#### スピアの{後裔記|140}【1】実学「遊覧船ズングリ丸」【2】格物「好ましい人間の徳性」 ####
体得、その言行に恥ずるなかりしか。
少年学年 **スピア** 齢10
【1】実学
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遊覧船ズングリ丸
ぼくらが一番驚いたのは、{鵞鳥|ガチョウ}が、ぼくら{民族|エスノ}の密偵だってことを敵のエスノに気付かれてしまったことでも、その密偵が捕らえられてしまったことでも、鵞鳥の頭に電脳チップが埋め込まれていたことでもなかった。
ブッチギリで驚いたのは、ワタテツ先輩が、まだ麻酔薬の微粒子が漂う{艫|とも}の{間|ま}の中で一人、ガースカ♪ デスデス! と、爆睡していたことだった。
まさかそんなことになっていようとは、「予想すること」すら思いつかなかった。というのも、ムロー先輩が目覚めるのを待って……なんて悠長な暇も貰えず、再び、ズングリ丸に舞い戻って来た……というか、連れてこられたのだった。
無論、今ぼくがこうやって生きてその{経緯|いきさつ}について物語っているということは、ぼくらを連れ出したのは、{武童|タケラ}の{仕業|しわざ}に違いない。
それは……{兎|と}も{角|かく}。
{何故|なぜ}なら、{未|いま}だに何が何やら皆目見当がつかず、頭の中がどんぐりひっちんかやしとる……{所謂|いわゆる}、ややこしいままだからだ。そこへきて、ぼくらが押し込まれた{胴|どう}の間の上の作業甲板では、ピーチク♪ ゲホゲホ! と、賑やかしているオッチャン(たぶん)たち……その声から想像するに、その数五人!
ほどなくズングリ丸は、遊覧船を化してしまったのだった。作業甲板は、差し詰め展望デッキかッ! ……(やれやれ)。
その、一人目……。
オッチャン観光客というものは、オバチャン観光客に負けじと劣らず、図々しいものらしい。一人が、胴の間の{上蓋|ハッチ}をはぐり、上から覗き込むように……というか、どっぷり覗き込んで、{斯|こ}う言った。
「ぼくらは作業着だし、坊やたちも似たようなもんだから気にならないだろうけど、おじょうちゃんたちは、何か敷いたほうがいいなーァ♪」
中年で、その顔は、{細長型|さいちょうがた}だ。
「ありがとォ♪ でも、今更……だって、これだもん!」と言って、ツボネエが、クルッ!っと身体を回転させて、真っ黒に汚れたお尻を突き出した。
次に、二人目……。
「なるほどねぇ!」と、細長型の顔の横から頭を突っ込んできてそう言ったオッサンは、声は確かにオッサンチックだったけど、その顔は、よく日焼けした青年だった。
次に、その三人目……。
続いてまた、他の一人が、頭を突っ込んできて言った。
「上がっておいでよ、みんなァ♪ ヨットレースのマーク打ちを手伝ってくれてる漁師さんから、イサキとメジナをもらったんだ。刺身、ご馳走するから。ほれ、これだッ! その代わり、おじさんたちは、麦コーン酒を飲んでもいいかなーァ。それは、こっちだァ♪」
そのオッチャンは、そう言いながら、すぐ{傍|かたわ}らに置いてあるマリンブルーのクーラーボックスからそれらを掴みだして見せてくれた。見るからにオッサンだけど、ちょっと童顔で、笑顔が爽やかだった。
続いて、四人目……。
すると、そのオッチャンが持っている麦コーン酒を奪い取って、また別の男が、首を突っ込んできて言った。
「一緒に、麦コーン酒、飲めばいいさァ♪ 子どもが麦コーン酒の一本や二本飲んでシュワッチ!したって、この星の未来は、変わんねぇてーぇ!!」
悪気のまったく感じられないその気さくな青年は、黒いキャップを深く被り、{渡哲|ワタテツ}サングラスをかけた、よく見るとポロシャツの胸のところがパッツンパッツンで弾けたように左右に開いていて、見事に{艶|あで}に咲く青年だった。
そこで、飢えた魔性の{鮫|サメ}{乙女子|おとめご}様が、言った。
「ねーさんの提言、あたいは、承知したから。だから、早く朝昼晩メシにしようよォ♪」
(ねーさん?) とんでもない勘違いをしていたぼくだけど、ほかの連中も、女だって見抜けなかったんじゃないかなァ? だってみんな、マザメ先輩の「ねーさん」の一言に、異様に反応してたもん!
それにしても、まったく魔性というものは、穏やかなときのほうが、その恐ろしさが増幅されてしまうもののようだ。事実、そのときのマザメ先輩の目は、白熱の演技の真っ最中の千葉チャンになっていた。「千葉チャン」というのは、{武童|タケラ}の先達がまだ{美童|ミワラ}だったころに活躍していた、有名な俳優さんの愛称だ。
そして、五人目……。
最初に、「許可は、もらっとるんじゃがなァ。乗せてもらっても、ええかいのォ?」と、岸壁から声をかけてきたオッチャン。
時令は{還夏|かんか}……六月。
その六月も、中旬が近い。ぼくらムロー学級総員八名、現在員七名は、意外にも近くに居た残りの一名の合流を望むでも待つでもなく、初対面の得体のまったく知れない気さくなオッチャンやおにいさんやおねーさんと、大いに心を許し合うことと相成った。
その成果の第一番は、なんと言っても、なぜ麦コーン酒じゃなきゃダメなのか……しかも、なぜその麦コーン酒は、クーラーボックスの中に納まっていなければならなかったのかを、身をもって痛感できたことだった。
では、成果の二番目は? 成果と呼べるものかどうかは判らないけれど、{弾|はず}んだ会話の中で、事態は急展開して、そのまま、決着してしまったことだろう。
白いレジぶくろを両手にぶら下げて乗り込んで来た初老のオッチャンが、言った。
「よくぞ、まァ……」
このオッチャンは、タケゾウと呼ばれていた。竹で組んだ筏で、{牡蠣|カキ}を養殖しているからだそうだ。
次に、クーラーボックスを担いで乗り込んで来た初老のオッチャンが、言った。
「まったく……」
このオッチャンは、モクヒャと呼ばれていた。木の丸太で組んだ筏で、{河豚|フグ}を養殖しているからだそうだ。
次に、細長型の顔の中年のオッチャンが、言った。
「この船、{家船|えぶね}なんだよねぇ? トイレとお風呂は、どうしてたのォ?」
このオッチャンは、テッシャンと呼ばれていた。鉄製の単管パイプで組まれた筏で、{鰤|ブリ}を養殖しているからだそうだ。
次に、よく日焼けした青年が、言った。
「本当に、石炭で走ってたのかァ? てか、石炭って、どこで売ってんだァ?」
このおにいさんは、ジュシと呼ばれていた。樹脂パイプで組まれた筏で、{鮃|ヒラメ}を養殖しているからだそうだ。
最後に、{渡哲|ワタテツ}サングラスをかけた若いおねーさんが、言った。
「ホームセンターで売ってんじゃん♪ てかコイツ、日焼けサロンで日焼けしたみたいに、真っ黒クロスケだろォ?」
このおねーさんは、ファイと呼ばれていた。{ファイバーグラス・レインフォースメント・プラスチック|FRP}製の生け{簀|す}で、{鯛|タイ}を養殖しているからだそうだ。他の四人の筏は海上にあるけど、このおねーさんの生け簀だけは、海岸のビニールハウスの中にあるんだそうだ。
こういう場合、ぼくの親切心は、五感にも属さない{猥雑|わいざつ}な声帯という器官と密接に交わり、{戦略的協働|コラボレーション}を開始してしまう。ぼくの親切心が、声帯を響かせた。
「それって、石炭じゃなくって、木炭っしょ!」
「君は、正しい。実に、勇気ある発言だッ!」と、ジュシ。そう言うなり、そのまま目を伏せてしまった。
「ホームセンターにも売ってないんじゃさァ……。何か月分もの石炭を筏に積んで、{曳航|えいこう}して旅をしなきゃならんっちゅうこったなァ♪」と、タケゾウ。
「まァ、そうしてきましたけどォ……。筏じゃなくて、フロートに網を吊るして繋いでたんですけどォ……。その網の中に、石炭の入った麻袋が、いくつも入ってたって{訳|わけ}でぇ……」と、船長オオカミ。
「おまえさんたち、この先も、旅を続けるつもりなのかい?」と、モクヒャ。
「まァ、そのつもりですがァ……」と、ムロー先輩。無愛想に、ボソッと。
「そんな航法で、長旅なんかできるもんかねぇ。{汽帆走艇|ヨット}に改造しなさいなァ♪」と、テッシャン。
「また、改造かよォ!」と、サギッチ。
「なんだァ。実績があるんじゃん! じゃあ、決まりだなァ♪」と、ジュシ。
「そんな、簡単に決められるような話なのーォ?!」と、ヨッコ先輩。
「ねぇ、ねぇ。ヨットって、なにぃ? ヨッコ先輩みたいな船のことォ?」と、ツボネエ。
「どんなんやァ!」と、オオカミ先輩。
すると、物静かに獲物を狙っている猫のように、頭を横にコクンと{傾|かし}げながら、マザメ先輩が、言った。
「ねぇ! その白い薄い袋、もらってもいい? その袋、なんて言うのォ?」
「いいともさ。よく見るだろォ? ……この袋。これは、使い切りのグロサリーバッグさ。まァ、レジで売っとるから、レジ{袋|たい}って呼ばれとるんじゃがな」と、タケゾウ。
「じゃあさァ。ホームセンターって、何を売ってるのォ?」と、サギッチ。
「おいおい! 随分と小さい町から船を漕ぎ出してきたんじゃなァ。おまえさんたちゃーァ♪」と、モクヒャ。
「まァ、でっかい雑貨屋ってところですかねぇ」と、テッシャン。
「てかさァ。誰が改造するのォ?」と、ぼく。
「時間はあるが、金はない……デスデス」と、ムロー先輩。
「ガキンチョどもは、案ずるより大志を抱け!ってことさァ」と、ファイ。
「どういうことォ?」と、ツボネエ。
「俺ら五人は、元は、町屋の大工なんだ」と、ジュシ。
「それで、へんてこ五人組になってるって訳ねぇ?」と、マザメ先輩。
「あんた、遠慮がない女だねぇ!」と、ファイ。
「舟を改造するんだから、船大工じゃないと出来ないんじゃないのォ?」と、サギッチ。
「無論! 鋭い! そこが、すっとこどっこいなのさァ♪ この船は、船は船でも、家船だろッ? 船なら船大工だけど、家なんだから、町屋の大工で正解なのさァ♪」と、モクヒャ。
「見ての通り、このオンボロ……元い。ズングリ丸には、{厠|かわや}も風呂もない。改造している間、あたいは、森に{居|い}るから」と、マザメ先輩。
「またかい! 好きだなァ、森」と、オオカミ。
そのときだった。どこからともなく、聞き覚えのある声が流れてきた。
「俺は、ここに残って、改造を手伝う!」と、ワタテツ先輩。
その声は、ズングリ丸の後方、胴の間の{上蓋|ハッチ}辺りから聞こえてきた。
「やっと、八人全員、揃ったみたいだなッ! 俺も、改造を手伝おう♪」と、ムロー先輩。
「じゃあ、こうしよう。年長の三人は、この船に残って、おれらの助手を務めてもらう。残りの五人は、おれら五人のそれぞれの家に、一人ずつ預かる。そうすれば、便所の心配も、風呂の心配も、要らんだろう♪」と、タケゾウさんが言った。
そんな訳で、そういうことになり、「事態は、急展開の急決着と相成ったとさーァ♪」の巻……以上。
【2】格物
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好ましい人間の徳性
我が国、{日|ひ}の{本|もと}は、急速にだらしなく行き詰まってしまった。{聖驕頽砕|せいきょうたいさい}での大敗で{懲|こ}りたはずなのに、戦後、意外と早く復興してしまったから、またもや{驕|おご}ってしまって、小利口者や小才子、小悪党や小ずるい輩が、全国各地で闊歩するような世の中になってしまった。
突然現れた五人組に想う。
みんな、なんとも好ましい人たちだった。不思議と、無警戒に信用したくなってしまう。何故だろう……。
オッチャンたち三人も、おにいさんも、おねーさんも、五人ともみんな、どこかおっとりして見えるのに、思慮深く、情があり、真面目で、頼もしい。きっと勤勉なのだろうことも、{容易|たやす}く想像できる。だからこそ、なんの疑念にも{遮|さえぎ}られることなく、手放しで信用することができるのだろう。
これからぼくたちは、心を入れ替えて、その心の修行をして、生活を正し、知命を目指して、正しい道を歩まなくてはならない。
そんな時代が、また、巡ってきたのだ。
再び、大動乱へと突き進む時代が……。
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_/ 2 /_/ 後裔記 第1集の子どもたち
寺学舎 美童(ミワラ) ムロー学級8名
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未来の子どもたちのために、
成功するための神話を残したい……
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_/ 1 /_/ 『亜種記』 電子書籍
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_/ 東亜学纂学級文庫
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