#### 「誓い」 オーストラリア編 サギッチ {後裔記|165} #### 体得、その言行に恥ずるなかりしか。 少年学年 **サギッチ** 齢10 みんな、モヤモヤしてるんだと思う。 {闘|たたか}わなきゃいけない天命を帯びて、戦わなきゃいけない時代に生まれたおれたち。 だのに、その人生は、逃げてばっかりだ。 疎開と称して、離島に逃げた。 そして今も、{仕来|しきた}りの旅と称して、海外に逃げて来ている。 それは、運命として受け入れても、罪にはならないのかもしれない。 {何故|なぜ}なら、{武童|タケラ}の先輩たちが、そう仕向けたからだ。 事実、オーストラリアに居残り組となったおれとツボネエは、タケゾウさんに連れられて、ポートダグラスからシッドニーでのホームドラマ観賞を経て、メルボルン郊外の広大な空港公園で野宿をし、そして今、オーストラリア西部の最大都市パースから、鈍行列車に乗ってフリーマントルという港町に{辿|たどり}り着いたのだった。 その、フリーマントルの感想。 まるでアメリカの西部劇の映画村のような街並みで、こじんまりとしているのに、{何故|なぜ}かゆったりした気分にさせられる。 港は、活気があった。 その商業港には、海上自衛隊の砕氷艦「しらせ」も寄港するらしい。 ビーチは長く続き、フィッシャーマンズ・ワーフという大きなマリーナがある。 アメリカズカップという世界で最も有名なヨットレースが開催された地としても、有名なのだ。 平家の{傭兵|ようへい}で、元は野島の水軍だった{所謂|いわゆる}海賊を祖先に持つおれたち{美童|ミワラ}にとっては、この活気に{溢|あふ}れた港町は、理屈抜きでめっちゃ居心地がいいのである。 よもや、この地におれとツボネエの二人だけが置いてけぼりにされるとは、予想もしていなかったけれども……。 マリーナの岸辺には、ご当地ユーカリの木のウッドデッキが張り巡らされている。 フォレストレッドガムとか、スポッテドガムとか、レッドアイアンバークとか、ジャラとかカリとか、ウッドデッキや建築に使われるユーカリの木には、驚くべきたくさんの種類がある。 学名でユーカリプタスと称されるその種のバリエーションは、コアラの主食や{板材|ティンバー}だけに留まらない。 メラルーカという種類のユーカリの木から採れる精油は、ティーツリー油とも呼ばれ、その名のとおり、先住民のアボリジニーたちが、お茶にして{嗜|たしな}んでいたそうだ。 そんなウッドデッキの上に、おれたち三人は、ごろんと横になっていた。 マジ、寒い! 今ごろ、祖国日の本は、夏の盛りだ。 離島疎開のため、住み慣れた浦町から船出したのは、ちょうど一年前の今ごろだった。 冷たい空気と沈黙だけが、おれらの周りを漂っている。 居並ぶ飲食系の店の前やヨットの船上では、シーマンたちが、このくっそ寒いのにビール{瓶|びん}を片手にして、ご機嫌なその顔と声を{惜|お}しみなく披露している。 口火を切ったのは、{武童|タケラ}タケゾウ組のリーダーだった。 {正|まさ}にその人、タケゾウ先輩が、{何気|なにげ}に誰に聞かせるでもなく、{独|ひと}り{言|ご}ちた。 「人は、酔うんだな」 タケゾウ先輩は、少し間を置いた後、己の腹に潜在する無意識に語り掛けるかのように、また語りはじめた。 「ツボネエちゃんはねぇ。 ぼくら{武童|タケラ}にとっては、女神さ。 サギッチくんは、そうだなァ……。 ヒーローだな。 特に俺とモクヒャは、間もなく、息恒循で言うところの運命期を終える。 天命の四十九年間を終える……則ち、天命を帯びた自然{民族|エスノ}としての人生を、終えるということだ。 {君等|きみら}は、ぼくらの一度目の人生で成し得なかった無念を継ぐ、期待の後輩という{訳|わけ}だ。 真剣に、しかも、決して{諦|あきら}めない。 それを、持続させる。 それを継続させることが出来れば、希求するものは、必ず手に入る。 人が、最終的に希求するものとは……。 それは、{縁|えにし}だ。 そいつが、君たちのところへ、{尋|たず}ねて来る。 {縁尋|えんじん}の奇妙ってやつさ。 自然{民族|エスノ}の{同胞|はらから}{皆|みな}が、{美童|ミワラ}や{武童|タケラ}になるべくして生まれてくる訳ではないのだ。 その{美童|ミワラ}や{武童|タケラ}にしてみても、息恒循の天命四十九年間を一生と{捉|とら}える者も{居|お}れば、二度の人生……二度目の天命を背負って九十八年を生きる者も居る。 ぼくとモクヒャは、その一度目の人生を、間もなく終える。 テッシャンにしても、ジュシやファイだって、{武童|タケラ}は皆、駆け足で時を超えてゆく。 だから、急がねばならんのだ。 {解|わか}ってくれるなァ?」 「{解|わ}かるけど、なんでそんな{訊|き}き方すんのかが、{判|わか}んない!」と、ツボネエ。 その横で、転がったまま、ただ{頷|うなず}くだけのおれ。 タケゾウ先輩が、応えて言った。 「循令が二つ巡った頃の我らが祖国……{則|すなわ}ち、今から十四年が経た頃の日の本の国は、どうなっていることだろう。 {美童|ミワラ}たちは、{安穏|あんのん}と机を並べて、学べているだろうか。 {君等|きみら}が安穏だと言っている訳ではない。 先ず、君等の浦町での日常を思い出して、頭に浮かべてみてくれたまえ。 {二|ふた}循令先、天から降って来る爆弾やミサイルから逃げ{惑|まど}う{美童|ミワラ}たち……。 それが、彼らの日常だ。 だから、ぼくら{武童|タケラ}は、祖国日の本に戻らなければならない。 そして、なんとしても、環境を変えねばならんのだ」 「環境ってーぇ??」と、おれ。 その横で、転がったまま、ただ{頷|うなず}くだけのツボネエ。 タケゾウ先輩が、応えて言った。 「動乱の世という環境を変えることは、{最早|もはや}不可能だろう。 だが、{美童|ミワラ}たちが自力で生き延びることが出来る環境を作ってやり、彼らが、その修羅場を見事{潜|くぐ}りきってくれたならば……。 そして更に、修羅場を抜けたその時から{二|ふた}循令先、ヒト種が一丸となって戦わなければならない、ヒト種の存亡が{懸|か}かった戦いに、我らが亜種、自然{民族|エスノ}に{具|そな}わった秘密兵器を使うことが出来たなら……」 「秘密兵器ーぃ??」と、声を揃えるツボネエとおれ。 言わずもがな、寝っ転がったまま。 タケゾウ先輩が、むくっと上体を起こした。 そして、ゆっくりと、応えて言った。 「君たち{美童|ミワラ}の生まれ持った美質と、ぼくら{武童|タケラ}の{戈|ほこ}を{止|とど}めさせる力さ」 聞きなれた言葉だったけれども、何故か、初めて聞くような錯覚を覚えるんだった。 ツボネエは、珍しく、いつもの{傍|はた}迷惑な{甲高|かんだか}い声を出していない……と思った矢先、ツボネエが、言った。 「で、さァ……。 帰るんでしょ? あたいらも。 おっちゃんと一緒に……」 すると、タケゾウ先輩が、ニッコリと微笑みながら言った。 「まだ、解ってくれていないようだね」 「だから……てかさァ、どうすればいいのォ? おれら」と、おれ。 「二人で、ここに残るんだ」と、タケゾウ先輩。 穏やかな顔だった。 おれもツボネエも、言葉が出ない。 タケゾウ先輩の穏やかな顔が、一瞬、困った顔に変わった。 そして、言った。 「{郷|さと}学舎を開いて、異国で同志を{募|つの}るというのも、悪くないかもしれんなァ」 「郷学舎ーァ??」と、ツボネエ。 「元祖浦町以外の場所で開講する学舎のことさァ」と、おれ。 「ふーぅん……」と、{籠|こも}るような小声で、ツボネエが言った。 いつものツボネエなら、{喚|わめ}き散らして大騒ぎをしている場面なんだけども……。 嵐の前の静けさーァ?? それだけは、ご勘弁! 早速、その日の夜から、おれとツボネエの二人きりの生活がはじまった。 おれたちの出番に備えて……。 今から、二循令先? ……おれの{齢|よわい}は、24。 {将又|はたまた}、更にその二循令先? ……おれの齢は、38。 どう転んだって、おれが{武童|タケラ}のうちに、決着がつくのだ。 {尤|もっと}も、念願の知命を果たして、無事に{武童|タケラ}になれたらの話だけれども……。 _/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/ ミワラ<美童> ムロー学級8名 =::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::= 吾ヒト種 われ ひとしゅ 青の人草 あおの ひとくさ 生を賭け せいを かけ =::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::= ルビ等、電子書籍編集に備えた 表記となっております。 お見苦しい点、ご容赦ください。 ● amazon kindle ● 『亜種記』全16巻 既刊「亜種動乱へ」 上、中、下巻前編 ● まぐまぐ ● 「後裔記」「然修録」 ● はてなブログ/note ● 「後裔記と然修録」 ● LINE ● 「九魚ぶちネット」 ● Facebook ● 「東亜学纂」 // AeFbp // A.E.F. Biographical novel Publishing 東亜学纂