#### 後裔記「秘密基地で送別会! その第一話」 少年サギッチ 齢9 ####
いつもの{類型|パターン}。スピアが言った。「ぼく、この島出るから。*おまえ*、*どうする*?」 次。「明日、ぼくらの送別会。ぼく行くけど、*おまえ*、*どうする*?」 で、*幽霊*主催、*鳥と動物たち*が催した送別会! で、どうしたかってーぇ?!
一つ、息をつく。
「結局、決まらなかったなッ!」と、オオカミ先輩。
「秘密基地じゃなかったのォ?」と、マザメ先輩。
「それでいいと思う」と、スピアのやつ。
{美童|ミワラ}四人衆、入江に、揃い踏み。
四人{皆|みな}、秘密基地……廃墟を、見{遣|や}る。
その視界の下のほうで……一羽、歩いている。
ここでおれ、一言。
「{立腰|りつよう}だなッ!」
「はーァ?!」と、マザメ先輩。
でもしっかり、{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}の目は、前方のウミネコを、{捉|とら}えている。
「まァ、確かに。ケツを後ろに突き出して、腰は前に前に。腹には空気を{溜|た}め込んで……。『まァ、』と言うより、『完璧!』だなッ♪」と、オオカミ先輩。
「妊婦さんもだよねぇ?」と、スピアの野郎。
これがズバリ、いつもの「一言多い!」ってやつ。理屈排出開始!の合図でもある。
「はいはいはいはい……。前に出すのは腹じゃなくって、腰でしょうがァ!」と、マザメ先輩。至極、ご{尤|もっと}もォ♪
そんな{訳|わけ}で、おれたち四人は、秘密基地へと向かっていた。
目的は、おれらの送別会。
〈発案〉 幽霊のおにいさん
〈参加者〉 海辺の鳥たちと、森の動物たち
〈お品書き〉 対話の{咀嚼|そしゃく}のみ
以上。
秘密基地の二階の居室は、{既|すで}に、いつになく{賑|にぎ}わっていた。
早速、問題の発生に気づく。
{糞害|ふんがい}!
しかもトンビの野郎、いつにも増して、下痢気味の様子。ほかの種の鳥どもとて、程度の違いがあるだけで、どいつもこいつも、慢性の下痢だ。
思わず、窓の外を見遣るおれ。青とも灰ともつかぬ、{如何|いか}にも{渇|かわ}いていると判る空を見て、ふと思った。
({嗚呼|ああ}、この島に来て、今月でちょうど、半年かァ。過去に{往|い}にやがったおれの命の半年分、この部屋にもあった恒令の「五省」じゃないけど、正にまったく、努力に{憾|うら}みなかりしか!だ。
そういうことは、浦町を出る前に、ちゃんと寺学舎で教えといてくれよって、今にして思う……てか、言いたい! 後悔のない大努力をしろって言われたって、何を努力すればいいか考えてるうちに、半年なんか直ぐに{経|た}って、過去のどこかに消え去っちしまう。
だのにもう、次の島。そこで努力を憾んで、また次の島ってかい! 嗚呼……情けなや、情けなや)
幽霊のおにいさんは、まだおれには見えないけど、やっと気配だけは、五感のどいつかが捉えてくれるようになった。送別会が終わる頃に、やっと見えてくるんじゃないかなッ!
スピアの野郎の説明によると、そのとき、おにいさんは、うつぶせ寝の体勢。無言。但し聴覚は、周囲からの刺激に反応していた。
引き戸が半開きになった玄関から、カニ歩きで部屋の中に入ったときには、まだ鉄の寝台の上の段の床の上を、転がるようにして右を向いたり、左を向いたり、仰向けにもなってみたりして、何やら、落ち着かない様子だったそうだ。
で、幽霊のおにいさんが選んだ、最も落ち着ける体勢が、その{俯|うつぶ}せだったという訳だ。
やがて、それぞれの種は、居室の中に自分の居場所を確保し、そこに陣取って動かなくなった。固まったって意味じゃなくて、座り込むか、立ちすくんでるってこと。
{静寂|せいじゃく}、{即|すなわ}ち沈静化まで、もう一歩……と、いうところで、依然、歩き回っている種が、一羽! 言わずもがな、ウミネコ。まだ{喋|しゃべ}らないけど、たぶん、こいつがあの、ウミネコだ。
無論、名札でもぶら下げといてくれないと、カモメなんだかウミネコなんだか、見分けはつかない。
そのときのおにいさんの様子は、例によってスピアのやつの説明によると、{斯|こ}うだった。
ウミネコのペタペタ歩きの音というか、気配というか、{兎|と}に{角|かく}そやつの存在が{鬱陶|うっとう}しいとでも言わんばかりに、身をよじりながら、両の耳をウミネコから{背|そむ}ける努力をしていた。
……が、首を{捻|ひね}った一瞬、視覚までもが、ウミネコを捉えてしまった。それで、{遂|つい}に観念してしまったのか、おにいさんが、口を開いた。
その声は、最初は{微|かす}かにだったけど、{俄|にわ}かにハッキリと、おれの耳でも、捉えることができた。
で、幽霊のおにいさんが、{猶|なお}もペタペタと歩き続けるウミネコに向かって、{斯|こ}う言った。
「ねぇ。
ねーさんたちは、{日|ひ}の{本|もと}の列島の南から北まで、渡り歩いてるんだったねッ?
どんな感想を、持ちましたかァ?」
ウミネコのおばはん……元い。おねーはん! (また、ミャーミャー言うんだろうなァ……)と、思いきや。意外と、真面目な答えを返してきた。
てか、(渡り**歩く**って、皮肉かい!)と、思ったおれ。
で、おねーはんが、{応|こた}えて斯う言った。
「{何|なん}か、学校に{居|い}るみたいやなァ。
その、物言い!
まァ、はい。
答えます。
キウシュウ{島|じま}は、異国情緒が染みついている。
ハンシュウ島は、痛恨が漂っている。
ホウカイド島は、異民族が{彷徨|さまよ}っている」
おにいさんが、言う。
「さすがは、音に聞こえた渡り鳥の{目利|めき}きですね」
「違うよ」と、ウミネコ。
「違う?」と、おにいさん。
「渡り**歩いてる**ときのほうの感想を、訊いてきたんだろッ? だから、{利|き}いたのは目じゃなくって、聞こえた音を捉えた耳のほうだって答えたのさ」と、ウミネコ。
「音ーォ?! 耳ですかァ?」と、おにいさん。
「そうさなッ!
飛んでるときには、左右の脳ミソちゃんを、片方づつ寝かせながら、視覚を利かせながら飛ぶ。
でも、歩いてるときにゃ、左右両方の脳ミソちゃんを眠らせて、聴覚を利かせながら歩く。
まァ、進化さァ♪」と、ウミネコ。
ここでスピアの野郎、口を挟む。
「ねぇ。
てか……っていうか、おまえ……じゃなくて、オバちゃん……っていうか、オバちゃんたちってさァ。
どこに行っても、そんなに、いつもいっぱい、歩いてるのォ?」
ウミネコ、応えて言う。
「いつもは当たってるけど、どこに行ってもってのは、外れだねぇ。北国でもたもた歩いてたら、凍え{死|じ}んじゃうじゃないのさァ!」
ここでハヤブサ、{嘴|くちばし}!を挟む。
{因|ちなみ}に、スピアのやつが好き勝手に付けた名前っていうか呼び名は、ここでは、無視する。
ややこしくって、いけねーぇ!!
てか、{既|すで}におれの頭ん中、こんがらがって、ドングリヒッチンかやしとりますがーァ!! ……(アセアセ)。
で、ハヤブサが、言った。
「もたもたしても生きていられるのは、おまえらヒト種くらいのもんだ。おれらの種の寿命は、短い。十年も生きれば、もう立派なクソ{爺|じじい}ぢゃ!」
{面倒|めんどう}っちい{爺|じい}さんなんだか、生意気な{若造|わかぞう}なんだか、見ただけじゃ、{判|わか}んねぇッつーのォ!
そのときだった。
魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}が、吠えた!
「一緒にすんじゃないわよォ!
この素っ頓狂タワシ{頭|あたま}野郎がーァ!!
ヒト種は、もう、一つじゃないんだよ。
あたいらは、{歴|れっき}とした自然の一部……亜種、自然{民族|エスノ}なのさ。
覚えときなァ!
この、すっとこタワシ{頭|あたま}どっこいがーァ!!」
ハヤブサ、目を丸くして、マザメ先輩の顔を、じっと見ている。
無論、素っ頓狂な顔で。
その様子を、トンビが、不服そうな顔をして、頭を左右に振りながら、その一匹と一人を、交互に見遣っている。
まるで、斯うでも言いたげな、元祖!素っ頓狂な顔で……。
「素っ頓狂な顔と、まん丸い目は、おいらたち種の、専売特許だぞーォ!!」……みたいな。
一応、ここで、断わっておく。
送別会は、まだ始まっていない。
てかもう、始まってんのかなァ?
{何|いず}れにしても、長くなりそうだ。
……と、いうことはだ。
このまま書き続けると、また、あの悪夢の*要約*を、言いつけられてしまう。
「誰に?」って、そりゃアンタ、心優しい悪意に満ちた魔性のオトメっち様……えっとォ、かもしれないやん?
でもそれは、間違いなく。
たぶん……でも、絶対に!
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「自伝編」夜7時配信……次回へとつづく。
「教学編」は、自伝編の翌朝7時に配信です。
_/_/_/ 『息恒循』を学ぶ _/_/_/
その編纂 東亜学纂
その蔵書 東亜学纂学級文庫
その自修 循観院