EF ^^/ 後裔記 第2集 第25回
一、想夏 …… 立命期、最後の一年 (15)
旅支度を始めて間もなく、支度をするほどのものがあまりに少ないことに、エセラは愕然とした。
貧乏、支度なし。
そんなことより、ばァばたちが行ってしまう前に、少しでも多くのことを聞き出さなくてはならない。
エセラ、花子ばァばに接近。
ばァばが、言った。
「ばァばたちはーァ?ってかい。
これから峠を越えて、半島の西側にある隣町まで行くのさ。
あそこは、栄えてるからねぇ。
バスが、一日に二本も出るのさ。
まだ暗いうちに出れば、朝の便に間に合うからねぇ。
どこに行くのーォ?ってかい。
父さんが産まれたところさ。
自然{民族|エスノ}の集落さ。
行ったことあるのーォ?ってかい。
ないさ。
でも、外国に行くわけじゃないんだ。
あたいらは、代々潜入の使命に慣れ親しんできた一族だからねぇ。
いざとなりゃあ、血が助けてくれるさ。
でも、潜入班は、主に女の仕事だ。
おまえは男だから、潜入じゃなく、突入だ。
だから、婆ちゃんたちの旅支度とおまえの旅支度は、違うんだ。
寝不足は身体に悪いけど、考えが足りんのんは、脳に悪い。
考えることをさぼったら、文明の奴らみたいに、脳が退化しちまうんだからねッ!
そこは、肝に銘じときな」
エセラは、キョトンとした顔は依然そのままだったが、脳ミソはもう惚けてはいなかった。
先ず最初の旅の難関は、床下突破だッ!
別れは、待ってはくれなかった。
別れ際、ほのみ、えみみ、めろん、トモキは、無言だった。
俄かに不安が募ってきたのだろう。
花子ばァばが、近寄って来る。
ほのみたちに聞かれたくないのか、ばァばは小声で話しはじめた。
「おまえがね。
本当に這い巡るのは、床下なんかじゃないんだよ。
這って逃げ回るのさ。
手の指や足の指が傷だらけで、筋肉痛で動かなくなる。
それでも、肉体の隅を探してどこか動く関節を探して、転がってでも落っこちてでも、とにかく動き続けなきゃどうなると思う?
死ぬのさ。
心は、折れそうになるさ。
でも、堪える。
それで心がひん曲がったら、曲がったまんま逃げるんだよ。
そうまでしてでも、よく観ておくんだ。
文明のやつらをねぇ。
先ず敵を知らなきゃ、戦うこともできなきゃ、{況|ま}してや歩み寄るなんて危ないこと、出来やしないだろォ?
でもね。
敵の{戈|ほこ}を{止|とど}めさせる手段は、その危険な歩み寄りしかないんだよ。
あんたの母さんは、座森屋一族として、あんたたちを育てた。
それで、よかったのさ。
ばァばは、座森屋一族だからねぇ。
でも、おまえの母さんの血は、座森屋が半分と、和の{民族|エスノ}が半分なのさ。
そしておまえたち五人は、その半々が半分と、残りの半分は……実は、鷺助屋一族の血なのさ。
そうさ。
婆ちゃんたちがこれから向かう自然{民族|エスノ}の集落は、座森屋一族じゃない。
おまえの父さんが産まれた、鷺助屋一族の集落なのさ。
だからおまえたち五人は、座森屋の血も、和の{民族|エスノ}の血も、鷺助屋の血も、全部持ってるんだ。
だから、時に激烈。
かと思えば、サクッと相手の{懐|ふところ}に入ることも出来る。
おまえ、はな美{叔母|おば}ちゃんのこと、よく知らないだろォ?
もう話す時間がないんだよ。
ゴメンね。
でも、この紙に少しだけど書いといたから。
ちゃんと読むんだよッ!
いいね。
ほいじゃあね。
床下、解ってるだろうけど、夏だからね。
薄暗くてジメジメしたところが大好きな奴らが、うようよ居るんだからね。
{甲冑|かっちゅう}が甘いと、刺されまくって死ぬんだからねッ!」
気のせいか、花子ばァばは、ニヤッと笑ったように見えた。
エセラは、ばァばの手記を読む気分ではなかった。
夜なべをして甲冑を作るか……。
{将又|はたまた}、床下を通らなくても済む方策を考えるか……。
2024.6.2 配信
**^^**--**^^**--**^^**--**^^**
発行 Ethno Fantasy 東亜学纂