MIWARA BIOGRAPHY "VIRTUE KIDS" Virtue is what a Japanized ked quite simply has, painlessly, as a birthright.

後裔記と然修録

ミワラ〈美童〉たちの日記と学習帳

EF ^^/ 後裔記 第2集 第17回

EF ^^/ 後裔記 第2集 第17回

   一、想夏 …… 立命期、最後の一年 (7)

 エセラとカズキチは、空想の中で、はっきりと少女の姿を見ていた。
 配置に着いた二人は、それを確かめるべく動き出した。
 古びた焼杉を下見張りにした勝手口らしきにところに、片引き戸がついている。
 見張り番のカズキチが、エセラに向けって「中に入れ!」と、目でサインを送る。
 エセラは、恐る恐る片引き戸のノブを回した。
 戸が、ゆっくりと開く。
 薄暗い部屋の中に、女の子の姿が浮かび上がった。
 ハイネックの黒いワンピースに、十字架のネックレスを首からぶら下げている。
 細身だが、バランスのとれたその容姿は、薄暗い色調に包まれて、何かこう、厳粛というか、禁欲的に見えた。
 だのに、どことなくロマンティックで、そこはたとなくエロティックだ。

 いつだったか、ゆか里が、二人に向かって言った。
 「あんたたちがあの家に興味を持つのは、ゴシック風が{醸|かも}し出す世界への好奇心からさ」
 「わけわかんねーぇ!!」と、カズキチ。
 「幻想的で怪奇的で頽廃的なものに、人間は{惹|ひ}かれるってことさ」と、ゆか里。
 「なんで惹かれるのォ?」と、エセラ。
 ゆか里は、一瞬困った顔を見せたが、すぐに応えて言った。
 「あの女の子に逢えば、彼女の猛烈な火で身を滅ぼされてしまうことを、直観で知ってるからさ。
 愚かで不堅実な自分の人生の結末が、徐々に頭の中に映し出される。
 だから、外の激烈な火を借りて、己の堅実を妨げる心の中の治乱を、力で平定しようと暴れ回るのさ。
 心を自由に操られて、最後は、自殺に追い込まれる。
 だから{武童|タケラ}たち大人は、あの家には絶対に近寄らないのよ。
 それでも、逢いたいかい?
 彼女に……」

 エセラとカズキチは、今まさに、その答えを行動で示そうとしているのだった。

 三つしかない窓は、木の板を打ちつけて、すべて塞がれている。
 それも、杉の木だろうか。
 節が落ちて、くり抜かれた{梟|ふくろう}の目のような大きな穴から陽の光が射し込み、その光の中で、無数の{塵|ちり}が踊っている。
 どこから入ったのか、天井の廻り縁に、{燕|ツバメ}の巣の残骸が一つ残っている。
 そのすぐ下あたりの板壁に、半裸の女が描かれたポスターが、引きちぎられたように破れて垂れさがっている。
 その半裸の女の乳房が、不自然に色{褪|あ}せて、みすぼらしく変色している。
 ポスターの周りの壁の板だけが、どす黒い。
 まるで、焼け焦げたようだ。
 異様な空気が残暑に煮えて、家の中は蒸しかえっている。

 エセラは、勝手口から半身だけ外に覗かせて、カズキチの不安そうな姿を認めると、手招きをしながら目で訴えた。
 だが、カズキチは、その訴えに応じようとはしなかった。
 きっと、この家に生きた人が一人も住んでいないからだと、エセラは思った。
 カズキチは、生きている人間が大好きなのだ。
 毎日、夕方を待たず、寺学舎に一番乗り。
 着くとすぐに講堂の一番後ろを陣取り、{胡坐|あぐら}をかいて、次々と到着する学友たちを、ただ黙って眺めている。

 ある日のこと。
 寺学舎の講堂の奥に陣取ったカズキチの前に、意外な人物が姿を現した。
 ハチキ先輩だ。
 ハチキ先輩は、何かと寺学舎の世話を焼いてくれている。
 最近では、珍しいことだった。
 亜種記に著されていた寺学舎にも、世話人らしき{武童|タケラ}は出てこない。
 そのもっと前のころまでは、{仕来|しきた}りと言ってもいいほど、{武童|タケラ}が世話人になることは当たり前のことだったらしい。
 その世話人のハチキ先輩が、カズキチの面前まで歩み寄って、言った。
 「おまえらは、なんか違うんよのォ」
 「違う?」と、カズキチ。
 「おう、違うんよ。
 おまえも、エセラも。
 普通は、親を見れば子がわかる言うじゃろうがァ。
 親兄弟は、人間関係で数少ない先天的な関係じゃ。
 本能で、自然に接することができる。
 その力は、主に父と母が持つ。
 父は厳、母は慈、{或|ある}いは悲だ」と、ハチキ先輩。
 カズキチは、ハチキ先輩から目を逸らした。
 そして、独り{言|ご}ちた。

 「親を見りゃ
  ぼくの将来
  知れたもの」

 透かさず、ハチキ先輩が寸評する。
 「おまえに俳句の才があるとは、知らなんだ。
 道理で、知らんはずじゃ」
 「どういうことォ?」と、カズキチ。
 「おまえは、おまえらしく生きりゃええいうことよねぇ」と、ハチキ先輩。
 カズキチが、また思いついた俳句を披露しようとしたとき、学友の第一陣の四、五人が、どやどやがやがやと講堂に上がって来た。
 「人間嫌いの方のおまえの友だちは、今日も遅刻かァ?」と、ハチキ先輩。
 「来んかもね」と、カズキチ。
 寺学舎に一人でやってくるのは、カズキチとエセラくらいのものだった。
 カズキチがいつも一番乗りなら、エセラはいつも遅刻寸前で、しかもふてぶてしい顔でご登場するのだった。

 亜種記に書かれていた廃墟住みのおにいさんの幽霊には親しみを感じたが、ここ地獄の館の少女の幽霊は、どうにも愛想というものがない。
 姿は見えるのに、踊ろうが{喚|わめ}こうが、一向に興味を示してくれない。
 エセラは、思った。

 (ストーカーだと思われて、避けられてるのかなァ。
 自分が幽霊だって、わかってんのかァ?
 一回、ガツン!と言ってやんなきゃな)
 
 エセラにとって{美童|ミワラ}最後の一年……。
 その一ヶ月目、想夏の半分が終わろうとしていた。
 
2024.4.6 配信
**^^**--**^^**--**^^**--**^^**
発行 Ethno Fantasy 東亜学纂