_/_/_/ 後裔記 第2集 _/_/_/
第4回 2024.1.2 配信
五歳が見た夢
宇宙人や幽霊との遭遇より、もっともっとびっくり驚く未知の世界がある。
それが、子どもたちの夢の中だ。
エセラ、ある日の後裔記。
また、夢を見た。
目が覚めたとき、ぼくは、その物語を正確に覚えていた。
たまに、そんなことがある。
周りの{武童|タケラ}……大人たちに話すと、いつも{斯|こ}う言われる。
「すごいなッ!」
その感嘆の言葉は、夢の内容でもなければ、目覚めてその全容を覚えていることでもなかった。
それを忘れずに覚えていることに、大人たちはみんな、感心するようだった。
「じきに、すぐに忘れるようになるさ」
いつもそう言って、冷めた応え方しかしない大人が、一人だけ居た。
ぼくが大好きな、婆ちゃんだ。
夢の中で……。
バコーン!
バギッ!
ドッスーン!
そして……朝。
「賑やかだったねぇ。
また、夢見てたのかい?」
ふがァ!ふがァ!と鼻を鳴らしながら、決まり文句のような婆ちゃんの朝の挨拶が聞こえてきた。
「今日は、ぜんぶは覚えてないんだ。
でも、聴く?」
「聞かない」……と、これも、婆ちゃんの決まり文句。
「ねぇ。
いずみたくシンガーズって知ってる?」と、エセラ。
「それ、誰から聞いたんだい?」と、婆ちゃん。
「夢の中に出てきたんだ」と、エセラ。
「まったく。
ほんと、おまえの夢だけは、わけわかんないよ」と、婆ちゃん。
「『生まれてきたのは、なぜさッ♪』って歌ってたんだけど、ぼく、答えられなくて、摘まみ出されたんだ!」と、エセラ。
「なーんじゃすりゃ!」と、婆ちゃん。
「涙は心の汗だから、たっぷり流せだって。
そこでドアを閉められたから、その先の歌詞は、わかんないんだけど」
「どのご先祖様に似たんだか。
まったく、この子は!」と、婆ちゃん。
エセラの夢は、まだ続く。
「ぼく、{A|アーティフィシャル}{I|インテリジェンス}のパパチャリに乗って、帰ってきたんだ。
*エベレーター*のドアが開くと、チビ助のロボットたちがわんさか出て来て、そいつらみんな、『急げ!』とか『早くしろ!』とか言い合いながら、最初にエベレーターから出てきたロボットが、『先に行く。おまえらも、早く来い!』って書いたプラカードを持ってて、そいつをぼくの胸に押しつけてくるんだ。
でも、あっという間に、そのロボットたちはどこかに駆けて行ってしまって、次にエベレーターから出てきた有名な商社の無名な社員風のおにいさんが、ぼくに斯う言ったんだ。
『さァ。
ここは、君の家なんだから、遠慮は要らない。
ゆっくりしていきなさい』
なんのことだか、さっぱり解らない。
そう思ってたら、そのおにいさんも、消えちゃったんだ。
それに気がついたとき、ぼくはもう、エベレーターの中に居た。
エベレーターなのに、中は階段室になっていて、ぼくは、無我夢中で八階まで階段を駆け上がったんだ。
八階には、ぼくの部屋がある。
なぜだか、ぼくは、そのことを知ってたんだ。
八階の階段室の前の踊り場に出たとき、ぼくは、ハッとたいへんなことに気づいてしまった。
パンツのポケットにも、靴下のポケットにも、あらゆるポケットに手を突っ込んでみたけど、どこにもないんだ。
ぼくたち人間にとって一番大事なもの、携帯頭脳だよ。
ぼくは慌てて階段を駆け下りて、AIパパチャリを置いてあるところまで戻った。
でも、どうして自分が急いでそこまで戻って来たのか、どうしても思い出せなかった。
もうそんなことは、どうでも良かったんだと思う。
だって、ぼくはもう、一階の客室の中に居たんだもん。
そこでは、ヒト種のいろんな亜種や変種の生きものが、重なり合うように芋虫ゴロゴロをやってた。
その一等奥で、ぼくの父さんが、{胡坐|あぐら}をかいて座っていた。
手を組んで、その上に顔が載ってたけど、その顔には、目も鼻も口も、何も書いてなかったんだ。
『節約も、いい加減にしとかないと、死んじゃうよォ!』って、ぼくは叫んでた。
すると、父さんが座ってる後ろのエベレーターの扉が開いて、その中にも階段室があるって、ぼく、直ぐに判っちゃったんだ。
でも、そのエベレーターの中に入ると、階段じゃなくって、{螺旋|らせん}のスロープになっててさ。
ぼくは、四つん這いになって、八階の自分の部屋まで、上って行ったんだ。
そこでやっとぼくは、自分の部屋に入れた。
その部屋からも、音が聴こえてきた。
それは、おやすみのテーマみたいな音楽だった。
『熱い心を強い意志で包んだニンゲンたち……。
あああーァ♪ ああああーァ♪
ウウウーぅ♪ ウウウウーぅ♪
……DAH、DADDAN!』
みたいな。
それで……」
そのときだった。
婆ちゃんが、吠えた。
「わかった!
わかったから、もうお黙り!
昨日はたしか、裏山の崖っぷちで寝てて、寝返りを打ったら崖から転げ落ちて、それを天照狼に助けられたんだったよねぇ?」
「違うよッ!
アマテラスは合ってるけど、そのあとはオオカミじゃなくて、オオミカミだよ」
「神様も狼野郎も、同じ自然の生きものさ。
変わりゃあせんようねぇ」と、何を言い返されても動じない、見方によっては可愛げのない婆さんなのだった。
「ぼく、旅に出るよ♪」と、こちらも動じないというか、{他人|ひと}の話を聞いていないかのような、いつも話が飛びまくる少年、エセラ。
「なんだろうねぇ、この子は。
{現|うつつ}の朝くらいは、普通の男の子で居て欲しいもんだわァ。
……で、旅に出たい理由、これから言うんだろッ?
では、どうぞーォ♪」と、婆さん。
「ばァばが言ったんだよ。
『飛び出せ!』って。
『ずっと家んなかばっかに{居|お}るけにが、夢んなかでしか行動できん子になるんよねぇ。
勇気出して、飛び出してみぃ!』って、ばァばが言ったじゃん!」
……と、ほっぺたに不服を全開させて、エセラが言った。
「あーァ、{言|ゆ}うた言うたァ。
言うたが、そりゃいつの話ねぇ!
意味も違わいねぇ。
誰が『旅に出えッ!』じゃこと言うたねぇ!
『出え』いうんは、外で遊んで来いいうことよねぇ。
おまえは、十言わんと一もわからんのんねぇ!
ほんに、わけつのわからん子じゃわい」
婆さんは、そう言ったっきり、家の奥に残されている古めかしい土間の部屋に引っ込んでしまった。
少年エセラは、考えた。
外に出ないから、変な夢ばっかり見るのか。
昔流行った音楽は、どこからぼくの脳ミソに入ってきたんだろう。
それとも、入ってきたんじゃなくて、生まれたときから元々、ぼくの脳ミソの中にあったんだろうか……と。
エセラがあまり外に出ようとしない理由は、エセラ自身の事情だった。
外に出ると{直|じき}に胸が痛みだし、すぐに{蹲|うずくま}ってしまうのだ。
でも、却ってそれは、少年エセラにとっては、都合がよかった。
エセラは、家族以外のすべてのヒト種と、顔を合わせたくなかったのだ。
会うと無意識に、{戈|ほこ}を{止|とど}めさせようとする。
そんなとき、エセラが、必ず思うことがあった。
(ぼくは、自然{民族|エスノ}じゃなくて、和の{民族|エスノなんじゃないのか。
そうじゃないにしても、少なくとも鷺助屋の後裔じゃなくて、和の人たちに近い座森屋の後裔なんじゃないのか。
どちらでもないとしたら、いつかの時代のぼくらのご先祖さまが、和の人か座森屋の人と*まぐわい*をしたのかもしれない。
ぼくがまぐわいをしたら、ぼくの子どもは、どんな亜種として生まれてくるんだろう。
そんなことは、ぼくの子どもが生まれてきてから考えても、まだ間に合う。
今考えなければ間に合わないことって、なんだろう。
ぼくの胸の痛みは、仮病じゃない。
でも、不思議とそれは、ぼくの目的に適っている。
夢だって、どっこも、変じゃない。
すべてが、正常。
ぼくの{身体|からだ}の中にも、AIがあるんだ。
アブドミナル・アイランド。
その島でぼくが体験したことが、ぼくの夢の正体なんだ。
ぼくのお腹の中にも、脳ミソがある。
アブドミナル・ブレイン。
音楽だって、正常だ。
『夢ん中に音楽があるいうんは、悪いことじゃなかろうて。
悪いどころか、えげつないほどええ美質よねぇ♪』って、婆ちゃんも言ってくれた。
だからぼくは、己の美質を護るために、旅に出なきゃいけないんだ。
ぼくが旅に出ることは、世のため人のためなんだ。
きっと、間違いない。
絶対に、たぶん……)
婆さんが好きな音楽は、意外との日本歌謡の懐メロなんかではなかった。
それは、{A|アルバム}{O|オリエンテッド}{R|ロック}。
でも、本当に好きなのは、{プログレ|プログレッシブ・ロック}。
なかでも、婆さん今でもよく聴いているプログレ懐かしのメロディがあった。
曲名は、「こわれもの」。
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発行 東亜学纂
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A.E.F. Biographical novel Publishing