EF ^^/ 後裔記 第2集 第14回
一、想夏 …… 立命期、最後の一年 (4)
良く晴れた昼下がり、この自然{民族|エスノ}の集落の{子等|こら}は、太陽神への恐れを知らない。
浦の砂浜に集い、思い思いに転がって過ごす。
仰向けになって目を細めて太陽神を見遣っていメロンが、唐突に言った。
「なんで男の子たちって、太陽に向かって吠えるのォ?」
首を右へ振ると、磯女が住むと伝えられる崖が見える。
この辺りの砂浜は、ダキの浜と呼ばれている。
エセラが困った顔をしていると、横からカズキチが口を出した。
「めろんちゃんは、花子ばァばに似たんだな」
「わたしはァ?」と、ほのみ。
「おまえは、ゆか里おばちゃん、そのまんまだろッ!」と、カズキチ。
ほのみは、「わたしがァ? 似てるぅ?」と独り{言|ご}ちながら、砂の上に放り出していた教学書を片手で拾い上げ、立ち上がった。
そして、ビシッと言った。
「えみみもめろんも、いつまでもアマテラス様を見てるんじゃないよ。
{眩|まぶ}しいでしょ?」
「母さん、あんな風に見えてるのかァ。
わからん!」と、エセラがぽつり言った。
「ゆか里おばちゃんが優しいのは、おまえとトモキにだけだ」と、カズキチ。
「父さんが厳しかったから、そう見えるだけさ」と、エセラ。
えみみとめろんが、立ち上がった。
トモキが、言った。
「ぼくも、もう見ちゃダメ?」
「吠えたくなるまで、見てろッ!」と、エセラ。
カズキチが、顔をエセラの方に振って言った。
「そこは、丁寧に教えてやれよ」
「無理。
こいつ、生まれたその瞬間から、ずっと反抗期だから」と、エセラ。
「まァ、どこの兄弟も、そんなもんだろう。
確かに、他人の言葉のほうが、真剣に耳を傾けるかもな」と、カズキチ。
「それは、あるな。
じゃあ、よろしくぅ♪」
そう言うとエセラは、また太陽神の方に向き直って、目を閉じた。
カズキチが上体を起こすと、トモキもそれに{倣|なら}った。
カズキチが、言った。
「太陽の光に浴さねば、生きものは育たん。
ヒトも、生きもんだ。
特に男は、太陽に浴さねば、心が育たん。
理想と精神のことだ。
情念を燃やして、理想に向かう。
それは、太陽に全身を向けて、太陽神を仰ぎ見ることに等しい。
それを怠ると、徳が育たん。
徳が育たんかったら、才能も芸能も、発揮できん。
おれたち男がやることは、女には理解できんことが多い。
当然だ。
おれたちも、女のやることのほとんどが、理解できん。
でも、それでいい。
女の言うことが理解できるようになっちまったら、おれたちは、両生類化したことになる。
それを退化と見るのが男で、進化と見るのが、女だ。
おれたちの仕事は、戦うことだ。
それは、事実だ。
どんなに否定したところで、事実は動かん。
事実は事実で、正しいも間違いもない。
そう考えるのが男で、そうは考えれんのが女だ。
これは、差別ではなく、区別だ。
この区別が、事実の{証|あか}しだ。
どうだァ。
{解|わか}ったかァ?」
そう訊かれて、「わからん!」とは、さすがのトモキも言えなかった。
「解らなかったら、男じゃない」みたいなことを言われて、「解ったかァ?」と訊かれれば、「解った」と答えるしかないではないかァ!
トモキが、言った。
「わけわかんねーぇ!!」
「だから、言っただろッ!
教えるって、お前が考えてるほど簡単じゃないんだ」と、エセラ。
「おれは、学師には向いてないってことかァ」と、カズキチ。
「おれもおまえも、学師にはならず、{仕来|しきた}りの旅を続けたほうがよさそうだな」と、エセラ。
「ウメキ先輩、苦労が多いんだろうな」と、カズキチ。
ウメキは、寺学舎の最高学年で、学師を任されていた。
寺学舎の大半の講釈は、この学師が行う。
「ウメキ」の名前を聞きつけたえみみが、叫んだ。
「あたい、ウメキ先輩、好きだよ。
だって、優しいじゃん」
えみみは、砂浜の脇に転がっている消波ブロックの上に腰掛けていた。
「女と植物には優しいからな、ウメキ先輩は……」と、独り言ちるエセラ。
川向うの平野の町では、時おりミサイル攻撃があるので、子どもたちは、学校には通っていない。
でも、この半島の突先の港町と浦町あたりは、まだその心配はなく、今でも{美童|ミワラ}たちは、寺学舎に通っている。
寺学舎では、今も昔も、主に人間学を教えている。
思いを鍛え、考えを深くし、行動を重んじる。
各地に寺学舎は存在するが、その何れも、臨済宗か、曹洞宗か、日蓮宗の寺だった。
自然{民族|エスノ}の集落では、神社も、重要な役割を担っている。
先の何れの宗派の寺も存在しない集落では、神社を学舎に使っているところもある。
この暑い盛りの季節、寺学舎に通うのは、朝と夕方だ。
カズキチが、顔をエセラのほうに向けて、合図を送ってきた。
{俄|にわ}かに立ち上がった二人は、海岸沿いを歩き出した。
エセラは、何気に思った。
母のゆか里が、エセラとトモキにだけ優しいというのは、カズキチの誤解だ。
エセラから見れば、母は、すこぶる{外面|そとづら}が良い。
その外面が良いところを見て、「怖いオバハン」に見えているのだ。
家の中で見せるその素顔は、そのまんまの怖いオバハンにプラスして、ねちっこい{面倒|めんど}っちい母親である。
特に厄介なのが、ほのみの報告だ。
その日の周りの言動の委細を、母ゆか里に報告するのだ。
母にしてもほのみにしても、性を{違|たが}えているとは{云|い}え、えーかげん王子のような{大雑把|おおざっぱ}なエセラと同じ血が通っているとは、どうにも考え{難|にく}い。
エセラとカズキチとほのみとえみみは、海岸沿いに歩いて寺学舎へと向かい、トモキとめろんは、谷川沿いの峠を歩いて、家路につくのだった。
2024.3.16 配信
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発行 Ethno Fantasy 東亜学纂