#### ツボネエの実学紀行「陣中見舞うズングリ丸。コオ島での収穫」{後裔記|116} ####
《息恒循、伝霊の列徒の刻。正に、陣中!》
《六者六様! コオ島での一番の収穫》
少女学年 ツボネエ 齢8
体得、その言行に恥ずるなかりしか。
《 息恒循、伝霊の列徒の刻。正に、陣中! 》
新たな陽が、{麗|うら}らかな昼下がりを映していた。
いつになく有事斬然の火夫、サギッチ。汗、汗、汗……。
オオカミ先輩が、吠えた。
「誰か、引っ張り上げろッ!」
マザメねーさん、矢庭に船尾に駆けつけ、ロープを引く。
スピアの兄貴が、{俄|にわ}かに動きはじめる。船尾から運んで来られた塩漬けの石炭を、作業甲板に並べはじめる。いつもながら、几帳面!
マザメねーさんも、それを一緒になって、手伝う。どう見ても、並べるとは呼べず、正に、投げ遣り!
サギッチが、言った。
「えーかげん、休もうぜーぇ!!
てか、休まない? ねぇ、休んでもいい?」……と、真っ黒い顔で。日焼けではなく、石炭の{煤|スス}パック。
「そうだよッ! 休んで、考えようよーォ」と、マザメねーさんも。
「考えてるさ。三〇時間ほど前から……」と、オオカミ先輩。
黙々と石炭を並べていた……(はずよねぇ?)のスピアの兄貴、既に、休憩の態勢。そして、言った。
「考えなくったって、間違いないよォ。ウミネコより、遅い!」
オオカミ先輩が、応えて吠える。
「当たり前だろッ! トンチキトンビのグライダー野郎じゃあるまいし。{肥|ふと}っても枯れても、ウミネコはカモメだ。奴ら、速いんだぞッ!」
スピアの兄貴、誤解された空気が耐え{難|がた}き模様につき、異例の大声で、オオカミ先輩に言い返した。
「違うよッ! ペタペタ歩くあいつらより遅いって意味だよ」
マザメのねーさんが、吠える。
「だったら、えー加減、休もうよォ。サギッチさァ。あんた、コップに水汲んで、みんなに配んなッ!」
「時令に{順|したご}うて{以|もっ}て元気を養う……」と、サギッチ。ボソボソと。
「時令は、季節だろッ! 伝霊に順うて、今は、烈徒の刻だろッ? 陣中、水くらい見舞って{貰|もら}ったって、誰にも文句言われる筋合いはないさッ!」と、マザメねーさん。
「シンジイは、正しかった。夏は、暑い。冬は、寒い。だからきっと、海は、{喉|のど}が{渇|かわ}く」と、スピアの兄貴。ボソボソと、独り{言|ご}ちる。
作業甲板に腰を下ろす五人(とプラス、{既|すで}に腰を下ろしている少年、一名)。
オオカミ先輩が、{呟|つぶや}いた。
「何もしなければ、何も変わらない。目的があるんだ。あとは、その目的への熱意を、{冷|さ}めさせないことだ。一応は、そういうことになる。
そのために、技師長と若いエンジニアが、おれたちの愛艇をぶっ壊し、大改造してくれたんだ。まァ、一応……」
マザメねーさんが、軽く優しくなく呟いた。オオカミ先輩に向かって……。
「疲れてるんなら、黙ってなよ。あたいらも、疲れるから!」
オオカミ先輩、応えて言う。
「はい」
《 六者六様! コオ島での一番の収穫 》
(風と潮の思いつきで、西へ東へ北よ南よと酔いどれの{態|さま}よろしく、春の海面を果て知れず流されているアタイらの行く末を案じているのは、オオカミ先輩だけじゃない)……と、思いたかったけど、例外が、{一|ひと}!
マザメねーさんが、言った。スピアの兄貴に向かって。
「ねぇ。ところでって感じの話なんだけどさァ。あんた、さっきから何読んでんのさッ! しかも、熱心に、黙々と……」
スピアの兄貴、これに即答。
「『世のため牛のため{犇走|ほんそう}記』」
「なーんじゃ、そりゃ!」と、サギッチ。久々の決まり文句♪
「婆ちゃんがさ。
『坊や! おいでおいでーぇ♪』って。
で、行ってみたら、これ、貸してくれたんだ。
『どうせ、あんたは暇だろッ? 海の上での話さ』って言われて……で、借りてきた」と、サラリと応えて言う、スピアの兄貴。
「借りたーァ?!」と、オオカミ先輩。
ここで、やっと口を開く……というか、口を挟むムロー。
「誰かの持ち物を、返却するという条件で一時的に自分の所有物とし、{予|あらかじ}め{設|もう}けた期限までに返却するという契約を、借りると言う。
おまえ、どうやって返すつもりだッ!
まァ、おまえのことだ。まさか、伝書ウミネコでも、手{懐|なず}けたかァ!」
スピアの兄貴、意外にも即答。
「無期限でいいんだって。
『読んで、つまんなかったら、海にでもポイしちゃいなァ♪』だって。
面白いから、読んでる。それだけだよ。
婆ちゃんの、酪農奮闘記。
『これはなァ。自反{尽己|じんこ}のために書いてるのさ。もう、自反は終わったもんねぇ。あとは、尽己あるのみ。だから、こいつにはもう、要は無いのさァ。
てか、邪魔なだけさ。
過去を懐かしんでる時間なんか、無いからねぇ。
知ってるかい?
人生ってなァ、一度っきりしかないのさ。
やりたいって思ったら、不器用だろうが、バカにされようが、{罵声|ばせい}を吐かれようが、牛のケツからウンチくんをシャワーみたいに浴びせられようが、必要なのは、{唯|ただ}一つだけ。
熱意さ。
世の中を動かしてるのは、熱意さ。
熱意ある者が、次の天地創造で、生き残るのさ。
だから、あんたたち自然エスノは、{危|あや}うい。
あんたたちミワラの先輩のタケラの連中がやってることは、熱意かい?
あたしゃ、文明の奴らに対する、唯の闘争心だけだと思うけどねぇ。
まァ、熱意が無いのは、文明エスノも{同|おんな}じだから、共倒れってところだろうけどさ。
至誠に{悖|もと}るなかりしか。
あんたらの息恒循の恒令んなかにも、あっただろッ?
五省さ。
みんな、今日一日、至誠に悖るところはなかったかって自反しながら、子々孫々のために、戦死しちまったのさ。
謙虚に、心の汚れを{払拭|ふっしょく}して、常に人としての誠意を{怠|おこた}らず、目標に向かって、{唯々|ただただ}、熱意を燃やし続ける。
それが、人生ってもんさ。
あんたなら、{解|わか}るだろォ?!』……って言われたから、借りてきたんだ。
唯、それだけだよ」
ムローが、ボソッと独り言ちた。スピアの兄貴を観ながら……。
「おまえの、コオ島での一番の収穫って{訳|わけ}だなァ♪」
「ねぇ。マザメねーさんは、何が一番の収穫だったーァ??」と、アタイ。
「収穫? 決まってるじゃん♪ 鬼に金棒の百人力の究極のレシピ。
ショウユ・リゾット。
{或|ある}いは、ショウユ・パエリア。
醤油、最高!」
ムローが、アタイに向かって、言った。
「なんでも訊けばいいってもんじゃないって、教えただろッ!」
魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}の射すような視線が、男どもの視界の弧の重なりの中を、ゆっくりと{遊弋|ゆうよく}しているのが、見て取れた。
「おまえは、なんなのさッ! 一番の、収穫」と、マザメねーさん。オオカミ先輩に向かって……怖ァ!!
「不自由船の、究極の*航法*」と、オオカミ先輩。
「ウミネコ*航歩*ねぇ♪」と、スピアの兄貴。
クスっと失笑する、サギッチ。
「おまえは、どうなんだッ!」と、オオカミ先輩。案の定、サギッチに向かって。
「ご飯を炊く米の最適な量を決めるための、究極のアルゴリズム」と、サギッチ。
「あーァ!! あたいも、無期限で借りてくればよかったなーァ。婆ちゃんの、フリフリ醤油♪」と、マザメねーさん。魔鮫……ではなく、真顔!
「積んでるよ♪ 借りた。期限は、訊かなかったけど」と、サギッチ。
「偉いぞッ♪ てか、あたいに{褒|ほ}められるのは、おまえの人生で、これが最初で最後だろうけどさァ。で、飲み水のタンクは、どこに積んだのさァ!」と、マザメねーさん。
「……」と、サギッチ。
総員、絶句!
「エンジニアのおにいさんが、清水タンクを取り付けてくれてたじゃん。調理には水を使わず、炊事に洗濯そしてシャワーは海水で、節約して飲み水だけに使えば、一週間は*大丈夫*だよ♪」と、スピアの兄貴。{呑気|のんき}な口調!
「{大丈夫|だいじょうふ}たるもの、伝霊に順うて、何を養うかだなッ♪」と、ムロー。
それから先、アタイは、記憶がない。
眠っちゃったのかなァ……たぶん……絶対に……(ポリポリ)。てか、ムローの一番の収穫は、なあにーぃ??
**{格物|かくぶつ}**
熱意かァ。
一番弱そうな和の人たちが、今まで{悠久|ゆうきゅう}生き残ってこれたのは、その熱意を{絶|た}やさなかったからなんだねぇ? きっと……。
熱意のない人間は、自然の一部じゃない。
自然から離れた、宇宙ゴミだねッ!
_/_/_/ ご案内 【東亜学纂学級文庫】
Ver,2,Rev.2
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