#### 真夏の{五月雨|さみだれ} ムロー {後裔記|153} #### 体得、その言行に恥ずるなかりしか。 学人学年 **ムロー** 齢17 ■□■□■□ 休息のひとときと相成った。……モクヒャさんがレジ袋をぶら下げてやってくると、そうなる。これ、暗黙の了解。クーラーボックス常備で名高いタケゾウさんが、矢庭に叫んだ。 「そのレジぶくろん中に、溶けるようなもんは、入っとらんよなァ?」 モクヒャさん、一瞬、明らかに両手でオーケイの{環|わ}を{描|か}こうとしたが、{慌|あわ}てる振りを隠す間もなく、頭を上下に振って、唇で環を作って見せた。{俄|にわ}かに、タケゾウ組の五人と我ら八名が、ズングリ丸の作業甲板に集う。こういうひとときが設けられると、{武童|タケラ}の大人たちは、よく{喋|しゃべ}る。「必ず」と、修飾すべきところではあるのだが……。 心の中で、アナウンス。 (二番。クーラーボックス、モクヒャくーん♪) まァ、{兎|と}も{角|かく}……と、いう{訳|わけ}で、モクヒャさんが、語った。 「『タケラになってしまうと、悲しいかな、そんなことを考えるような暇は、ない』……かァ。確かに、そうだな。 『学問によってこの世を生きれば、あの世の聖人と通じる道が、{拓|ひら}ける』……かァ。それも、君らにとっては、確かにそうだな。 {羨|うらや}ましい限りだ。 君ら{美童|ミワラ}は、半島の浦町で立命期を過ごす。我らタケラの道筋は、その浦町に注ぐ{平|ひら}谷川と{同|おんな}じさァ。ジェントル・ブリーズ……「軟風に{煽|あお}られて降りしきる小雨」も、ヴァイオレット・ストーム……「さながら台風のような暴風雨」も、それら雨水のすべてが、あの谷川に流れ込む。一滴の例外も、無い。 我らは今、その谷川に流されている。一度流されはじめたら、もう二度と、そこから{這|は}い上がることは出来ない。時間の流れが止まらないように、流れはじめた運命も、止まることもなければ、止めることもできん。その流れが、義理を{為|な}して正義を成すとは限らない。{譬|たと}え、その義にわが命を奪われようとも、種を異にした{同胞|はらから}の亜種の命を奪うことになろうとも、{最早|もはや}我らには、流される道筋しか残されては{居|お}らんのだ。 だが、君らミワラは、違う。自分が選んだ進むべき道を、自分の足で、歩むことが出来る。だが、{一度|ひとたび}知命したからには、迷うことすら許されぬ。己が信じ修めた道を、ただひたすらに歩まねばならん。 知命とは、そういうことだ」 (ここでスピアが口を挟むと、話がややこしくなるだろうなッ!)と、思った矢先、スピア君が、口を開きやが……元い。開いた。 「ぼくら人間……ヒト種の血って、明日はどうしよう、来年はどうしよう、十年後はどうなっていたいとか、そんな先々の事を考えられるように進化を{遂|と}げてきたんですよねぇ? でも、その代償として、五感が、退化した。ぼくら自然エスノだって、例外じゃない。タケラになると急に、五感が{衰|おとろ}える。ぼくらミワラには幽霊が見えるけど、おっちゃんたちタケラには、幽霊は見えない……みたいな感じでぇ♪ でもさァ。おちゃんたちだって、ミワラのころに、鋭敏な五感で情報を肌身で感じてそれを記憶に残してるから、今、いろんな局面で最良の判断ができるんじゃないのォ? ぼくらってさァ。一寸先のことしか判らないけど、それを何千年も前から受け継いで来たから、何千年も先の天地のことを創造できるんじゃないのォ? ヒノーモロー島のでっかい工場だって、その中にある広い史料室だって、カアネエやピアノのおねえさんが任務に就いていた潜入班だって、先人{先達|せんだつ}がさァ、ただひたすらに一寸先を見誤らずに繰り返し繰り返し目の前の判断を重ねてきてくれた{御蔭|おかげ}じゃないのォ? それってさァ。立命期に{培|つちか}った五感がさァ、いろんなことを会得体得させてくれたから、出来たことなんじゃないのォ? 降りしきる今に打たれ続けたら、死ぬでしょ? 川に流されてたって、林道を歩いて上ってたって、どこに{居|い}たって、降りしきる今からは逃げられない。谷川から這い上がれなどしないって言ったけど、ぼくらの五感は、そんな話、どうしても、{胆|キモ}に{容|い}れることができないんだ。 閑に{居|い}て、動を観る。 無事に居て、変に備える。 これって、おっちゃんたちが受けて、おっちゃんがぼくらに{継|つ}いでくれたんですよねぇ?」 薄灰色の雲が、{想夏|そうか}の輝きを包み隠した。 「{五月雨|さみだれ}と{夕立|ゆうだち}が絶滅し、ゲリラ豪雨が天地を支配した……かァ」と、薄黒く焼けた顔のジュシさんが、言った。 「それって、アタイらのことォ?」と、ツボネエ。 「おれたちは、ゲリラ豪雨ってことかァ!」と、オオカミ。 「どうなんだかァ。絶滅危惧種の夕立ってとこじゃない?」と、マザメ。 「既に絶滅してる五月雨だったら、どうするぅ?」と、{渡哲|わたてつ}サングラスのファイねーさんが言う。 「じゃあ、五月雨戦術といきましょう♪」と、細長顔のテッシャンが、顔を長ーくして言った(……どんなんやァ!)。無論、あやつが、{斯|こ}う言う。 「わけわかんねーぇ!!」と、サギッチ。 「ねぇ。わけわかんないことなんか考えずに、一寸先のことを考えましょうよォ♪」と、ヨッコ。 「おれたちの一寸先は、飢え死にだなッ!」と、クーラーボックスを抱き{抱|かか}えながら、モクヒャさんが言った。 「溶けるもんも無ければ、{冷|さ}めるもんも無い。今でも一寸先でも、賞味期限は切れはせんよォ♪」と、甲板に下ろしたレジ袋を両手で掴み上げながら、タケゾウさんが言った。 そんなこんなの話も、文明なのかもしれない。電脳チップは西暦、文学は和暦、精神文化は皇紀。五月雨は、文学だ。今日は、断続的ながら、早朝から晴れ間と小雨を繰り返している。今日のような晴れ間のことを、これが梅雨どきなら、{五月晴|さつきば}れと言う。同じくして梅雨どきの夜に、雲が月の光を完全に{遮|さえぎ}ってしまうと、{五月闇|さつきやみ}となる。 矢庭にモクヒャさんが、言った。 「五月雨って、雨なのに、どうして打たれても不愉快な気分にならなかったんでしょうねーぇ?!」 「それは、愉快だったからでしょう♪」と、俺(言わなきゃ良かった!)。 「いやーァ、愉快愉快♪」と、タケゾウさんは言いながら、レジ袋の中に手を突っ込んで、{洋蝋燭|ようろうそく}を掴んでそれを{掲|かか}げると、みんなに見せながら言った。 「五月闇の甲板上で{宴|うたげ}をするための、備えであーる♪」……と。 俺としては、何もかもが、よく{解|わか}らなくなってきた。 「何がァ?」と{訊|き}かれても、よく{判|わか}らないからだッ! _/_/_/ 『後裔記』 第1集 _/_/_/ 美童(ミワラ) ムロー学級8名 =::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::= 未来の子どもたちのために、 成功するための神話を残したい…… =::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::=::= _/_/_/ 電子書籍 『亜種記』 世界最強のバーチュー 全16巻 (Vol.01) 亜種動乱へ(上) https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B08QGGPYJZ/ (Vol.02) 亜種動乱へ(中) https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B09655HP9G/ (Vol.03) 亜種動乱へ(下巻前編) https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0B6SQ2HTG/ (Vol.04) 亜種動乱へ(下巻知命編) (Vol.05-08) 裸足の原野 (Vol.09-12) {胎海|たいかい}のレイヤーグ (Vol.13-16) 天使の{洞穴|どうけつ} _/_/_/ ペーパーバック 〈編集中〉 _/_/_/ まぐまぐ (1) 後裔記 https://www.mag2.com/m/0001131415 (2) 然修録 https://www.mag2.com/m/0001675353 _/_/_/ はてなブログ https://shichimei.hatenablog.com/ _/_/_/ note https://note.com/toagakusan =--=--=--=--=--=--=--=--=--=--=--=-- ※電子書籍編集のための記号を含みます。 お見苦しい点、ご容赦ください。 =--=--=--=--=--=--=--=--=--=--=--=-- 東亜学纂学級文庫★くまもと合志 東亜学纂★ひろしま福山