EF ^^/ 然修緑 第2集 第17回
一、想夏 (16)
門人学年 カズキチ ({美童|ミワラ}・{齢|よわい}十二)
「息恒循」齢 立命期・少循令・石将
生脳の弱点を突く電脳チップ
文明のやつらの頭の中に埋め込まれた電脳チップ……。
そもそも、チップ野郎は、人間の頭の中で何をしてるんだろうか。
潜入班の{武童|タケラ}に話を聴き、おれのツルン・ツルンの脳にも引っ掛かってしまうような事象を集めて、それらに関係ありそうな脳に関する本を読んでみた。
結論。
やつらは、人間の脳ミソの弱みにつけ込んで、極めて能率よく、しかも精度の高い洗脳を実現している。
……で、弱みってなんだァ?
人間は、恋におちてしまうと、ときとして自分の制御が利かなくなってしまうことがある。
さらに、自分の思うように相手が反応してくれないと、淡い恋がいつのまにか{妬|ねた}みや憎しみに変わってしまう。
{挙句|あげく}、ストーカーになったり、相手を殺すことだってある。
無論、少年の吾輩には、理解不能。
だから、電脳チップは、おれには利かない。
{閑話休題|それはともかく}。
ここに、脳科学の研究成果がある。
人間の脳ミソは、恋愛状態になると、報酬系という神経回路が活発化する。
これが、特定の相手を好きになる動機づけとなる。
金儲けや薬物依存に到る動機づけも、同じ報酬系の{仕業|しわざ}だ。
報酬系が活発化すると、強迫観念に駆られる。
思考が狂うということだ。
例えば、高揚したエネルギーが湧いてきたり、好きな相手のことばかりを考えてしまったり、好きな相手を追っ駆けまわしたり……。
なぜーぇ!!
恋愛状態に陥ると、脳内の{右扁桃体|うへんとうたい}が不活性となる。
右扁桃体は、恐怖を伴うような強く否定する感情を司る。
つまり、恐れを感じなくなり、全能になったかのように錯覚してしまうということだ。
さらに、相手のことが頭から離れなくなる{所謂|いわゆる}強迫観念は、脳内のセロトニンの活性が抑圧されることによって起こる。
セロトニンは、血液の中の液体成分である{血漿|けっしょう}の中に含まれている。
このセロトニンの活性レベルが、徐々に低くなってしまう?
そうではない。
健全に恋愛している人も、ストーカーのような強迫性障害に陥っている人も、ほとんど同じくらい低下しているのだ。
だから、仲のいい恋人同士や夫婦が、ある日突然、最愛の相手を殺してしまっても、脳の思考状態から見れば、なんの不思議もないということだ。
セロトニンは、神経伝達物質で、中枢神経系に作用する。
これが低下すると、行動を制御する機能が弱まり、思い込みが増長して、相手に強迫的に接したり、挙句は殺してしまえ!となってしまうのだ。
では、これを防いだり立ち直ったりするためには、どうすればいいのか。
強迫観念に負けて没頭してしまわないようにする必要がある。
妬みや憎しみに集中している神経を、散らしてやるということだ。
趣味、スポーツ、学問、仕事……?
そうだッ!
{ある主義や思想を世間に信じ込ませる宣伝活動|プロパガンダ}に洗脳され{易|やす}い人たちの共通点の一つが、高学歴の人だという話を、何かの本で読んだことがある。
少年少女時代を、真面目に勉強ばかりして過ごしてきたエリートの大人たち……有名な国立大学の先生、小中学校の先生たち、国営放送のようなお堅い職場で働く人たちなんかが、例に挙げられていたと思う。
どこが共通なのかなと考えてみると、子どもの頃から勉強に集中することに慣れさせられてしまい、あまり遊んでいない。
{猥雑|わいざつ}な世間で{揉|も}まれていないから、所謂ナイーブ……世間知らずでお人好しというわけだ。
他にも、「耐えることに慣れた人たち」と言うこともできるかもしれない。
恋に落ちると、{嫉妬|しっと}の念が湧く。
嫉妬に駆られると、心が痛む。
なぜぇ?
嫉妬の感情は、脳内で痛みを感じ処理する部位と同じところで発生するからだ。
少年少女時代の大半を、お受験という痛みや苦しみに耐え忍んできた人たち……だから、嫉妬の痛みにいつまでも耐え続けることができるのかもしれない。
おれは、痛いのは嫌いだ。
だから、学ぶのが苦痛なときは逃げ出すし、遊ぶほうが楽しそうなときは、楽しいほうを選ぶ。
これで、いいのだ。
どうやらおれの生き方は、正しいみたいだ。
これが、亜種自然{民族|エスノ}の子供時代、{美童|ミワラ}の生きる道なのだ。
……どうなんだかァ!
2024.5.6 配信
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発行 Ethno Fantasy 東亜学纂