MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

後裔記 第1集 No.155

#### 誇るべき{先達|せんだつ} ワタテツ {後裔記|155} ####

 体得、その言行に恥ずるなかりしか。
 門人学年 **ワタテツ** 齢17

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 事件は、{朔|さく}の暗闇で起きた。文明の奴らの言葉で言うと、新月の闇夜といったところだろう。

 だが……その前に、二つ。

 その一つ目。
 小生、{齢|よわい}が一つ上がって、{既|すで}に数日が経つ。{美童|ミワラ}は、烈冬の一月から執冬の十二月までの一年間の時令に生まれた者はみな、共通して誕生日が、想夏の七月一日となる。

 その二つ目。
 {武童|タケラ}タケゾウ組の先輩たちと一緒に居るときに、その話題になった。そのとき、ある指摘を受けた。然修録に書いている循令が、実際よりも一年遅れているというのだ。しかも、ムロー学級八名、揃いも揃って全員だ。
 例えば俺……この一年間、{齢|よわい}は16で、循令は{猛牛|もうぎゅう}だと思っていたし、然修録にもそう{記|しる}していた。だが実際、齢16の循令は、{猫刄|みょうじん}だったのだ。
 {何故|なぜ}、我ら八名は、等しく同じ間違いをして、しかもずっと今の今まで気づかなかったのか。その理由は、我ら八名に共通していた。みんな、想夏を過ぎて起秋の九月から執冬の十二月の間に{産|う}まれていたのだ。
 産まれて一年目の{所謂|いわゆる}{〇|ゼロ}歳の循令は、{飛龍|ひりゅう}である。一月から六月に産まれた者は、誕生の日とされる七月一日よりたっぷり一年以上を掛けて、翌年の七月一日の誕生日に齢は「一歳」となり、また同時に循令が「{猛牛|もうぎゅう}」となる。
 ところが、例えば十二月に産まれた者は、概ね半年で〇歳の飛龍を終え、一歳の{猛牛|もうぎゅう}になってしまう。ここで誰かが間違えて、一歳の誕生日からの一年間を、〇歳の飛龍にしてしまったのだ。

 七つの循令については、我らムロー学級に{於|お}いては、未だ不修得だ。だが、この一年間、俺は、「牛……猛牛だーァ♪」と思って強がって突っ走って来た。でも実際は、「猫……{猫刄|みょうじん}だった!」のだ。
 {序|つい}でに言うと、猫だと思っていたムローとスピアは、{猪|イノシシ}。牛だと思っていた俺とサギッチは、猫。龍だと思っていたヨッコとツボネエは、牛。そして……{群|む}れるのが嫌いな学徒学年の二人。オオカミは石ではなく{鐡|てつ}、マザメは狼ではなく石だったのだ。このことにどんな意味があるのか……兎も角、俺を含めた我らムロー学級の{美童|ミワラ}総員、循令の不修得を猛省すべきである。

 {閑話休題|さて}……。
 台風始動の時令だが、その夜は、まるで{五月雨|さみだれ}のような夜露で{靄|もや}っていた。爆睡の刻。岩陰で{耳障|みみざわ}りな人工音を放つ女が一人……ツボネエが、石笛の練習をしていたのだ。おれ以外にも、目覚めている者が居たようだった。事実、ツボネエが、「出たーァ!! お化け、出たーァ!!」と叫びながら{塒|ねぐら}にしている{洞穴|どうけつ}に飛び込んで来たとき、何事かと直ぐに起き上ったのは、俺だけではなかった。
 ツボネエの説明によると、黒い目ん玉だけのお化けが、じっとツボネエを{睨|にら}みつけていたんだそうだが、それを聞いたとき、俺は、ある生きものを思い浮かべた。(まさか……)と、信じたくない気持ちが手伝ってか、言葉にはならなかったが、それを決定づけたのは、意外にもマザメくんの言葉だった。

 「目だけで、睨んでるかどうかなんて、判るもんなのかねぇ。その目ってさァ、まん丸くって、ちょっと可愛い感じじゃなかったァ?」
 ツボネエが、キョトンと丸い目をして、応えて言った。
 「{怖|こわ}かったから、睨んでるように見えたんだもん。仕方ないじゃん!」
 ツボネエがそう言うころには、もう{武童|タケラ}も{美童|ミワラ}も全員が起き上っていた。そして、タケゾウさんが、締め{括|くく}るように言った。
 「どうやら、間違いないようだな。夜が明けるまでに、{君等|きみら}は、この島を出なさい。偵察{鴉|カラス}が見た写像は、電脳チップから奴らの前線基地に送られている{筈|はず}だ。だとすれば、例の*自爆型攻撃鴉*が飛来するまで、そう時間は掛からんだろう」
 みんな、LEDランタンの白い{燈火|ともしび}の周りに集まっていた。みな一様に、何かを言いたそうな顔をしていたが、手と足は、直ぐに次の行動に移っていた。おれらミワラは、身支度で{齷齪|あくせく}動き、タケラの先輩たちは、おれらの食糧やらなんやらで齷齪動いていた。
 その{最中|さなか}、クーラーボックスに食糧を詰め込んでいたモクヒャ先輩が、矢庭に動きを止めた。そして、オオカミのほうに目を向けたかと思うと、また直ぐに齷齪と手足を動かしはじめた。おれたちが、未完成のままのズングリ丸で{疾走|しっそう}しなければならなくなったことを、申し訳なく思っているのかもしれない。それが、{悔|く}やまれたんだろう。でもそれは、無論、タケラの先輩たちの{所為|せい}じゃない。

 この小さな無人島に漂着するや直ぐにズングリ丸の改造に取り掛かろうとしたタケラの先輩たちと俺らミワラとの間で、こんな{遣|や}り取りがあった。
 
 「こんなオンボロ丸をわざわざ苦労して改造なんてしなくたって、地底に塒をつくってそこに隠れればいいじゃんかァ!」と、マザメ。
 「得意分野だしねーぇ♪ おれたち自然{民族|エスノ}は、穴掘り名人じゃん!」と、サギッチ。
 「時間の問題なんだよ。完璧に隠れることが出来る地底住居を掘るほうが早いか、ズングリ丸を遠洋型に改造して{君等|きみら}ミワラだけこの{日|ひ}の{本|もと}の海域から離脱させるほうが早いか……」と、{細長|さいちょう}顔のテッシャンは言う……が。
 (地底の隠れ家も無いのに、なんで俺たちだけをこの島から逃がそうとするんだァ? 自分たちは、どうするつもりなんだッ!)と、素朴な疑問が、脳裏に映し出された。それを察してか、暗闇に同化しそうな顔色をしたジュシさんが、言った。
 「おまえたちさえ逃がしてしまえば、あとは、どうにだってなるってことさァ♪」
 「要は、足手{纏|まと}いってことねぇ?」と、ヨッコ。女はいつも、直球勝負だ。
 「ズングリ丸に十三人も乗って無事だったのは、距離が短かったことと、運が良かったからでしょうね。長い航海は、無理。定員七人の汽艇を、定員十三人の遠洋仕様に改造するのも、絶対に無理ね」と、{渡哲|わたてつ}サングラスのファイさんが、言った。同じ女でも、こっちの直球は、{何故|なぜ}か素直に受け取れる。{悪気|わるぎ}があって言っている{訳|わけ}じゃないことだけ、ミワラの女性軍に断わっておきたい。

 その遣り取りのすぐあと、タケラとミワラの女衆は食糧の算段で抜け、男どもだけが残された。テッシャンが、言った。
 「八人でも、本当は少し多いんだ。安全性と理想の帆走のことを考えると、あと六フィートくらいプラスした艇長で、改造の基本設計をしたいところだと思うんだけど……まァ、その辺は、モクヒャさんが{上手|うま}くやってくれるから心配は{要|い}らないんだけどねぇ♪」

 モクヒャさんが、少し{照|て}れくさそうな顔をして、気遣いからか少し俺らに解説をしてくれた。
 「燃料の調達が望めない今、考えられる手段は、帆走艇に改造することです。帆走というのは、海面から下の水という流体の力を受けながら、海面から上の空気という流体の力を利用して走るということなんです。その両者の性質が、あまりにも違い過ぎるので、{容易|たやす}く改造……ということにはならないんです。
 海水は、空気よりも重い。なんと海水の密度は、空気の八〇〇倍です。冬場、空気が重いって感じたことはありませんかァ? それは、冬場の空気のほうが、夏場の空気よりも密度が八%多いことに{因|よ}って起こります。たったの{一・〇八|イチテンレイハチ}倍増えただけで、重いと感じるんです。それが、八〇〇倍になるってことです。
 更に水には、{厄介|やっかい}な粘性というものがあります。粘りっ{気|け}のことです。水飴の上で、指の力を利用して、折り紙の船を動かしているところを想像してみてください。それと、同じ原理です」

 (女どもがここに居たら、鮮やかな赤色をした*りんご飴*の甘くて丸い粘性を想像したに違いない!)と、{何気|なにげ}にそんなことを思った。無意識に、気を{紛|まぎ}らわそうとしたんだと思う。だが、船長のオオカミは、気を紛らわす方法を、思いつけずにいるようだった。そこへ、ワイルド{風情|ふぜい}のジュシさんが、助け船を出すように言った。
 「よいよい♪ 大丈夫! 改造のほうは、モクヒャさんに任せようぜぇ……なッ? で、ヘルムスマンとセールトリマー……って言うか、操舵と帆の調整のトイレーニングのほうは、俺に任せてもらおうかなァ。{兎|と}に{角|かく}おまえらは、旅を続けろッ! ただそれだけを、考えるんだ」

 難破して見知らぬ無人島に漂着したその瞬間から、もうその島を脱出してからのことを、具体的に考えている……。
 {武童|タケラ}と呼ばれる大人たち……。
 それが、誇るべき、我らが自然{民族|エスノ}の{先達|せんだつ}なのだ。

_/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/
美童(ミワラ) ムロー学級8名

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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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