EF ^^/ 後裔記 第2集 第20回
一、想夏 …… 立命期、最後の一年 (10)
観念したかのように、エセラは畳の上に尻をついた。
肝臓机と姿見を交互に見据えていた視線が、部屋全体を巡りはじめた。
依然、どんなに目を凝らしても、部屋の様子がはっきりとは掴めない。
すべてが暗闇色ということもあったが、それより何より、浮かび上がるものすべてが、エセラが生まれてこのかた初めて見る異質な物ばかりで、イメージ記憶をどんなに探っても、一致するものが微塵も見つからないのだ。
絹の布切れ、座板に何かの動物の皮を張ったスツール、こてこての飾りが彫られた{蝋燭|ろうそく}台……。
重そうな金属の箱は、オルゴールだろうか。
絵本が積み重なって、小さいながらも、なだらかな山を成している。
絵葉書が、五枚、六枚、七枚……畳の上に、散らばっている。
横に長い……これは、{茶箪笥|ちゃだんす}というものだろうか。
その中には、お茶碗の{類|たぐい}はまったく無かった。
一つひとつは表現し難いガラクタばかりが、等間隔に陳列されている。
茶箪笥の上には、いくつかの風変りな人形が投げてある。
顔も髪も服も洋風だけれど、どれもこれも違った習俗に見える。
共通なことが、一つだけあった。
それらはどれも、頭だけだったり、カツラのような髪だけだったり、下半身だけだったりして、そのどのパーツも洋風のようで、しかも美しく、個々のパーツの大きさや形に合わせて寸切りされた絹の布切れが、これもまた等間隔に敷かれているのだった。
「そうに繁々見んといてーやァ!
恥ずかしいじゃろッ?」
休息中だった少女が、両の{脚|あし}をすっぽりと包んだワンピースの裾をふんわりと泳がせながら、力なく呟いた。
「誰かに見せるための部屋じゃないけぇ。
うちだけを喜ばせるために存在する部屋。
楽しくて、怖ろしくて、華やかで、寂しい部屋。
理想の墓場。
太陽神も、射してこない。
時令の変化も、ない。
昼も夜も季節もないいうことよねぇ。
時間が止まったお母さんのお腹ん中みたようなもんかな。
暗闇で何も見えんけど、温かい血にくるまれて幸せって感じ。
ちゃんと生きてるのに、まだこの世には存在しない。
お母さんのお腹の中から出てこないと、生きものとして認められない。
それと同じ。
まだここでちゃんと生きてるのに、もう生きものとしては認めてもらえない。
罪のない命が、呪われた魂の奥底に軟禁されとるんよ。
無理にそこから這い上がろうとすると、死んだままこの世に放り出されてしまう。
ここに居れば、安心。
ただ、あんたたちから見れば、生きとらんいうだけの話よ。
でも、生きとる。
なんか、不服?」
唐突に喋り出した少女の話をぼんやりと聞いていたエセラは、問われてハッとして目を白黒させながら、やっとの思いで言葉を押し出した。
「いや。
ただァ……べつに」
「そうなん?
とくべつに、何を感じたん?
どう感じたんねぇ!
{嘘|ウソ}ついたら、承知せんけーねぇ」と、少女。
無論、逆らう理由も勇気もなく、エセラは、仕方なく応えてぼそぼそと呟くように答えた。
「悪く思わないで欲しいんだけど。
あの、だって、その、ここ……っていうか、君と、どっちかいうと言葉もなんじゃけど、置いとるいろんなもんとか、なんか初めて見たいうか、びっくりいうか、なんちゅうか……」
少女の小さな唇が、徐々に広がってゆく。
エセラの握りこぶしくらいの大きな口を開けて、少女が言った。
「あたいの喋り方、下品?
じゃあ、気をつける。
でもそれ以外は、すぐに慣れて好きになると思う。
音楽だって、初めて聴いたジャンルだったり、聴きなれているヴォーカリストやグループの楽曲だって、あるときから突如宗教がかったり革新的な曲調になったりすると、慣れるまでに時間が必要でしょ?
あんたたちには時間があるんだから、直ぐに慣れるわよ。
何度でも聴いて、いつまででも観てればいいのよ。
そうすれば、好きか嫌いか、はっきりする。
好きなら、あたいは喜ぶし、嫌いなら、あたいはあんたを殺す。
ただ、それだけ。
あたいは、あんたを好きだと感じたら、ずっとそのままだし、嫌いだって感じたら、ずっとそのままなんだけどね。
だって、あたいには時間がないから」
そう言い終えるや、少女は矢庭に立ち上がって、姿見に自分の全身を映し出した。
すると、両の手のひらで頭を触り、胸を触り、腰に手をあて、お尻を撫でて、アソコを片手で{擦|こす}った。
そして最後に気取ったポーズをとると、鏡面の隅々にまで映り込んだ自分の一つひとつのパーツを、上から順に{愛|め}でるように舌で{舐|な}めていった。
そして、自分の足元と鏡に映し出されたその足元を交互に見比べると、何気に振り返って、今度はエセラの姿と鏡に映った自分の姿を交互に見比べはじめた。
エセラは、好かれているのか嫌われているのかが皆目見当がつかず、気が気ではなかった。
2024.4.28 配信
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発行 Ethno Fantasy 東亜学纂