。風雅も{却|かえ}ってこの処に存する。

 四、世俗の交は心を{傷|いた}めることが少なくない。良き師友を得て、素心の交を心がけよう。

 五、世事に忙しい間にも、寸暇を{偸|ぬす}んで、書を読み道を学び、心胸を開拓しよう。

 六、祖国と{同胞|はらから}の為に相共に感激を以て微力を尽くそう。

_/_/_/_/ 『然修録』 第1集 _/_/_/_/
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