EF ^^/ 然修緑 第2集 第16回
一、想夏 (15)
門人学年 カズキチ ({美童|ミワラ}・{齢|よわい}十二)
「息恒循」齢 立命期・少循令・石将
脳防の予備知識
なぜ、電脳チップが純正脳を支配できたのか。
逆に、電脳チップから自然脳を護るためには、どうすればいいのか。
ぼくらは、あまりにも、生まれ持った自分の脳に対して無知だったのではないか。
亜種記に載っている{美童|ミワラ}たちは、脳科学、東洋哲学、原始仏教、西洋心理学などを、盛んに学んでいた。
そこでおれも、脳に関する本を読んでみた。
脳は、顔に敏感に反応する。
確かに、ヒトの顔を繁々と見ていることがよくある。
ところが、そんなとき、顔全体を{隈|くま}なく見ているようで、実際は、顔の半分しか見ていない。
向かって左側。
つまり、自分の顔の右側しか、他人は見てくれていないということになる。
自分の顔の右側がむっつりしていれば、どんなに顔全体で友好的な笑顔を作っていたとしても、相手からは、むっつりして不機嫌な顔に見えてしまうということだ。
脳は左右対称なので、その機能も左右が同じように働いているように、つい錯覚しがちだ。
でも実際には、言語を司るのは左脳だし、映像やイメージを{司|つかさど}るのは右脳だ。
身体の感覚器官を司るときは、右半身と左半身が交差する。
右半身は左脳が司り、左半身は右脳が司る。
映像やイメージを司っているのは右脳だから、その情報は左半身……そう、左目から入ってくる。
左の目で見ているのは、相手の右側だ。
両目で相手を見ていても、その情報が脳に上がってくるのは、左目からの情報。
それは、向かって左側。
すなわち、相手は、自分の右半身だけの情報で、第一印象のすべてを判断しているということだ。
言われてみれば確かに、スーパーの特売品は、入り口から向かって左側に置いてある場合が多い。
そうすることによって実際に売上が伸びる、というデータの裏づけがあるからに他ならない。
書籍や、ポスターなどの広告媒体にしても、イラストや写真は左側にレイアウトした方が、読者や消費者の印象に残り易い。
料理屋さんや旅館で出る魚料理は、だいたい頭を左にして盛りつけてある。
広告宣伝の制作者のみならず、芸術も、そんな脳の特徴をよく承知している。
例えば、『モナ・リザ』。
ダ・ヴィンチが描いた歴史的な名画で、傑作として呼び声が高いことくらい、ぼくら子どもだって知っている。
「神秘のほほ笑み」とか「謎の微笑」などとも言われている。
ところが、みんながみんな、初めて見た印象が「笑顔」かというと、そうでもない。
この絵画の女性をパッと見て、笑っているように見えた人は、意外にも多くない。
どういうことなのか……。
モナ・リザが笑っているのは、絵に向かって右側なのだ。
反対の左側は、笑顔というより、むしろ神妙な顔つきをしている。
すなわち、その神妙な顔つきをした向かって左側の顔だけのデータが、最初に見た印象として左目から右脳へと伝搬されてゆくのだ。
ところが、じっくり見ていると、徐々に、左目が絵画の顔の向かって右側も捉えはじめる。
そうすると、「言われてみれば、笑っているようにも見えるな」ということになる。
だから、「神秘のほほ笑み」であり、「謎の微笑」なのだ。
ほんじゃあ、好きな女の子に好印象を与えたければ、自分の顔の右側だけ綺麗に整え、ボロが見えないうちに彼女の前から姿を消す……ダメだなッ!
これじゃあ、いつまで経っても親しくなれない。
エセラの後裔記に、地獄の館の幽霊の少女が、姿見に映った自分の{脚|あし}と、実際の(といっても幽霊だけど)自分の脚とを、しげしげと見比べている光景が描写されていた。
なぜ、悩まし気にしげしげと見比べていたんだろうか。
普通は、向かって左側は、見ている相手の右半身だ。
でも、鏡に映っている自分の場合、向かって左側は、鏡に映った主の右側ではない。
見たまんま、映った自分の左半身なのだ。
幽霊の少女は、それがどうにも不思議で納得ができなくて、怖ろしくも悩ましい姿で立ちすくしていたのではないだろうか。
まだ遭ったことはないけど……失礼、、元い。
まだ逢ったことはないけど、話ができたら訊いてみたい……再び元い。
エセラに、「今度逢ったら、訊いといてーぇ♪」と、言っておこう。
忘れていた。
主題。
文明{民族|エスノ}の戦士……電脳人間たちは、ぼくら自然{民族|エスノ}を亡ぼすために、ぼくらの頭にも電脳チップを埋め込もうとするかもしれない。
そのとき、電脳チップに洗脳されないために、脳のことをよく知り、己の脳の自己防衛能力を鍛えておかねばならない。
筋トレや有酸素耐久トレーニングも必要だけど、分化と退化が止まらないぼくらヒト種に最も必要なのは、脳トレなんじゃないかと思う。
追伸。
左半身だけの幽霊でもいいから、彼女が欲しい!
2024.4.29 配信
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発行 Ethno Fantasy 東亜学纂