MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

東亜学纂学級文庫

『息恒循』を学ぶ

然修録 第1集 No.143

#### オオカミの{然修録|143}【座学】第一等のクソガキ【息恒循】〈二循の格〉知命 ####

 {会得|えとく}、その努力に{憾|うら}みなかりしか。
 学徒学年 **オオカミ** 少循令{石将|せきしょう}

座学
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第一等のクソガキ

 奇跡、快挙、{神業|かみわざ}……等など。
 これらを{為|な}した人間は、「天才!」などと呼ばれる。
 言うなれば、天才のみが、奇跡を起こし{得|う}る。
 では、天才とは、何か。
 人間は、みな、天才の{種|たね}である*美質*を、生まれ持っている。
 その美質の感性を磨きながら、ただひたすらに、努力をする。
 それが、子ども……{美童|ミワラ}の仕事だ。
 {則|すなわ}ち、天才とは、「特別ではない」……「普通の人間だ」と、いう{訳|わけ}だ。

 では{何故|なぜ}、天才は、「特別だ」と誤解されてしまうのだろうか。化学の実験のあれこれが、「特別ではない」ことを、証明してくれている。
 例えば……。
 眠っている子どもに、音楽に載せて、教えたいことを語り聴かせる。
 翌日、昨夜語り聴かせた子どもにも、聴かせていない子どもにも、同じように、昨夜聴かせた同じ内容を、言い聞かせる。
 さて、どちらがよく覚えるかァ! と、いう実験。
 その結果は、{画然|かくぜん}とした差が表れた。前の晩、寝ている間に聴かされた子どものほうが、非常によく覚えるのだ。
 他にも、{胎児学|エンプリオロジー}……{所謂|いわゆる}胎教とか、{素読|すどく}とか、様々な実験が、行われている。これは、「子どもに限ったことではない」ということ……胎児も大人も、美質を磨く能力と機会を、平等に与えられているということなのだ。則ち、「人間の*能力*というものは、平生平素、{暗々裡|あんあんり}に受け取っておくということが、効果を上げる、たいへん良い習慣なのだ」と、いうことだ。

 今でこそ、胎児学だの胎教だのと、大それた呼び方をしているが、腹の中の子どものために、母親自ら勉強をしたり、本を読んだりということは、{古|いにしえ}より風習として根づいていることであり、それを、近年になって、「非科学的である」と、闇雲にただただ、騒いでいるだけのことなのだ。

 その証しが、正に、ムロー先輩が然修録に書いていた……陽明先生の、{復誦|ふくしょう}ではないかッ!

 素読、{然|しか}り。
 子ども*だから*、難しい本は、与えない?
 馬鹿なァ!
 読み仮名を振って、素読をさせればいいのだ。子どもだからこそ、鋭い感性と、まだ熱い生まれ持った美質で、その{文言|もんごん}や語録の真理を、感じ取ることができるのだ。感じて{胆|きも}に入るからこそ、根から吸収された栄養が、花となり実となるように、様々な{智慧|ちえ}や行動となって、実を結んでくれるのだ。
 維新期、まだ少年に過ぎなかった志士たちが、難しい本や、外国の本の原書を読み解いていたことは、今更言わずもがなの事実であり、永遠に動かざる岩盤のようなもの……正にそれが、「真実に違いない!」と、思うのである。

 陽明先生、十歳のころ……{既|すで}に、その気概や{鋭鋒|えいほう}は、開眼開花していた。
 陽明先生は、進士第一等という重責を担っている父に迎えられることとなり、都を目指した。その途路の金山寺で、大人が舌を巻くような詩を作って、皆を驚かせた……などという逸話もあるけれども、一等驚くのは、父の下で通っていた塾の先生との問答である。
 少年……十歳の陽明先生が、塾の先生に問うた。
 「天下第一等の人とは、どういうものですか」
 塾の先生、答える。
 「進士に及第し、親を{顕|あらわ}し、名を挙げる人。すなわち、お前の父君のような人が、第一等の人だ」
 そう教えられた少年、素直に{頷|うなず}く……と、思いきやァ!
 なんと……「そんな人はたくさん出るから、第一等の人物とは言えますまい」と、{反駁|はんばく}したのでる。
 確かに、進士の試験というものは、しょっちゅう行われている。十歳のクソガキの言うとおりだ。塾の先生、少々参ったらしく、{斯|こ}う応えて言った。
 「そんなら、おまえは、どう思うかッ!」
 すると、十歳のクソガキ、斯う答える。
 「{聖賢|せいけん}となってこそ、初めて第一等ではありませんか」
 ……実に、生意気である。

 昨今、生意気なクソガキを、あまり見かけなくなった。
 今、然修録を書いていて、その理由が、判ったような気がする。 

息恒循
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〈二循の格〉知命

(第二版 改訂一号)

 生涯、{則|すなわ}ち{天命|てんめい}。その最初の重要期を{立命期|りつめいき}と言い、その立命期の後半の循である七歳から十三歳までの七年間を、{少循令|しょうじゅんれい}と言う。

 その少循令が、終わる。自修して、運命期へ。

 「知命」とは、何を知り修めるものなりや……。

 ある{物|ブツ}が、独自に存在する。と同時に、自然の一部分であり、かといって、自ら存在する。ところが、その存在もまた、自然の一部であるもの……それが、自分だ。
 自分とは、正に円満{無碍|むげ}、見事な一致である。
 {然|さ}すれば、自分を知り、その自分を、ただ尽くせばよい。
 {然|しか}るに、それを知ることなくして己を「自分」と呼び、己を{恣|ほし}いままにして、自ら不満や不一致の環境を作り出し、その中で、矛盾や罪悪を引き起こす者が{居|お}る。これは、実に{危|あや}うい。

 「自分を知り、その自分を、尽くす」……とは、なんでもないことのようで、実は、これほど難しいことはないのである。
 自分が、どういう素質や能力を{天賦|てんぷ}されているのか……その*答え*を称して、「命」という。
 その**命**を知ることが、「知命」である。
 これを知って、それを完全に発揮してゆけるようになって……そこでやっと、「立命」なのである。

 {斯|か}くして知命すると、運命期に移り、青循令……{所謂|いわゆる}青年期を営むこととなる。知命遅れし者は、これを区別して、「無知運命期」と周りから称され、ただひたすら、知命に励むものなり。

 「青年の営み」とは、如何なるものか。大人になるとは、どういうことか……則ちそれは、青年の精神を知り、知ったからには、覚悟せねばならぬということだ。

 大人を恥じさせるような純真さを忘れず。
 若々しい情熱と{気魄|きはく}を持つ。
 {不羈奔放|ふきほんぽう}な理想を持つ。
 寝食も忘れる勉強ぶり。
 偉大な人物に{私淑|ししゅく}する。
 万巻の書を読む。
 師友を求める。
 名山大川に遊ぶ。
 {酔生夢死|すいせいむし}を嫌う。

 何かの感激で{已|や}むに已まれず命を賭けようとするような尊い魂を養うことこそが、青年の営みである。 

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寺学舎 美童(ミワラ) ムロー学級8名

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