EF ^^/ 後裔記 第2集 第26回
一、想夏 …… 立命期、最後の一年 (16)
夜な夜な……。
{匍匐|ほふく}用の自作の{甲冑|かっちゅう}を作りながら、ふと花子ばァばから手渡された手記のことを思い出した。
ばァばが言う手記というのは、世間一般で言う長文の手紙のことだった。
エセラは、ばァばから手紙と呼ぶものを未だ見せられたことはなかったけれど、そんな日が来ないことを切に願うのだった。
エセラは、手を止めて、ひと休みのつもりでその手記を開いた。
「おまえは、はな美叔母ちゃんに逢うだろう。
そして、多くのことを学ぶだろう。
だから、その前に言っておく。
おまえたち無知な{美童|ミワラ}の存在は、はな美叔母ちゃんたち家族の命を、脅かす。
考えてみなさい。
はな美叔母ちゃんは、文明の町で新居を持った。
なんでそんな危険なところで、生きて居られるんだい?
それは、一番危険な『歩み寄り』をやっているからさ。
先祖代々、それを天命に据えて繋いできたのが、座森屋一族さ。
ばァばの血は、百パーセント座森屋だけど、おまえの母ちゃんと叔母ちゃんは、座森屋の血が薄い。
半分は、和の{民族|エスノ}の血だ。
だから、危うい。
血が助けとなってくれないときがある。
一瞬の気の緩みや迷いで、致命的な危機を招く。
そのたった一つ、ただ一度きりの失態が、あたいら自然{民族|エスノ}を根絶やしにするのさ。
もうおまえには逢えないかもしれないから、もう一つ言っておく。
宿命なんてくだらないものに、心を惑わされてはいけない。
宿命ってのは、動きたがらない自堕落なやつらを{雁字搦|がんじがら}めにする{質|たち}の悪い伝染病さ。
行動を怠ると感染するから、気をつけな。
おまえが無事に知命して、立派な{武童|タケラ}になって、息恒循の四十九年間を生きて天命を全うしたら、あの世で祝杯を挙げようじゃないか。
あの世で一番の美酒を、用意しておくよ。
おまえは、利口な子だ。
しかも、おまえたち兄弟姉妹は、三つの血を持っている。
ばァばの座森屋一族の血、おまえのお爺ちゃんの和の{民族|エスノ}の血、そしてお前が好きだった父さんの鷺助屋一族の血さ。
貴い者になりなさい。
おまえならきっと、ヒト種の本当の美質を発見し、それを存分に発揮してくれるだろう。
だから、さいならァ♪」
(なんで「さいなら」に音符なんだかァ!)とエセラは思いながら、少し考えた。
……(結局、はな美叔母ちゃんに逢いに行けってことでしょ?)
……(潜入班の教育を受けていない子どもたちがドヤドヤと押しかけたら、文明の奴らに目をつけられて殺されるぞってことでしょ?)
この時代、潜入班の教育を受けていようがいまいが、少年であろうが多年であろうが、逆境は事欠くことではない。
そんなことは、問題ではない。
問題なのは、空き家の戸締りと床下の開拓だった。
窓や外壁が崩れて穴が空いたままになっているところを塞ぐために、ちょうど都合が好い幅と長さと厚みの板材が、家の周りに塩梅よく転がっている……ということは、絶対にない。
空き家バージョンの戸締りが終了したのち、そのときの出口を想定して造作された隠し通路が床下にある……なんてことも、無論、絶対にない。
この問題と向かい合うことから逃げて、何もせずに、いつもどおり勝手口のような粗末な玄関から、飛び出してゆく……それは、血が許さない。
面倒臭い血だから、ばァばの血に違いなかった。
「こりゃ、徹夜だなッ!」と、エセラは独り{言|ご}ちた。
そして、手作りの甲冑を{纏|まと}い、床下の大掃除に取り掛かった。
2024.6.9 配信
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発行 Ethno Fantasy 東亜学纂